ホセ・ロザリオ

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ホセ・ロザリオ
プロフィール
リングネーム ホセ・ロザリオ
エル・グラン・ロザリオ
スーパー・ソック
本名 Guadalupe Robledo
身長 178cm[1]
体重 103kg(全盛時)[1]
誕生日 1934年12月12日(79歳)[2]
出身地 メキシコの旗 メキシコ
ヌエボ・レオン州モンテレイ[2] 
デビュー 1957年[2]
引退 1984年[2]
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ホセ・ロザリオJose "El Gran" Lothario、本名:Guadalupe Robledo1934年12月12日 - )は、メキシコ出身の元プロレスラー[2]

メキシカン人口の多いアメリカ合衆国テキサス州を主戦場に、技巧派のベビーフェイスとして活躍した(サンアントニオがホームタウンであることから、テキサス州サンアントニオ出身のメキシコ系アメリカ人と紹介される場合もある)[1]

トレーナーとして後進の指導にも尽力し、ジノ・ヘルナンデスショーン・マイケルズなどのトップスターを育てた[3][4]

来歴[編集]

1957年メキシコシティにてデビュー後、1959年アメリカに進出、サンフランシスコアマリロテネシーを経て、1961年よりフロリダに参戦[2]。以降、1960年代全般はフロリダを主戦場に、ワフー・マクダニエルエディ・グラハムと組んで同地区認定のNWA世界タッグ王座を通算4回獲得[5]1968年11月にはボリス・マレンコからブラスナックル王座を奪取するなど[6]ラフファイトの強さも見せた。

1969年よりテキサスに入り、フリッツ・フォン・エリックの主宰するダラスNWAビッグタイム・レスリング(後のWCCW)に参戦。フロリダ時代からの宿敵ジョニー・バレンタインを相手に、テキサス・ヘビー級王座を巡る抗争を展開する[1]。以後1975年にかけて、バレンタイン、スタン・スタージャックブラックジャック・マリガンブラックジャック・ランザスーパースター・ビリー・グラハムらを破り、同地区のシングル王座を再三に渡って獲得[7][8]。タッグでは、ミル・マスカラスとのメキシカン・コンビで活躍した[2][9][10]

その間、1972年3月に日本プロレスに初来日。ゴリラ・モンスーンアブドーラ・ザ・ブッチャーディック・マードックカリプス・ハリケーンらと共に、ワールドリーグ戦の第14回大会に出場したが、膝の負傷により途中帰国している[2]上田馬之助グレート小鹿星野勘太郎から白星を収め、大木金太郎と引き分けるなど幸先の良い戦績を残していたものの、以後の公式戦はすべて不戦敗となった。海外ではプエルトリコにも遠征しており、1975年3月22日にトール・タナカからカリビアン・ヘビー級王座を奪取している[11]

1970年代後半もテキサスを主戦場に、ダラスのビッグタイム・レスリングでは1976年3月3日にロッキー・ジョンソンと組んでスタン・ハンセン&キラー・ブルックスからテキサス・タッグ王座を奪取[9]。以降もザ・スポイラーマーク・ルーインキャプテンUSAブル・ラモスなどのヒール勢とタイトルを争った。同時期にはジョー・ブランチャードの主宰するサンアントニオのサウスウエスト・チャンピオンシップ・レスリング(SCW)でも活動、マスカラスとのコンビを再結成し、ブルーザー・ブロディとも何度となく対戦している[2]1979年には、ヒールターンした弟子のジノ・ヘルナンデスを相手に、ダラスとサンアントニオの両プロモーションを股にかけて抗争を繰り広げた[3][12][13]

1981年12月25日、ダラスでアーニー・ラッドを破り通算5回目となるテキサス・ブラスナックル王座獲得を果たす[8]。これが最後のタイトル戴冠となり、翌1982年3月29日にバグジー・マグローに敗れるまで、ザ・グレート・カブキワイルド・ビル・アーウィンを相手に防衛を続けた。1983年6月16日には、テキサス地区に遠征してきたジャンボ鶴田ユナイテッド・ナショナル・ヘビー級王座にも挑戦している[14]

キャリア末期の1984年は、ビル・ワットが主宰するMSWAのヒューストンでの興行にテキサスのレジェンドとして出場、ブッチ・リードヘラクレス・ヘルナンデスなど、当時の若手ヒールと対戦し健在ぶりを見せた[15]

1984年に現役を引退してサンアントニオに居住[2][13]。同年10月には弟子のショーン・マイケルズがSCWの後継団体であるテキサス・オールスター・レスリングにてデビューしている。1996年から1997年の初頭にかけては、WWFのスーパースターとなったマイケルズのマネージャーとしてレッスルマニアなどのビッグイベントに登場し、彼のセコンド役を務めた[13][16][17]。悪徳マネージャーのジム・コルネットとの抗争アングルも組まれ、1996年9月22日開催のPPV "Mind Games" ではコルネットを相手に試合にも出場[18]。WWFとの契約終了後も、1999年にマイケルズが立ち上げたプロレスリング・スクール兼WWFファーム団体 "Texas Wrestling Academy" の運営に協力した[4]

獲得タイトル[編集]

チャンピオンシップ・レスリング・フロム・フロリダ
NWAビッグタイム・レスリング / WCCW
その他
  • NWAガルフコースト・ヘビー級王座:1回
  • NWAルイジアナ・ヘビー級王座:1回
  • L&Gカリビアン・ヘビー級王座:1回

育成選手[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 『THE WRESTLER BEST 1000』P258(1996年、日本スポーツ出版社
  2. ^ a b c d e f g h i j 『Gスピリッツ Vol.18』P24-27(2010年、辰巳出版ISBN 4777808661
  3. ^ a b Gino Hernandez”. World Class Memories. 2011年1月5日閲覧。
  4. ^ a b Shawn Michaels, still the show-stopper”. SLAM! Sports. 2011年1月5日閲覧。
  5. ^ NWA World Tag Team Title [Florida]”. Wrestling-Titles.com. 2011年1月5日閲覧。
  6. ^ NWA Florida Brass Knuckles Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年1月5日閲覧。
  7. ^ NWA Texas Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年1月5日閲覧。
  8. ^ a b NWA Texas Brass Knuckles Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年1月5日閲覧。
  9. ^ a b NWA Texas Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年1月5日閲覧。
  10. ^ NWA American Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年1月6日閲覧。
  11. ^ Caribbean Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年1月5日閲覧。
  12. ^ Featuring Results & Card Listings For...Southwest Championship Wrestling”. Angelfire.com. 2011年1月6日閲覧。
  13. ^ a b c Jose Lothario”. Online World of Wrestling. 2011年1月5日閲覧。
  14. ^ 『1945-1985 激動のスポーツ40年史(6)プロレス 秘蔵写真で綴る激動史』P157(1986年、ベースボール・マガジン社
  15. ^ 『これぞプロレス ワンダーランド!!(プロレスアルバム51)』P40-41(1984年、ベースボール・マガジン社)
  16. ^ WWE Yearly Results 1996”. The History of WWE. 2011年1月5日閲覧。
  17. ^ WWE Yearly Results 1997”. The History of WWE. 2011年1月5日閲覧。
  18. ^ WWF In Your House: Mind Games”. pWw-Everything Wrestling. 2011年1月6日閲覧。

外部リンク[編集]