立江寺 (小松島市)

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立江寺
Tatueji 01.JPG
山門
所在地 徳島県小松島市立江町若松12
位置 北緯33度58分4.3秒東経134度36分20.9秒座標: 北緯33度58分4.3秒 東経134度36分20.9秒
山号 橋池山
宗派 高野山真言宗
寺格 別格本山
本尊 地蔵菩薩
創建年 (伝)天平19年(747年
開基 (伝)聖武天皇勅願行基
正式名 橋池山 摩尼院 立江寺
札所等 四国八十八箇所19番
阿波七福神霊場毘沙門天
文化財 絹本着色釈迦三尊像(国の重要文化財)
公式HP 立江寺
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本堂
大師堂
黒髪堂


立江寺(たつえじ)は、徳島県小松島市立江町にある高野山真言宗の寺院。四国八十八箇所霊場第十九番札所。橋池山(きょうちさん)、摩尼院(まにいん)と号する。本尊地蔵菩薩

本尊真言:おん かかかびさんまえい そわか

ご詠歌:いつかさて 西の住居の わが立江 弘誓の船に 乗りていたらん

歴史[編集]

開創伝承[編集]

寺伝によれば、聖武天皇勅願寺として、行基光明皇后の安産を祈願し一寸八分 (5.5cm) の金の地蔵菩薩を刻み本尊として開基したとされる。空海(弘法大師)が訪れた際、小さい本尊は失われる恐れがあるとして、一刀三礼して等身大の地蔵菩薩を刻み、本尊を胎内に収めたといい、このときに寺名が立江寺と改められたと伝えられている。当時の所在地は現在地から400mほど西であったという。

中世以降[編集]

天正年間(1573年 - 1593年)に長宗我部元親の兵火により全焼したが、幸い本尊は難を逃れた。その後徳島藩藩祖蜂須賀家政によって現在の地で復興された。昭和49年(1974年)に火災が発生、本堂が焼けたが本尊は無事で昭和52年(1977年)に再建された。

境内[編集]

  • 山門 - 入母屋造楼門、金剛力士(仁王)像を安置。
  • 本堂 - 東京藝術大学教授ら40名余が描いた286枚の格天井画がある。本尊を拝顔できる。
  • 大師堂 - 毎年、元旦から1月10日まで黒衣大師像が開帳され、眼前で参拝できる(有料)。
  • 鐘楼
  • 多宝塔 - 大正7年建立、一辺5.59m、上重は銅板葺き、初重は本瓦葺き。
  • 観音堂
  • 護摩堂
  • 白杉大明神
  • 黒髪堂 - お京の伝説が残る。
  • 毘沙門天
  • 神変堂
  • 子授け地蔵尊

山門を入ると左に鐘楼が、右には毘沙門堂があり隣に手水場がある。その先左側に本堂が建ち、本堂左に観音堂がある。本堂を背にして境内の南に進むと右に多宝塔、左に神変堂があって奥に大師堂が建つ。大師堂の右に黒髪堂がある。納経所は山門の正面奥の右側である。

  • 宿坊:定員200名
  • 駐車場:30台、バス6台。有料。山門の外の道路脇に民営が、そのすぐ向こうに市営がある。遠くに無料もある。

文化財[編集]

重要文化財
  • 絹本着色釈迦三尊像:明治43.8.29指定、京都国立博物館に寄託。

交通案内[編集]

鉄道
バス
道路

奥の院[編集]

奥谷山 清水寺
清水寺
妙見山 取星寺
岩屋山 星谷寺 「星の岩屋」

前後の札所[編集]

四国八十八箇所
18 恩山寺 -- (4.0km) -- 19 立江寺 -- (13.1km) -- 20 鶴林寺

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 四国八十八箇所霊場会 編 『先達教典』 2006年
  • 宮崎建樹 著 『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会 2007年(第8版)

外部リンク[編集]