浅葉克己

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

浅葉 克己あさば かつみ1940年3月18日- )は日本を代表するアートディレクターである。広告、タイポグラフィ制作の第一人者。ライトパブリシティ出身。卓球六段。

目次

[編集] 経歴・人物

1940年神奈川県横浜市金沢文庫に生まれる。県立神奈川工業高校図案科桑沢デザイン研究所を経て、佐藤敬之輔タイポグラフィ研究所において文字設計を学ぶ。1964年ライトパブリシティに入社、東レ、キユーピーマヨネーズなどの仕事で注目を集める。1975年浅葉克己デザイン室を設立。以降、アートディレクターとして、日本の広告界の歴史に残る数多くの名作コマーシャル、ポスターを制作する。

1986年東京タイプディレクターズクラブ(TDC)を設立。会長(現理事長)として同クラブを運営する傍らアジアの文字文化に着眼、文字と視覚表現のかかわりを追求する過程で中国の少数民族ナシ族に伝わる象形文字トンパ文字と出会う。1999年「中国麗江国際東巴(トンパ)芸術祭」の招待作家として現地で個展を開催。この時のグラフィックデザインは2000年東京ADC会員賞を受賞した。また言語学者西田龍雄氏との共同作業でDVD「What's TOMPA」を制作するほか、トンパ文字に関連した書籍も多数出版している。2008年には、東洋占術家真矢茉子が麗江で発見したトンパのタロットカードと合わせて、トンパ文字研究の集大成ともいえる「トンパのアサバイブル」(宣伝会議)を出版した。

2006年に開催された世界的なグラフィックデザイナーの組織AGIの日本大会では実行委員長を務め、国境を越えた150名の参加者のクリエイティブな交流会を大成功に導いた。2007年に設立20周年をむかえた東京TDCは、オーストラリア、韓国、台湾など国際展に発展し、2005年に就任したデザインアソシエーション会長としても、東京デザイナーズウィークミラノサローネのデザインワークにも参加するなど、活躍の場を世界に広げている。近年、中国、韓国、台湾などアジア諸国からの講演、審査依頼も多い。 2007年11月の多摩川アートラインプロジェクトでは、代表として実行委員も務め、大田区の新田神社に自らのデザインによる石の彫刻LOVE神社を設置した。 2008年7月には21_21 DESIGN SIGHT(東京ミッドタウン)で世界の文字にまつわる作品を集めた「祈りの痕跡。展」をディレクション。”文字とは「伝えたい」という祈りにも似た人間の強い思いの究極の形である”という展覧会のテーマが、「文字を書くという行為について改めて考えさせられる」(朝日新聞)など、各方面より高い評価を得た。

2009年7月に第16回神奈川国際芸術フェスティバル「明日への祝祭!」において、「デザインの港ー浅葉克己展」を開催。(2009年7月8日〜7月23日・ 神奈川県民ホールギャラリー


卓球は趣味の域を超え、1975年にクラブチーム「東京キングコング」を結成。全国大会に出場する腕前である。
1987年に当時の国際卓球連盟会長だった荻村伊智朗に請われて、日本卓球協会が立ち上げた卓球イメージアッププロジェクト『卓球の明日を考える会』に参加し、浅葉は「卓球台をブルーにして、ピンポン球を黄色にしてみたらどうだろう?」というアイデアを出した[1]。これが現在のカラフル卓球台登場など、一連の卓球イメージアップ作戦の展開へと繋がって行く。

[編集] 主な仕事

[編集] 役職

[編集] 受賞

  • 日宣美特選(1965年)
  • 毎日デザイン賞(1980年)
  • 日本宣伝賞・山名賞 (1989年)
  • 東京TDC金賞(1991年)
  • 日本アカデミー賞最優秀美術賞(1996年)
  • グッドデザイン賞(2001年)
  • 東京ADCグランプリ(2002年)
  • 紫綬褒章(2002年)
  • 東京ADCグランプリ(2009年)
他多数

[編集] TV出演

[編集] 関連項目

[編集] 書籍

[編集] 脚註

  1. ^ 朝日新聞『ニッポン人脈記』 2008年7月7日付夕刊
他の言語