小川光明

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おがわ みつあき
小川 光明
プロフィール
出身地 日本の旗 日本
生年月日 1940年3月26日(74歳)
血液型 AB型
最終学歴 中央大学法学部
職歴 NTVアナウンサー
活動期間 1962年 - 2004年
ジャンル スポーツ
出演番組・活動
その他 箱根駅伝中継ゴルフ中継、プロ野球中継などの実況
スポーツコメンテーター
備考
2000年から2004年まで日本テレビの契約社員

小川 光明おがわ みつあき1940年3月26日[1] - )は、元日本テレビアナウンサー

来歴・人物[編集]

上海生まれ[1]東京都出身。東京都立赤坂高等学校を経て中央大学法学部卒業。同じ日本テレビアナウンサーの吉田填一郎(現ラジオ日本アナウンサー兼編成局長として出向中)は大学の後輩に当たる。1962年、アナウンサーとして日本テレビに入社。箱根駅伝中継、ゴルフ中継、プロ野球中継などを担当する。2000年に定年退職した後も、契約社員として同局に留任する。2004年5月2日読売ジャイアンツ広島東洋カープ戦(東京ドーム)を最後に、42年間の日本テレビアナウンサー歴に終止符を打った。現在はフリーのスポーツコメンテーターとして活動中。長年巨人軍の宮崎キャンプを取材した縁で2003年宮崎県宮崎市に移住。[2]

福岡ソフトバンクホークスの主砲・松中信彦とは、松中が社会人時代に出場したアトランタオリンピックの取材で知り合い、現在も交友関係が続いている。特に松中が2004年に三冠王を獲得した際には、スポーツ報知に手記を寄せている。

2006年4月からは日テレ系列のBS日テレの「ボウリング革命 P★League」の実況を務める。日テレ局アナ時代を彷彿とさせる冷静沈着な実況で戦況を伝えており2013年現在、全大会の決勝戦を担当している。2008年には「スカイ・Aスタジアム・LIVE RAKUTEN わしづかみ」(東北楽天ゴールデンイーグルス主催試合)の実況を担当した。

1997年の6月から半年間、人事異動でアナウンス部長を退任した後輩アナの舛方勝宏(現日テレ専務取締役)の後任として『あなたと日テレ』を担当したことがある。

現在の担当番組[編集]

過去の担当番組[編集]

エピソード[編集]

実況スタイル
  • 実況では声を張り上げるような手法は多用せず、落ち着いた語り口を基本スタイルとしているが、ドラマティックな場面に立ち会ったときはその限りではない。その好例として2000年9月24日の巨人対中日戦における実況が挙げられる。この試合で巨人が勝てばリーグ優勝という状況[注 1]であったが、9回表が終わった時点で0-4と劣勢。長嶋監督の胴上げは翌日以降に持ち越しかと思われたが、9回裏、この日の中日の先発前田幸長と、守護神・エディ・ギャラードから元木大介高橋由伸松井秀喜の3連打で無死満塁。ドミンゴ・マルティネスは三振に倒れたが、江藤智(現:巨人一軍打撃コーチ)の満塁ホームランで同点に追いつくと、続く二岡智宏(元巨人→北海道日本ハムファイターズ)がソロホームランを放ち、巨人はサヨナラ勝ちでリーグ優勝を決めた(解説は山本浩二堀内恒夫)。この際の小川アナは「右へー!!どうだー!?入ったー!!ジャイアンツ優勝ー!!29回目[注 2]、覇権を取りました!!とてつもないドラマ!!大変な事が起きました!!江藤の200号[注 3]満塁ホームラン!!二岡のサヨナラホームラン!!ジャイアンツ優勝ー!!まさにドラマ!!2000年のペナントレースは大変なドラマです!!」と劇的な展開だったゆえに、彼にしては珍しい絶叫に次ぐ絶叫を繰り返したが、印象的な台詞を織り交ぜることも怠らなかった。二岡はこれまで6本のサヨナラホームランを打っているが(2013年現在)、そのうちの3本を実況している。不思議なことに実況した3回のうち2回が中日戦で(もう1本は2002年7月2日で、延長12回に決めた[注 4])、残りの1本はプロ入り初サヨナラホームラン(1999年4月24日・対横浜戦)である。
  • 1997年からの実況では、「小川アナが実況すると巨人は負けない(いわゆる不敗神話。事実、翌年までの実況を担当した日の巨人の成績は16戦15勝1敗だった)」とまで言われた。
主な担当試合
  • 2001年8月9日、巨人VS阪神戦の中継をしていたときのこと、野球中継延長のためこの後の番組『どっちの料理ショー』の放送開始時間が9時30分になることを伝えていた時に巨人が点を入れ5-2になったので本当なら「なお、『どっちの料理ショー』は9時30分からお送りします。」というべき所を「なお、『どっちの料理ショー』は5-2です。」と発言。すると、その後に放送された『どっちの料理ショー』の結果(当時の対戦カードは夏野菜のリゾットvs海鮮中華粥で勝ったのは海鮮中華粥だった)が本当に5-2になった。もちろん、この事は小川アナにはまったく知らされていない。このエピソードは2009年3月2日放送の『人生が変わる1分間の深イイ話』でも取り上げられた。
  • 2009年以降、年1回夏季にスカイパーフェクTVの企画で、広島対巨人戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)の実況を担当している。解説は、日テレ・広島テレビ解説者の山本浩二池谷公二郎が務め、往年の日本テレビの中継の再現となっている(中継自体は、フジテレビ系列のTSS制作、または子会社のTSSプロダクションが制作協力)。また、前述の不敗神話も健在であったが、2014年8月17日に広島が勝利したことにより、ついに不敗神話が途切れることとなった。
    • 2009年8月12日。7回には一挙9点を挙げるなど、23安打の猛攻で、16-5で巨人が大勝した。
    • 2010年7月31日。試合は5-0で巨人が勝利した。特に7月中は巨人投手陣が不安定な中、6月18日の対中日戦以来となる、約1ヶ月半ぶりの完封勝利となった。
    • 2011年8月28日。試合は両チームとも決め手となる1点が入らず、延長戦までもつれる展開となったが、4-2で巨人が勝利した。
    • 2012年9月25日。両チーム一歩も譲らない接戦となったが、3-2で巨人が勝利した。
    • 2013年8月9日。巨人が5-4で逆転勝ちし、優勝マジック39が点灯した。
    • 2014年8月17日。途中までは巨人がリードしていたが、8回に不動のセットアッパーである山口鉄也が広島打線に一挙に3連続適時打で3点を失い、結果的に広島が5-4で逆転勝ちし、ついに小川の不敗神話は止まった。ちなみに1年前は同スコアで巨人が勝っていたため、1年前とは全く逆のスコアである。
オリンピック
その他
  • 箱根駅伝の中継では、日本テレビ系列が中継を始めた1987年から8年連続でセンター実況を担当、その後もスタート・ゴール実況やインタビュアーとして、中継に長く携わった。しかし実況に抜擢された当初は、陸上競技中継の担当はおろか、陸上競技そのものの知識も皆無だった為、一旦は実況を辞退したが、スタッフや同僚アナウンサーの熱意に押され引き受ける事となった。その為担当が決まってからは、出場する大学や関係者への取材を積極的に行い、本番の中継では、取材で得た情報やプロ野球・ゴルフ中継で培った経験を生かし、その実力を遺憾なく発揮した。
  • 2005年12月10日にはBS日テレで放送された「2005プロボウリングレディース新人戦」で実況を務めた。また2007年5月6日放送の『THE・サンデー』で巨人の通算5000勝達成の特集では球団としての初勝利から記録達成までの歩みをナレーションした。また思い出に残る1勝として前述の2000年のサヨナラリーグ優勝を挙げている。(Dramatic Game 1844#2004年以前の出来事も参照)
  • 太陽にほえろ!」第81話「おやじバンザイ」で、警察による犯人包囲の模様を実況するアナウンサー役でゲスト出演したことがある。
  • 第19回全国高等学校クイズ選手権で、2回戦の3人バラバラ面接クイズで「自己アピール」の面接会場の面接官の紹介で「みつあき」ではなく「こうめい」と紹介されていた(この時は、井田由美アナウンサーやホテルセンチュリーハイアット人事部のみなさんも一緒に紹介されていた)。

関連項目[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 当時のセ・リーグはシーズン135試合制で、この日の試合は巨人にとって131試合目。ちなみにこの年の主催試合(地方球場での開催も含む)の最終戦でもあり、残りの4試合はすべて神宮での対ヤクルト戦であった。
  2. ^ 2014年現在の巨人のセ・リーグ優勝回数は36回。
  3. ^ この年の巨人のチーム本塁打数(最終的には203本に到達)。
  4. ^ 相手は遠藤政隆
  5. ^ 1994年は北別府学紀藤真琴、2000年は佐々岡真司から。

出典[編集]

  1. ^ a b スポーツ報知 2014年9月25日24面 「巨人軍80周年 あの時」第15回
  2. ^ 読売新聞宮崎版、2013年8月5日