ボブ・アームストロング

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ボブ・アームストロング
プロフィール
リングネーム "バレット" ボブ・アームストロング
ザ・バレット
ジム・ドランゴ
本名 ジョセフ・メルトン・ジェームズ
(ロバート・ジェームズ・シニア)
ニックネーム ジョージア・ジョー・クラッカー
アラバマ・ジョー・ジャッカー
バレット・ボブ
身長 180cm[1] (188cm[2]
体重 107kg[1] (114kg[3]
誕生日 1939年10月3日(74歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ジョージア州マリエッタ
デビュー 1960年代中盤
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"バレット" ボブ・アームストロング"Bullet" Bob Armstrong、本名:Joseph Melton James1939年10月3日 - )は、アメリカ合衆国の元プロレスラージョージア州マリエッタ出身。

ジョージア・ジョー・クラッカーGeorgia Jaw Cracker)の異名を持つベビーフェイスのパワーファイターとして、現役選手時代は地元のジョージアアラバマなどのディープサウスを主戦場に活動した。

息子のスコットブラッドスティーブブライアンもプロレスラーである。

来歴[編集]

アメリカ海兵隊では韓国に駐留し、除隊後は消防隊員を経て、1960年代中盤にプロレスラーとしてデビュー[1]ボブ・アームストロングBob Armstrong)をリングネームベビーフェイスのポジションで活動し、1967年NWAの新人賞を受賞[2]1968年8月には日本プロレスに初来日している。

アメリカでは地元のNWAジョージア地区を主戦場に、1970年11月にポール・デマルコとのコンビでスカンドル・アクバ&バディ・コルトからメイコン・タッグ王座を奪取、タイトル初戴冠を果たした[4]。以降もジョージアではロバート・フラーをパートナーに、ボビー・ダンカントール・タナカなどが率いるチームを破りジョージア・タッグ王座を再三獲得している[5]

1972年3月、ジム・ドランゴJim Durango)の名義で新日本プロレスの旗揚げシリーズに来日。特別参加のカール・ゴッチに次ぐ外国人エース格として参戦し、旗揚げ戦では「弟」という設定のジョン・ドランゴと組んでセミファイナルで豊登&山本小鉄と対戦、シリーズ中はアントニオ猪木とのシングルマッチも2度行われた[3]

1970年代中盤からはテネシー州メンフィスNWAミッドアメリカ地区にも進出、1975年9月にモンゴリアン・ストンパーから南部ヘビー級王座を[6]、10月にはハーリー・レイスからミッドアメリカ・ヘビー級王座をそれぞれ奪取した[7]。メンフィスでは1977年にも、ジェリー・ローラーを相手に南部ヘビー級王座を争っている[6]

1970年代後半よりアラバマのSECW(サウスイースタン・チャンピオンシップ・レスリング)に定着し、1978年デビッド・シュルツに勝利してNWAサウスイースタン・ヘビー級王座の初代チャンピオンとなる[8]。以降1985年にかけて、スターリング・ゴールデンジョー・ルダックオースチン・アイドルらを破り、アラバマ地区のメインタイトルである同王座を南部版と北部版を合わせ通算9回獲得した[9]。その間、1981年ミスター・サイトーデニス・コンドリーを下してNWAアラバマ・ヘビー級王座にも2回戴冠している[10]1983年12月16日には、バーミングハムにてリック・フレアーNWA世界ヘビー級王座に挑戦した[11]

アラバマではSECWの後継団体CCW(コンチネンタル・チャンピオンシップ・レスリング)およびCWF(コンチネンタル・レスリング・フェデレーション)へも参戦。ザ・バレットThe Bullet)なる覆面レスラーへの変身や、息子のブラッドスティーブとのタッグチームなどで活躍し、CWFが活動を停止する1980年代末まで出場を続けた。

引退後は2004年より、ジョージア、アラバマ、テネシーなど、かつて主戦場としていた南部のインディー団体やリユニオン・イベントへのスポット出場を開始。2005年からはB・G・ジェームズこと息子ブライアンセコンド役としてTNAに登場、2006年4月23日のPPVロックダウン』ではコナンアームレスリングで対決し、2008年2月10日の "Against All Odds" ではブライアンとのコンビでA・J・スタイルズ&トムコのTNA世界タッグ王座に挑戦した[4]

2011年、プロレス界における功績をたたえ、WWE殿堂に迎えられた[1]

得意技[編集]

獲得タイトル[編集]

チャンピオンシップ・レスリング・フロム・フロリダ
ミッドサウス・スポーツ / ジョージア・チャンピオンシップ・レスリング
  • NWAコロンバス・ヘビー級王座:4回
  • NWAコロンバス・タッグ王座:1回(w / ロバート・フラー
  • NWAジョージア・タッグ王座:4回(w / ロバート・フラー)
  • NWAジョージアTV王座:1回
  • NWAメイコン・ヘビー級王座:3回
  • NWAメイコン・タッグ王座:6回(w / ポール・デマルコ、エル・モンゴル、ビル・ドロモ×3、アルゼンチン・アポロ
  • NWAナショナル・タッグ王座:1回(w / ブラッド・アームストロング
  • NWA南部ヘビー級王座(ジョージア版):1回
  • NWA南部タッグ王座(ジョージア版):4回(w / エル・モンゴル、ビル・ドロモ、ロベルト・ソト×2)
NWAミッドアメリカ
  • NWAミッドアメリカ・ヘビー級王座:2回
  • NWA南部ヘビー級王座(メンフィス版):3回
NWAトライステート
サウスイースタン・チャンピオンシップ・レスリング
  • NWAアラバマ・ヘビー級王座:3回
  • NWAサウスイースト・コンチネンタル・ヘビー級王座:4回
  • NWAサウスイースタン・ヘビー級王座(北部版):8回
  • NWAサウスイースタン・ヘビー級王座(南部版):1回
  • NWAサウスイースタン・タッグ王座(北部版):8回(w / ケン・ルーカス、ロバート・フラー×2、ジョー・ルダック×2、スティーブ・アームストロング、ブラッド・アームストロング×2)
  • NWAサウスイースタン・タッグ王座(南部版):1回(w / ロバート・フラー)
  • NWAサウスイースタンTV王座(南部版):1回
  • NWA6人タッグ王座(サウスイースタン版):1回(w / ブラッド・アームストロング&スティーブ・アームストロング)
  • CWFタッグ王座:1回(w / ブラッド・アームストロング)
WWE

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d WWE Hall of Fame Inductees”. WWE.com. 2011年3月16日閲覧。
  2. ^ a b c 『THE WRESTLER BEST 1000』P305(1996年、日本スポーツ出版社
  3. ^ a b 『新日本プロレス 来日外国人選手 PERFECTカタログ』P81(2002年、日本スポーツ出版社)
  4. ^ a b Wrestler Profiles: "Bullet" Bob Armstrong”. Online World of Wrestling. 2011年3月16日閲覧。
  5. ^ NWA Georgia Tag Team Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年3月16日閲覧。
  6. ^ a b NWA Southern Heavyweight Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年3月16日閲覧。
  7. ^ NWA Mid-America Heavyweight Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年3月16日閲覧。
  8. ^ NWA Southeastern Heavyweight Title History: Southern Division”. Wrestling-Titles.com. 2011年3月16日閲覧。
  9. ^ NWA Southeastern Heavyweight Title History: Northern Division”. Wrestling-Titles.com. 2011年3月16日閲覧。
  10. ^ NWA Alabama Heavyweight Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年3月16日閲覧。
  11. ^ Records of NWA World Heavyweight Championship Matches 1983”. Wrestling-Titles.com. 2011年3月16日閲覧。

外部リンク[編集]