久保純子

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くぼ じゅんこ
久保 純子
プロフィール
本名 清重 純子
愛称 クボジュン
出身地 日本の旗 日本
生年月日 1972年1月24日(41歳)
血液型 A型
最終学歴 慶應義塾大学文学部英米文学科卒業
職歴 元NHKアナウンサー
活動期間 1994年
ジャンル バラエティなど
家族 久保晴生(父)
出演番組・活動
現在 ウチくる!?
過去 NHK紅白歌合戦』『ブロードキャスター』など

久保 純子くぼ じゅんこ1972年1月24日 - )は、日本のフリーアナウンサータレント司会者。元NHKアナウンサー。本名清重 純子きよしげ じゅんこ 旧姓:久保)。愛称は「クボジュン・ジュンジュン」。

目次

来歴・人物 [編集]

父(久保晴生)、母もともにアナウンサー経験者である。小学校4年間をイギリス、高校時代をアメリカで過ごした。東京都立調布北高等学校入学後、ウィスコンシンの高校を経てニューヨークパイオニア・セントラル高校→上智大学比較文化学部比較文化学科を経て、慶應義塾大学文学部英米文学科卒業。1994年にNHKへ入局(最初の勤務地は大阪放送局)。2年後の1996年東京アナウンス室へ異動となる。NHKでは珍しく「アイドルアナウンサー」と称され、受信料制度周知キャンペーンなどに起用された。

2002年に長女を出産後、NHKに契約職員専属契約。事実上嘱託)として復帰。2004年3月31日の契約満了を以って、フリーに転身した。2008年には次女を出産。

NHK時代の出演番組 [編集]

フリー後の出演番組など [編集]

その他テレビ出演 [編集]

コマーシャル出演 [編集]

エピソード [編集]

  • 実父は元日本テレビアナウンサー(元アナウンス部長)および日本テレビアナウンスカレッジ初代学長久保晴生。実母は元日本テレビアナウンサーの久保淑子(旧姓:加藤淑子)。NHK時代に兄がいることを番組内でしゃべっている(2008年8月28日、日本テレビ『ラジかるッ』に出演した実父によると、純子の次女で4人目の孫だそうである)。
  • 郷ひろみの大ファンである。そのため、自身が初紅組司会を務めた1998年の紅白にて、白組歌手である郷の曲紹介を例外的に久保が行った。
  • 18歳当時、父がアナウンス部長を務めていた日本テレビでアルバイト経験があり、そこで当時『午後は○○おもいッきりテレビ』の司会をしていたみのもんたに会ったことがある[1]
  • 大学生の時に東京ドームプロ野球読売ジャイアンツのマスコットガールのアルバイトをしており、本塁打を打った選手にジャビットのぬいぐるみを渡す場面が何度か『ウチくる!?』で流れされた。「このアルバイトは選手がホームランなど打たないと仕事が無いので、待機中の時は裏で勉強をしていた。当時巨人投手の桑田真澄が勉強の内容に興味を持って見に来ていた。(様子を見に来る選手は他にもいたが)勉強に興味を持っていた選手は桑田投手だけだった」と語っている。
  • 私生活では中学生の頃に同じ学習塾で、席が隣同士になったのがきっかけになり、後にフジテレビアナウンサー(現在は退職)となる木佐彩子と大親友になった。
  • NHK時代、アナウンスでは読み間違いや言い間違いをした際に、先輩の松平定知(現在は退職)から、『NHKニュース11』の放送中に叱責されたことも度々ある。
  • 自身の長女は山下智久の大ファンである。その山下と『とんねるずのみなさんのおかげでした』にて共演した際、久保はサインをもらっていた。
  • 2006年11月26日朝日新聞の朝刊で、幼少期、イギリス人種差別的ないじめを受けていたこと、帰国後の日本の公立中学校でもいじめを受けたことを告白している。AERA Englishでは、高校3年間のアメリカ留学先(ウィスコンシン)で、ベビーシッターの家にホームスティをし、毎日何人もの子供たちの世話をさせられ大変だったことを告白している。またそのこともあり、高3の時、ウィスコンシンからニューヨーク州のバッファローの高校に転校している。
  • 子供が大好きで道端でよその子供に抱きつくことも。そのこともあり、子供番組を作りたくてアナウンサーを志望した。紅白の紅組司会に抜擢される程の人気アナウンサーになってしまったため、NHK時代に夢は叶わなかったが、フリー転身後『クボジュンのえいごっこ』で夢が叶うこととなった。
  • 母の英語教室の手伝いをしている。
  • NHK時代、「女子アナウンサーも普通の会社員なんですよ」と発言したことがある。
  • NHK時代、スポーツニュースで「サイレンススズカさん」のように馬名を呼捨てや○○号などではなく敬称をつけ読んでいた。
  • NHK時代、先輩の有働由美子とは確執関係にあると報道されていた(久保が先に紅白の司会に起用されたことに有働が不満を持っていたとされる)[2]
  • NHKおよび慶應義塾大学の先輩である宮本隆治のことを物凄く尊敬しており、自身の結婚式の司会も宮本に担当してもらった程である。
  • NHK退職に関しては、円満退職であると思われる(久保本人も明言している)が、フリー転身後はNHKに出演する機会がしばらくなかった(先述の『とんねるずのみなさんのおかげでした』出演時に石橋貴明に「全局制覇とかしたの?」と聞かれた際、「フリーになった後、NHKには1回も出たことがないです」と返し、石橋に「『(NHKから)育ててやったのに』と思われてるんじゃないの?」と言われていた)。しかしNHK紅白歌合戦60回を記念して製作された特番「紅白歌合戦AtoZ」(2009年12月30日)に於いて、証言者の一人として退職から6年ぶりのNHK出演を果たし、その4日後には「ワンダー×ワンダー」(紅白を取り上げた拡大版)で久々のスタジオ出演を果たした。
  • 『ウチくる!?』のロケにて、中山秀征が「NHKの場合、アナウンサーが遅刻したらどうなるの?」と尋ねたところ、久保は「考えたこともないけど、クビでしょうね」と語っていた(そのロケ当日=2007年12月11日の午前中、中山が司会を務める『ラジかるッ』にて、共演していた当時日本テレビアナウンサーの宮崎宣子が本番に遅刻した。久保のコメントは翌日に中山が『ラジかるッ』内で語ったもの)。
  • 『ブロードキャスター』については、自身が司会に就任する以前は視聴者として番組を拝見していたという[3]
  • 2008年3月11日、『ウチくる!?』のロケ中に第二子を妊娠中であることを明らかにした。本人は「予定日近くまでは仕事をしたい」と語っており[4]、その言葉通り出産ギリギリまで普通に仕事をこなしていた。出産予定日は8月中旬とのことであったが、やや予定が早くなり、7月24日に次女を出産。翌月23日には『ブロードキャスター』で早くも仕事復帰を果たし、収録が長時間に及ぶ『小中学校教科書クイズ!』(秋のみ『小中学校…』というタイトルに)にも通常通り出演した。
  • 2011年7月16日、文化放送『久保純子のライオンミュージックサタデー』の番組中、夫の米国転勤(任期は1年半)に家族で同伴することを明らかにした。番組自体は出演者を菊池桃子に交代する形で継続。また『ウチくる!?』も同年8月21日放送分を以って降板。

著書 [編集]

関連項目・人物 [編集]


※福留、徳光は父・晴生の日テレ時代の後輩、石井、高橋、鹿島はNHK時代の同期、川口、海老沢は現役アナ時代のNHK会長。

脚注 [編集]

  1. ^ 2008年3月27日放送分のフジテレビクイズ$ミリオネア』(みのの司会番組)にVTR出演した久保本人のコメントより
  2. ^ 芸能ニッポン』1999年4月号
  3. ^ 『ブロードキャスター』最終回の番組ラストで本人が述べた。
  4. ^ サンケイスポーツ2008年3月12日クボジュン第2子妊娠!

外部リンク [編集]