羽後国
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羽後国(うごのくに)は、東北戦争終結直後に出羽国を分割し制定された、日本の地方区分の国の一つ。東山道に位置する。別称は羽前国とあわせて、または単独で羽州(うしゅう)。領域は現在の秋田県のうち鹿角市と小坂町を除いた大部分と、山形県の飽海郡、同じく山形県の酒田市の最上川以北部分にあたる。
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[編集] 沿革
- 「旧高旧領取調帳」の記載によると、明治初年時点で、出羽国のうち後の羽後国内の支配は以下の通り。太字は当該郡内に藩庁が所在。
- 明治元年
- 明治2年
- 明治3年
- 明治4年
- 明治9年(1876年)8月21日 - 第2次府県統合により、飽海郡が山形県の管轄となる。
[編集] 国内の施設
[編集] 神社
- 飽海郡 大物忌神社 (現 鳥海山大物忌神社。山形県飽海郡遊佐町) - 名神大社。
- 飽海郡 小物忌神社 (山形県酒田市山楯)
- 飽海郡 月山神社 (山形県東田川郡庄内町立谷沢) - 名神大社。
- 平鹿郡 塩湯彦神社 (秋田県横手市山内大松川)
- 平鹿郡 波宇志別神社 (現 保呂羽山波宇志別神社。秋田県横手市大森町八沢木)
- 山本郡 副川神社 - 論社4社。副川神社(秋田県南秋田郡八郎潟町浦大町)、嶽六所神社(秋田県大仙市神宮寺)、八幡神社(秋田県大仙市神宮寺。嶽六所神社境外社)、添川神明社(秋田県秋田市添川)。
このうち、月山神社は羽前国の伊弖波神社とともに出羽三山を構成する神社である。
令制国としてではないが一宮は鳥海山大物忌神社である。鳥海山山頂に本殿が、山麓の吹浦と蕨岡の2か所に口宮(里宮)がある。長年2つの口宮が一宮の称を争っていたため、江戸時代、幕府の裁定により山頂の祠が一宮と定められた。二宮は山形県酒田市城輪の城輪神社(大物忌神社の摂社)、三宮は小物忌神社である。
[編集] 地域
[編集] 郡
[編集] 人口
明治5年(1872年)の調査では、人口63万0036人を数えた。
[編集] 脚注
[編集] 参考文献
- 角川日本地名大辞典 5 秋田県
- 角川日本地名大辞典 6 山形県
- 旧高旧領取調帳データベース
[編集] 関連項目
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