勝浦郡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索

勝浦郡(かつうらぐん)は、徳島県の人口7,374人、面積179.48km²、人口密度41.1人/km²。(2012年1月1日、推計人口

以下の2町を含む。

[編集] 歴史

平家物語[1]源平盛衰記では、勝浦と書いて「かつら」と発音していたことや、舎人親王が浦で勝ったから勝浦となったという起源が紹介されている。

[編集] 沿革

明治22年4月1日 明治22年 - 大正15年 昭和1年 - 昭和29年 昭和30年 - 現在 現在
小松島村 明治40年11月1日
町制
小松島町 昭和26年6月1日
市制
小松島市 小松島市
那賀郡
立江町
那賀郡
立江町
昭和26年4月1日
小松島町に編入
棚野村 大正15年2月11日
町制改称 横瀬町
横瀬町 昭和30年3月1日
勝浦町
勝浦町
生比奈村 生比奈村 生比奈村
高鉾村 高鉾村 高鉾村 昭和30年7月20日
上勝町
上勝町
福原村 福原村 福原村
多家良村 多家良村 昭和26年4月1日
徳島市に編入
徳島市 徳島市
勝占村 勝占村

[編集] 出典

  1. ^ 長門本のみ。[1]

    判官これをば何といふ所ぞと尋ね給へば、 勝浦と申候、 軍に吉例とおもひて、汝は色代を申か、 さは候はず、御室御領五ヶ庄内、下臈はかつらと申候べとも、 字には勝浦と書て候、昔崇道尽敬天皇異賊を平らげ給ひしに、 軍かち給しよりして、勝浦と申伝へたりとぞ申、 判官大に悦てこれきき給へ殿原、 軍しに来る義経が勝うらに着たる不思議さよ、


個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語