プロフェッサー・タナカ
| プロフェッサー・タナカ | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム | プロフェッサー・タナカ トール・タナカ タロー・タナカ |
| 本名 | チャールズ・カラーニ・ジュニア (チャーリー・カラーニ) |
| ニックネーム | 東洋の悪魔 |
| 身長 | 183cm |
| 体重 | 124kg(全盛時) |
| 誕生日 | 1930年1月6日 |
| 死亡日 | 2000年8月22日(満70歳没) |
| 出身地 | |
| スポーツ歴 | アメリカンフットボール、柔術 |
| デビュー | 1966年 |
| 引退 | 1981年 |
プロフェッサー・タナカ(Professor Tanaka)のリングネームで知られるチャールズ・カラーニ・ジュニア(Charles "Charlie" Kalani, Jr. 、1930年1月6日 - 2000年8月22日)は、アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル出身のプロレスラー。現役引退後は、俳優に転じた。
グレート東郷と並んで東洋の悪魔として恐れられ、当時のアメリカマットを席巻した典型的な日系悪役レスラーだが、出自は不明な点が多い。トール・タナカ(Toru Tanaka)あるいはタロー・タナカ(Taro Tnaka)を名乗り日系人を自称していたがギミックの可能性が高く、実際はハワイ生まれのフィリピン系とされている[1]。その他、ミンダナオ島出身説やタイの山岳民族であるとの説もあった[1]。
目次 |
来歴 [編集]
1939年にハワイで柔術を始め、黒帯を取得。その他、金剛山の名前でハワイ相撲で活躍したといわれているが詳細は不明[1]。
1955年にアメリカ陸軍に入隊[2]。プロレス入りした年代は諸説あるが、除隊後の1966年にプロフェッサー・トール・タナカとしてデビュー[2]。ハワイやオーストラリアで活動した後、アメリカ南部への転戦を経て、1967年にニューヨークのWWWF(現・WWE)でブルーノ・サンマルチノと抗争を繰り広げヒールとしてブレイク[3]。塩をサンマルチノの顔面にすり込む反則技を得意にした。1968年12月、フィリピン遠征中に一度来日して日本プロレスに顔を見せたが試合は行わなかった[1]。
1969年6月に日系人レスラーのミツ・アラカワとのコンビ「The Rising Suns」でWWWFインターナショナル・タッグ王座を奪取[2]。その後はフレッド・ブラッシーをマネージャーに迎え、ミスター・フジとも日系人タッグチームを結成。1972年6月27日、フィラデルフィアでチーフ・ジェイ・ストロンボー&ソニー・キングを破りWWWF世界タッグ王座を獲得するなど活躍した(以降もフジとのコンビで1973年9月11日にトニー・ガレア&ヘイスタック・カルホーン、1977年9月27日にストロンボー&ビリー・ホワイト・ウルフから同王座を奪取し、通算3回戴冠)[4]。
1974年1月には全日本プロレスの『新春NWAシリーズ』に来日、ジャイアント馬場のPWFヘビー級王座に挑戦している。1978年11月には国際プロレスの『日本リーグ争覇戦』に参加してラッシャー木村と決勝を争った。1981年頃に現役を引退して俳優に転じ、アクション映画の悪役俳優として成功した。2000年8月22日、カリフォルニア州レイクフォレストにて心不全のため死去[2]。70歳没。
獲得タイトル [編集]
- シングル[2]
- IWA世界ヘビー級王座(オーストラリア版):2回(1966年にドミニク・デヌーチ、1968年にマリオ・ミラノから奪取)
- NWAアメリカン・ヘビー級王座:2回(1970年と1971年にフリッツ・フォン・エリックから奪取)
- NWAジョージア・ヘビー級王座:1回(1975年にアブドーラ・ザ・ブッチャーから奪取)
- NWAアメリカス・ヘビー級王座:1回(1977年にチャボ・ゲレロから奪取)
- NWAテキサス・ブラスナックル王座:2回(1979年と1980年にブルーザー・ブロディから奪取)
- AWAサザン・ヘビー級王座:1回(1979年にロバート・フラーから奪取)
- タッグ[2]
- IWA世界タッグ王座(オーストラリア版):1回(w / スカル・マーフィー)
- WWWFインターナショナル・タッグ王座:1回(w / ミツ・アラカワ)
- WWWF世界タッグ王座:3回(w / ミスター・フジ)
- NWAジョージア・タッグ王座:1回(w / ミスター・フジ)
- NWAサウスイースタン・タッグ王座:1回(w / ミスター・フジ)
- NWAフロリダ・タッグ王座:1回(w / ディック・スレーター)
etc.
俳優活動 [編集]
1980年頃から俳優として多数の映画に日本人役で出演している[5]。
- 『香港コネクション』(1981年、主演:チャック・ノリス)
- 『ニンジャ II・修羅ノ章』(1983年、主演:ショー・コスギ)
- 『チャック・ノリスの 地獄のヒーロー2』(1985年、主演:チャック・ノリス)
- 『ピーウィーの大冒険』(1985年、主演:ポール・ルーベンス)
- 『ピース・フォース』(1985年、主演:トム・ハンクス)
- 『爆進!プロレス野郎 / アメリカン・ヒーローズ』(1986年、主演:アダム・ボールドウィン)
- 『上海サプライズ』(1986年、主演:ショーン・ペン、マドンナ)
- 『特攻野郎Aチーム』(1986年、主演:ジョージ・ペパード)
- 『バトルランナー』(1987年、主演:アーノルド・シュワルツェネッガー)
- 『Police Story: Monster Manor』(1988年、主演:ブライアン・マクナマラ)
- 『ゾンビコップ』(1988年、主演:トリート・ウィリアムズ)
- 『ブラック・レイン』(1989年、主演:マイケル・ダグラス、高倉健)
- 『ダークマン』(1990年、監督:サム・ライミ)
- 『ラスト・アクション・ヒーロー』(1993年、主演:アーノルド・シュワルツェネッガー)
etc.
脚注 [編集]
- ^ a b c d 『THE WRESTLER BEST 1000』P174(1996年、日本スポーツ出版社)
- ^ a b c d e f “Wrestler Profiles: Professor Toru Tanaka”. Online World of Wrestling. 2010年6月5日閲覧。
- ^ “WWE Yearly Results 1967”. The History of WWE. 2010年6月5日閲覧。
- ^ “History of the WWE World Tag Team Championship”. WWE.com. 2010年6月5日閲覧。
- ^ “Professor Toru Tanaka at IMDb”. Internet Movie Database. 2010年6月5日閲覧。