美波町
| みなみちょう 美波町 |
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| 美波町旗 美波町章 | |
| 国 | |
| 地方 | 四国地方 中国・四国地方 |
| 都道府県 | 徳島県 |
| 郡 | 海部郡 |
| 団体コード | 36387-1 |
| 面積 | 140.85km² |
| 総人口 | 7,587人 (推計人口、2012年1月1日) |
| 人口密度 | 53.9人/km² |
| 隣接自治体 | 阿南市、海陽町 牟岐町、那賀町 |
| 町の木 | ウバメガシ |
| 町の花 | サクラ |
| 町の鳥 | イワツバメ |
| 美波町役場 | |
| 所在地 | 〒779-2305 徳島県海部郡美波町奥河内字本村18番地1 |
| 外部リンク | 美波町 |
| ウィキプロジェクト | |
美波町(みなみちょう)は、徳島県の町。2006年(平成18年)3月31日、海部郡の日和佐町(ひわさちょう)、由岐町(ゆきちょう)が合併して誕生した。
四国霊場の薬王寺に参拝する遍路で門前町は賑わい、室戸阿南海岸国定公園でもある海岸ではアカウミガメが産卵に訪れる。世界的にも珍しい施設とする日和佐うみがめ博物館などウミガメで町おこしを行っているほか、後述の漁村留学による地域おこしが成功例として全国から注目されている。
NHK連続テレビ小説「ウェルかめ」の舞台となっている。2009年(平成21年)9月28日 - 2010年(平成22年)3月27日まで放送。
目次 |
[編集] 概要
総じて落ち着いた美しい街並みで新日本観光地100選に選ばれているほか、吹き筒花火などでも知られる赤松地区は美しい日本のむら景観百選に選ばれている。四国地方のNHKテレビの天気予報では、徳島県南部を代表して「美波」が予報地として報じられる。
明治期にアメリカ船が志和岐沖で座礁した時には、村民総出で救出し、それを聞いたアメリカ大統領から、銀メダルや賞状、250ドルを送られたという逸話がある。
近年は足湯もある道の駅日和佐が新たな県南部の交流拠点・情報発信基地になっているほか、日和佐道路の開通で従来不便だった由岐地域との連絡も改善された。
2007年(平成19年)7月に徳島県内では初めて、美波町内の商店からレジ袋の有料化を実施し、年内に海部郡3町にも拡大するなど先駆的に環境意識が高まっている。
[編集] 集落再生に成功
漁村地域の伊座利(いざり)地区では、地域の人口減少・廃校問題に危機感を持った住民が主体的に、「学校の灯火を消すな!」を合言葉に「伊座利の未来を考える推進協議会」を結成、家を用意して家族ぐるみの県外からの漁村留学に取り組んだ。その結果、6年間で地区の人口を100人から130人へと130%に増加させており、地方自立や地方分権のあり方・ヒントとして全国的注目を浴びている[1]。
同協議会は2007年(平成19年)11月23日、農林水産省による農林水産祭 むらづくり部門の最優秀賞の天皇杯を受賞した。
[編集] 地理
[編集] 隣接している自治体
[編集] 自治体交流
[編集] 人口
| 美波町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 美波町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||
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■紫色 ― 美波町
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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美波町(に該当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 / 国勢調査 | ||||||||||||||||||||||||||||
[編集] 歴史
[編集] 原始
- 縄文時代田井遺跡[2]ができる。
- 今の美波町立日和佐小学校前で祝部の土器の破片が見つかる。
[編集] 古代
- 「阿波国那賀郡中男海藻六斤 和射」
- (中男とは養老令で17 - 20歳の男子を指し、また海藻はワカメのことである。)
- 日和佐を中心とする漁村が「和射(わさ)」と呼ばれ、「ワカメ」を献上していた。(海部郡は未だ成立していない。)
- 935年(承平5年)1月22日から1月26日にかけて土佐日記の作者「紀貫之」が土佐から京都への帰る途中、日和佐に阿波国内では最長の4泊停泊。恵比須浜港に停泊したという説が有力である。日和佐港は阿波国外にも良港として知られていた。
[編集] 中世
- 1223年(貞応2年)5月 承久の乱で土佐に配流されていた、後鳥羽上皇の第一皇子、土御門上皇が、都に近いところでという配慮で、阿波国に移られることになった途中、薬王寺に滞留されたようである。
- 室町時代末期、日和佐氏の日和佐肥前守が日和佐城を築城したとされる。
[編集] 近世
日和佐肥前守の子孫の濱氏が阿波藩蜂須賀氏諸奉行格80石余を知行。また薬王寺は寺領として十五石を給わった。
- 1771年(明和8年)6月11日 ハンガリー人のベニオフスキーがロシア船を乗っ取り、日和佐浦に漂着。
- 1807年(文化4年)陣屋が海部から日和射に移される。
- 1829年(文政12年)12月20日以降、宍喰沖・牟岐浦・日和佐浦に異国船(黒船)が度々来航。ペリー来航の24年前のことであった。
- 1868年(慶応4年)1月4日 戊辰戦争のなかで旧由岐町沖で阿波沖海戦があった。この海戦は日本初の洋式艦同士の戦いで赤塚源六艦長率いる薩摩艦隊は、幕府軍艦頭榎本武揚 が陣頭指揮をとる幕府艦隊「開陽丸」を振りきり逃走した。逃げ去った薩摩艦船「春日丸」には日露戦争で活躍した東郷平八郎も砲手として乗り込んでいた。その海戦を伝える阿波沖海戦公園がある。
[編集] 近代以降
- 1889年 町村制施行で日和佐村、赤河内村、三岐田村、阿部村発足。
- 1907年 日和佐村、町制施行で日和佐町に。
- 1922年 三岐田村、町制施行で三岐田町に。
- 1955年 三岐田町、阿部村合併で由岐町発足。
- 1956年 赤河内村に、日和佐町を編入し、日和佐町に改称。
- 2006年(平成18年)3月31日 海部郡の日和佐町、由岐町が合併して誕生。同時に町章を制定する。[3]
- 2009年 徳島県立水産高等学校が徳島県立徳島科学技術高等学校(徳島市)へ統合される。
- 2010年 美波町立赤松小学校、美波町立由岐中学校阿部分校が閉校。
- 2011年 美波町立阿部小学校が閉校。
[編集] 教育
[編集] 中学校
[編集] 小学校
[編集] 特別支援養護学校
[編集] 交通
[編集] 鉄道路線
[編集] バス
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- 由岐停留所、日和佐停留所
旧由岐地区 - 旧日和佐地区を相互に結ぶバス路線は無い。
[編集] 道路
[編集] 特産品
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 名所・旧跡
- 名勝
- 博物館など
- 日和佐うみがめ博物館
- ぽっぽマリン(JR牟岐線由岐駅に併設)
- 催事
- 由岐天神祭り(7月日曜)
- 由岐の連続秋祭り(9月中旬)
- 伊勢エビ祭り(10月日曜)
- 赤松地区の吹筒花火(10月)
- うみがめ祭り(7月下旬)
- 八幡神社秋季例祭(秋祭り)日和佐地区(10月)
[編集] 出身有名人
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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