佐野実

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さの みのる
佐野 実
生誕 1951年4月4日
日本の旗 日本神奈川県横浜市
出身校 藤沢商業高等学校
職業

ラーメン店「支那そばや」創業者

有限会社サノフード代表取締役

有限会社エヌアールフード代表取締役
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佐野 実(さの みのる、1951年4月4日 - )は、ラーメン店「支那そばや」創業者。メディアに多数出演し、「ラーメンの鬼」の異名で知られる。

目次

[編集] 経歴

神奈川県横浜市戸塚区に4人兄妹の次男として生まれた。家が貧しくつねに空腹だったため、幼いころから「将来の夢はラーメン屋か寿司屋になること」と言っていたらしい(本人は記憶していない)[1]。父親は酒乱気味で、少年時代の佐野に度々暴力を振るっていた。その影響からか、本人も短気で直ぐ「キレる」性格故、幼稚園を退園処分になった事もあった。横浜市立戸塚小学校横浜市立戸塚中学校時代は新聞配達や牛乳配達のアルバイトをして小遣いを稼ぎ、その金でラーメン屋に通った。中学生のとき初めてラーメンを作って家族にふるまい、旨いと褒められた。

藤沢商業高等学校(現:藤沢翔陵高等学校)に進学し、野球部に所属してプロ野球を目指したが、チームメイトに後に読売ジャイアンツなどで投手として活躍した小俣進がいたため、実力の差を知り、プロ野球への夢を諦めた。学校の近くに好きなラーメン屋があり、毎日のように登校前と昼休みの2回食べに行った[1]

高校卒業後、横浜市内の不二家レストランに就職。同店のカレーライスが好きで、1ヶ月近く通い詰めるほど旨かったからという。以後ずっと洋食の世界ですごし、28歳から34歳までは管理職(店長)を務めたが、独立してラーメン店を開きたいという思いが募り、あるラーメン店で1週間修業したのち、実兄の資金援助を受けて1986年8月に藤沢市鵠沼海岸7丁目に「支那そばや」を開店した。初めは思うような味が作れず、客も少なく、厨房で涙を拭った事もあるという。店の経営がようやく軌道に乗りはじめたのは、2年後の1988年ごろである。

ラーメンの世界で唯一頭が上がらない人物として、旧「東池袋大勝軒」店主の山岸一雄の名を挙げている。

2010年現在、2008年11月に生地である横浜市戸塚区に移転した「支那そばや」本店と、新横浜ラーメン博物館店を営業している。本店の開店と同時に、「「ラーメンの鬼」佐野実の厳選ブログ」を開設した。

2009年5月に駒沢オリンピック公園で行われた「ラーメンShow in Tokyo 2009」など、近年のラーメン関係のイベントでは、「佐野JAPAN」[2]というチーム名で出店している。これは、佐野を師と仰ぐラーメン店の店主たちが集まったチームであり、支那そばや同様あっさり系スープの店が多い。 イベントではHEY!たくちゃんにものまねされることも多い。

[編集] こだわり

麺は自家製麺しており、新しい麺の開発にも積極的である。新横浜ラーメン博物館店で使用している「絹越和伊麺」(きぬこしわいめん)は、イタリア産のデュラム・セモリナ粉と、国産小麦をブレンドしたものを用いている。製麺機から出来た麺は木箱に入れ、2〜4分間、少し蓋を開けて放置。その後高湿冷蔵庫(高級蕎麦屋で使われている)でひと晩保管して熟成させる。

戸塚本店では、スープに使う鶏ガラは名古屋コーチン、麺に使う潅水はモンゴル産、具のネギは九条ネギ、醤油味と塩味で分けている器は有田焼などと、高価なものを使用している。

鵠沼に出店していた時代は、香水の匂いが強い人の入店・店内での私語・喫煙携帯電話の使用が一切禁止とされていたが、現在はそういった「客への細かい注文」は事実上解消されている[1]。店内の私語については「食事中は静かにと言っているだけ」と述べている他、香水については「香水の匂いがきつい女性客が来店した事があったから」とコメントしている。又、過去には泥酔した客に対して刃物を振り回して追い出した事もあった。

その他、麺の出来に納得いかない時は店を臨時休業したり、スープを残す客に対して「残すなら最初から食うな」と本人が発言している。

[編集] メディア出演

白い詰め襟の厨房服とオールバックの髪型をトレードマークとして[3]、メディアに多数出演している。

[編集] テレビ東京系列

  • 愛の貧乏脱出大作戦』1998年の同番組初期に登場、初めてのテレビ出演であり、横浜ラーメンの達人として紹介された。
  • 『最強ラーメン伝説』 ラーメンを味見し、不満足なら席を立つ。納得すれば「参りました」と頭を下げ、5人中3人が認めれば『参ったラーメン』に認定。更にその中からベスト・オブ・ベストのNo.1を選ぶというガチンコのラーメン対決。現在、第1回~第4回までの全てに審査員として出演。

[編集] TBS系列

  • 世界ウルルン滞在記』(2001年12月23日放送) 中国蘇州の名店「同得興」のオーナーである肖偉民が来日し、ラーメン博物館の支那そばやのラーメンを食したが満足できず、店主の佐野本人を呼び出して「うま味調味料を使いすぎで味が濃すぎる」と指摘した。それに対して佐野は、「自分自身が料理の管理をしている訳では無い」と弁明した。また、日本出店を願うある中国人店主が出演した時、羊のチャーシューを使ったラーメンを披露したが、佐野は「味は悪くないが、チャーシューにクセがあるので日本では受け入れられない」と切り捨てた。中国人店主は「これは絶対売れるし成功する」と言ってその評価を否定した。
  • ガチンコ!』 この番組の企画「ガチンコラーメン道シリーズ」で、ラーメン職人を育てる講師となり有名になった。ラーメンの鬼と自称しており、同番組では、出演者を激しく罵倒したり、冷水をかけたり、スープを捨てた為、「食品を粗末にする」ということで、放送倫理委員会から注意された[4]

[編集] テレビ朝日系列

  • 裸の少年』 ゲスト賢人として出演した。
  • Delicious Collection』 「ラーメンへのこだわりと愛情物語」で取材を受けた。

[編集] 日本テレビ系列

  • NEWSリアルタイム 2008年末の戸塚移転の際に、開店迄の佐野や、その関係者達の様子、オープン当日の様子が放送されていた。

[編集] 映画

[編集] CM

[編集] 著書

  • 『佐野実、魂のラーメン道』 2001年10月、竹書房、ISBN 978-4812408148
  • 『オレが唸ったラーメン一杯—ガチンコオヤジ佐野実』 2005年4月、講談社 ISBN 978-4061795631
  • 『佐野実のラーメン革命— 麺は男、スープは女』 2009年9月、朝日新聞出版 ISBN 978-4022506306

[編集] 脚注

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  1. ^ a b c 出典:『湯気のむこうの伝説—ラーメン偉人伝』
  2. ^ メンバーは「柳麺 ちゃぶ屋」「ラァメン家69'N ROLL ONE」「らぁ麺 胡心房」「ラーメン道 Due Italian」「白河手打ち中華 一番いちばん」「支那そば 天下ご麺」「町田汁場 しおラーメン進化」「麺屋 維新」「気むづかし家」「九州ラーメン火の国」「支那そば家 毎度」などの店主たちである。
  3. ^ テレビでラーメン店を訪ねるとき、わざわざ厨房服を着るのは「キャラを立てる」ためのメディアによる演出である。
  4. ^ その一方、出演者が作ったラーメンが旨かった時は褒めるシーンもあった。

[編集] 参考図書

  • 『湯気のむこうの伝説—ラーメン偉人伝』 垣東充生著、新宿書房、2000年 ISBN 978-4880082677

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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