ジャッキー・ファーゴ
| ジャッキー・ファーゴ | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム | ジャッキー・ファーゴ |
| 本名 | ヘンリー・ファガート |
| ニックネーム | ザ・ファビュラス・ワン 南部の伝説 |
| 身長 | 180cm |
| 体重 | 110kg - 114kg |
| 誕生日 | 1928年5月17日(85歳)[1] |
| 出身地 | ノースカロライナ州コンコード |
ジャッキー・ファーゴ(Jackie Fargo、本名:Henry Faggart、1928年5月17日[1] - )は、アメリカ合衆国の元プロレスラー。ノースカロライナ州コンコード出身。生年は1933年ともされる[2]。
ゴージャス・ジョージやバディ・ロジャースの影響下にある金髪の伊達男キャラクターとして、テネシーを主戦場に絶大な人気を獲得した。ジェリー・ローラーに先駆ける「元祖・テネシーの帝王」であり[3]、"Southern Legend" の異名を持つ。
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来歴 [編集]
1950年代前半にデビューした後、ギミック上の兄弟であるドン・ファーゴとの金髪タッグチーム、ファビュラス・ファーゴ・ブラザーズ(The Fabulous Fargo Brothers)で活動[2][4]。1957年3月30日にはニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンにてアントニオ・ロッカ&ミゲル・ペレスと世界タッグ王座を争った[5]。その後もテネシーをはじめジョージアやシカゴなど各地区に参戦し、ジョージアでは1958年8月にスタン・リソワスキー&レジー・リソワスキーから世界タッグ王座を奪取した[1]。
ドンとのコンビを解消後、1961年5月30日にボストン地区でベアキャット・ライトからAAC世界ヘビー級王座を奪取[1]。6月3日にはテネシー州チャタヌーガにてパット・オコーナーのNWA世界ヘビー級王座に挑戦した[6]。以降、ニック・グラスの主宰するテネシーのNWAミッドアメリカ地区に定着し、1960年代全般に渡りベビーフェイスのスターとして活躍。1965年12月から1966年2月にかけては、当時アメリカ武者修業中だったカンジ・イノキことアントニオ猪木とも度々対戦しており、ヘイスタック・カルホーンをパートナーに猪木&ヒロ・マツダとのタッグマッチも行われた[3]。1967年上期にはトージョー・ヤマモト&プロフェッサー・イトーとミッドアメリカ版のNWA世界タッグ王座を争い[7]、1968年8月にはルー・テーズと組んで南部タッグ王座を獲得している[8]。
1970年8月、日本プロレスに初来日。初戦では星野勘太郎を70秒で下し、テネシーで胸を貸した猪木とのシングルマッチも行われた[3]。同じく初来日のアブドーラ・ザ・ブッチャーの活躍に食われ、日本ではインパクトを残すことはできなかったものの[3]、円熟期に入った1970年代もテネシーのヒーローとなって活躍。ザ・シークなど他地区からスポット参戦してくる大物ヒールも迎撃した[9]。1974年には若手ヒール時代のジェリー・ローラーを相手に南部ジュニアヘビー級王座を巡る抗争を展開[10]、以降もローラーとは遺恨試合を繰り広げた。
1977年、NWAミッドアメリカの番頭格だったジェリー・ジャレットがローラーをエースにメンフィスにて新団体CWAを設立すると、1979年よりファーゴもCWAに移籍。フェイスターンしたローラーと新旧の帝王コンビを組み、オースチン・アイドル&ダッチ・マンテルやブロンド・ボンバーズ(ラリー・レイザム&ウェイン・ファリス)などのチームと対戦した。1980年6月には息子のランディ・ファーゴをパートナーに、ジプシー・ジョー&スカル・マーフィーからAWA南部タッグ王座を奪取[11]。その後はセミリタイアし、彼のニックネーム "The Fabulous One" をチーム名としたスティーブ・カーン&スタン・レーンのファビュラス・ワンズのマネージャー役などを担当。悪党マネージャーのジミー・ハートとも抗争し、1982年11月8日にはハートとのランバージャック・マッチが行われた[5]。
1984年の引退後は、1991年にCWAの後継団体USWAに登場[5]。2000年代前半には、盟友のジェリー・ジャレットが創設したTNAの興行に顔を見せた[1]。
得意技 [編集]
獲得タイトル [編集]
- NWA世界タッグ王座(ミッドアメリカ版):15回(w / ドン・ファーゴ×9、ジョー・ファーゴ、マリオ・ミラノ、レン・ロッシー、ハーブ・ウェルチ、ロバート・フラー、ジェリー・ジャレット)[7]
- NWA南部タッグ王座(ミッドアメリカ版)/ AWA南部タッグ王座:22回(w / ドン・ファーゴ×2、レスター・ウェルチ×3、テックス・ライリー、マリオ・ミラノ×2、ソニー・ファーゴ×3、レン・ロッシー×2、ルー・テーズ、デニス・ホール、ジェリー・ジャレット×4、ドン・グリーン、ランディ・ファーゴ)[8]
- NWA南部ジュニアヘビー級王座:5回[10]
- NWAミッドアメリカ・ヘビー級王座:3回[12]
- NWAミッドアメリカ・タッグ王座:5回(w / トージョー・ヤマモト×2、ジョージ・グラス×3)[13]
- その他
- NWA世界タッグ王座(ジョージア版):1回(w / ドン・ファーゴ)
- NWA世界タッグ王座(シカゴ版):1回(w / ドン・ファーゴ)
- NWA南部タッグ王座(ガルフ・コースト版):1回(w / ジョーイ・ファーゴ、ジャック・ドノバン)
脚注 [編集]
- ^ a b c d e “Wrestler Profiles: Jackie Fargo”. Online World of Wrestling. 2011年9月7日閲覧。
- ^ a b “Memphis History: Jackie Fargo”. Memphis History.com. 2011年9月7日閲覧。
- ^ a b c d 『Gスピリッツ Vol.19』P65-75「カンジ・イノキのアメリカ武者修行 第4回 略奪事件直前の『空白』」(2011年、辰巳出版、ISBN 9784777808922)
- ^ “Tag Team Profiles: The Fargo Brothers”. Online World of Wrestling. 2011年9月7日閲覧。
- ^ a b c “Matches von Jackie Fargo”. Cagematch.net. 2011年9月7日閲覧。
- ^ “The Records of NWA World Heavyweight Championship Matches 1961”. Wrestling-Titles.com. 2011年9月7日閲覧。
- ^ a b “NWA World Tag Team Title History: Mid-America version”. Wrestling-Titles.com. 2011年9月7日閲覧。
- ^ a b “NWA Southern Tag Team Title History: Mid-America version”. Wrestling-Titles.com. 2011年9月7日閲覧。
- ^ “Memphis/CWA #36 Page #2”. Kayfabe Memories.com. 2011年9月7日閲覧。
- ^ a b “NWA Southern Junior Heavyweight Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年9月7日閲覧。
- ^ “AWA Southern Tag Team Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年9月7日閲覧。
- ^ “NWA Mid-America Heavyweight Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年9月7日閲覧。
- ^ “NWA Mid-America Tag Team Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年9月7日閲覧。