石川雄洋
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| 石川雄洋 横浜ベイスターズ No.52 |
|
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 | |
| 出身地 | 静岡県駿東郡清水町 |
| 生年月日 | 1986年7月10日(22歳) |
| 身長 体重 |
183cm 78kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| 守備位置 | 内野手 |
| プロ入り | 2004年 ドラフト6巡目 |
| 初出場 | 2006年10月12日 |
| 年俸 | 650万円(推定) |
| 経歴 | |
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石川 雄洋(いしかわ たけひろ、1986年7月10日 - )は静岡県駿東郡清水町出身のプロ野球選手。横浜ベイスターズに所属する内野手。背番号は52。
目次 |
[編集] 人物
- その高い身体能力でポスト石井として期待されている、将来性の高い選手である。特にその俊足には目を見張るものがあり、監督には「野中信吾に次ぐチーム二番目の俊足」と評されている。
- 中学時代から左打ちであったが、プロ入り2年目のシーズン途中にスイッチヒッターに転向。2008年からは左打ちに戻った。
- ヤクルトの宮本慎也のグラブ(横浜高校の先輩である鈴木尚典を通じて貰ったもの)、青木宣親モデルのバットを使用している。
- 横浜高の同級生に涌井秀章(西武)、1年先輩に成瀬善久(千葉ロッテ)2年後輩に福田永将(中日)がおり、春夏の甲子園に出場している。
- マイペースであまり感情を表に出さない性格で、横浜高時代の渡辺元智監督には「闘志を出せ!」と激を飛ばされることも多かったが、プロ入りする際に渡辺監督は石川のことを「人が見ていない所でコツコツ努力をするタイプ」と語っている。
[編集] 概説
- 小学3年で最初は投手として野球を始める。中学時代は裾野シニアに所属。
- 2002年 - 横浜高校に入学、1年目からベンチ入り。
- 2003年 - 春の甲子園にレフトとして出場し、準優勝。
- 2004年 - 夏の甲子園に出場。14打数10安打と活躍し、ベスト8進出に大きく貢献した。
- 2004年 - ドラフト6巡目で横浜に入団。
- 2006年 - シーズン終了目前の10月12日に初昇格し、代打で初出場。
- 2007年 - 3年目にして初のシーズン開幕一軍入りを果たすと、3戦目の4月1日巨人戦で迎えた2007年の初打席に高橋尚成からプロ初安打(投手強襲の内野安打)を放つ。しかし4月20日の練習中に打球を顔面に当て唇を20針縫う大怪我を負い長期離脱となり悔しいシーズンになってしまう。
- 2008年 - 開幕一軍こそ逃すが、その後一軍に定着。故障の石井琢朗の代わりにショートを守ったり、北京オリンピック出場のためにチームを離れた村田修一の代わりにサードを守るなどスタメン出場が続き、バッティングも好調を維持する。さらに、今まで金城と大西の併用で固定されていなかった1番に抜擢され、ヒットでチャンスメイクするなど、期待に応えている。
[編集] 背番号
- 52(2005年 - )
[編集] エピソード
- 2004年の夏の甲子園、京都外大西戦では6回に三塁打を放ちヘッドスライディングした際に三塁手と交錯。首などを強打し左肩を捻挫。意識を失い担架で運ばれるも、その後意識を取り戻し痛みをこらえ強行出場。0対0の白熱した試合が続くなか、9回には自身のエラーをきっかけに満塁のピンチを迎えるが、怪我を我慢し出場してる石川のためにも負けられないと涌井が三振で抑える。10回には涌井のピンチを石川のファインプレーで助け、チームは11回に1対0でサヨナラ勝ちを決め、その後も勝ち進みベスト8の成績を残した。
- 2004年11月17日、横浜からドラフト指名を受けた当日の夜に球団応援番組『イイネ!ベイスターズ』(テレビ神奈川)のスタジオにゲスト出演するが、出演者のボケに絡むなど高校生ながらもなぜかテレビ慣れしており、出演者につっこまれるほどの落ち着きようであった。
- 2008年7月5日対阪神戦、5回表鳥谷の打席、レフトに上がったフライをビグビーが捕球しようとしたが、そこに突進してきた石川と交錯した。結果的にボールは石川が捕ったが、ビグビーが倒れて一時ゲームが中断してしまった。その試合を解説していた佐々木主浩氏は「良く言えば足が速くて守備範囲が広い」と評価した。当時チームはシーズン100敗ペースと言われるほど低迷しており、試合の流れを変えようとしたプレーだったが、その後も連打が続きチームは9失点と大敗した。ちなみに、この日石川はプロ初猛打賞(安藤投手/安藤投手/阿部投手 から)を記録した。
[編集] 通算成績
[編集] 年度別打撃成績
| 年度 | チーム | 背 番 号 |
試 合 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
失 策 |
打 率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005年 | 横浜 | 52 | 一軍出場なし | |||||||||||||||||
| 2006年 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | .000 | ||
| 2007年 | 19 | 24 | 5 | 3 | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | 1 | 0 | 1 | 0 | 2 | 6 | 0 | 0 | .125 | ||
| 2008年 | 83 | 259 | 24 | 63 | 4 | 5 | 1 | 80 | 13 | 10 | 5 | 6 | 1 | 7 | 60 | 5 | 9 | .243 | ||
| 通算 | 4年 | 104 | 285 | 29 | 66 | 4 | 5 | 1 | 83 | 14 | 11 | 5 | 7 | 1 | 9 | 68 | 5 | 9 | .232 | |
[編集] 年度別守備成績
| 年度 | 二塁 | 三塁 | 遊撃 | |||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | |
| 2005 | 一軍出場なし | ─ | 一軍出場なし | |||||||||||||||
| 2006 | ─ | ─ | ─ | |||||||||||||||
| 2007 | 4 | 2 | 5 | 0 | 0 | 1.000 | ─ | 8 | 2 | 6 | 0 | 1 | 1.000 | |||||
| 2008 | 8 | 14 | 24 | 0 | 5 | 1.000 | 13 | 8 | 19 | 2 | 3 | .931 | 56 | 67 | 130 | 7 | 27 | .966 |
| 通算 | 12 | 16 | 29 | 0 | 5 | 1.000 | 13 | 8 | 19 | 2 | 3 | .931 | 64 | 69 | 136 | 7 | 28 | .967 |
[編集] 個人記録
- 初出場 - 2006年10月12日対ヤクルト戦、代打で三振。
- 初安打 - 2007年4月1日対巨人戦で高橋尚成投手から。
- 初盗塁 - 2007年4月19日対ヤクルト戦。
- 初本塁打 - 2008年8月31日対ヤクルト戦で石川雅規投手から。
[編集] 高校時代の戦績
- 2003年 - 第75回選抜高等学校野球大会準優勝
- 2004年 - 第86回全国高等学校野球選手権大会
[編集] 関連項目
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| 横浜ベイスターズ 2004年ドラフト指名選手 |
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| 自由獲得枠:染田賢作 / 自由獲得枠:那須野巧 / 4巡目:藤田一也 / 5巡目:岸本秀樹 / 6巡目:石川雄洋 7巡目:橋本太郎 / 8巡目:桑原義行 / 9巡目:松家卓弘 / 10巡目:斉藤俊雄 |

