金剛頂寺 (室戸市)

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金剛頂寺
Kongochoji 04.JPG
本堂
所在地 高知県室戸市元乙523
位置 北緯33度18分26秒東経134度07分22.3秒座標: 北緯33度18分26秒 東経134度07分22.3秒
山号 龍頭山
宗派 真言宗豊山派
本尊 薬師如来
創建年 (伝)大同2年(807年
開基 (伝)嵯峨天皇(勅願)、空海(弘法大師)
正式名 龍頭山 光明院 金剛頂寺
別称 西寺(にしでら)
札所等 四国八十八箇所26番
文化財 銅造観世音菩薩立像・木造阿弥陀如来坐像・
板彫真言八祖像・銅鐘・金銅旅壇具・
金銅密教法具(国の重要文化財)
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金剛頂寺(こんごうちょうじ)は、高知県室戸市元崎山に位置する寺院。龍頭山(りゅうずざん)、光明院(こうみょういん)と号す。宗派は真言宗豊山派本尊薬師如来四国八十八箇所霊場の第二十六番札所である。室戸市周辺では西寺とよばれる[1]

本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか

ご詠歌:往生に 望みをかける 極楽は 月のかたむく 西寺のそら

歴史[編集]

寺伝によれば、嵯峨天皇勅願により大同2年(807年)に空海(弘法大師)が薬師如来を刻んで創建したという。『南路志』(江戸時代の土佐の地誌)所収の寺記によれば、大同元年、唐から帰国途次の空海が当地に立ち寄り創建したとされる。同寺記によれば、嵯峨天皇淳和天皇が勅願所とし、住職も十代まで勅命によって選定されたという[2]

延久2年(1070年)の「金剛頂寺解案」(こんごうちょうじげあん、東寺百合文書のうち)によれば、当時の寺領は現・室戸市のほぼ全域にわたっていた[2]

中世には長宗我部元親が寺領を寄進しているほか、土佐藩主山内家の祈願所とされた。明治32年(1899年)の火災で伽藍を焼失し、現存する堂宇はその後の再建である[2]阿南室戸歴史文化道の指定を受けている。

境内[編集]

厄坂の石段を上って山門を入ると広い境内に入る。さらに石段を上ると左側に手水場が、左に行くと大師堂がある。正面奥に間口の広い本堂が建っている。本堂手前に鐘楼、本堂から左に行くと宝物館の霊宝殿、弁財天、魚籃観音、護摩堂が並び奥に本坊がある。手水場の近くに一粒万倍の釜がある。納経所は本堂の手前左にある。

  • 宿坊:定員100名
  • 駐車場:20台、大型3台(納経所にて駐車志納金要)

文化財[編集]

重要文化財
  • 銅造観世音菩薩立像(白鳳時代前期)銅造、22.0cm
  • 木造阿弥陀如来坐像(平安時代後期)檜の寄木造、古色、88.0cm
  • 板彫真言八祖像(鎌倉時代嘉暦2年・1327年)木造板彫、彩色、龍猛88.6cm・龍智86.4cm・金剛智85.8cm・不空87.4cm・善無畏85.5cm・一行87.4cm・恵果87.2cm・空海87.3cm、裏面の墨書から作者は定審
  • 銅鐘(高麗時代)
  • 金銅旅壇具 一括
  • 金銅密教法具 一括
  • 大毘盧遮那経・金剛頂経
県保護有形文化財
  • 金剛頂寺の仏画
県天然記念物
  • ヤッコソウ自生地(高さ10cm内外の小型の植物で、花季は11月下旬~12月上旬)
室戸市指定文化財
  • 多数あり

ギャラリー[編集]

山門 
天狗問答 
鐘楼 
大師堂 
本坊の桜 

アクセス[編集]

鉄道
バス
道路

奥の院[編集]

池山神社
不動岩(不動堂)
池山神社
不動岩(番外霊場)

周辺[編集]

前後の札所[編集]

四国八十八箇所
25 津照寺 --(3.8km)-- 26 金剛頂寺 --(27.5km)-- 27 神峯寺

脚注[編集]

  1. ^ 東西に対峙している第二十四番札所の最御崎寺を東寺(ひがしでら)と呼ぶのに対し、西寺(にしでら)と呼ばれ、津照寺を津寺(つでら)と呼ぶ。
  2. ^ a b c 『日本歴史地名大系 高知県の地名』pp.110 - 111

参考文献[編集]

  • 四国八十八箇所霊場会編『先達教典』 2006年
  • 宮崎建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会、2007年(第8版)
  • 『日本歴史地名大系 高知県の地名』、平凡社、1983

外部リンク[編集]