天魔

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葛飾北斎画『釈迦御一代図会』より、仏法を滅ぼすために釈迦と仏弟子たちのもとへ来襲する第六天魔王

天魔(てんま)とは、第六天魔王波旬(はじゅん=悪魔)のこと。仏道修行を妨げているのこと。天子魔(てんしま)・他化自在天(たけじざいてん)・第六天魔王(あるいは単に魔王)ともいう。あるいは天魔の配下の神霊(魔縁参照)のこと。

[編集] 概要

第六天とは、仏教における天のうち、欲界六欲天の最高位(下から第六位)にある他化自在天をいう。この天に生まれたものは、他人の楽しみを、自由に自らのものとすることができるという。

初期仏教において天魔として名前を挙げられるマーラー(マーラ)・パーピーヤス(天魔波旬)のほかに、後期ではインドイランから中央アジアマヘーシュヴァラ大自在天ヒンドゥー教の神シヴァと同一視されることも)が天魔と表記されることから、同一視されていることが多い。

尚、マーラはウガリット神話における死の神モートと語源を同じくするという。

[編集] 涅槃経での波旬

涅槃経では序品において、釈尊が今まさに涅槃せられんとする場面から始まり、そこには釈尊の涅槃を知って様々な人物が供養しようとして馳せ参じるが、その中には魔王波旬もいたと説かれる。その内容は以下の通り。

波旬は、仏の神力によって地獄の門を開いて清浄水を施して、諸々の地獄の者の苦しみを除き武器を捨てさせて、悪者は悪を捨てることで一切天人の持つ良きものに勝ると仏の真理を諭し、自ら仏のみ許に参じて仏足を頂礼して大乗とその信奉者を守護することを誓った。また、正法を持する者が外道を伏する時のために咒(じゅ、真言)を捧げ、これを誦する者を守護し、その者の煩悩は亀が六を蔵す(亀が四肢首尾を蔵めて外敵より身を守ること)ものであると述べて、最後の供養者として真心を受け給うよう願い出た。釈尊は「汝の飲食(おんじき)供養は受けないが、一切衆生を安穏にせんとするためのその神咒だけは受けよう」と仰せられた。波旬は三度懇請して咒は受け入れられたが終に飲食供養は受け給わず、心に憂いを抱いて一隅に座した、と記されている。

[編集] 関連項目

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