フォー・ホースメン
ザ・フォー・ホースメン(The Four Horsemen)は、1985年から1990年代後半にかけて、アメリカ合衆国で活動したプロレスラーのユニットの名称。NWAのジム・クロケット・プロモーションズで結成され、その後継団体のWCWでも活躍した。親指を除く4本の指を突き立てるポーズをトレードマークに、アメリカのプロレス界において伝説的な名ユニットとして語り継がれている。
目次 |
概要 [編集]
結成時のオリジナルメンバーはリック・フレアー、アーン・アンダーソン、オレイ・アンダーソン、タリー・ブランチャード、マネージャーのJ・J・ディロン。当初は特に名前は付いていなかったのだが、アーンがインタビュー中で「俺たちは言わば『黙示録の四騎士(Four Horsemen of Apocalypse)』だぜ!」と発言し、これがユニット名に採用された。
実力派の選手たちがユニットと組むというのは当時としては新鮮で、ホースメンは大人気を博した。互いに協力して試合への乱入や相手選手への襲撃を繰り返し、フレアーがNWA世界王座を、タリーがNWA・TV王座もしくはNWA・US王座を、オレイとアーンのミネソタ・レッキング・クルーがNWA世界タッグ王座を常時保持していた。グループのキャラクター・イメージは流行の服を着こなし、高級車を乗り回し、美女を侍らせ豪遊する「大人の男」。実際これはリングの上だけではなく、当時の彼等の凄まじい豪遊の武勇伝はいくつも残っている。87年にオレイが一度脱退し、レックス・ルガーが加入。翌年にはルガーがフレアーと抗争に入り追放され、入れ替わりにバリー・ウインダムが加入した。ホースメンの全盛期はこの頃まで。同年にはタリーとアーンがWWFに移籍。その後も会社側(WCW)の要望もありスティング、シッド・ビシャスなどを加えユニットを継続していくが、かつての勢いは無く消滅していく。
その後もWCWはストーリーのネタにつまるとホースメンを復活させ、ポール・ローマ、クリス・ベノワ、ブライアン・ピルマン、ディーン・マレンコ、ジェフ・ジャレット、カート・ヘニングなど数々のレスラーがホースメンのメンバーに名を連ねることとなった。1998年に、ホースメンの存在を批判していたエリック・ビショフとフレアーが対立し、フレアーのWCW離脱騒動が取りざたされるが、アーン・アンダーソンの仲介によって再びフレアーを迎え入れ復活するという出来事があった。
クリス・ベノワ(ワイルド・ペガサス)とディーン・マレンコは新日本プロレス限定で獣神サンダー・ライガー、ブラック・タイガー(エディ・ゲレロ)と共にジュニア・フォー・ホースメンとして一時期活動した。
2003年、WWEでは初期ホースメンをオマージュしたエヴォリューションというユニットが、ホースメンのリーダー格であったフレアーを参謀に迎えて結成された。
2010年、TNAではフォーチュンというユニットを結成し、WWEのエボリューションと同じくフレアーを参謀として迎えるが、メンバーを4人に固定せずに拡大していき大型ユニットとして活動した。
2012年、フレアー、アーン・アンダーソン、タリー・ブランチャード、バリー・ウインダムの4人が、マネージャーのJ・J・ディロンと共にフォー・ホースメンとしてWWE殿堂に迎えられた。
メンバー [編集]
メイン [編集]
- リック・フレアー(1986年 - 1991年、1993年 - 1999年)
- アーン・アンダーソン(1986年 - 1988年、1990年 - 1999年)
- オレイ・アンダーソン(1986年 - 1987年、1990年 - 1993年)
- タリー・ブランチャード(1986年 - 1988年)
- J・J・ディロン(1986年 - 1989年) ※マネージャー
- レックス・ルガー(1987年)
- バリー・ウインダム(1988年 - 1989年、1990年 - 1991年)
- スティング(1989年 - 1990年)
- シッド・ビシャス(1990年 - 1991年)
- ポール・ローマ(1993年)
- ブライアン・ピルマン(1995年 - 1996年)
- クリス・ベノワ(1995年 - 1997年、1998年 - 1999年)
- スティーブ・マクマイケル(1996年 - 1999年)
- ジェフ・ジャレット(1997年)
- カート・ヘニング(1997年)
- ディーン・マレンコ(1998年 - 1999年)
関連人物 [編集]
- ヒロ・マツダ(1989年) ※フレアーを擁した別ユニット「ヤマサキ・コーポレーション」のマネージャー
- マイケル・ヘイズ(1989年) ※同メンバー
- ブッチ・リード(1989年) ※同メンバー
- ウーマン(1990年、1996年) ※女性マネージャー
- ボビー・ヒーナン(1996年) ※カラー・コメンテーター
- チャールズ・ロビンソン(1999年) ※専属レフェリー
- デビッド・フレアー(1999年) ※準構成員
外部リンク [編集]
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||