鵜久森淳志

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鵜久森 淳志
北海道日本ハムファイターズ #44
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛媛県松山市
生年月日 1987年2月1日(24歳)
身長
体重
189cm
85kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2004年 ドラフト8巡目
初出場 2006年4月18日
年俸 580万円(2010年)
経歴(括弧内は在籍年)

鵜久森 淳志(うぐもり あつし、1987年2月1日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手外野手)。愛媛県松山市出身。

目次

[編集] 来歴・人物

中学時代はボーイズリーグの松山クラブに所属した。同クラブには、後にプロでチームメイトとなる藤井秀悟も所属していた。

中学までは投手済美高校外野手に転向。2004年に四番・左翼手として甲子園に出場し、春(第76回選抜大会)に2本、夏(第86回選手権大会)には3本の本塁打を放ち、同校の甲子園春初出場優勝・夏初出場準優勝に貢献。高校通算47本塁打。同年秋のプロ野球ドラフト会議で北海道日本ハムに8巡目で指名され入団した。

2005年に同期入団の市川卓と、2006年には1年後輩の陽仲壽とともに2年連続で二軍の重点強化指定選手に選ばれている。2005年は長打力を期待されて二軍で積極的に起用され、ルーキーながらチーム最多の88試合に出場。チーム2位の8本塁打を打ったが、打率.228と三振90はともにイースタン・リーグ最下位に終わった。

2006年シーズン序盤に一軍に初昇格、一軍初打席を経験。尾崎匡哉らと共にハワイ・ウインターリーグにも参加。二軍ではチーム2位の89試合に出場するも、打率.228、4本塁打と不調に終わった。2007年も二軍でチーム2位の88試合とほぼ全試合に起用され、打率.286、10本塁打、46打点(イースタン・リーグ4位)と自己最高の数字を記録。

2008年シーズンは一軍で11試合に出場し、プロ初安打・初打点を記録した。

2009年4月6日、モデル活動などをしていた4歳年上の女性と結婚。この2009年は二軍でイ・リーグ2位の20本塁打を打ったが、コーチ陣から、流し打ちを覚えさせられ、スラッガーからアベレージヒッターの転向を通達される。一軍出場は0試合に終わった。プロ野球コンベンション2009にて日刊スポーツ制定の努力賞を受賞した。

2010年4月11日の福岡ソフトバンクホークス戦で先制打を放ち、自身初のヒーローインタビューを経験した。その試合の後、怪我により二軍降格。

2011年は開幕一軍を勝ち取るが、守備面でベンチの信用が得られず代打や指名打者として起用される。出場機会を増やすため、一塁の守備も練習する。7月30日のソフトバンク戦(福岡Yahoo! JAPANドーム)で杉内から打ったプロ初本塁打は、右翼ポールを掠める打球であったためビデオ判定が実施された上で本塁打と認定された。また、8月14日のソフトバンク戦(札幌ドーム)でも藤田宗一から本塁打を打っており、この年に打った本塁打2本は、全てソフトバンク戦での代打本塁打である。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
2006 日本ハム 1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
2008 11 23 20 3 6 1 0 0 7 2 0 0 1 0 1 0 1 3 2 .300 .364 .350 .714
2010 23 40 36 4 10 0 1 0 12 2 0 0 0 0 2 0 2 15 0 .278 .350 .333 .683
2011 42 64 61 3 15 3 0 2 24 6 0 1 0 1 2 0 0 17 1 .246 .266 .393 .659
通算:4年 77 128 118 10 31 4 1 2 43 10 0 1 1 1 5 0 3 36 3 .263 .307 .364 .671
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 記録

[編集] 背番号

  • 65 (2005年 - 2010年)
  • 44 (2011年 - )

[編集] 関連項目

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