毒蝮三太夫のミュージックプレゼント
| 毒蝮三太夫のミュージックプレゼント | |
|---|---|
| ジャンル | 公開生番組 |
| 放送方式 | 生放送 (毒蝮休暇時のみ録音) |
| 放送期間 | 1969年10月6日 - |
| 放送時間 | 平日10:27 - 10:51頃(25分) |
| 放送局 | TBSラジオ |
| パーソナリティ | 毒蝮三太夫 |
| テーマ曲 | Edmundo Ros and His Orchestra『Whipped Cream』 |
| 提供 | エーザイ マルエツ ほか |
| 公式サイト | 公式サイト |
『毒蝮三太夫のミュージックプレゼント』(どくまむしさんだゆうのミュージックプレゼント)は、TBSラジオで1969年10月6日から放送されている公開生放送のラジオ番組である。2011年10月で42周年を迎える長寿番組。司会は毒蝮三太夫。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 番組の概要
[編集] 放送時間
月曜日 - 金曜日 10時27分 - 10時51分頃(『大沢悠里のゆうゆうワイド』内)
[編集] 変遷
[編集] タイトル・スポンサー面での変遷
- 番組開始 - 1998年10月2日:『東食ミュージックプレゼント』
- 1998年10月5日 - 2007年3月30日:『ヨークマートミュージックプレゼント』
- 2007年4月2日 - 現在
- 月曜日・木曜日:『毒蝮三太夫のミュージックプレゼント』
- 火曜日:『マルエツミュージックプレゼント』
- 水曜日・金曜日:『ナボリンミュージックプレゼント』
- 2007年3月30日の放送でヨークマートが冠スポンサーから撤退し、4月2日の放送より『毒蝮三太夫のミュージックプレゼント』の番組名が使われるようになる。現在は曜日により3つの番組名に分かれている。なお、「ナボリン」とはエーザイの商品名(筋肉痛・関節痛の緩和剤)である。なお、当初はナボリンという単一商品のみのCM(何パターンかある)だったが、2009年からは同じくエーザイの「セルベール」(胃薬)や「トラベルミン」(乗物酔い止め)のCMも加わるようになった(それでも番組名は「ナボリン…」のまま)。
- 毒蝮がゲスト出演した2007年3月28日の文化放送『吉田照美のやる気MANMAN』では、本人が「3月30日でミュージックプレゼントが終了するはずだったんだよ」と話しており、スポンサー全社が降板することをほのめかしていた。
[編集] 番組編成面での変遷
- 1969年10月6日:独立番組『東食ミュージックプレゼント』として放送開始。当初は月曜日から土曜日の放送で、放送時間は10:30-11:00の30分だった。
- 1971年10月4日:この日放送を開始した『こんちワ近石真介です』に内包され、以後ワイド番組に内包されるようになる。当時は土曜日も放送。
- 1972年4月22日:『土曜ワイドラジオTOKYO こんにちは永六輔です』の午前の部がスタートし、土曜日は永六輔、遠藤泰子とのコンビになる。
- 1972年9月30日:この日をもって土曜日の放送が終了。現在と同じ月曜日から金曜日の放送になる。翌週の10月7日からこの時間枠は『土曜ワイド』の「おめでとう結婚記念日」のコーナーとなり、毒蝮が引き続いて担当した。
- 1980年10月6日:この日放送を開始した『うきうきワイド こんにちワ神谷明です』に内包される。
- 1981年10月5日:『お元気ですか土居まさるです』に内包される。
- 1983年10月3日:『こんちワ近石真介です』に再び内包される。
- 1985年4月8日:『スーパーワイドぴいぷる』に内包される(1985年4月11日から10月3日までは、木曜日のみ『村野武憲のいきなりラジオ』に内包されていた)。
- 1986年4月7日:『大沢悠里のゆうゆうワイド』に内包される。放送時間は10:30 - 10:55の25分。現在も同番組の1コーナーとして放送されている。
- 1998年10月2日:この日をもって東食がスポンサーを降板し、10月5日からは『ヨークマートミュージックプレゼント』となる。
- 2006年1月9日:毒蝮が腸閉塞で入院したため、この日の放送から2月20日に復帰するまで毒蝮による『ミュージックプレゼント』は休止(詳細は後述)。対応として1月9日から月曜は本人が病室より電話での出演、火・木曜は歌謡司会の玉置宏による「懐かしの昭和歌謡列伝」を放送した。また同じく水・金曜日は毒蝮の出演時と同じ形態で、三遊亭小遊三がヨークマートから(ヨークマート以外の企業、商店からの中継は毒蝮の復帰までは中断)中継司会を務めていた(小遊三の代わりに、1月13日の中継は林家いっ平(現:二代目林家三平)が、2月15日は三笑亭夢之助が司会を務めた)。2月20日、毒蝮が放送に復帰した。この日の中継では「マムちゃんお帰り」の歌を中継先に来ていた人が歌うなど、お祝いムードに包まれた(この週は聴取率調査週間ということも重なって、『ゆうゆうワイド』10時台の聴取率が従来より少し高かったようである)。
- 2007年3月30日:この日をもってヨークマートがスポンサーを降板し、4月2日からはマルエツとエーザイがスポンサーとなる(前述)。
[編集] 公開生放送の概要
[編集] 中継先
登場する商店・企業などは個人経営や小規模のところが多いが、大企業でもフジノン(富士フイルムグループ)の本社工場から中継を行ったことがある。
[編集] 2007年3月まで
- 月曜日・火曜日・木曜日:一般公募の商店や工場、企業
- 水曜日・金曜日:ヨークマート店頭
- ヨークマートがスポンサーになる前は他のチェーンストアからの中継もあったが、当然のことながらヨークマート以外のチェーンからは中継できなくなった(そのことは毒蝮もしばしば口にしていた)。
[編集] 2007年4月 - 2011年3月
- 月曜日・木曜日:一般公募の商店や工場、企業
- 中継先の個人商店や工場は、東食提供時代から『ゆうゆうワイド』放送中に電話受付をしている(時折、大沢悠里がコーナーの最後に応募の告知をしている)。応募者側の費用負担はない。
- 火曜日:マルエツ店頭
- 水曜日・金曜日:ドラッグストア店頭または店内
- エーザイがスポンサーになったことから、ドラッグストアからの中継も定期的に行われた。
[編集] 2011年4月 - 9月
- 月曜日・水曜日・木曜日:一般公募の商店や工場、企業
- 火曜日:マルエツ店頭
- 金曜日:ドラッグストア店頭または店内
- ドラッグストアからの中継が金曜日のみとなり、水曜日は一般公募に変更となった。
[編集] 2011年10月 - 現在
- 月曜日・水曜日・木曜日:一般公募の商店や工場、企業
- 火曜日:マルエツ店頭
- 金曜日:年配者が多いサークル活動場や集会所
- ドラッグストアからの中継が無くなる。
[編集] 番組内での進行
- 段取りとしては、冒頭部分で『ゆうゆうワイド』のゲストとの会話(いわゆる前説)を数分程度したあと、中継先に入るパターンが定着している(ただしゲストが出演しない場合や、当番組の開始前にゲストが退場する場合もあるので、ゲストとの会話は必ず行っているわけではない)。現在のスポンサーであるマルエツや各ドラッグストアといったレギュラースポンサーの店舗の場合はすでに観衆の前に毒蝮は姿を表しているが、これら以外の一般の商店や工場の場合、前説終了後で観衆が集まっている所に入っていく。
- 開始当初は番組名通り、音楽リクエスト番組であった。実際に番組の中盤には、スタジオで冠番組のパーソナリティーがリスナーからのリクエストのハガキを読み、丸々一曲リクエストを流していた時期もあった。現在では、会場の客の中から事前に募集した2人のリクエスト曲を流す形をとっている。しかし最近は、毒蝮と会場の客との話が中心となっており、毎回2曲のリクエスト曲は申し訳程度にしか流されず、BGM扱いになってしまうこともある。まれにまったく曲がかからないこともあった。
- 番組最後には、チェーンストアやドラッグストア(現在はマルエツのみ)からの場合は店長からの挨拶が行われる。一般商店からの場合は提供スポンサーの商品を(店長および商品の紹介担当は、毒蝮とともに移動するTBSラジオキャスター。この時毒蝮が紹介するラジオキャスターのキャッチフレーズは番組独自のもの)日替わりで1名に進呈する。
- 毒蝮の温かい人柄と巧みな話術が人気となっている。中継が終わった後にも会場に残った人たちを相手に森羅万象のトークをし、これも人気を博している。
- ヨークマートやマルエツの中継先の店舗では、当日に特製の「まむちゃん弁当」が限定販売される。
[編集] 事前収録とクリスマス・イブ前後の中継
- なお、毒蝮のスケジュールの都合および休暇時(主に夏休みと年末年始)は前もって収録を行ったものを放送している。この場合、大沢が「生放送風録音」や「録音生風」と称して毒蝮との掛け合いをうまく入れている。
- 放送開始以来、毎年クリスマス・イブ前後の中継では、毒蝮が自作の童話『来なくてよかったサンタクロース』を披露するのが恒例となっている。
[編集] 中継先の告知
- 以前はほとんどなかった試みであるが、同番組が始まる10:27頃以前の番組(マルエツの集客の意味を込め『生島ヒロシのおはよう一直線』内の5:30頃と『ゆうゆうワイド』内の9:45頃が多い)に毒蝮自らが、(「まむちゃんですよ。今日のミュージックプレゼントは○○市△△のマルエツ□□店から行う。××線の▼▼駅から徒歩5分だ。まむしに会いに来いよ。」といった、その日の訪問地の告知を行うCMが流れる(その後、地名にちなんだギャグや「何だかわかんねー」との件を言う)。それとは別に、大沢悠里が9時時報前に「今日のまむしさんは▲▲からお送りします。10:15ぐらいになったらご近所の方お集まり下さい」と告知が入る。
[編集] 番組内での使用音楽
[編集] ジングル
『ゆうゆうワイド』に内包されているため、以下のようなジングルがかけられてスタートとなっている。
- 「おっ、おっ、さっ、わっ、ゆうりのーゆうゆうわいどーっ。軽いねこりゃ、毒蝮だよ」
- 「おおさわーゆうりのーゆうゆうわいどーっ。さわやかだねぇー。まむちゃんみたい」
- 「おおさわゆうりのーゆうゆうわいどーっ。うまいねぇーまむちゃんよ」
- 「おおさわゆうりのーゆうゆうわーいーどーっ。カーネギーホールだな、こりゃー」
- 以前、ジングルの用意が間に合わなかったためか中継先の毒蝮が即興でその節を歌ったことがあるが、その時は最後に「マムシだー」と叫んだ。
- ジングルの後に以下のような音声が流されることがある。いずれも過去の放送でのものである。
- 「おたけさーん」
- 「ドクマ@#★%’?!$ €*P‘¥!&…」(金曜にかかる可能性大)
- 「毒蝮!!」と子供達が連呼した後、「まーむちゃーん」と言う声
- 女子高生ソフトボール部の応援声出し風のジングル(昭和の時代に、当時の同好会の習志野の女子学生から収録した)
- 「何歳なの?」「2歳4ヶ月!」(前述)※その後、再び彼女が番組に登場したときには「秘密!」と言っていた。
- 「お主時間守れよ、ウヒヒヒヒー」
- 「まむちゃん。今度一緒に寝よ」
- 「あ、まむしさん。72歳なのに元気よね」
- 「おいくつ」「82歳です」すかさず別の人が「3(83歳)でしょ」
- (幼児に)「いくちゅ(何歳)」「ひみちゅ(秘密)」「もう一回聞こう。いくちゅ」「ひみちゅ」
- 「本日の試合のバッテリーを紹介します。ピッチャー、毒蝮。ピッチャー、毒蝮」「打てそうもないよ…」
- 他にも、毒蝮による「腸閉塞の歌」の一部が流れることもある。
[編集] テーマ曲
- Edmundo Ros and His Orchestra『Whipped Cream』
- 現在音源としては国内盤ではCD化されておらず、輸入盤でこの曲が収録されているCDが存在する。
- またHerb Alpert & The Tijuana Brass(ニッポン放送系の深夜番組『オールナイトニッポン』のテーマ曲『BITTERSWEET SAMBA』を手掛けている楽団)も同曲を演奏しており、こちらの方は国内盤CDも存在するがアレンジが異なっている。
[編集] 毒蝮の発言
- 「汚ねえババア(ジジイ)だな」
- 「くたばり損ないのババア(ジジイ)」
- 「このウソツキジジイ(ババア)」
- 「○○みてえな顔しやがって」
- 「くたばる前に俺に逢いに来たのか?」
- 「今、土を掘ってやるから入れ」
- 「こんなくたばり損ないなんか連れて来るんじゃねえよ」 - 車椅子や杖をついた老人を連れてきた客に対して言う。
- 「○○愛しているよって言ってやれ」 - こう言った後、本人の妻もしくは夫に対して「これからもよろしくね、って言うんだよ」とフォローする事もある。
- 「うるせえなこのガキァ」 - 子供が近くで喋って(泣いて)毒蝮の喋りの妨げになった時。しかし「まぁ、しょうがないな。子供は泣くのが仕事ってんだから…」と必ずフォローするので、母親から噛み付かれることはない。
- 「きったねえ店だね。ちゃんと客くんのか?」
- 「○○ちゃんと言ったらマムちゃんって言うんだよ」 - 「ハイ」と返答されると「ハイじゃねえだろ」と言い返す。ただし、一度だけ老婆から「ジジイ」と言い返されたことがある。
- 「○○駅から歩いて3日」 - 中継先が最寄り駅から遠い場合に言う。
- 「悠里ちゃんが行けって言うからこんな遠くまで来てやったんだ」 - 中継先が赤坂から遠い場所のときに言っている。近年はそれまでそう多くなかった茨城栃木群馬といった北関東まで(番組のスポンサーの「カワチ」など)まで足を伸ばす為によく出てくる件である。
- (健在の人を指して)「亡くなった○○さんが……」 - たまに大沢が「よしなさい」と言う場合がある。
- 「○○ってのはろくな奴しかいねえな」 - ただし、石井姓に対しては「石井? 俺と同じ名前だな。いい事があるぞ」と言う。
- 「おい、迎えに来たぞ」 - 救急車のサイレン音が聴こえると言う。
- 「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」・「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……」 - 2つとも、老人に向かって言うケースが多い。近年は毒蝮が念仏を唱えだすと大沢が「日蓮宗は?」と突っ込みを入れる事もある。
- 「まー皆マスクしちゃって。自分の顔が汚いもんだから」冬場で風邪対策のマスクが蝮にはこう見える。
- 「ワハハハ……ばかっ!!!!」・「よせよ!!」 - くだらない駄洒落をかまされた後、決まって使用する。
- 「文化放送かニッポン放送にダイヤル合わせろよ」 - わざわざ遠方からきた人、『ゆうゆうワイド』のテレホンカード目当てで来た人に対しての発言。
- 「俺の親父はでぇーく(大工)でよ」- 毒蝮の父親が大工だったという事を、よく町工場などの職人がいる所で言う。
- 「一度に2曲かけちゃえ」 - 時間が足りなくなり、本来2曲かけるところ1曲しかかけられないことをスタジオから指摘されて。
- 「一人でしゃべってろ」- 毒蝮の問いかけ以上の事を長々と喋る人(大概年寄り)に。
- 「あんまりしゃべられちゃうと俺が目立たなくなっちゃうんだよ」- この「一人で……」の後によく付け加える。
- 「俺より面白いこと言うなよ」 - 聴衆が毒蝮の質問に対して言い返しをすると発する。
- 「俺が来ると必ず倒産してしまうんだよ……」 - 数少ない自虐ネタのひとつ。当番組は個人商店・町工場からの中継であるため、放送後にそれらが廃業・倒産となっているケースがある。また、当番組は最初のスポンサー(東食)まで倒産している。ヨークマート時代には「ヨークマートは倒産しないから大丈夫だよ……」と発言したこともあった(セブン&アイ・ホールディングスの傘下企業であるため、倒産とは無縁であることをネタにした発言)。
- 「今日で閉店」 - これも個人商店の中継時にしばしば使う(もちろんその日で閉店するわけではない)。
- 「いやぁ会いたかったよ。もっと若かったときにな」 - 年配の女性に対して言う。
- 「今日もたくさんの人が集まってくれてさ。……5万人くらい来てくれてるんだよ」 - 場所柄や天候等により、集まるお客がいつもより多くない時にわざと大袈裟な人数を言う。
- 「おじいちゃん(おばあちゃん)長生きしてねって言うんだよ」 - 子供に対して毒蝮が優しく諭す。
- 「戦争は絶対にしないで下さいと言うんだよ」 - 8月15日の終戦の日の放送で、中継会場に集まった子供達に対して使用する。
- 「あと2、3年だぁ」 - 歳を聞いた時に高齢の人に対して言う。「あと2、3日は大丈夫だよ」や「もう長いことないよ」と言うことも。
- 「写真なんか撮ってる場合じゃないだろ」 - 個人商店・町工場からの中継のときに、商店や工場の関係者が記念写真を撮ろうとすると言う。
- 「品物がよくなくなるんだ」 - 毒蝮が「この店にはよく来るの?」と聴衆に質問した後に、セットで言うことが多い。
- 「こっちでババアがコード踏んだんだ。歯が抜けてるのにコードも抜いたよ。」 - 途中放送が不具合になり一瞬中断した時に。
- 「○○さん愛してるって言って」「○○さん愛してます」「旦那の方を見て言えってんだよ。俺の方を見て言ってやがんの」
- 「この綺麗な女性を毎晩タダでなんかやろうとしているな、この野郎」 - 客の中で珍しく美人な女性と一緒にいる旦那に言う。
[編集] 「ババア」発言のきっかけ
『東食ミュージックプレゼント』時代に毒蝮とコンビを組んでいた近石真介によれば、当初は毒蝮がお年寄りを「ババア」と呼ぶことはなかったそうである。1973年8月に毒蝮の母親が死去した際、葬儀の席で母親の遺影を前にした毒蝮は子供のように泣きじゃくり、それほどまでに母親のことを想っていたのかと近石は感心したという。
1週間番組を休んだ後に復帰した毒蝮は、中継場所でやたら元気に大声でしゃべるお婆さんと出会うが、母親を亡くしたばかりの悲しみと元気なお年寄りへの羨ましさとが入り混じった複雑な感情も手伝い、思わず「憎らしいくらい元気なババアがいる」「ババア、まだ生きてやがって。オレのオフクロは死んじまったというのに、こっちはなんて元気なババアなんだ」と発言してしまう。
番組には抗議の電話が殺到したが、近石は「本当に元気なババアだったらババアでいいじゃないか」と毒蝮を擁護し、謝罪を拒否した。近石は、毒蝮と一緒に番組を降板することまで覚悟していたらしい。それに対して番組スタッフもこのままの路線で行くことを決め、当時のスポンサー・東食もGOサインを出した。つまり、暴走する毒蝮に極力制限を加えない路線を選択したわけである。結果的にこの決断が、番組のターニングポイントとなった。この時、抗議と同時に寄せられた「ババア」発言を支持するリスナーからの声に励みを得たと毒蝮は語っている。
その後毒蝮は、相手を選んで少しずつ「ババア」と言い始めた。目論見が外れて相手が怒ってしまい、放送後平身低頭して謝ったこともあった。初めは毒蝮にも「このような発言をしていいのだろうか」との迷いがあり、毎晩のように“反省会”と称して近石に電話し、番組の内容について長時間語り合い翌日の放送に反映させたという。ラジオ関係者から「(毒蝮の)ババアトークと毒舌は、近石と毒蝮が2人で作り上げたもの」と評価される理由となっている。
毒蝮は毒舌をエスカレートさせながら、その背後にある優しさや暖かさを話芸の持ち味にしていった。商店やスーパーマーケットが多いという中継場所の性格上、それまでは若い主婦が中心に集まっていた中継現場にもしだいにお年寄りが集まるようになったという。
なお、『ゆうゆうワイド』に内包されて以降は、かつてレギュラー出演していた内海桂子から「ババア」発言に対して「マムシいいかげんにしろよ!!」と叱責を受け、以降も内海を話題にすることを避けるほどにトラウマになっているという。また中村メイコやフランソワーズ・モレシャンもこの「ババア」発言を快く思っていないようである。
[編集] 書籍・ビデオ
- ラジオの鉄人 毒蝮三太夫(山中伊知郎著、1999年、風塵社、ISBN 978-4938733728)
- マムちゃんが行く!(番組30周年記念ビデオソフト)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- ミュージックプレゼント - 「マムちゃんの部屋」サイト内ページ(放送後に内容を記した日記を掲載)
- TBS RADIO 大沢悠里のゆうゆうワイド - 中継先の告知を掲載