北林谷栄
| きたばやし たにえ 北林 谷榮 |
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| 本名 | 安藤 令子/蓮以子 あんどう れいこ |
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| 生年月日 | 1911年5月21日 | ||||||||||||||
| 没年月日 | 2010年4月27日(満98歳没) | ||||||||||||||
| 出生地 | (現:東京都中央区) |
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| 死没地 | |||||||||||||||
| 国籍 | |||||||||||||||
| 民族 | 日本人 | ||||||||||||||
| 職業 | 女優、声優 | ||||||||||||||
| ジャンル | 舞台、映画、テレビドラマ | ||||||||||||||
| 活動期間 | 1936年 - 2003年 | ||||||||||||||
| 主な作品 | |||||||||||||||
| 「泰山木の木の下で」 | |||||||||||||||
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北林 谷榮(きたばやし たにえ、1911年5月21日 - 2010年4月27日)は、日本の女優・声優。
本名・安藤 令子[2][3][4]/蓮以子(あんどう れいこ)[5][6]。長男は画家の河原朝生。
目次 |
来歴・人物 [編集]
生い立ち [編集]
1911年(明治44年)、東京市銀座の洋酒問屋「大野屋」に生まれる。父方の祖母の手で育てられる。「れいこ」と名付けたのも、「蓮以子」という漢字をあてたのもこの祖母とのこと。北林はこの祖母を終世愛し、強い影響を受け続けた[7][8]。
幼いころから家族に連れられて寄席、芝居、映画に親しみ、家にあった多種多様な大人向けの本を読みふける。1920年(大正9年)、第一次大戦の戦後恐慌の折に銀座の店舗兼自宅は取引先の銀行に取られ、木挽町に転居。1923年(大正12年)、小学6年生のとき、関東大震災では実家は焼けて火事の中を逃げまどい[9]、虐殺された朝鮮人の遺体を見て強い衝撃を受ける。被災後、実家はさらに傾いていく。1929年(昭和4年)山脇高等女学校を卒業。
女優として [編集]
築地座の舞台を見て演劇に惹かれ、1931年に創作座の研究生となる。1935年に初舞台の「温室村」で主役を務める。
1936年、新協劇団へ入団し築地小劇場の『どん底』ナスチャ役で同劇団での初舞台を踏み注目を集める。久保栄を「お師匠さま」と仰ぎ、宇野重吉、信欣三[10]とともに3人でサークル「文殊会」を組む。1940年、左翼的とみなされた同劇団は政府の政策により強制的に解散させられた。戦時下の1942年、北林は宇野重吉、信欣三らとともに移動劇団・瑞穂劇団(大政翼賛会参加の日本移動演劇連盟に加盟)を結成、各地を巡演。この時期に『左義長まつり』(とんどまつり、久保田万太郎演出)で、宇野の強い押しで初めて老女役を演じる。
1945年に画家の河原冬蔵と結婚し1男1女を儲けたが、北林が仕事で地方に出かけている最中に幼い娘が火傷で不慮の死を遂げ[11][12]、夫とは後に離婚している。画家の河原朝生は長男。
1947年、宇野重吉や滝沢修らと民衆芸術劇場を設立。1950年には劇団民藝創立に加わり、以後舞台のみならず、映画やテレビドラマなど幅広いジャンルで活躍し、劇団民藝を代表する演技派の名女優として紀伊國屋演劇賞、ブルーリボン賞、日本アカデミー賞など数々の賞を受ける。
若い頃から老け役が多く、日本を代表するおばあちゃん役者として広く知られた。特に、映画・テレビ共に、田舎の農村・漁村・山村で生活するおばあさんを演ずることが多い。衣装は自前である。「生活の苦汁」がしみ込み「生活の垢」がついたキモノを集めて愛蔵し、さまざまな役に応じて着なしていた。たとえば盛岡の朝市のおばさんの着物や朝鮮人のおばあさんの古着など[13][14]。地方公演の際、農家に案山子の服がほしいと頼んだこともある[15]。
1956年、市川崑監督で映画化された『ビルマの竪琴』には、物売りの老婆役で出演し、民衆のたくましさ、豊饒さを演じた[16]。1985年に、同監督で再度映画化された『ビルマの竪琴』にもに同じ役どころで出演している。
ただし、本人の生まれ同様の口跡爽やかな江戸っ子(『鬼平犯科帳』第1シーズン第13話「笹やのお熊」1989年)・東京っ子(『銀座わが町』1973年) も演じた。
1974年公開の映画『華麗なる一族』では、他作品でのおしゃべりな印象の演技とは異なり、台詞は「あっ、そう」の一言と笑い声だけという佐橋総理夫人を演じ、静かな話題を呼んだ。1975年には大泥棒ホッツエンプロッツを元にした『お尋ね者ホッツェンプロッツ』を作・演出。
声優としてはベティ・デイヴィスやヘレン・ヘイズの吹き替えを担当。特に1988年春公開の『となりのトトロ』では、「サツキのクラスメイト・大垣勘太(カンタ)のおばあちゃん」の役を担当。幅広い世代に名前を知られることとなった。
1989年7月19日にドラマ撮影のため滞在していたアメリカ・オレゴン州で脳動脈瘤破裂で倒れ、一時は生死すら危ぶまれた[17][18]が大手術とリハビリが功を奏し、翌1990年に舞台で復帰。1991年公開の映画『大誘拐/RAINBOW KIDS』で老ヒロイン 柳川とし子刀自・役を演じ、映画もヒットし、日本アカデミー賞・最優秀主演女優賞を受賞した[19]。
2002年公開の『阿弥陀堂だより』では、既に脚が悪くなり、歩きも覚束ない状態だったが、主演を務めたのが劇団民芸創設時からの盟友だった故・宇野重吉の息子寺尾聰であることから出演を快諾し、阿弥陀堂を守る老女を演じ、日本アカデミー賞・最優秀助演女優賞を受賞した。
2003年4月11日から13日まで世田谷パブリックシアターで催された舞台「北林谷栄の世界『蓮以子 93になった』」が公の場に出た最後となった。以後も出演交渉はあったがすべて断り、静かに余生を送っていた。
2010年4月27日午後8時40分、肺炎のため東京都世田谷区の病院で死去[20]。98歳没。北林死去の報に劇団民藝の後輩である奈良岡朋子、大滝秀治が哀悼のコメントを発表した[21]。
没時、北林は日本の演劇人の中で長岡輝子に次ぐ高齢者だった。
主な出演 [編集]
舞台 [編集]
- どん底 - ナスチャ
- かもめ
- 奇蹟の人
- 左義長まつり(とんどまつり、千切光歳作)
- 泰山木の木の下で - ハナ(1972年 紀伊国屋演劇賞)
- オットーと呼ばれる日本人(1962年)
- ハロルドとモード
- 根岸庵律女 - 八重(読売演劇大賞女優賞)
- タナトロジー 妻役(1982年 紀伊国屋演劇賞)
- 六道御前 - 六道 (1982年、石牟礼道子原作)
- 波のまにまに お吉 演出/出演 (1996年)
- 「死の三題話」脚色・出演
映画 [編集]
太字の題名はキネマ旬報ベストテンにランクインした作品
- 禍福(1937年、PCL(東宝)) - 本田さん
- 破戒(1948年、松竹) - 叔母
- 醜聞(1950年、松竹) - 蛭田やす
- 恋人(1951年、新東宝) - 佐伯さん
- 原爆の子(1952年、北星) - おとよ婆さん
- 山びこ学校(1952年、八木プロ) - 無着の母
- 慟哭(1952年、新東宝) - 須恵子の母
- 人生劇場 第一部 青春愛欲篇(1952年、東映) - おみね
- 人生劇場 第二部 残侠風雲篇(1953年、東映) - おみね
- 日本の悲劇(1953年、松竹) - 一造の妻すえ
- 太陽のない街(1954年、新星映画) - 松太郎の婆
- 真昼の暗黒(1956年、現代ぷろ) - 宮崎里江
- ビルマの竪琴(1956年、日活) - 物売りの婆さん
- 美徳のよろめき(1957年、日活)-女医
- オモニと少年(1958年、製作 民芸映画社) - 金おばさん
- 張込み(1958年、松竹) - 信子の母
- 有楽町で逢いましょう(1958年、大映) - 祖母
- 炎上(1958年、大映) - 母あき
- 人間の条件第1・2部(1959年、にんじんプロ) - 陳の母親
- キクとイサム(1959年、大映) - しげ子婆さん
- 人間の壁(1959年、山本プロ) - 和田澄江
- 鍵(1959年、大映) - はな
- にあんちゃん(1959年、日活) - 坂田の婆
- ぼんち(1960年、大映) - 内田まき
- 太陽の墓場(1960年、松竹) - ちか
- 婚期(1961年、大映) - 婆や
- 女房学校(1961年、大映) - 婆やのぶ
- 釈迦(1961年、大映) - スミイ(貧者の一燈の老婆)
- 松川事件(1961年、松川事件劇映画製作委員会)- 武田トモ
- 喜劇 にっぽんのお婆あちゃん(1962年、松竹) - おとぼけ婆さん・くみ
- キューポラのある街(1962年、日活) - うめ
- 非行少女(1963年、日活) - 北静江
- 青い山脈(1963年、日活) - 家庭科教師・白木
- にっぽん昆虫記(1963年、日活) - 蟹江スマ
- 女系家族(1963年、大映) - 君枝
- 越後つついし親不知(1964年、東映) - 留吉の老母
- 赤い殺意(1964年、日活) - 高橋きぬ
- にっぽん泥棒物語(1965年、東映) - 林田の母
- 日本列島(1965年、日活) - 佐々木菊子
- 鉄砲犬(1965年、大映) - 小玉きぬ
- 大魔神逆襲(1966年、大映) - 老婆かね
- 黒部の太陽(1968年、日活) - きく
- 肉弾(1968年、ATG) - 古本屋の婆さん
- 千羽鶴(1968年、大映) - お手伝いのおとよさん
- かげろう(1969年、近代映画協会) - 道子の隣家の漁婦
- 橋のない川(1969年、ほるぷ映画) - 畑中ぬい
- ボクは五才(1970年、ダイニチ映配) - きく
- ごろつき無宿(1971年、東映) - 勇(高倉健)の母
- 紙芝居昭和史 黄金バットがやって来る宿(1972年、東宝) - ぎん
- 華麗なる一族(1974年、東宝) - 総理夫人
- エデンの海(1976年、東宝) - 菊
- 人間の証明(1977年、東映) - 久之浜の老女
- 野性の証明(1978年、東映) - 松下きよ
- 事件(1978年、松竹) - 篠崎かね
- あゝ野麦峠(1979年、東宝) - お助け茶屋の老婆
- 配達されない三通の手紙(1979年、松竹) - タミ
- 震える舌(1980年、松竹) - 昭(渡瀬恒彦)の母
- 駅 STATION(1981年、東宝) - 三上昌代
- 真夜中の招待状(1981年、松竹)
- 疑惑(1982年、松竹) - 白河はる江
- 天城越え(1983年、松竹) - 茶店の婆さん
- 男はつらいよ 旅と女と寅次郎(1983年、松竹) - 吾作の老婆
- ビルマの竪琴(1985年、東宝) - 物売りの婆さん
- ビリィ・ザ・キッドの新しい夜明け(1986年、パルコ) - 老婦人
- ゴキブリたちの黄昏(1987年、ヘラルド・エース) - トーラ
- 山田村ワルツ(1988年、松竹) - 堤ハナ
- となりのトトロ(1988年、東宝) - カンタのばあちゃん ※声の出演
- 利休(1989年、松竹) - 大政所
- 大誘拐/RAINBOW KIDS(1990年、東宝) - 柳川とし子刀自
- 阿弥陀堂だより(2002年、東宝) - おうめ婆さん
- 黄泉がえり(2003年、東宝) - 内藤サキ ※遺作
テレビドラマ [編集]
- 山一名作劇場(NTV)
- 石中先生行状記(1957年)
- 春の孤独(1958年、NTV)
- 東芝日曜劇場(KR → TBS)
- サンヨーテレビ劇場(KR)
- おばあさん(1959年)
- テレビ劇場(NHK)
- 広島に生きる(1959年)
- 大河ドラマ / 太閤記(1965年、NHK) - 茶売りの老婆
- 風と樹と空と(1965年 - 1966年、NTV)
- 海より深き(1965年、RKB)
- 近鉄金曜劇場(ABC)
- 柚子家の法事(1966年、KTV)
- 船場(1967年、KTV)
- 天の山(1967年、RSK)
- ポーラ名作劇場 / 華岡青洲の妻(1967年、NET)
- 水曜劇場 / 甘柿しぶ柿つるし柿(1969年、TBS)
- ややととさん(1969年、YTV)
- 土曜劇場 / 五代家の嫁(1970年、KTV) ※脚本:花登筐
- おくさまは18歳(1970年、TBS) - 飛鳥の祖母
- 徳川おんな絵巻 第15話「幻の姦通」・第16話「愛と野望と」(1970年、KTV) - 狂女
- 連続テレビ小説 / 繭子ひとり(1971年 - 1972年、NHK)
- 木枯し紋次郎 第2シーズン 第6話「女郎蜘蛛が泥に這う」(1972年、CX) - お甲
- 静かなる爆薬(1972年、NHK) ※北林の演技でギャラクシー賞受賞
- 銀座わが町(1973年、NHK)
- おんな家族(1974年、TBS) - 山城桃子
- 前略おふくろ様(1975年、NTV) - 浅田ぎん
- 高原へいらっしゃい(1976年、TBS) - 有馬ふくえ
- 新・座頭市 第1シリーズ 第13話「母の涙に市が走った」(1976年、CX) - 志乃
- 土曜ワイド劇場 / 野菊の墓(1977年、ANB)
- 特捜最前線(ANB)
- 第41話「シクラメンは見ていた!」(1978年)
- 第127話「裸の街I・首のない男!」・第128話「裸の街II・最後の刑事!」(1979年)
- 白い巨塔(1978年、CX) - 山田うめ
- 花王名人劇場 / 津軽三味線よされぶし(1979年、KTV)
- 七人の刑事 第36話「市民の海」(1979年、TBS)
- 24時間テレビ スペシャルドラマ / 機の音(1980年、NTV)
- カネボウヒューマンスペシャル / 小児病棟(1980年、NTV)
- 淋しいのはお前だけじゃない 第10話「四谷怪談」(1982年、TBS)
- 月曜ワイド劇場 / 妻たちの復讐(1983年、ANB)
- 火曜サスペンス劇場 / 見えない橋(1984年、NTV)
- 木曜ゴールデンドラマ(YTV)
- 千羽鶴幻想(1984年)
- 死刑執行48時間(1984年)
- なぜか、ドラキュラ(1984年・1985年、NTV)
- 銀河テレビ小説 / 下町三人娘(1986年、NHK)
- ドラマ人間模様 / 極楽への招待(1987年、NHK)
- 宇宙飛行士エリソン・オニヅカと母(1989年、TX)
- 鬼平犯科帳 第1シーズン 第13話「笹やのお熊」(1989年、CX) - お熊
- オレゴン日記'89(1989年、CX)
- 腕におぼえあり(1992年、NHK) - 青江きん
- 琉球の風(1993年、NHK) ※ナレーター
- 今夜もテレビで眠れない 第2話「あの人だあれ?」(1995年、TBS)
- ストップ・エイズ 20の赤いバラ(1997年、ANB)
ドキュメンタリー [編集]
吹き替え [編集]
エッセイ集 [編集]
折々にエッセイを『世界』『悲劇喜劇』『民藝の仲間』『室内』などに書き、それらをまとめたエッセイ集が2冊刊行されている。
- 『蓮以子八〇歳』 新樹社 1991/05 ISBN-10: 4787584014
- 『九十三齢春秋』(きゅうじゅうさんれいしゅんじゅう) 岩波書店 2004/03 ISBN-10: 4000226118
脚註 [編集]
- ^ http://www.asahi.com/obituaries/update/0506/TKY201005060160.html
- ^ sankei おばあちゃん役で定評、女優・北林谷栄さんが死去 (2010.5.6 15:48)
- ^ asahi.com俳優の北林谷栄さん死去 98歳、日本の「おばあさん」 (2010年5月6日16時36分)
- ^ 1995年サライ13号掲載インタビュー。『上手な老い方』所収
- ^ 『蓮以子八〇歳』
- ^ 『九十三齢春秋』10ページ
- ^ 「自画像」『蓮以子八〇歳』28-40頁
- ^ 「「人間」を追いかけて」『九十三齢春秋』3-41頁
- ^ 「こどもが大人になったトキ!」『九十三齢春秋』160-163頁
- ^ 北林のエッセイによれば、信欣三とは同時期に同じ幼稚園に通っていたらしいとのこと。
- ^ 「自画像」『蓮以子八〇歳』28-40頁
- ^ 『九十三齢春秋』54ページ
- ^ 「生活の苦汁を着る」『蓮以子八〇歳』
- ^ 「人はボケるにあらず」『九十三齢春秋』112-118ページ
- ^ 1995年サライ13号掲載インタビュー。『上手な老い方』所収。
- ^ 「北林谷江さんのこと」『民藝の仲間』第226号1983年。『石牟礼道子全集 不知火 第14巻』(藤原書店 2008年)所収
- ^ 「開頭手術からの生還」『蓮以子八〇歳』
- ^ この際、甘美な臨死体験をしたと語っている。詳細は『証言・臨死体験』および『話せばわかる』参照。
- ^ 本編クレジットのキャスティングは風間トオルらがトップに出て来るが、実質的には北林が主演で、公開後の作品紹介では北林が主役の扱いになっている。
- ^ 「となりのトトロ」にも…名老婆役の女優 死去していた スポーツニッポン 2010年5月6日閲覧
- ^ “おばあさん役”北林谷栄さんが死去 サンケイスポーツ 2010年5月6日閲覧
- ^ 「北林谷栄さんのこと」『民藝の仲間』第226号1983年。『石牟礼道子全集 不知火 第14巻』(藤原書店 2008年)所収
参考図書 [編集]
- サライ編集部『上手な老い方―サライ・インタビュー集 橙の巻 (Serai books) 小学館 1999年(初出:『サライ』1995年13号)
- 養老 孟司『話せばわかる―養老孟司対談集 身体がものをいう』清流出版 2003年(1999年11月収録)
- 立花隆『証言・臨死体験』文藝春秋 1996年(初出:『クレア』1995年2月号ー1996年7月号)
外部リンク [編集]
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