太龍寺

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太龍寺
Tairyuji 06.JPG
本堂への石段
所在地 徳島県阿南市加茂町龍山2
位置 北緯33度52分57.1秒東経134度31分18.8秒座標: 北緯33度52分57.1秒 東経134度31分18.8秒
山号 舎心山
宗派 高野山真言宗
本尊 虚空蔵菩薩
創建年 (伝)延暦12年(793年
開基 (伝)桓武天皇勅願空海(弘法大師)
正式名 舎心山 常住院 太龍寺
別称 西の高野
札所等 四国八十八箇所21番
阿波秩父観音霊場10番
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太龍寺(たいりゅうじ)は、徳島県阿南市加茂町にある高野山真言宗寺院。舎心山(しゃしんざん)、常住院(じょうじゅういん)と号する。四国八十八箇所霊場の第二十一番札所阿波秩父観音霊場の第十番札所。本尊は虚空蔵菩薩

本尊真言:のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん あり きゃまり ぼり そわか

ご詠歌:太龍の 常にすむぞや げに岩屋 舎心聞持は 守護のためなり

歴史[編集]

空海弘法大師)の24歳での著作である三教指帰(さんごうしいき)の序文に「阿國大瀧嶽に…勤念す」と記されており、大瀧嶽は現在の大竜寺山であると考えられている。19歳で都の大学での学問に見切りをつけて修行に入った空海が、現在の境内の600m ほど西にある舎心嶽の岩上で百日間の虚空蔵求聞持法を修したとされる。

延暦12年(793年)に桓武天皇勅願によって堂塔が建立され、空海が虚空蔵菩薩像などを刻み安置したと伝えられている。[1]

皇室や武家からの信仰が篤く寺勢は栄えたが、天正年間(1573年 - 1592年)に長宗我部元親の兵火によって焼失し衰退、その後も復興と荒廃を繰り返すが徳島藩蜂須賀家の保護によって再建される。

現況[編集]

太竜寺山の山頂付近に位置する大伽藍は「西の高野」と称され、阿南室戸歴史文化道への指定、とくしま88景の選定を受けている。阿波では「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」と称され、へんろころがしと呼ばれる難所の一つである。駐車場も境内から離れており、かなり歩かないと行けない札所であったが、1992年那賀郡鷲敷町(現・那賀町)側から太龍寺ロープウェイが運行するようになったため、楽に参拝できるようになった。[2]

2011年7月の台風6号により、樹齢400年に及ぶスギの先端およそ15メートルが折れて、本堂の屋根を突き破った[3]

境内[編集]

  • 山門仁王門):金剛力士像は鎌倉時代の作品で、徳島県では最大にして最古のものである。
  • 鐘楼門:本堂へ通じる石段の途中にある。
  • 本堂:毎年1月12日のみ本尊が開帳される。
  • 大師堂
  • 持仏堂:竹村松嶺による龍の絵が大廊下の天井に描かれている。
  • 六角経蔵
  • 護摩堂:本尊は興教大師作とつたわる不動明王。
  • 弁天堂
  • 多宝塔:法界虚空蔵、金剛虚空蔵 宝光虚空蔵、蓮華虚空蔵、業用虚空蔵の五尊による五大虚空蔵を安置。
  • 求聞持堂:虚空蔵求聞持法を修行するための道場。
  • 中興堂:長範和尚を祀っている。

山門から長い参道を進むと右側に六角経蔵、護摩堂、持仏堂(本坊)、納経所があり、この先の石段を上って行く。石段の途中に鐘楼門が設けられている。上り詰めて左に進むと奥に本堂が建ち、その左後ろに求聞持堂がある。本堂とは逆の右に進むと橋を渡った先に大師堂拝殿がある。履物を脱いで拝殿回廊を回り込んで拝殿裏に行くと大師堂奥殿がある。多宝塔は本堂と大師堂の間の丘の上に立つ。 なお、ロープウェイ利用の場合は、山頂駅舎出口の前の石段を上り詰めると本堂の正面にでる。

  • 宿坊:なし
  • ロープウェイ駐車場:150台、大型10台
  • 寺院下駐車場:普通車・軽自動車 20台(納経所にて道路管理費として志納金要、交通安全ステッカーを授与される)。境内まで約1.5km、徒歩20分。

交通案内[編集]

鉄道
バス
道路

奥の院[編集]

舎心ヶ嶽の弘法大師像
舎心ヶ嶽(番外霊場)

空海(弘法大師)が19歳頃にこの場所で100日間の虚空蔵求聞持法を試みたとされる。南舎心ヶ嶽には弘法大師像が、北捨心ヶ嶽には祠が作られている。

黒滝寺

文化財[編集]

登録有形文化財

前後の札所[編集]

四国八十八箇所
20 鶴林寺 --(6.5km)-- 21 太龍寺 --(10.9km)-- 22 平等寺
阿波秩父観音霊場
09 観正寺 -- 10 太龍寺 -- 11 補陀羅山

脚注[編集]

  1. ^ この頃には一介の私度僧であった空海が、天皇の勅願を受けて一寺を建立できるとは考えられないため、実際にはこの年には祠程度のものが作られ、堂塔の建立はもう少し後の時代ではないかと考えられる。
  2. ^ 太龍寺ロープウェイで結ばれて一層那賀町との関係が深くなったが、太龍寺の電話番号は以前から那賀町側の丹生谷MA(旧丹生谷電報電話局)の電話番号であった。さらに以前の非自動電話時代は「鷲敷21番」という、札所番号にちなんだ電話番号だった。現在の電話番号の下2桁も21である。
  3. ^ 県内に大きな爪痕 台風6号、各地で道路・建物損壊”. 徳島新聞 (2011年7月20日). 2011年7月26日閲覧。
  4. ^ 文化遺産オンライン
  5. ^ 文化遺産オンライン
  6. ^ 文化遺産オンライン
  7. ^ 文化遺産オンライン
  8. ^ 文化遺産オンライン
  9. ^ 文化遺産オンライン
  10. ^ 文化遺産オンライン
  11. ^ 文化遺産オンライン
  12. ^ 文化遺産オンライン

参考文献[編集]

  • 四国八十八箇所霊場会 編 『先達教典』 2006年
  • 宮崎建樹 著 『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会 2007年(第8版)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]