ザ・ブッシュワッカーズ

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ザ・ブッシュワッカーズThe Bushwhackers)は、プロレスラーブッチ・ミラールーク・ウィリアムスによって結成されたプロレスタッグチームである。

1980年代まではNWA圏を主戦場に、両者ともニュージーランド出身であることから初期はザ・キウイズThe Kiwis)、後にザ・シープハーダーズThe Sheepherders)のチーム名を用い、狂乱ファイトを主体とするヒールのポジションで活動。1988年末からのWWF登場を機にザ・ブッシュワッカーズと改名し、コミカルなベビーフェイスに転じて前座戦線を沸かせた[1]

来歴[編集]

ザ・キウイズ[編集]

コンビ結成はNWAニュージーランド(後のオールスター・プロレスリング)時代の1970年代初頭に遡る[2]。当時、ブッチ・ミラーはザ・ブルート、ルーク・ウィリアムスはスウィート・ウィリアムと名乗っていた。以後、オーストラリア東南アジアを経て、スチュ・ハートの主宰するカナダアルバータ州カルガリースタンピード・レスリングに進出[2]。ミラーはリングネームをニック・カーターと改名し、チーム名もニュージーランド出身であることをアピールするために、ザ・キウイズThe Kiwis)と名付けられた。

1974年1月にはカルガリー版のインターナショナル・タッグ王座を獲得、トーキョー・ジョー&グレート・サキ(デビル紫)の日本人チームとも同王座を争った[3]。同年9月には揃って国際プロレスに参戦、館山にてラッシャー木村&グレート草津IWA世界タッグ王座に挑戦している[1]。国際プロレスでは、スーパースター・ビリー・グラハムバロン・フォン・ラシクと組んでの6人タッグマッチにも出場し、彼らの露払い役も務めた。

ザ・シープハーダーズ[編集]

1979年5月にはそれぞれボブ・ミラー、スウィート・ウィリアムスのリングネームで全日本プロレスに来日。空位となっていたアジアタッグ王座の王者チーム決定戦でグレート小鹿&大熊元司極道コンビと対戦したが敗退している。同年よりチーム名をザ・シープハーダーズThe Sheepherders)に改め、太平洋岸北西部のPNW(パシフィック・ノースウエスト・レスリング)に進出。翌1980年にかけて、スタン・ステイジャック&ダッチ・サベージのベテラン・チームやロディ・パイパー&リック・マーテルの若手コンビを相手に、NWAパシフィック・ノースウエスト・タッグ王座を巡る抗争を展開した[4]。以降もヒールタッグチームとして各地を転戦、プエルトリコWWCではアブドーラ・ザ・ブッチャーとも共闘している[5]

1982年から1983年にかけてはミラーが一時的にニュージーランドに帰国したため、ウィリアムスは同じ南半球オーストラリア出身のジョナサン・ボイド[6]を新パートナーに活動[7]。ミラーがアメリカに戻ってからはチームを再結成し、それぞれのリングネームもブッチ・ミラーとルーク・ウィリアムスで定着。迷彩ズボンにタンクトップ、ボロボロのアーミーキャップという入場コスチュームもこの時期に確立された。1984年3月4日にはサンアントニオでスティーブ・カーンスタン・レーンファビュラス・ワンズからSCW世界タッグ王座を奪取[8]1985年はプエルトリコを主戦場に、ジ・インベーダーズとWWC北米タッグ王座を争った[9]

1986年は3月16日にビル・ワットUWFにてテッド・デビアス&スティーブ・ウィリアムスからUWF世界タッグ王座を奪取し[10]、10月7日にはフロリダでファビュラス・ワンズを破りNWA USタッグ王座を獲得[11]。翌1987年1月10日にはテネシー州メンフィスCWAにてバッド・カンパニー(ポール・ダイヤモンド&パット・タナカ)を下しCWAインターナショナル・タッグ王座にも戴冠[12]。日本では「タッグ泥棒」なる異名を付けられた。1987年2月には新日本プロレスに来日し、IWGPタッグ王座の決定リーグ戦に出場。国際、全日本、新日本と、タッグチームとして昭和の3団体への登場を果たした[13]

同年下期からは、ジム・クロケット・ジュニアの運営するNWAミッドアトランティック地区に参戦、7月31日にマイアミ・オレンジボウルにて行われた『グレート・アメリカン・バッシュ』にもNWAフロリダ・タッグ王者チームとして出場した。1988年4月に開催されたタッグチーム・トーナメント "Crockett Cup" の第3回大会にも出場したが、2回戦でボビー・イートンとスタン・レーンのミッドナイト・エクスプレスに敗退している[14]

ザ・ブッシュワッカーズ[編集]

1988年末、チーム名をブッチ&ルークのザ・ブッシュワッカーズThe Bushwhackers)に変更し、従兄弟同士という設定でWWFに登場。同年12月30日、ニューヨークマディソン・スクエア・ガーデンにおいて、ニコライ・ボルコフボリス・ズーコフのボルシェビックスを破りデビュー戦を飾った[15]

ラフファイト主体のヒールだったシープハーダーズ時代とは異なり、コミック・リリーフを担当するベビーフェイスのベテラン・チームとして売り出され、ジャックとレイモンドのファビュラス・ルージョー・ブラザーズ、ホンキー・トンク・マングレッグ・バレンタインのリズム&ブルース、サトータナカのオリエント・エクスプレスなど、主にBクラスのチームを抗争相手にミッドカード戦線で活動、そのコミカルなキャラクターで子供たちの人気を集めた[1]。目を剥いて口を歪曲させたユーモラスな表情に、腕を頭上まで高く振り上げながらリングへ行進していく入場シーンがトレードマークとなり、彼らのフィギュアもこれを模したポーズで製作されている。1990年12月には、当時WWFと提携していたSWSに来日した。

WWFではタイトル戦線に絡むことはなく、大きな活躍の舞台は与えられなかったものの、1991年8月の『サマースラム'91』ではアンドレ・ザ・ジャイアントセコンドに迎え、ナチュラル・ディザスターズアースクエイク&タイフーン)と対戦している[16]。以降、WWFには1996年まで長期間に渡って在籍。レッスルマニアなどのビッグイベントではオープニング・アクトダーク・マッチに出場して会場の「温め役」を担い、同じく会場人気の高かったハクソー・ジム・ドゥガンとトリオを組むことも多かった。

WWF退団後もブッシュワッカーズの名義でインディー団体を転戦し、1999年10月にミシシッピ州で行われたリユニオン・イベント "Heroes of Wrestling" では、アイアン・シークとニコライ・ボルコフの往年の反米コンビと対戦。2001年4月1日には『レッスルマニアX-Seven』のギミックバトルロイヤルに出場し、久々のWWE登場を果たした。

解散後[編集]

チームを解散し引退してからは、ブッチ・ミラーはニュージーランドに帰国し、近年は首都ウェリントンのプロレス団体 "Kiwi Pro Wrestling" のコミッショナーを務めつつ、レスリング・ウェブサイト "NZPWI" のコラムニストとしても活動[17]

ルーク・ウィリアムスは、かつて主戦場としていたプエルトリコに居住し、近年はIWAプエルトリコのブッカーを担当する一方、TNAROH、カナダ・ノバスコシア州のUCWなど、各地のインディー団体にスポット参戦している[18]

合体攻撃[編集]

獲得タイトル[編集]

スタンピード・レスリング
パシフィック・ノースウエスト・レスリング
  • NWAパシフィック・ノースウエスト・タッグ王座:3回 [4]
NWAオールスター・レスリング
ジム・クロケット・プロモーションズ
  • NWAミッドアトランティック・タッグ王座:1回 [20]
ワールド・レスリング・カウンシル
  • WWC北米タッグ王座:4回 [9]
  • WWC世界タッグ王座:2回 [21]
ユニバーサル・レスリング・フェデレーション
  • UWF世界タッグ王座:2回 [10]
チャンピオンシップ・レスリング・フロム・フロリダ
  • NWA USタッグ王座(フロリダ版):1回 [11]
  • NWAフロリダ・タッグ王座:1回 [22]
コンチネンタル・レスリング・アソシエーション
  • CWAインターナショナル・タッグ王座:1回 [12]
サウスウエスト・チャンピオンシップ・レスリング
  • SCW世界タッグ王座:1回 [8]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 『THE WRESTLER BEST 1000』P172(1996年、日本スポーツ出版社
  2. ^ a b Luke Williams Wrestling Bio”. Bushwhacker Luke.net. 2010年10月12日閲覧。
  3. ^ a b Stampede International Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  4. ^ a b NWA Pacific Northwest Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  5. ^ Abdullah with The Sheepherders”. Online World of Wrestling. 2010年10月12日閲覧。
  6. ^ Wrestler Profiles: Jonathan Boyd”. Online World of Wrestling. 2010年10月12日閲覧。
  7. ^ ウィリアムスとボイドのチームは便宜上「ニュー・シープハーダーズ」とも呼ばれる。ボイドはオリジナルのシープハーダーズが再結成された後も、ニュージーランド出身のリップ・モーガンをパートナーにシープハーダーズ名義での活動を続けた。
  8. ^ a b SCW World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  9. ^ a b WWC North American Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  10. ^ a b UWF World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  11. ^ a b NWA United States Tag Team Title [Florida]”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  12. ^ a b CWA International Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  13. ^ タッグチームでは、ダスティ・ローデスディック・マードックテキサス・アウトローズも国際、全日本、新日本の3団体参戦を果たしている。
  14. ^ 3rd Annual Jim Crockett, Sr. Memorial Tag Team Tournament Cup”. ProWrestling History.com. 2010年10月12日閲覧。
  15. ^ WWE Yearly Results 1988”. The History of WWE. 2010年10月12日閲覧。
  16. ^ WWF Summer Slam 1991”. ProWrestling History.com. 2010年10月12日閲覧。
  17. ^ Wrestler Profiles: Butch Miller”. Online World of Wrestling. 2010年10月12日閲覧。
  18. ^ Wrestler Profiles: Luke Williams”. Online World of Wrestling. 2010年10月12日閲覧。
  19. ^ NWA Canadian Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  20. ^ NWA Mid-Atlantic Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  21. ^ WWC World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  22. ^ NWA Florida Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。

外部リンク[編集]