松家卓弘
| 北海道日本ハムファイターズ #30 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 香川県高松市 |
| 生年月日 | 1982年7月29日(29歳) |
| 身長 体重 |
184cm 85kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2004年 ドラフト9巡目 |
| 初出場 | 2009年6月10日 |
| 年俸 | 800万(2010年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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松家 卓弘(まつか たかひろ、1982年7月29日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手(投手)。
目次 |
[編集] 経歴
香川県高松市出身。市立仏生山小学校4年から野球を始めた。最初に任されたポジションは捕手だったが、当時のエースが転校してしまい、肩の強さを見込まれて投手になった。それ以来一貫して投手としてプレーしている。
香川大学教育学部附属高松中学校時代に県大会で優勝を経験し、四国大会に出場した。高松高校2年時の1999年、高松高校は秋の県大会で準優勝。秋季四国大会の初戦で鳴門工業高校に勝利するも、準決勝で明徳義塾高校に敗れ、翌2000年の第72回選抜高校野球大会には出場できなかった。その後、春の県大会で準優勝の成績を残し、夏の県大会に挑んだが3回戦で丸亀城西高校に0-1で敗れた。
香川県内の高校の同学年生に同じプロ野球選手の田中浩康や鈴木義広がおり、高校時代に対戦経験がある。また、女優の藤澤恵麻とは、中学・高校の同級生で、タレントの多田羅りか、陸上競技選手の真鍋周平とは高校の同級生である。
読売ジャイアンツや日本ハムファイターズからの入団の打診を断り、現役で東京大学文科二類に合格した。元々は指定校推薦で慶應義塾大学進学を希望していたが、当時の担任や友人に勧められて、東大を受験したところ、合格したという。野球部の主戦投手として活躍し、中学・高校時代の同級生で二浪のすえ入部した升岡大輔とのバッテリーは話題になった。東京六大学リーグでは通算3勝も、2004年秋季リーグ開幕戦で春季優勝した明治大学を2安打完封した実績が光る。
国際協力銀行から内定をもらうが、2004年のプロ野球ドラフト会議で横浜ベイスターズに9巡目で指名され入団。史上5人目の東大出身プロ野球選手[1]、かつ初の現役東大生プロ野球選手[2]となった。また、松家の入団により、横浜は日本プロ野球では初の、東大出身選手が複数人所属した球団となった(日本プロ野球では横浜と、後に所属する北海道日本ハムファイターズの2球団のみ)。
プロ入り1年目の2005年、8月13日と9月に出場選手登録されたが2度とも登板の無いまま登録抹消。2009年6月7日に約4年ぶりに登録され、6月10日に初登板を果たした。対戦相手は後に所属することになる日本ハムであった。閉幕まで9試合に登板し、11月26日にその日本ハムに加藤武治、関口雄大とともに移籍した[3]。東大出身選手としては初めてプロで複数球団に所属経験のある選手となった。
[編集] プレースタイル・人物
常時140km/h台後半の速球(最速152km/h)で押し、落差の大きいフォークボールとスライダーで打ち取る投球が持ち味である。
- 趣味は読書。
- 2010年2月22日に一般女性と結婚した。[4]
- 口を開け、舌を出す癖があり、ある日の試合中、僅差の点で負けてる状況で登板。四球を出して舌を出し、その日の当時GAORA解説の光山英和から「舌出してる場合じゃないんですが。せっかく一軍昇格でチャンスもらってるんだから・・・」と苦言を出されている。その後、打たれて相手チームに追加点を許した。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2009 | 横浜 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 62 | 15.2 | 11 | 3 | 3 | 0 | 3 | 12 | 0 | 0 | 8 | 8 | 4.60 | 0.89 |
| 2010 | 日本ハム | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 31 | 6.1 | 5 | 1 | 9 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 3 | 3 | 4.26 | 2.21 |
| 通算:2年 | 14 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 93 | 22.0 | 16 | 4 | 12 | 0 | 3 | 15 | 0 | 0 | 11 | 11 | 4.50 | 1.27 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 投手記録
- 初登板:2009年6月10日、対北海道日本ハムファイターズ3回戦(札幌市円山球場) - 8回裏当初から3番手として登板し、1イニングを無安打に抑えた[5][6]。
- 初奪三振:2009年6月11日、対北海道日本ハムファイターズ4回戦(札幌ドーム) - 8回裏に糸井嘉男から
- 打撃記録
- 初安打:2009年9月28日、対広島東洋カープ20回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島) - 3回表に青木高広から[7]
[編集] 背番号
- 32 (2005年 - 2009年)
- 30 (2010年 - )
[編集] 脚注
- ^ 新治伸治(大洋ホエールズ)、井手峻(中日ドラゴンズ)、小林至(千葉ロッテマリーンズ)、遠藤良平(日本ハムファイターズ)に次ぐ。
- ^ 取得単位数の不足により、翌2005年3月時点で同大学を卒業できなかったため。同年9月までに残る単位を全て取得した。
- ^ 木田投手、加藤武投手、松家投手、関口外野手が入団会見
- ^ 北海道日本ハムファイターズ公式サイト 松家選手結婚のお知らせ
- ^ 公式戦出場は東大出身選手としては2001年の遠藤以来8年ぶり4人目。セントラル・リーグの投手としては1968年の新治以来41年ぶり。
- ^ 松家以前に公式戦で登板した東大出身の投手は、いずれも初登板で安打を許している。東大出身の投手が打者を打ち取ったのは、新治が1968年5月15日の広島東洋カープ戦で記録して以来41年ぶり。
- ^ 東大出身選手の安打は33年振り、史上3人目。井手が1976年10月11日のヤクルトスワローズ戦で記録して以来。1人目は新治。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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