板野郡

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板野郡いたのぐん)は、阿波国徳島県北東部の人口96,885人、面積109.67km²、人口密度883人/km²。(2009年5月1日、推計人口

郡人口は四国で一位なほか、中国地方を含めると、広島県安芸郡に次ぐ二位、近畿まで広げても五本の指に入るほどである。中心の町である藍住、北島両町は、過疎地徳島県の中でも年々人口が増えており、また、郡内の町に周辺合併の話も出ていないため、このままいくと、再び人口10万人超の郡になる。

なお、徳島県民には板東英二アンジェラ・アキという徳島では数少ない芸能界で成功を果たした有名人を輩出した場としても知られる。

以下の5町を含む。

[編集] 沿革

7世紀に制の板野評として建てられた[1]。これが701年に郡制に移行した。

平安時代後期から江戸時代初期(寛文4年)(1664年)までは板東郡・板西郡の2郡に分割されていたことが、当時の文書・絵図で確認される。 (板野町の三番札所金泉寺山門を境に南北に結ぶラインが板東・板西の境界であったと伝えられている。)

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  1. ^ 藤原京藤原宮の北の外濠から出土した木簡に、「板野評津屋里猪脯」とある。奈良国立文化財研究所『藤原京木簡』一、153、1978年、解説77頁。

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