戸塚区
座標: 北緯35度23分47.3秒 東経139度31分56.4秒 / 北緯35.396472度 東経139.532333度
| とつかく 戸塚区 |
|
|---|---|
| 国 | |
| 地方 | 関東地方 |
| 都道府県 | 神奈川県 |
| 市 | 横浜市 |
| 団体コード | 14110-1 |
| 面積 | 35.81km² |
| 総人口 | 274,217人 (推計人口、2011年12月1日) |
| 人口密度 | 7,660人/km² |
| 隣接自治体 隣接行政区 |
横浜市(南区、保土ケ谷区、港南区、旭区、栄区、泉区) 鎌倉市、藤沢市 |
| 区の花 | 桜 |
| 戸塚区役所 | |
| 所在地 | 〒244-0003 神奈川県横浜市戸塚区戸塚町157番地3 |
| 外部リンク | 戸塚区役所ホームページ |
| ウィキプロジェクト | |
戸塚区(とつかく)は、横浜市を構成する18区の行政区のうちの一つである。「塚」は旧字体の「塚」が使われることもある。
目次 |
[編集] 概要
戸塚は江戸時代、東海道の宿場町として栄えた。明治になると東海道線が開通、戸塚駅が開業する。近代化に伴って日立製作所など、多くの工場が進出し、高度経済成長以降は丘陵地の造成が進み、東京・横浜のベッドタウンとなっている。横浜市の副都心として指定されている。
都市整備は市中心部に比べて大幅に遅れている。特に新興開発地である東戸塚地区と異なり、戸塚駅の西口再開発事業は1962年の計画立案以来、商店主の反対もあって計画が大幅に遅れ、一帯の再開発が課題となっていたものの、2007年6月より本格的に事業が着手され工事も開始され、2010年4月に商業施設トツカーナが完成した。2012年秋に第2交通広場、戸塚区役所(新庁舎)などの公益施設度の完成を予定している。地権者はパチンコグループの東横である。
これにより、戦後の闇市以来の歴史を有する「旭町通商店街」や「さくらモール」は消滅した。
日立製作所のソフトボール部(日立ソフトウェア)は強豪であり、また女子バスケットボール部日立戸塚レパードも強豪であったが、現在休部中である。
[編集] 地理
面積は横浜市の区の中で最大である。人口は第3位。川崎および横浜方面から湘南方面行く場合、横浜市西部および大和方面から横須賀方面へ行く場合に必ず通る交通の要地であるが西南の原宿、西の矢沢交差点、戸塚警察署前、戸塚駅を左右に分断する大踏切、北の不動坂、南の笠間十字路の六大渋滞地点に戸塚駅周辺がぐるりととりかこまれていることにより大きな道路はいつも渋滞している。スムーズに戸塚駅周辺と出入りできるのは港南台、本郷台方面からのみである。鎌倉市のように外部から入りにくく出にくい構造である。戸塚区中心部の交通自体はたいして混んでいないが、神奈川県民からは「戸塚といえば渋滞」のイメージがあり、地価は安い。
区域は北東から南西にかけて延びており、中央部を暴れ川と呼ばれた柏尾川・東海道線・国道1号が縦断する。柏尾川流域は古くからの工場が多く、その他ほとんどの丘陵地が住宅地として開発されている。谷戸や沢の地形が多い。
深谷町に広大な在日米軍深谷通信所(送信施設)があり、瀬谷区の上瀬谷通信所(受信)とともに、国内屈指の通信施設となっているが、深谷に関しては全面返還が内定している。なお近隣住民は、テレビなどの受信障害のため、現在も米軍から補償を受けている。
[編集] 地名
秋葉町、影取町、柏尾町、上柏尾町、上倉田町、上品濃、上矢部町、川上町、汲沢町、汲沢一〜八丁目、小雀町、品濃町、下倉田町、戸塚町、鳥が丘、名瀬町、原宿一〜五丁目、東俣野町、平戸町、平戸一〜五丁目、深谷町、舞岡町、前田町、俣野町、南舞岡一〜四丁目、矢部町、吉田町
[編集] 歴史
- 「戸塚」の語源は、区内にある富塚八幡宮の「富塚」(とみづか)から来ているとする説が有力である。同社は富属彦命(とつぎひこのみこと、相模国造二世の孫と伝える)を主祭神とし、社殿背後には彼を葬ったという前方後円墳があるが未発掘。区内には縄文時代以来の遺跡も多い。上矢部町の富士山古墳(円墳。径25メートル)からは多様な埴輪が出土した。また、同じ上矢部の東野台古墳、秋葉町の長蔵寺裏古墳も残る。
- 律令制下では、相模国鎌倉郡に属した。中世までは高座郡であったとする説もあるが、面積や境界での不自然さがあり、説得性に欠ける。境川が文字通りの郡堺と考えられる。
- 平安時代後期に戸塚友晴によって開発が進み、その後、一族は掛川市に移住したと伝わる。
- 平安後期から鎌倉期には鎌倉党の一族がいたもようである。始祖鎌倉景政を祀る「御霊社」「五霊社」などが区内近隣に遺っている。特に汲沢の御霊神社は、市内最高齢の神主が管理し、八坂神社、大久保神社の神主を兼務している。
- 中世は、狭義での鎌倉ではなかったが、同じ郡内に鎌倉幕府や鎌倉府が置かれたため、政治動向に巻き込まれることも多かったと考えられる。また、「いざ鎌倉」という時に用いられた鎌倉街道(上道(俣野)・中道(舞岡・柏尾・名瀬))が通っていた。
- 戦国時代、名瀬に風間信昭の館があった。
- 江戸時代になると五街道が整備され、程ヶ谷宿と藤沢宿(戸塚への宿場設置に反対していた)の間の宿駅として、両者より3年遅れた慶長9年(1604年)に矢部、吉田、戸塚を範囲とする戸塚宿が成立、幕末には東海道五十三次中、旅籠の数では県内では小田原宿に次ぐ規模となった。のちに本陣となる沢辺家が、妹が岡津陣屋の代官彦坂元正の妾となっていた人脈を活かして幕府の裁許を得たようである。現在でも駐車場を経営している。なお、当家に設けられた寺子屋が富塚学舎となり、横浜市立戸塚小学校となった。もう一つの本陣内田家は現在の戸塚郵便局付近に存在したが、子孫は八坂神社の向いに居住している。
- 品濃町に残る一里塚は往時の姿を色濃く残す東海道でも数少ないものである。
- 平戸には代官・萩原氏が開いた直心陰流の道場があり、近藤勇も訪れていた。
- 元々の戸塚区は、現在の瀬谷区(1969年分区)、泉区(1986年分区)、栄区(1986年分区)などを含んでいた。
- 栄区、泉区の分区までは人口45万人で、全国政令指定都市の行政区中、最大であった。
- 1874年(明治7年)、当時の鎌倉郡川上村柏尾の地で、高座郡産の豚肉を使用した国産のハムがはじめて製造される。現在は名古屋に本社を持つ鎌倉ハムの社名はここに由来する。
- 1878年(明治11年)、当時の鎌倉郡役所が戸塚町に設置された。この鎌倉郡には現在の鎌倉市も含まれており、旧戸塚区(戸塚区・瀬谷区・泉区・栄区)は相模であり鎌倉であった事実の一つであるが、現在その事を遡って知る住民は少ない。
- 1887年(明治20年)、東海道線戸塚駅が開業。現在の東戸塚駅北側に位置するトンネル(清水谷戸トンネル)は、東海道線の東京~小田原間では唯一のトンネルで、武相国境を貫いている。東海道線上りのトンネル[1]は1887年開通の日本最古の鉄道トンネルである。後に横須賀線開通のため東海道線は通過となるが、再び東海道線が停車するようになったのは、東戸塚駅が設置された1980年である。
- 1929年(昭和4年)俣野の石川重郎が第29代県議会議長となる。
- 1939年(昭和14年)4月、戸塚町をはじめとした神奈川県鎌倉郡下の1町7村が横浜市に合併され、横浜市戸塚区となる。横浜市立戸塚高等学校は、町立時代の実科高等女学校の系譜を引く。吉田町の日立製作所は1933年完成の旧戸塚競馬場跡地(現・川崎競馬場)で、その後1942年に汲沢町に移転した戸塚競馬場(1950年まで開場)跡地に現在の汲沢団地バス停がある。バス停周囲が広いのはこの為である。
- 戸塚駅東口一帯は、競馬場の汲沢移転後、東洋電機製造の広大な敷地となっていたが、1983年金沢区に移転後 は宅地化が進んだ。
- 1944年(昭和19年)、原宿町の一帯に海軍軍医学校戸塚分校、海軍衛生学校が設置された。衛生学校は戦後に「聖母の園」修道院となったが、1955年に日本の火災史上に残る大惨事となった聖母の園養老院火災が発生している。なお現在の横浜医療センターは戦時中、海軍病院で山本五十六も入院したことがある。
- 1961年、秋葉町の無人踏切で湘南電車・ダンプ・横須賀線の多重衝突事故(死者4名)が発生、その後も事故が幾度か起きたため、立体化された。
- 1980年、品濃町に東戸塚駅が開業。乗換のため戸塚駅の東海道線停車が復活した。
- 旧東海道は、ほぼ現在の国道1号と重なるが、保土ケ谷区の権太坂から品濃町までの間、秋葉町の秋葉立体、舞岡町の舞岡入口の3箇所において、旧道が今も独自に残っている。
- 汲沢の中村三叉路から戸塚高校前を経て踊場へと抜ける道が岡津道で、旧東海道と岡津陣屋を結んでいた。
- 戸塚町にある浄土宗清源院は、徳川家康の妻妾お万の方の創建にかかり、のちに荼毘所となる。
- 吉田町一帯は、中世の豪族山内首藤氏が治めた吉田荘の一部である。
- 汲沢の宝寿院は土地の旧家・森家の建立であるが同家は森蘭丸の末裔とされている。
- 汲沢に「源氏山」、「六郎丸」という地名が残っており、畠山重保(畠山重忠の子)の居館跡と伝承されている。
- 俣野町・東俣野町は、鎌倉党の大庭氏一族俣野氏の本貫(苗字)の地である。居館は旧ドリームランド一帯とされている。俣野景久(俣野五郎景久)(伝説上はじめて河津掛けをされた人物)が反源氏のため越後で戦死した後も、末裔がいたようである。また同地一帯には、小栗判官・照手姫伝説が残る。江戸時代には旗本・永井氏が住んだ。
- 東俣野一帯には横山大膳が住していた。俣野小学校一帯は、かつて荒馬・鬼鹿毛が放牧されていたことから字名として残っている。
- 小雀町の公文国際学園付近には、三浦氏一族・杉浦氏が住し、蟹江の七本槍で有名な杉浦勝吉一族が治めた。また秋葉町にも三浦氏一族が住していた。
- 戸塚町八坂神社は、かつて全国の神社でみられたお札まきという風習(市指定無形文化財)が全国でも残っている数少ない神社である。
- 上矢部町の福泉寺には、中世には小田原北条氏が、江戸時代には旗本・石川氏が陣屋を構えた。石川重次氏は過失から加役方人足寄場(東京都中央区佃)に幽閉され、石川の苗字が石川島の由来となり、そこに起源をもつIHIの旧会社名として名を残す。また、矢部小学校一帯も城跡である。
- 原宿、鉄砲宿(山谷新田)は、東海道の間宿である。
- 品濃町、川上町は、幕末、日米修好通商条約批准書交換使節として渡米した幕臣、新見正興の領地であり、一族の墓所も現存している。
- 柏尾から庶民信仰の山である大山に向けて大山道が発していた。
- 箱根駅伝は、横浜新道開通以前は旧東海道がルートであったため、走者はしばしば戸塚駅横の大踏切で立往生した。
- 日本人初のNBA選手・田臥勇太はコーチを慕い、金沢区から区内の市立矢部小学校ミニバスケットボールの練習に参加していた。
- 小雀浄水場は、津久井湖を水源とし、相模川水流を寒川で取水し横須賀市内にも水を供給する県内屈指の浄水場である。
- 鳥が丘には、2008年北京オリンピックで金メダルを獲得した女子ソフトボールに多数の選手を送り込んだ日立製作所の寮がある。
[編集] 行政
区長
- 地曳良夫( - 2004年3月31日)
- 塚原良一(2004年4月1日 - 2007年3月31日)
- 谷内徹(2007年4月1日 - 2010年3月31日) - 就任早々の2007年4月、大黒海釣り公園にて、釣り禁止時間帯に公園内に侵入し、書類送検された。
- 葛西光春(2010年4月1日 - )
[編集] 地域
- 横浜の行政区の中で最も乳牛数が多い。
[編集] 住宅団地
- 横浜市住宅供給公社ドリームハイツ(俣野町)
- 神奈川県住宅供給公社ドリームハイツ(俣野町)
- UR 下倉田団地(下倉田、2C、 賃貸374 1958年)
- UR 上倉田団地(上倉田、賃貸640 1959年)
- UR 矢部団地(矢部、特殊設計 賃貸811 1960年)
- UR 大正団地(原宿 (横浜市))
- 原宿 (横浜市)県営団地
- 県営柏尾団地(上柏尾町)
- 県営サイドヒル矢部(矢部町)
- 県営川上第一団地(川上町497外)
- 県営汲沢団地(汲沢1丁目)
- 県営平戸団地(平戸町)
- 県営柏陽台団地(柏尾町)
- 県営川上第二団地(川上町)
- 県営チェリーヒルズ上倉田(上倉田町)
- 県営原宿団地(原宿5丁目)
[編集] 教育
[編集] 大学
[編集] 短期大学
- なし
(湘南工業短期大学が存在したが1951年に廃止)
[編集] 高等学校
- 公立
- 私立
[編集] 中学校
- 公立
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- 私立
[編集] 小学校
- 公立
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[編集] 特別支援学校
- 横浜市立東俣野特別支援学校
[編集] 医療
[編集] 総合病院
- 戸塚共立第一病院
- 戸塚共立第二病院
- 東戸塚記念病院
- 西横浜国際総合病院
- 独立行政法人横浜医療センター
- 日立戸塚総合病院
- 横浜舞岡病院
- 東戸塚ふれあいホスピタル
- 川上診療所
[編集] 交通
[編集] 鉄道
※湘南新宿ラインは列車ごとに停車駅が異なる
- ■ 横浜市交通局
- ■ 横浜市営地下鉄ブルーライン
- - 戸塚駅 - 舞岡駅 -
- 廃止路線
- ドリーム開発ドリームランド線(ドリームモノレール)
[編集] 路線バス
[編集] 道路
- 国道1号
- 神奈川県道23号原宿六ツ浦線
- 神奈川県道203号大船停車場矢部線
- 神奈川県道218号弥生台桜木町線
- 神奈川県道401号瀬谷柏尾線
- 神奈川県道402号阿久和鎌倉線
- 神奈川県道403号菖蒲沢戸塚線
- 環状2号線
- 環状3号線
- 環状4号線
- 横浜市道戸塚大船線
- 横浜市道舞岡上郷線
[編集] その他のインフラ
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 旧東海道の松並木
- 舞岡公園
- 新沢池公園(戸塚町。戸塚の水道の水源地であったが池は現存していない)
- 益田家のモチノキ
- ウイトリッヒの森(原宿)
- まさかりが淵市民の森 - 民話の伝承地(汲沢)
- 箱根駅伝戸塚中継所
- 柏尾川の桜並木とミズキンバイ
- 白旗神社(品濃町、平戸)
- 八坂神社の夏祭りとお札まき - 横浜市指定無形文化財
- 藤原実方の実方塚(供養碑)・歌碑 - 倉田に多い実方姓の起源と伝える
- 南谷(みなみやと)の大わらじ(倉田)
- 紅葉滝(倉田)
- 丹後山(上矢部町。丹後内侍伝説)
- 護良親王首洗い井戸(柏尾町王子神社)
- 旧住友家俣野別邸(国の重要文化財2009年3月放火焼失)
- 永勝寺(親鸞聖人ゆかりの寺、倉田)
- 親縁寺
- 横浜市戸塚斎場
- お軽勘平道行の碑(仮名手本忠臣蔵)(戸塚町)
- 横浜FC LEOCトレーニングセンター Jリーグクラブ横浜FC練習場
- 戸塚カントリークラブ
- 清水谷戸トンネル - 現役最古の鉄道トンネル
- ミズキンバイ - 柏尾川沿いのミズキンバイは都市河川としては全国唯一のものである。
- 盛徳寺(阿波富田藩ゆかりの寺。倉田)
[編集] 戸塚区に本社を置く企業
東証1部上場
東証2部上場
非上場
- かもめプロペラ
- 大倉陶園
- 大洋建設
- 六国建設
- 横浜文明堂
- 住電通信エンジニアリング
- 楽陽食品
- 大川印刷(崎陽軒弁当の包装紙を印刷)
[編集] 工場
- 日立製作所 通信ネットワーク事業部(旧 日立コミュニケーションテクノロジー)- 日立製作所 ソフトウェア事業部
- 日清食品
- ブリヂストン
- 山崎製パン
- タカタ
- ファルテック
- 第一パン
- 紀文
- 古林紙工
- ポーラ化粧品
- 大成建設技術センター
- アサヒコーポレーション
- コカ・コーラ セントラル ジャパン
[編集] 金融機関
証券会社
- 野村證券 戸塚支店
- 大和証券 戸塚支店
- 三菱UFJモルガン・スタンレー証券 戸塚支店
郵便局
都市銀行
- 三菱東京UFJ銀行 戸塚支店
- 三菱東京UFJ銀行 戸塚駅前支店(戸塚支店の店舗内店舗化(ブランチインブランチ))
- 三井住友銀行 戸塚支店
- みずほ銀行 戸塚支店
- りそな銀行 戸塚支店
地方銀行
信用金庫
[編集] 商業施設
- 戸塚モディ(丸井 戸塚店の建物を受け継いで開業)
- トツカーナ(再開発により完成)
- 有隣堂 戸塚駅西口トツカーナ店
- サクラス戸塚(閉店した西友戸塚店の跡地にて新規開業)
- オーロラシティー
- アピタ(旧ユニー) 戸塚店
- ザ・ダイソー アピタ戸塚店
- 東戸塚西口ブラザ
- ダイエー戸塚店
- サミット 下倉田店
- ハイパーマーケット 東戸塚店
- コナカ 東戸塚総本店
- コナカ 戸塚東口店
- ザ・ダイソー 横浜戸塚吉田店
- ザ・ダイソー 東戸塚西口プラザ店
- 有隣堂 戸塚駅地下売店
[編集] 出身有名人
[編集] スポーツ
- 遠藤航(サッカー選手)
- 小野智吉(サッカー選手)
- 近賀ゆかり(サッカー選手)
- 中村俊輔(サッカー選手)
- 水内猛(サッカー選手、サッカー解説者)
- 高橋建(MLB・ニューヨーク・メッツ選手)
- 浅井良(阪神タイガース選手)
- 中田良弘(元プロ野球選手)
- 佐古賢一(元バスケット日本代表)
- 鈴木裕紀 - プロバスケットボール選手(bjリーグ・大分ヒートデビルズ所属)
- 神保れい(元シンクロ選手)
- 諸岡奈央(空手家)
- 三宅学(バスケット選手)
[編集] 芸能・音楽
- 細川直美(女優)
- 高木雄也(Hey! Say! JUMP)
- 鈴々舎わか馬(落語家)
- 嵐ヨシユキ(横浜銀蝿)
- 翔(横浜銀蝿)
- 佐々木みく(女優)
- 松本かおり(モデル)
- オオゼキタク(シンガーソングライター)
- ピンクリボン軍(ロックバンド)
- 榊原まさとし(ダ・カーポ)
- 高畑岬(元ジャニーズJr.)
- 高畑翼(俳優)
- 鹿野草平(作曲家)
[編集] その他
- 佐野実(ラーメン店店主)
- 紡木たく(漫画家)
- 杉山兄弟(杉山弘之、輝行-シャボン玉のギネス記録保持者)
- 安東弘樹(TBSアナウンサー)
- 安東茂樹(童話作家、聖母会介護職員、安東弘樹の実弟)
- こしばてつや(漫画家)
- 市川寛子(アナウンサー)
- 照井裕(作家)
[編集] コミュニティ
FM放送
- 2009年4月29日開局したコミュニティFM。取締役に元NHKアナウンサー堀尾正明、元サッカー選手である奥寺康彦、早野宏史などが名を連ねている。2009年11月27日商業施設サクラス戸塚2階にサテライトスタジオを設置した。
インターネット
- ソーシャルネットワーキングサイト「mixi」において、2004年8月に設立されたコミュニティ「世界の中心戸塚」(正式名称「横浜戸塚」)は2010年4月現在で会員数9000名を超え、横浜市内の区のコミュニティでは最大規模を誇り、今なお拡大を続けながら活発に運営されている。
- 横浜市戸塚限定のソーシャルネットワーキングサイト「とつかーな」が2006年11月にオープン。地元有志により運営されている。
- 戸塚タウンナビ
[編集] その他
[編集] マスコットキャラクター
- とつか再開発くん - 2005年より登場した戸塚駅西口再開発事業キャラクター。体の各パーツは戸塚駅周辺の区域・道路・線路などを表現している。2008年頃からいわゆるゆるキャラとしてネット上で採り上げられており、横浜市のサイトではぬり絵も用意されている。デザインを行ったのは再開発事務所勤務の男性職員であるが、デザインには1時間も掛かっていない。
- ウナシー - 区制70周年記念キャラクター
- 公募による最優秀作品をミヤケマイがデザイン化したもの。
[編集] 参考文献
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