能登国分寺
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| 能登国分寺公園 | |
|---|---|
| 所在地 |
七尾市国分町リ部9
|
| 分類 | 史跡公園 |
| 設備・遊具 | 展示館 |
| 駐車場 | 120台 |
能登国分寺(のとこくぶんじ)は、かつて能登国(石川県七尾市)に存在した仏教寺院。
目次 |
概要 [編集]
能登国の国分寺は定額寺の大興寺を前身とする。大興寺はこの地方を支配した能登臣(のとのおみ)の一族により、飛鳥時代末期に建てられた。
843年(承和10年)、能登国司に赴任した春枝王により、大興寺を国分寺に昇格。741年(天平13年)に聖武天皇が国分寺建立の詔を発布してから約100年経てからの建立であった。約400年の間栄えたが、いつしか廃寺となった。
大正時代に発掘調査が開始され、1970年(昭和45年)から本格的な調査が行われた。
1974年(昭和49年)に寺域南方の建物群跡を含め「能登国分寺跡 附建物群跡」として国の史跡に指定された[1]。寺跡は史跡公園として整備され、1992年(平成4年)に能登国分寺公園として開園した。公園内には南門と塀の一部が復元され、中門、金堂、五重塔、講堂、回廊などの跡が表示されている。また、出土品や復元模型などを展示する能登国分寺展示館がある。
交通アクセス [編集]
脚注 [編集]
- ^ “末松廃寺跡・能登国分寺跡 附建物群跡・東大寺領横江荘遺跡 荘家跡・上荒屋遺跡”. 石川県 (2012年10月16日). 2013年4月3日閲覧。
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- 能登国分寺跡 附建物群跡 - 財団法人石川県埋蔵文化財センター