ファビュラス・ワンズ

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ザ・ファビュラス・ワンズThe Fabulous Ones)は、プロレスラースティーブ・カーンスタン・レーンによって1982年に結成されたプロレスタッグチームである。略称はザ・ファブズThe Fabs)。

1980年代を絶頂期に、ベビーフェイスのポジションでアメリカ南部を主戦場に活躍。後のロックンロール・エクスプレスリッキー・モートン&ロバート・ギブソン)や、そのイミテーションであるザ・ロッカーズ(マーティ・ジャネッティ&ショーン・マイケルズ)など、"Funloving Pretty Boys" をギミックとしたアイドル系タッグチームの先駆者的存在となった[1][2]

概要[編集]

1982年ジェリー・ジャレットが主宰していたテネシー州メンフィスCWAにて結成される。チーム名は、1960年代のメンフィスにおけるヒーローだったジャッキー・ファーゴのニックネーム "The Fabulous One" からネーミングされた[3]

もともとは、スティーブ・カーンレスリングの下地を持つベビーフェイスの正統派テクニシャン、スタン・レーンリック・フレアーの影響下にあったヒールラフファイターであり、1979年から1980年にかけてはNWAフロリダ地区においてライバル関係にあった。メンフィスでも当初は敵対していたが、最終的にはレーンがフェイスターンする形でコンビを結成[2]。共にジュニアヘビー級の体格であり、長髪のブロンドと顎鬚などサイズおよび風貌は共通していたものの、ファイトスタイルやキャラクターを異にするタッグチームとして売り出された[1]

派手なタキシード蝶ネクタイサスペンダースパンコール入りのロングタイツというリングコスチュームを使用し、MTVスタイルのミュージック・ビデオ(音楽はZZトップが担当)も製作されるなど、当時のプロレス界では斬新だったプロモーション展開のもと、女性や子供からの熱烈な支持を獲得[1][2]デニス・コンドリーランディ・ローズノーベル・オースチンの3者によるオリジナル版のミッドナイト・エクスプレスなどとタッグタイトルを争い[4]、1982年10月25日にはボビー・イートン&スウィート・ブラウン・シュガーからAWA南部タッグ王座を奪取[5]。以降1985年にかけて、ニュー・シープハーダーズ(ルーク・ウィリアムス、ジョナサン・ボイド&リップ・モーガン)、ザ・ムーンドッグスレックス&スポット)、ブルーズ・ブラザーズ(ポークチョップ・キャッシュ&トロイ・グラハム)、ジミー・ハート率いるファースト・ファミリー(リック・ルード&キングコング・バンディ)などのチームを破り、同王座を通算14回獲得した[5]

1984年にはバーン・ガニア主宰のAWAにも登場し、AWA世界タッグ王者チームのロード・ウォリアーズと抗争を展開している[2]。同時期、AWAのガニア、CWAのジャレット、NWAジム・クロケット・ジュニアらが共同で立ち上げたWWFの全米侵攻への対抗組織 "Pro Wrestling USA" の興行にも主力タッグチームとして参戦。1986年は、4月19日にジム・クロケット・プロモーションズが主催したタッグチーム・トーナメント "Crockett Cup" に出場[6]、翌20日にはAWAのビッグイベント "WrestleRock" にてバリー・ウインダム&マイク・ロトンドと対戦している。1986年下期は古巣のフロリダに戻り、7月21日にオリジナル版のシープハーダーズブッチ・ミラー&ルーク・ウィリアムス)を破りUSタッグ王座を獲得[7]。8月には新日本プロレスからフロリダに遠征してきた藤波辰巳木村健悟を相手に防衛戦を行っており、この試合はテレビ朝日の『ワールドプロレスリング』でも放送された。

1987年にコンビを解消し、レーンはジム・クロケット・プロモーションズにてミッドナイト・エクスプレスに加入[2]。カーンはシングルプレイヤーに戻ってフロリダでの活動を続けた。その後、ファビュラス・ワンズは1990年にCWAの後継団体USWAにてヒール・バージョンで再結成されており、1991年の初頭にはジェリー・ローラー&ジェフ・ジャレットとUSWA世界タッグ王座を争っている[8]。同年、両者は再び袂を分かち、レーンはジム・コルネット主宰のスモーキー・マウンテン・レスリングにてトム・プリチャードと新チームのヘブンリー・ボディーズを結成[2]。カーンはWWFに移籍して異色ヒールのスキナーに変身した[9]

獲得タイトル[編集]

コンチネンタル・レスリング・アソシエーション / USWA
  • AWA南部タッグ王座:14回[5]
  • USWA世界タッグ王座:1回[8]
チャンピオンシップ・レスリング・フロム・フロリダ
  • NWA USタッグ王座(フロリダ版):2回[7]
サウスウエスト・チャンピオンシップ・レスリング
  • SCW世界タッグ王座:1回[10]

脚注[編集]

  1. ^ a b c Greg Oliver and Steve Johnson (2005). The Pro Wrestling Hall of Fame: The Tag Teams. ECW Press. ISBN 978-1-5502-2683-6. 
  2. ^ a b c d e f Stan Lane Tag-Team Specialist”. Mike Mooneyham.com: March 9, 1999. 2011年6月7日閲覧。
  3. ^ Jerry Lawler (2002). It's good to be the King...Sometimes. World Wrestling Entertainment. ISBN 0-7434-5767-6. 
  4. ^ Mid-South Coliseum May 31, 1982”. ProWrestling History. 2011年6月7日閲覧。
  5. ^ a b c AWA Southern Tag Team Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年6月7日閲覧。
  6. ^ 1st Annual Jim Crockett,Sr. Memorial Tag Team Tournament Cup”. ProWrestling History. 2011年6月7日閲覧。
  7. ^ a b NWA United States Tag Team Title History: Florida version”. Wrestling-Titles.com. 2011年6月7日閲覧。
  8. ^ a b USWA World Tag Team Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年6月7日閲覧。
  9. ^ Wrestling Gallery: Skinner”. Online World of Wrestling. 2011年6月7日閲覧。
  10. ^ SCW World Tag Team Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年6月7日閲覧。

外部リンク[編集]