ポール・ローマ

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ポール・ローマ
ポール・ローマの画像
Paul Roma in 1994
プロフィール
リングネーム ポール・ローマ
ロミオ・ローマ
"プリティ" ポール・ローマ
本名 ポール・セントパーニ
ニックネーム 弾丸戦士
身長 180cm
体重 107kg(全盛時)
誕生日 1960年4月29日(53歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク州ケンジントン
デビュー 1985年
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ポール・ローマPaul "Romeo" Roma、本名:Paul Centopani1960年4月29日 - )は、アメリカ合衆国のプロレスラー。ニューヨーク州ケンジントン出身のイタリア系アメリカ人

1980年代WWF(現・WWE)を共にサーキットしたダイナマイト・キッドのファイトスタイルに強い影響を受けており、キッド同様に体格面では恵まれていないものの、スピーディーでキレのいいハイスパート・レスリングを身上にWWFやWCWで活躍した。

来歴[編集]

地元ニューヨークWWF1985年にデビュー。TVテーピングのジョバーを務めながら修行を重ね、1987年に同じイタリア系の新鋭ジム・パワーズとのタッグチーム "ヤング・スタリオンズThe Young Stallions)" で売り出される。WWF生え抜きのベビーフェイスの若手コンビとして、ドリーム・チーム(グレッグ・バレンタイン&ブルータス・ビーフケーキ)やデモリッションアックス&スマッシュ)などの強豪チームと対戦し、飛躍のきっかけを掴んだ。

1990年"ドクター・オブ・スタイル" スリックマネージャーに迎えてヒールに転向し、大型パワーファイターのハーキュリーズと新チーム "パワー&グローリーPower & Glory)" を結成する。体型やキャラクターが類似した選手同士で構成されることの多いタッグチームにおいて、筋肉隆々の強面大男ハーキュリーズ(パワー)と小柄で俊敏なハンサム・ガイのローマ(グローリー)という、サイズもルックスもファイトスタイルも対照的なコンビとして活躍。それぞれの持ち味を活かしたバランスのいいコンビネーション・プレイのもと、ハート・ファウンデーションブレット・ハート&ジム・ナイドハート)、リージョン・オブ・ドゥームホーク&アニマル)、ザ・ロッカーズ(マーティ・ジャネッティ&ショーン・マイケルズ)らと抗争を展開した[1]1991年6月には、当時のWWFの日本での提携先だったSWSに初来日している。

WWF離脱後、1992年プロボクサーに転身するが3試合で廃業し(戦績は2勝1敗)[2]1993年よりWCWと契約。ダスティ・ローデスのブッキングにより、ベビーフェイスとして再結成されたフォー・ホースメンの一員となる(メンバーはリック・フレアーオレイ・アンダーソンアーン・アンダーソン、ローマ)[3]。同年8月18日には、アーン・アンダーソンとのコンビで "スタニング" スティーブ・オースチン&ロード・スティーブン・リーガルを下しWCW世界タッグ王者となった[4]

1994年からは "プリティ" ポール・ローマを名乗って再びヒールターンし、WWF時代の先輩 "ミスター・ワンダフル" ポール・オーンドーフと "プリティ・ワンダフルPretty Wonderful)" を結成。7月17日にカクタス・ジャック&ケビン・サリバン、10月23日にマーカス・バグウェル&ザ・パトリオットを破り、WCW世界タッグ王座を通算3回に渡って獲得した[4]。しかし、1995年2月19日のPPV "SuperBrawl V" におけるアレックス・ライト戦での試合態度が原因でWCWを解雇される(新人のライトの売り出しに利用されることに不満を持っていたとされる)[5][6]

以降はフリーランサーとしてインディー団体を転戦。オットー・ワンツが主宰するドイツのCWAにも遠征し、デイブ・フィンレイと世界ミドル級王座を争った[7]

1997年12月30日、弟子のアレックス・ローマとのタッグでWWFのハウス・ショーに出場[8]したが再契約することはなく、1998年に引退。近年はコネチカット州ブリッジポートに居住してジム運営に携わっている。2006年にはコネチカットのインディー団体CCW(Connecticut Championship Wrestling)のコミッショナーに任命され、オーンドーフとのプリティ・ワンダフルも再結成させた[6]

得意技[編集]

獲得タイトル[編集]

ワールド・チャンピオンシップ・レスリング
キャッチ・レスリング・アソシエーション
  • CWA世界ミドル級王座:1回[7]
インディペンデント・アソシエーション・オブ・レスリング

脚注[編集]

  1. ^ Tag Team Profiles: Power & Glory”. Online World of Wrestling. 2009年6月8日閲覧。
  2. ^ Paul Roma Boxing Record”. Box Rec. 2009年6月8日閲覧。
  3. ^ リック・フレアー、キース・エリオット・グリーンバーグ共著『リック・フレアー自伝 トゥー・ビー・ザ・マン』P351(2004年、エンターブレインISBN 4757721536
  4. ^ a b c WCW World Tag Team Title History”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月14日閲覧。
  5. ^ Wrestler Profiles: Paul Roma”. Online World of Wrestling. 2009年6月8日閲覧。
  6. ^ a b Paul Roma Interview 10/29/06”. Wrestle View. 2009年6月8日閲覧。
  7. ^ a b CWA World Middleweight Title History”. Wrestling-Titles.com. 2010年2月3日閲覧。
  8. ^ WWE Yearly Results 1997”. The History of WWE. 2009年6月8日閲覧。

外部リンク[編集]