キングコング・バンディ

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キングコング・バンディ
キングコング・バンディの画像
プロフィール
リングネーム キングコング・バンディ
ブーン・ブーン・バンディ
ビッグ・ダディ・バンディ
クリス・キャノン
マンマウンテン・キャノンJr.
本名 Christopher Alan Pallies
ニックネーム 巨鯨
身長 196cm
体重 160kg - 202kg
誕生日 1957年11月7日(56歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニュージャージー州アトランティックシティ
トレーナー ラリー・シャープ
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キングコング・バンディKing Kong Bundy、本名:Christopher Alan Pallies1957年11月7日 - )は、アメリカ合衆国の元プロレスラーニュージャージー州アトランティックシティ出身。

現役選手時代はスキンヘッドの超巨漢ヒールとして、WWF(現・WWE)などを主戦場に活躍した。

来歴[編集]

プロレスラー養成機関 "モンスター・ファクトリー" の主宰者ラリー・シャープのコーチを受け[1]1970年代末に東部のローカル・エリアでデビュー[2]。当時のリングネームクリス・キャノン、または往年の巨漢レスラーであるマンマウンテン・キャノンの「息子」と称しマンマウンテン・キャノン・ジュニアMan Mountain Cannon, Jr.)を名乗っていた。

1980年代に入り、フリッツ・フォン・エリックが主宰するテキサス州ダラスのWCCWに参戦。当初はビッグ・ダディ・バンディBig Daddy Bundy)、後にキングコング・バンディと改名し、1982年5月5日にケリー・フォン・エリックからNWAアメリカン・ヘビー級王座を奪取[3]。同年6月4日、テキサス・スタジアムフリッツ・フォン・エリックの引退試合の相手を務め[4]、日本でも巨漢の若手ヒールとして注目される。1983年6月17日にはダラスでジャイアント馬場PWFヘビー級王座にも挑戦した[2]

同年下期よりジム・バーネット主宰のジョージア・チャンピオンシップ・レスリングに転戦し、ポール・エラリング率いるリージョン・オブ・ドゥームに加入するが仲間割れ。翌1984年5月6日、マスクド・スーパースターと組んでロード・ウォリアーズからNWAナショナル・タッグ王座を奪取する[5]。その後、テネシー州メンフィスCWAに進出し、ジミー・ハート率いるファースト・ファミリーに加入。1984年7月30日にトミー・リッチからAWAサザン・ヘビー級王座を奪取し[6]、10月4日にはリック・ルードとのコンビでファビュラス・ワンズを破り同タッグ王座を獲得した[7]。並行してブーン・ブーン・バンディBoom Boom Bundy)の変名でAWAベビーフェイスとして単発参戦、ジェリー・ブラックウェルと巨漢コンビを結成し、ウォリアーズとの再対決も行われた。

1985年1月、新日本プロレスの『新春黄金シリーズ』に初来日。アントニオ猪木を相手に、1万5000ドルの賞金をかけたボディスラム・マッチ2連戦を行う。新日本には同年3回に渡って参戦し、再来日となる5月開幕の『IWGP&WWF チャンピオン・シリーズ』ではアンドレ・ザ・ジャイアントとのスーパーヘビー級対決が実現。最後の来日となった6月末開幕の『バーニング・スピリット・イン・サマー』では、当時新日本に移籍したばかりのブルーザー・ブロディとのキングコング・タッグが話題を集めた。

スタッド&バンディvsアンドレ&ヒルビリー・ジム(1986年頃のWWF)

同年3月、新日本からの逆ブッキングという形でWWFと契約[8]。世界王者ハルク・ホーガンのライバル候補として売り出され、3月31日にニューヨークMSGで行われたレッスルマニア第1回大会S・D・ジョーンズを秒殺、センセーショナルなデビューを果たす。その後は先述の新日本再来日を経てWWFに定着し、ボビー・ヒーナンマネージャーにホーガンとの連戦を開始。1986年4月7日のレッスルマニア2では、スチール・ケージ・マッチでホーガンのWWF世界ヘビー級王座に挑戦した。同じヒーナン・ファミリーのビッグ・ジョン・スタッドとも超大型タッグを結成し、ホーガン&アンドレやマシーンズスーパー・マシーン&ビッグ・マシーン)を相手にスケールの大きな抗争を繰り広げたが、1988年、体調悪化により一時引退することになる。

1994年テッド・デビアス率いるミリオンダラー・コーポレーションの一員としてWWFに復帰。翌1995年4月2日のレッスルマニアXIではジ・アンダーテイカーとも対戦したが、全盛期のような活躍は見られず同年WWFを解雇された。以降は各地のインディー団体を転戦し、1997年8月にはIWAジャパンにも参戦、12年ぶりの来日を果たした。1999年にはAWAスーパースターズ・オブ・レスリングに登場。近年は映画やテレビで芸能活動を行っている。

エピソード[編集]

得意技[編集]

獲得タイトル[編集]

ワールド・クラス・チャンピオンシップ・レスリング
ジョージア・チャンピオンシップ・レスリング
コンチネンタル・レスリング・アソシエーション
AWAスーパースターズ・オブ・レスリング

脚注[編集]

  1. ^ a b "Bundy-mania runs wild”. SLAM! Sports (Dec 30, 1998). 2009年5月5日閲覧。
  2. ^ a b 『新日本プロレス 来日外国人選手 PERFECTカタログ』P19(2002年、日本スポーツ出版社
  3. ^ a b NWA American Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月7日閲覧。
  4. ^ Texas Stadium 1982 "Fritz Von Erich Retirement Show"”. ProWrestling History.com. 2010年11月19日閲覧。
  5. ^ a b NWA National Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月7日閲覧。
  6. ^ a b AWA Southern Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月7日閲覧。
  7. ^ a b AWA Southern Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2012年2月18日閲覧。
  8. ^ 『THE WRESTLER BEST 1000』P189(1996年、日本スポーツ出版社)
  9. ^ WWE Alumni: King Kong Bundy”. WWE.com. 2012年2月18日閲覧。
  10. ^ NWA American Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2012年2月18日閲覧。

外部リンク[編集]