新春スポーツスペシャル箱根駅伝
| ★SAPPORO新春スポーツスペシャル 東京箱根間往復大学駅伝競走 |
|
|---|---|
| ジャンル | スポーツ中継 |
| 放送時間 | 【往路】毎年1月2日 7:00 - 14:05 【復路】毎年1月3日 7:00 - 14:18 (往路425分、復路438分) |
| 放送期間 | 1987年1月2日 - 現在(25回) |
| 放送国 | |
| 制作局 | 日本テレビ放送網(箱根駅伝後援) |
| 製作総指揮 | 新井直彦(制作、2009年 - ) |
| プロデューサー | 橋本敦(2008年 - ) |
| 出演者 | 村山喜彦(2007年 - )ほか |
| 音声 | ステレオ放送 |
| 字幕 | リアルタイム字幕放送 |
| データ放送 | 実施 |
| オープニング | 久石譲「Runner of the Spirit」 (2009年 - ) |
| エンディング | 同上 |
| 外部リンク | 番組公式サイト |
|
特記事項: 放送時間は2011年のもので、中断して放送される『NNNニュース』を含む。 放送回数は、各年の往路・復路の放送をまとめて各1回とする。 ネット局についてはテレビ中継放送ネット局を参照。 |
|
『新春スポーツスペシャル箱根駅伝』(しんしゅんスポーツスペシャルはこねえきでん)とは日本テレビ系列で放送されている東京箱根間往復大学駅伝競走の生中継番組である。冠スポンサー・筆頭スポンサーはサッポロビールで、冠名を含めた正式名称は『★SAPPORO新春スポーツスペシャル 第○回東京箱根間往復大学駅伝競走』(サッポロビール - だい○かいとうきょうはこねかんおうふくだいがくえきでんきょうそう)[1]と筆頭スポンサーと箱根駅伝の開催回数を含めたものとなる。
目次 |
[編集] 概要
日本テレビによる箱根駅伝の生中継は、第63回(1987年)から開始された。ただし初回中継時は往路が7:55 - 10:25、12:00 - 13:55、復路が7:55 - 9:25、12:00 - 13:55の計4部構成となっており、3区・4区・7区 - 9区は中継が中断されていた。
翌第64回(1988年)は最大30分の中断で3区・8区の不完全中継となり、第65回(1989年)から全区間完全生中継が行われている。現在も数分間のニュース中断があるものの、その間も画面左下のワイプ画面で中継映像を映し出すなどの配慮がある。第73 - 76回(1997 - 2000年)はCS★日テレでも同時放送された。
なお第55回(1979年)から日本テレビが中継する前の第62回(1986年)まではテレビ東京が箱根駅伝の中継番組を放送していたが、1月3日 12:00 - 13:54の録画ダイジェスト放送(ゴールは生放送)であった。
番組のキャッチコピーは「ニッポンのお正月。」。箱根駅伝そのものの人気に加え他の民放局は再放送番組を放映するなど強力な裏番組が少ないこともあって毎年25%以上の高視聴率を上げる正月恒例の大型番組となっており、テレビ番組の視聴率調査を行っているビデオリサーチでもNHK朝の連続テレビ小説やNHK紅白歌合戦などの様に箱根駅伝の歴代視聴率に関する専用ホームページを設けている程である[2]。逆に見れば当番組が安定した高い視聴率を有しているため民放他局は強力な番組を投入しづらい状況にあり、再放送等の捨て番組・子供番組(アニメ等)にせざるをえない状況になっているともいえる。一例としてフジテレビは近年当番組の放送時間帯は自社で放送した人気連続ドラマの再放送で穴埋めし新春特別番組同士での対決を避けているほか[3][4]、テレビ朝日は平日正午枠の正月三が日の放送は1989年を以って、『モーニングショー』の正月三が日の放送は1992年を以って、『スーパーモーニング』の1月2日・1月3日にいずれかに放送される新春スペシャルは2010年を以ってそれぞれ取りやめている。『モヤモヤさまぁ〜ず2』(テレビ東京)は同番組が当初箱根駅伝と同時間帯の「死に枠」を埋めるための番組として制作されたことが後に明言されている。
[編集] 放送時間
- 1月2日
- 7:00 - 7:50/第1部・箱根駅伝見どころ
- 7:50 - 14:05/第2部・実況中継(往路)
- 1月3日
- 7:00 - 7:50/第1部・往路ハイライト&復路見どころ
- 7:50 - 14:18/第2部・実況中継(復路)
- 14:18 - 15:00/続報!箱根駅伝(基幹局を中心に一部地区任意ネット、詳細後述)
第81回(2005年)までは7:00 - 7:45を『見どころ』(番組表の表記は『まもなく箱根駅伝』)として放送し、実況中継は7:45からとなっていた。地方局では一部地域で『見どころ』をネットしない所もあったが第82回(2006年)からは番組表上では見どころと実況中継の区分が無くなり、全てのネット局で7:00からの放送となっている(放送局で決めている実際のプログラムでは7:00 - 7:50を第1部、7:50以降を第2部としている。7:00 - 7:50はローカルセールス扱い[5]で、7:50から『★SAPPORO新春スポーツスペシャル』として放送。オープニング映像は第2部冒頭で流れる)。第85回(2009年)まで放送センターの出演者は第2部に入ってからの出演であったが第86回(2010年)では若干構成が変わり、7:00のオープニングの時点で一旦放送センターの出演者が挨拶してからスタート地点にいる第1部進行のアナウンサーに引き渡す形になった。なお第1部はローカルスポンサー枠だが、日本テレビなど一部の局ではサッポロビールがスポンサーに付いている。
[編集] 日本テレビの中継放送体制
[編集] 体制概要
第84回(2008年)時点では中継地点53カ所、テレビカメラ83台、移動中継車3台、オートバイ中継車2台、固定中継車13台、ヘリコプター3機、実況とサブアナウンサー[6]20名、スタッフ総勢950名[6]という日本のテレビ局におけるスポーツ中継としては最大規模の体制で行っている。
- 東京都港区東新橋(汐留)の日本テレビ本社内に放送センターが設けられる。総合実況アナウンサーや箱根駅伝OBのゲスト解説者[7]が配置されるとともに中継映像のスイッチングや計測タイムのとりまとめなども含め、スタッフ全体のコントロール拠点となる。中継映像や音声は最終的に全てこの放送センターに集められ、全国ネット局に送られる。
- その他、箱根のNTT双子無線中継所と湘南平にも中継拠点が設置されヘリコプターを介した山間部の中継車映像などを集め日本テレビ本社内の放送センターに送信する。
- 移動中継車の1号車は、1位選手がゴールするまでは先頭を走り常に1位を映す。2号車は2位から5位前後の主に順位が変わりそうなところにつく。3号車は往路では2号車より後ろを走る注目選手を、復路では10位前後のシード校争いの模様等を映す。
- 第79回(2003年)からはオートバイによる中継が開始され、その機動力を生かして3台の移動中継車でまかなえない部分をカバーしている。カメラ車と実況車の2台に分かれている。
- その他、各所(全中継点およびポイントとなる場所)に固定カメラが設置され随時順位の正確な把握がなされているとともに選手の通過タイムを独自に計測している。
- 5区・6区の山間部は電波が届きづらく、また電波中継するヘリコプターが悪天候で飛べないことも想定しコースと中継基地の両方が見える駒ケ岳、明星ヶ岳、久野林道など数箇所に中継機材を設置し中継車の映像をそこに一旦集めてから放送センターに映像を送る形式としている。
- 箱根の函嶺洞門と日本橋では、クレーンカメラを使ったダイナミックな映像を撮影し放送している。
- 第63回(1987年)の初回中継時、スタッフ数は約700名であった。
- 第76回(2000年)から、移動中継車からの電波にはアナログ波に代えてデジタル波を使うようになった。
- 第86回(2010年)からは移動中継車を1号車と3号車の2台体制とし、2号車とバイクにはトライク(3輪バイク)を活用することになった[8]。
[編集] ハイビジョン化
2003年12月から順次開始された地上デジタル放送に合わせ、第81回(2005年)では放送センターのみハイビジョン画質だったものが第82回(2006年)では移動中継車もハイビジョン対応に更新(2006年に東京国際マラソン、横浜国際女子駅伝、札幌国際ハーフマラソン、24時間テレビチャリティーマラソンにおいて使用実績あり。青森県民駅伝競走大会では更新後も2007年まで標準画質で運用)したことや対応機材の整備、電波送受の体制がとりあえず整ったことをうけ各中継所など固定カメラの映像をハイビジョンに移行、箱根エリアと東京エリアをハイビジョンで中継した。さらに第83回(2007年)では湘南エリアもハイビジョン化し、第84回(2008年)では中継映像がすべてハイビジョン化された(ENG取材映像などではまだアナログ機材によるものも残る)。
- 日本テレビが開催した「デジテク2007」での展示によれば、自社で所有する移動中継車および中継用ヘリコプターを全てフルハイビジョン対応しているテレビ局は世界でも日本テレビのみとのことである。また同展示会での展示内容によると箱根駅伝は同社の映像中継技術を磨くための場としても用いられており、最新の技術を全て投入して安定かつ高画質な映像を配信できるようにしているとのことである。
- 中継機材やスタッフは当然のことながら日本テレビや関連会社だけでは賄えず、系列各局や他系列の関連会社からも人員や機材を応援して貰い行っている。特に箱根芦ノ湖の折り返し点は、日本テレビ系の中継が始まってから数年間の例外はあったものの、隣接する系列局の静岡第一テレビ(SDT)が子会社である静岡第一ビデオ(現・SDTエンタープライズ)と共に担当してきた。しかし地上デジタル放送の開始と中継映像のハイビジョン化という流れの中でハイビジョン中継の設備を持ち合わせていないSDTは、第 82回(2006年)以降「固定中継点全てのハイビジョン化」という日本テレビの方針に合致できず人員及び一部機材のみの応援となった。なお、中継車を含む機材については在京の技術会社であるテレテックからレンタルされている。また大手町スタート・ゴールではテレビ新広島(TSS、フジテレビ系列)の完全子会社であるTSSプロダクションから中継車や機材をレンタル(但しこれは在京の技術会社・千代田ビデオを経由しているものである[9])するなど、遠方にある他局系列の関係会社からも機材やスタッフをレンタルするケースもある。
- 第84回(2008年)ではレース後1号車に使われた日本テレビ中継車107号が屋根上の箱根駅伝のシンボルマークを付けたまま1月5日から7日までパシフィコ横浜で開催されたトミカ博(日本テレビ主催)の会場内に展示および車内公開され、子供たちの注目を集めた。
[編集] シンボルマーク
- 第81回(2005年)からは、富士山と日の出をモチーフにしたデザイン(上図左)を放送用シンボルマークとして使用している。
- 「HAKONE EKIDEN」の「A」の文字の裾を広げたデザインで富士山を、「O」の文字を赤く塗りつぶしたデザインで日の出を表現している。シンボルカラーは日本テレビが当時、新CI・VIとして制定していた「日テレ」ロゴに準じている。また、「SINCE 1920」の表記は第1回箱根駅伝の開催年を表す。
- それ以前は、「箱根駅伝」の4文字を刻印調に表した箱根駅伝オフィシャルロゴ(上図右)を放送に使用していた時期があり、このロゴは現在でもスタッフジャンパーや箱根駅伝グッズなどに使用されている。
[編集] テーマ曲
[編集] 第85回(2009年)以降のテーマ曲
第85回(2009年)から、オープニング、エンディングともに久石譲が制作したオリジナルテーマソング『Runner of the Spirit』が用いられている[10]。この曲はテレビ番組のテーマ曲としては珍しく吹奏楽曲で作曲されており、これは中学校の吹奏楽部にも演奏できて親しみやすくするという趣旨である。番組内で流れる曲は東京佼成ウインドオーケストラが演奏を担当している。
[編集] 第84回(2008年)までのテーマ曲
- オープニングテーマには、映画『ネバーエンディング・ストーリー』のサウンドトラックに収録されている『喜びの飛行』(クラウス・ドルディンガー作曲)が使用されていた。提供クレジット表示中には、時間短縮されたバージョンが使われた。初期のスタッフである平谷修三がディレクターに推薦したとされる。
- 第83回(2007年)までのエンディングテーマには、『I Must Go!』(歌:トミー・ヤング)が使用されていた。
- 第84回(2008年)では『I Must Go!』が使用されることはなく、エンディングでも『喜びの飛行』が流された。
- 第63・64回(1987・1988年)では、日本テレビの『スポーツ行進曲』が使われていた時間帯(提供クレジット表示中のみ?)もあった。
- 他にCM入り時のBGMとして『NEVER RUN AWAY』(歌:楠木勇有行)のイントロ部分や『箱根八里』(滝廉太郎作曲)などが、第1部のBGMとして『銀河伝承』(服部克久作曲)が使用されていた。第85回(2009年)以降はこれらのほか提供クレジット表示中、番宣CM中の曲もすべて『Runner of the Spirit』に差し替えられた。
[編集] 『I Must Go!』について
- 日本テレビが中継を開始した第63回(1987年)からエンディングテーマとして使われ当初は復路のみ使用であったがその後は往路でも使用され、また番宣CMにも使われていた。
- 曲が使用されていた時期は毎年反響が大きく、日本テレビへの問い合わせも数多く寄せられていた。そのため番組公式ホームページのトップ画面に曲名や歌手名、楽曲のCDが発売されていない旨が記載されていた年もあった。この曲は1978年にアメリカで放送されたテレビ映画『A Woman Called Moses』のサウンドトラックに収録されていたが、中継開始時点では収録LPは既に廃盤になっていた。スポーツに関係がなく、また決して一般的に有名でない曲を発見して用いたことから当時の選曲スタッフのセンスを評価する声も視聴者からは挙がっている。
- 番組のラストは『I Must Go!』に合わせて競走の印象的だったシーンを流し優勝校のアンカーがゴールテープを切る映像を最後に東京湾上空のヘリコプター映像へオーバーラップ、番組の制作協力にあたったNNN/NNS系列局[11]や技術・制作プロダクション、関係機関、そして中継に関わった技術担当者などおおよそのスタッフの氏名(サブアナウンサーも含む)がエンドロールでクレジットされ例年14:14頃、延べ14時間にわたる中継は終了していた。過去にはエンドロールの最後に「製作著作 日本テレビ」とともに「WE MUST GO」のテロップを表示していた時期もあった。視聴率の高さと例年同時間帯に流されることが相まって、正月の風物詩として印象づけられる視聴者が多かった。
[編集] 名物コーナー「箱根駅伝今昔物語」
中継放送の中で毎年2回ほど、過去の大会を走った選手や支援者などのエピソードが紹介される「箱根駅伝今昔物語」が放送される。
- もともとは中継映像が途切れた場合の予備映像として制作していたものであったが、制作した日本テレビ側には「これまでに走ったことのある人の話も伝えなければ、箱根駅伝を放送したとは言えない」という自負もあり、箱根駅伝にまつわる様々な逸話や裏話を楽しめるコーナーとなっている。
- 特に太平洋戦争によってこの駅伝大会そのものの続行が危ぶまれ、その中で学生が軍部との折衝の末に開催を果たした第22回(1943年)を後世に伝えていくこと、そして戦地に散った選手なども少なからずおり、生き残った当時の選手達に歴史ある大会を後世に繋げて行く為にメッセージを送ってもらうことなどに焦点が当たることが多く、伝統と歴史に裏打ちされた駅伝であることを視聴者に印象づけるものである。
- このコーナーは沿道にスポンサーのライバル企業が存在している区間で流されることが多く、かつてはキリンビールの工場がある生麦付近(2区・9区)で必ず中継が中断していた。
- 資料や証言の募集は年間を通して随時行われ、新しい証言・資料があれば、それを次年度の中継で紹介することもある。
- 初期のころのCM前アイキャッチでも過去のゴールシーンを放送したことがあった。
[編集] 関連番組
- 第84回(2008年)より復路の全国ネット中継終了後、一部地域ネットの『箱根駅伝エクストラ』(2008年・2009年)、『続報!箱根駅伝~もうひとりのヒーロー~』(2010年・2011年)、『続報! 箱根駅伝』(2012年 - )がそれぞれ15:00まで放送されるようになった。これは大会前に注目した選手・大学を結果を含めて紹介するほか、全国ネット中継枠で紹介しきれなかった各選手・監督の談話などをカバーしている。
- 関東地区では中継の翌週に事後番組『もうひとつの箱根駅伝』が放送される。箱根人気の影響で地方での放映を求める声もあるが、地上波での放映はネットスポンサーのつかない番組販売の形になるため一部地域でのみの放送となっている。ただし、衛星放送(BS日テレと日テレG+)を通じて全国で視聴が可能。
- BS日テレ・日テレG+では、本選に向けた各校の様子を取材した『密着!箱根駅伝』を、毎年9月以降に月1回放送するほか、加えて日テレG+では、過去に日テレで実況が行われた1987年度以後の大会を再編集した「箱根駅伝名勝負」や、「箱根駅伝シンポジウム」や「監督激突トークバトル」といった関連イベントの模様を大会直前に放送している。
[編集] スポンサーについて
[編集] サッポロビール(筆頭スポンサー)
- この放送では大会特別協賛であるサッポロビールが全時間帯の筆頭スポンサーとなっており、「サッポロビール(現在の表記は★SAPPORO)新春スポーツスペシャル」の冠がつく(ただし後述のとおり全編サッポログループの1社単独協賛番組ではなく複数企業との連合協賛である)。なおサッポロビールの箱根駅伝に関するサイト(2009年版)によると箱根駅伝のスポンサーに関してはこだわりがあるそうで、他の広告費を削ってまでもこのスポンサーについては固守しているとのこと。同社の企業イメージCM・商品CMも、この番組を以って更新かつ披露されている。また、当番組内のみでしか放送されない120秒CM・60秒CMといった長尺のCMも制作・放送されている。
- なお、サッポロビールでは現在のフレーズ「乾杯をもっとおいしく。」と併用する形で、スポーツ中継については協賛社提供クレジットのフレーズを「スポーツマンシップに乾杯!!」と表示している。
- なお第86回(2010年)まで、生中継内で放映されるサッポロビールのCMについては、午前中は企業イメージCM(箱根駅伝にちなんだオリジナルCMも)を、午後からはこれに加えて、サッポロビールの個々の商品CM(ヱビスビール・黒ラベルなどの正月バージョンCMほか)が放映されていた(まれに関連会社のサッポロ飲料のソフトドリンクCMや、サッポロワインのポレールシリーズのCMも放映された)が、第87回(2011年)からは生中継内の全時間帯において、企業イメージCMと一部のノンアルコール飲料(ビールテイスト飲料:サッポロ プレミアム アルコールフリーなど)の商品CMのみが放映されるようになった。これはビール酒造組合が、未成年者飲酒防止の取り組みを強化する目的で、酒類のテレビ広告放映の自粛時間を拡大したためである。同組合の「自主基準」においては、これまで「平日が午前5時から18時」・「土日祝(振替休日、1月2日・3日の両日を含む)は午前5時から12時」を自粛時間としていたが、2010年秋より「自主基準」の「テレビ広告を行わない時間帯」についての文言を、「年間を通し、5時00分-18時00分まで、酒類のテレビ広告を自粛する」に変更したことによるものである。ただし、当日夜に放映される「箱根駅伝ハイライト」では、2011年以降も企業イメージCMと、各種ビール類(発泡酒・新ジャンル(所謂「第3のビール」)を含む)等の商品CMがあわせて放映されている。
[編集] その他
- かつては地方では飛び乗り局も多く最初から放送の地域でも11:30頃までスポンサーを差し替えて放送している地域もあった(それらの地域もサッポロビールのCMは流していた)が、第79回(2003年)よりクロスネット局も含めフルネットで放送されている(全局ネットスポンサーが付いたのは第81回(2005年)から。宮崎県のテレビ宮崎は復路のみ、往路は第84回(2008年)より12時飛び乗り)。なおテレビ大分ではフルネットではあるが、全面提供表示の時だけ日本テレビのものとは別にサッポロビールや三菱自動車工業のほかローカルスポンサーに差し替えられる。そのため、CM開けの提供表示後は実況の途中から始まることがある。またテレビ宮崎では往路はノンスポンサー、復路のスポンサーはアナウンスを流用しサッポロビール・三菱自動車工業など主要スポンサー以外はローカルスポンサーに差し替えられ、いずれも提供表示は下半分をブルーバックで隠す形で対応する。
- 第79回(2003年)までは大会車両提供と番組スポンサーを三菱自動車工業が担当していたが、一連の不祥事(三菱リコール隠し)でスポンサーを降りたために第80回(2004年)から大会車両は本田技研工業に変わった。しかし、第80回(2004年)の番組スポンサーは三菱自動車のままであるというねじれ現象が起きた。第81回(2005年)からはホンダとトヨタ自動車も加わり、ねじれは解消された。第82回(2006年)以降、自動車メーカーについてのメインは名実ともにホンダになったが、第86回(2010年)はホンダは車両提供のみで番組スポンサーからは降板した(三菱は1分に縮小され、トヨタはサブで引き続きスポンサーについている)。ちなみに、このほかの番組スポンサー(第88回(2012年))としては日本生命・ダイワハウス・NTTドコモ[12]・サミー・三井住友VISAカード・三井不動産レジデンシャル・ミズノ・SUZUKI・JRA日本中央競馬会・Google・サンスター・三菱地所レジデンスなどがいる。
- 第87回(2011年)はトヨタ・三菱自動車に加えて、マツダ・富士重工業もスポンサーに加わった。なお、第87回(2011年)は大会関係車両を提供した「トヨタ」のハイブリッドカー「プリウス」のCMの画面の右上部にレースの画面を流すCMが流された。第88回(2012年)はマツダが外れ、代わってSUZUKIがスポンサーに加わった。
- CMについて大会協賛社及び番組スポンサーの1社に敷島製パン(提供クレジットは「Pasco」と表記)が入っているが、北海道・九州など敷島製パンの製品が発売されていない地域についてはACジャパンのCMに差し替えられて放送される。同じ理由により当日夜にBS日テレで放送されるダイジェストではスポンサーにつかない。なお、第86回(2010年)以降は往路・復路共にスポンサーには入っていない。
- また、第84回(2008年)の復路中継より日立建機もスポンサーに加わった。また第85回(2009年)ではダイワハウス(積水ハウスの後釜)やNTT DATA、クボタ、ジャパネットたかた(生放送のテレビショッピング番組でおなじみ。初売りチラシ)もテレビ中継スポンサーに参加していた。なお、第86回(2010年)の中継分からはサミーが、第87回(2011年)の中継分からは三菱地所レジデンス(旧藤和不動産、三井不動産レジデンシャルの後釜)が、それぞれラ・テ共通の中継スポンサーとして加わった。
- また、民営化された独立行政法人に関しては民営化初年度に限りテレビ中継スポンサーに参加している(第81回(2005年)の東京メトロや第84回(2008年)の日本郵政がその一例であるが、例外として第86回(2010年)以降のJRAも存在している)。
- 第75回(1999年)から第80回(2004年)までは復路の最終部での提供クレジットで該当枠のスポンサー全社を読みきる途中でフェードアウトし、エンドクレジットを出して終了となった。
[編集] ネット局
日本テレビでは、以下の系列局(一部を除く)からスタッフ及び中継機材の協力も受けている。■印は事後番組[13]ネット局。★印はラジオ(キー局:文化放送 備考の欄にラジオの局名が書かれてあり、その上で特記がされていないものはQR製作である)でも中継。※印はかつて飛び降り、飛び乗りが行われた局。系列局の中でもテレビ宮崎では2日は朝枠にFNSネットの番組を放送しているため、12時飛び乗りとなっている(3日は8時から同時ネット)。その為、宮崎県内での往路放送はBS日テレ(19時から3時間)の方が長い時間見られる(周辺のTOS・KKT・KYTを視聴できる地域は別)。
| 放送対象地域 | 放送局 | 放送日 放送時間 |
備考 |
|---|---|---|---|
| 関東広域圏 | 日本テレビ(NTV) ■ | 1月2日 7:00 - 14:05(生放送) 1月3日 7:00 - 14:18(生放送) |
制作局 民放でのラジオ中継は文化放送・RFラジオ日本・茨城放送(RF制作)・栃木放送(RF制作)が行っている。 |
| 北海道 | 札幌テレビ(STV) ■ | 民放でのラジオ中継は北海道放送が行っている。 | |
| 青森県 | 青森放送(RAB) ■★※ | 第68回(1992年)からフルネット。 但し第81回(2005年)まで事前番組は一部年度を除き未ネット。 |
|
| 岩手県 | テレビ岩手(TVI) ■ | 民放でのラジオ中継はIBC岩手放送が行っている。 | |
| 宮城県 | ミヤギテレビ(MMT) ■ | 民放でのラジオ中継は東北放送が行っている。 | |
| 秋田県 | 秋田放送(ABS) ★※ | ||
| 山形県 | 山形放送(YBC) ■★※ | ||
| 福島県 | 福島中央テレビ(FCT) ■ | 民放でのラジオ中継は無し。 | |
| 山梨県 | 山梨放送(YBS) ★※ | ||
| 新潟県 | テレビ新潟(TeNY) ■ | 民放でのラジオ中継は新潟放送が行っている。 | |
| 長野県 | テレビ信州(TSB) ※ | 民放でのラジオ中継は信越放送が行っている。 | |
| 静岡県 | 静岡第一テレビ(SDT) | 民放でのラジオ中継は静岡放送が行っている。 | |
| 富山県 | 北日本放送(KNB) ■★※ | ||
| 石川県 | テレビ金沢(KTK) | 第67回(1991年)から。 民放でのラジオ中継は北陸放送が行っている。 |
|
| 福井県 | 福井放送(FBC) ■★※ | 第79回(2003年)からフルネット。 テレビ朝日系列とのクロスネット局。 |
|
| 中京広域圏 | 中京テレビ(CTV)■ | 民放でのラジオ中継は中部日本放送が行っている。 | |
| 近畿広域圏 | 読売テレビ(ytv) ■ | 民放でのラジオ中継は朝日放送・ラジオ関西(RF制作)・和歌山放送が行っている。 | |
| 鳥取県 島根県 |
日本海テレビ(NKT) ※ | 第66回(1990年)からフルネット。 民放でのラジオ中継は山陰放送が行っている。 |
|
| 広島県 | 広島テレビ(HTV) ■ | 民放でのラジオ中継は中国放送が行っている。 | |
| 山口県 | 山口放送(KRY) ■★※ | ||
| 徳島県 | 四国放送(JRT) ★※ | 第79回(2003年)からフルネット。 | |
| 香川県 岡山県 |
西日本放送(RNC) ★ | 民放でのラジオ中継は山陽放送でも行っている。 | |
| 愛媛県 | 南海放送(RNB) ■★※ | 第71回(1995年)からフルネット。 | |
| 高知県 | 高知放送(RKC) ★※ | 第77回(2001年)からフルネット。 | |
| 福岡県 | 福岡放送(FBS) ■ | 放送対象地域ではないが、佐賀県のほとんどの地域でも視聴できる。 民放でのラジオ中継は九州朝日放送とNBCラジオ佐賀が行っている。 |
|
| 長崎県 | 長崎国際テレビ(NIB) ■ | 第68回(1992年)から。 民放でのラジオ中継は長崎放送が行っている。 |
|
| 熊本県 | 熊本県民テレビ(KKT) ■ | 放送対象地域ではないが、佐賀県の南部でも視聴できる。 民放でのラジオ中継は熊本放送が行っている。 |
|
| 大分県 | テレビ大分(TOS) ※ | フジテレビ系列とのクロスネット局。 民放でのラジオ中継は大分放送が行っている。 |
|
| 鹿児島県 | 鹿児島読売テレビ(KYT) ■ | 第71回(1995年)から。 民放ラジオ(南日本放送)でのラジオ中継は無し。 |
|
| 宮崎県 | テレビ宮崎(UMK) ※ | 1月2日 12:00 - 14:05(生放送) 1月3日 7:00 - 14:18(生放送) |
フジテレビ系列・テレビ朝日系列とのトリプルネット局。 往路は第83回(2007年)までは深夜にダイジェストを放送。 第84回(2008年)からは往路は飛び乗り。 第86回(2010年)と第87回(2011年)の復路は7:00 - 8:00に『ボクらの時代新春SP』を放送したため8:00放送開始。 民放でのラジオ中継は宮崎放送が行っている。 |
| 衛星放送 (全国) |
BS日本(BS日テレ) | 1月2日 - 1月3日 19:00 - 22:00(録画放送) | 第77回(2001年)からハイライトを放送。 |
| 日テレG+ (スカパー!・ケーブルテレビ) |
大会終了後(年度により同日または後日に遅れ放送) | ダイジェスト版を放送(BS日テレ版の再放映、サッポロビール協賛付)。 |
| 放送対象地域 | 放送局 | 系列 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 石川県 | 石川テレビ(ITC) | フジテレビ系列 | 1990年のテレビ金沢開局まで番販扱いで放送(復路のみ)。 |
| 長崎県 | テレビ長崎(KTN) | フジテレビ系列 | 1991年まで日本テレビ・フジテレビとのクロスネット。 (下記も参照) |
| 長崎放送(NBC) | TBS系列 | テレビ長崎がネット出来ない場合に一時期放送。 | |
| 鹿児島県 | 鹿児島テレビ(KTS) | フジテレビ系列 | 1994年まで日本テレビ・フジテレビのクロスネット(第69・70回(1993・1994年)は未ネット)。 |
[編集] 歴代視聴率
※関東地区のデータ
| 回 | 年 | 視聴率 | |||
|---|---|---|---|---|---|
| 往路 | 復路 | ||||
| 1部 | 2部 | 1部 | 2部 | ||
| 第63回 | 1987年 | 18.0% | 18.7% | 14.1% | 21.2% |
| 第64回 | 1988年 | 22.1% | 19.2% | 19.4% | 20.3% |
| 第65回 | 1989年 | 20.9% | 18.7% | 19.9% | 21.7% |
| 第66回 | 1990年 | 17.6% | 19.4% | 20.3% | 22.3% |
| 回 | 年 | 視聴率 | |
|---|---|---|---|
| 往路 | 復路 | ||
| 第67回 | 1991年 | 19.7% | 22.7% |
| 第68回 | 1992年 | 23.2% | 26.1% |
| 第69回 | 1993年 | 26.1% | 27.8% |
| 第70回 | 1994年 | 24.9% | 27.3% |
| 第71回 | 1995年 | 27.1% | 28.8% |
| 第72回 | 1996年 | 29.2% | 28.2% |
| 第73回 | 1997年 | 26.8% | 25.4% |
| 第74回 | 1998年 | 25.7% | 26.1% |
| 第75回 | 1999年 | 25.3% | 28.3% |
| 第76回 | 2000年 | 26.8% | 29.0% |
| 回 | 年 | 視聴率 | |
|---|---|---|---|
| 往路 | 復路 | ||
| 第77回 | 2001年 | 24.5% | 27.5% |
| 第78回 | 2002年 | 27.5% | 27.0% |
| 第79回 | 2003年 | 29.3% | 31.5% |
| 第80回 | 2004年 | 25.2% | 26.6% |
| 第81回 | 2005年 | 23.7% | 29.9% |
| 第82回 | 2006年 | 27.6% | 29.1% |
| 第83回 | 2007年 | 27.3% | 28.5% |
| 第84回 | 2008年 | 25.4% | 27.7% |
| 第85回 | 2009年 | 26.5% | 27.5% |
| 第86回 | 2010年 | 27.2% | 27.9% |
| 回 | 年 | 視聴率 | |
|---|---|---|---|
| 往路 | 復路 | ||
| 第87回 | 2011年 | 25.1% | 29.5% |
| 第88回 | 2012年 | 27.9% | 28.5% |
- 第63回(1987年) - 第66回(1990年)は往路・復路共に2部構成。
- 第63回(1987年)は往路の10:25 - 12:00、復路の9:25 - 12:00の時間帯は中継を中断していた。
- 第64回(1988年)は往路の10:25 - 10:50、復路の10:30 - 11:00の時間帯は中継を中断していた。
[編集] 歴代実況アナウンサー
| 回 | 年 | 放送センター | 1号車 | 2号車 | 3号車 | バイク | 鶴見中継所 | 戸塚中継所 | 平塚中継所 | 小田原中継所 | 小涌園 | スタート・ フィニッシュ |
インタビュー 事前・事後番組 |
事前・事後番組 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 第63回 | 1987年 | 小川光明 | 芦沢俊美 | 山下末則 | 小倉淳 | (配置なし) | 白岩裕之 | 多昌博志 | (配置なし) | 白岩裕之 | 多昌博志 | 舛方勝宏 | 増田隆生 | (配置なし) |
| 第64回 | 1988年 | 松永二三男 | 多昌博志 | 船越雅史 | 増田隆生 | 多昌博志 | 船越雅史 | 今井伊佐男 | 日高直人 | |||||
| 第65回 | 1989年 | 山下末則 | 多昌博志 | 船越雅史 | 増田隆生 | 保坂昌宏 | 船越雅史 | 増田隆生 | (不明) | |||||
| 第66回 | 1990年 | 多昌博志 | (不明) | 増田隆生 | 保坂昌宏 | 村山喜彦 | 増田隆生 | (不明) | 山下末則 | |||||
| 第67回 | 1991年 | 村山喜彦 | 船越雅史 | 松永二三男 | 船越雅史 | (不明) | ||||||||
| 第68回 | 1992年 | 船越雅史 | 保坂昌宏 | 松永二三男 | 鈴木健 | 保坂昌宏 | 多昌博志 | |||||||
| 第69回 | 1993年 | 鈴木健 | 村山喜彦 | 保坂昌宏 | 後藤俊哉 | 村山喜彦 | 河村亮 | 山下末則 | 松永二三男 | |||||
| 第70回 | 1994年 | 村山喜彦 | 保坂昌宏 | 鈴木健 | 増田隆生 | 保坂昌宏 | 後藤俊哉 | 多昌博志 | ||||||
| 第71回 | 1995年 | 芦沢俊美 | 山下末則 | 河村亮 | (不明) | 松永二三男 | (不明) | |||||||
| 第72回 | 1996年 | 松永二三男 | 増田隆生 | 河村亮 | 保坂昌宏 | 後藤俊哉 | 平川健太郎 | 藤井貴彦 | 村山喜彦 | 吉田填一郎 | ||||
| 第73回 | 1997年 | 山下末則 | 船越雅史 | 増田隆生 | 金子茂 | 平川健太郎 | 吉田填一郎 | 後藤俊哉 | 鈴木君枝 | 松永二三男 | (不明) | |||
| 第74回 | 1998年 | 平川健太郎 | 松永二三男 | 河村亮 | 羽鳥慎一 | 舟津宜史 | 村山喜彦 | 小川光明 | ||||||
| 第75回 | 1999年 | 多昌博志 | 平川健太郎 | 河村亮 | 村山喜彦 | 羽鳥慎一 | 若林健治 | 増田隆生 | ||||||
| 第76回 | 2000年 | 船越雅史 | 村山喜彦 | 平川健太郎 | 河村亮 | 羽鳥慎一 | 矢島学 | |||||||
| 第77回 | 2001年 | 船越雅史 | 村山喜彦 | 河村亮 | 羽鳥慎一 | 平川健太郎 | 矢島学 | 蛯原哲 | 町田浩徳 | 多昌博志 | ||||
| 第78回 | 2002年 | 平川健太郎 | 矢島学 | 羽鳥慎一 | 小倉淳 | 菅谷大介 | ||||||||
| 第79回 | 2003年 | 河村亮 | 羽鳥慎一 | 町田浩徳 | 平川健太郎 | 蛯原哲 | 矢島学 | 菅谷大介 | 高橋雄一 | |||||
| 第80回 | 2004年 | 矢島学 | 羽鳥慎一 | 高橋雄一 | 新谷保志 | 平川健太郎 | 柴田倫世 | |||||||
| 第81回 | 2005年 | 船越雅史 | 河村亮 | 平川健太郎 | 蛯原哲 | 町田浩徳 | 菅谷大介 | 新谷保志 | 高橋雄一 | 森圭介 | 村山喜彦 | 山下末則 | 杉上佐智枝 | |
| 第82回 | 2006年 | 平川健太郎 | 矢島学 | 森圭介 | 新谷保志 | 田中毅 | 町田浩徳 | 高橋雄一 | ||||||
| 第83回 | 2007年 | 村山喜彦 | 蛯原哲 | 町田浩徳 | 田中毅 | 森圭介 | 新谷保志 | 河村亮 | 菅谷大介 | |||||
| 第84回 | 2008年 | 新谷保志 | 町田浩徳 | 森圭介 | 高橋雄一 | 田中毅 | 上重聡 | 佐藤良子 | ||||||
| 第85回 | 2009年 | 河村亮 | 蛯原哲 | 矢島学 | 町田浩徳 | 森圭介 | 新谷保志 | 上重聡 | 高橋雄一 | 青木源太 | 平川健太郎 | |||
| 第86回 | 2010年 | 町田浩徳 | 森圭介 | 新谷保志 | 高橋雄一 | 菅谷大介 | 矢島学 | |||||||
| 第87回 | 2011年 | 新谷保志 | 町田浩徳 | 森圭介 | 青木源太 | 佐藤義朗 | [注 1] | |||||||
| 第88回 | 2012年 | 森圭介 | 町田浩徳 | 青木源太 | 菅谷大介 | 上重聡 | [注 2] | 佐藤良子 |
- 注
[編集] スタッフ
[編集] 2012年(第88回)現在
- マイクロプラン:江頭恭二
- 音声プラン:川合亮
- エリアテクニカルディレクター:山本聡一、菅谷典彦
- 総合テクニカルディレクター:神田洋介
- テクニカルマネージャー:佐治佳一
- ディレクター:紀内良彦、望月浩平
- 総合ディレクター:市川浩崇
- プロデューサー:橋本敦
- 制作:新井直彦
[編集] 歴代番組スタッフ
- 技術:渡辺洋、古井戸博、天野重幸、北野政憲、村上孝一、宮下英俊、山岸真、杉本好造、一本哉、片柳幸夫、今村公威、勝見明久、原泰造、熨斗賢司、福王寺貴之、山口裕司、山本英雄、島村隆宏、小椋敏宏、渡邊勇二、鎌倉和由、保刈寛之、蔦佳樹、山本聡一、各務裕之、大竹弘一、黒木貴博、牛山雅博、大越克人、清野理、伊東俊哉
- 音声プラン:清水秀明
- 総合TD:天野重幸、勝見明久、柴田康弘、佐治佳一、山本英雄
- エリアTD:矢込宏敬
- ディレクター:黒岩直樹、梅垣進、田中晃、新井直彦、村手武治、実成俊也、宮本修二、岡部智洋、稲垣眞一、柴田哲志、松本達夫、橋本敦、岡田謙吾、酒井基成、渡瀬慶吾、市川浩崇、笈川真
- 総合ディレクター:実成俊也、橋本敦、岡部智洋、稲垣眞一、木戸弘士
- プロデューサー:坂田信久、柴田哲志、黒岩直樹、新井直彦、今村司
- 制作:島田康生、稲垣利照、中畑成、福田泰久、小湊義房、長尾泰希、今村司、松本達夫
[編集] 番組に関するエピソード
- 当放送の後枠は14時10分キックオフの高校サッカーであり、こちらもファンの多い番組であるため、放送時間の延長はこれまで行われていない。
- もともと山岳部の地理的条件などから箱根駅伝の中継は不可能と思われており同時に長時間の中継ではたして視聴者が番組を観るのか、たかが関東の大会でスポンサーが付くのかなど多数の難題を抱えながらも番組成立にこぎつけた。その経緯についてはノンフィクションとして書籍化されている。また放送開始当初のエンドロールでは、スタッフ紹介の部分が「箱根に挑んだ男たち」というタイトルになっていた。(第67回(1991年)前後までは「箱根に挑んだスタッフ」と表記)
- 第67回(1991年)前後は番組タイトル→協力系列局・協力会社→スタッフの流れだったが、後に番組タイトル表記を廃止。
- 第63回(1987年)では最終10区を走っていた順天堂大学のランナーが突然興奮して飛び出してきたファンと接触し転倒するも、動揺することなく走り続けたシーンが生中継された。最近では、放送中に必ず沿道の観戦についての注意がアナウンスされており、特に往路で観客と運営管理車の接触事故が発生[14]した第87回(2011年)では、復路の放送の際に繰り返し注意を呼びかけていた。
- 第64回(1988年)の復路の中継で選手が箱根登山鉄道の踏切を渡る前に遮断機が下り始め、移動中継車が踏切の手前で立ち往生する間に選手が遮断機を潜り抜け、後から移動中継車がなかなか追いつけなかったというハプニングがあった。当時は駅伝の状況に関わらず、鉄道の運行を優先するルールとなっていた。こうした選手たちが遮断機の潜り抜けが危険なことから、箱根登山鉄道は2000年ごろより電車とランナーが交錯しそうなときは、電車を踏み切り近くで止め、ランナーを優先にしている[15]。
- 第67回(1991年)前後までのエンディングのダイジェストでは、一部実況音声挿入した映像を流れた。現在は全て無音声のものになっている。
- 第81回(2005年)では、中継スタッフ向けに配られた弁当でノロウイルスによる食中毒が発生。同社社員ら96人が吐き気や下痢、発熱などの症状を訴え、うち1人が一時入院する騒ぎになった。
- 同年は第1部に特別レポーターとして佐藤隆太・サエコが出演した。芸能人が出演したのはこの回のみである。
- また、同年からスタッフロールの文字体も現在のものに一新。後の『24時間テレビ「愛は地球を救う」』でも数年後に現在のものに一新している。
- 以前の中継ではデータが誤っていたこともあり、優勝回数などを間違えて伝えていたこともあったが、ここ最近は発生していなかった。しかし第82回(2006年)のテレビ中継において法政大学の復路優勝を「初のタイトル」と連呼してしまったが誤りで法政大学は既に往路優勝(第12回(1931年))の経験があり、第78回(2002年)のテレビ中継ではきちんとその事実を伝えた。また第83回(2007年)には東海大学の過去最高順位が3位、最高順位前年に東洋大学が11位であると説明したものの訂正がないといった状況が発生した。
- 実況中継で用いる出場校紹介の際の冠としては、概ね以下のような基準の傾向がある。
- 「伝統校」:第二次世界大戦前から出場している大学
- 「名門校」:総合優勝を果たしたことのある大学
- 「古豪」:片道だけでも優勝したことのある大学
- 「中堅校」:シード圏外になることが多いが予選会を勝ち上がって本戦へ出場することの多い大学。近年はあまり使用されない。
- 「常連校」:30回以上出場している大学
- 「新鋭校」:出場回数30回以下の大学
- 上位争いやシード争いが切迫すると区間賞ランナーのインタビューが割愛、もしくは上位通過チームのランナーへのインタビューに変更されることがある。特に復路の8区や9区でよく起こり、選手を平等に扱っていないということで問題視されているが毎年必ず発生している。なお5区と10区では優勝インタビューとの兼ね合いから、区間賞ランナーのインタビューは殆ど行われない。
- 中継で場所を伝える際は基本的に地名や公共施設しか紹介しないが、例外として「小涌園」がある。これは前述の完全生中継に伴う、中継拠点設置の際に日本テレビが中継スタッフの宿泊予約を箱根の各旅館に打診したが、打診が前年の6月なのにも関わらず、宿泊日が年末年始という事もあり、満室で断られた。しかし、小涌園から「宴会場なら貸せる」との申し出があり、日本テレビ側もその条件で同意した。宴会場なので、布団や食事は自前ではあったが、暖房と温泉は利用できた。その為、感謝の意味を込めた名残で現在でも必ず番組内で紹介されている。[16]
- 第63回(1987年)の初放送が成功に終わったことで他テレビ局の中でも焦りと同時に賞賛の声が上がり、駅伝中継への機運が高まった。特にTBSは、その翌年(1988年)から毎年1月1日に行われる全日本実業団対抗駅伝競走大会(ニューイヤー駅伝)の完全生放送を開始することとなった。
- 第73回(1997年)の往路中継では強風の影響で残り放送時間内で全チーム完走できなかった為、初めて「全大学のゴールインの模様を中継すること」が出来なかった。なお、放送終了直前で9位の駒沢大学がゴールしたところまで放送した。
- また、この回の小湧園チェックポイントの実況担当が鈴木君枝で、現時点(不明分を除く)ではリポーター以外で女性アナの実況は唯一となっている。
- 第88回(2012年)の往路中継では東京農業大学が5区で大幅に遅れを取ったことにより(往路1位の東洋大学より30分以上離された)、全チーム完走後に行われる優勝チームのインタビューを先に実施、放送時間内に東京農業大学ランナーがゴールイン出来ないという状況となった。この為、例年ならば往路ハイライトの場面を流す番組エンディングをフルに活用して東京農業大学の選手を映し続ける異例の配慮がなされた。こうしたこともあり、15年ぶりに「全大学のゴールインの模様を中継すること」が出来なかった[17]。なお、中継終了後も実況は収録されており、BS日テレ・日テレG+でのダイジェストと当日夜の「NNNニュース&スポーツ」では、東京農業大学のゴールシーンも独自に放送された。また、この年の中継では、往路ゴール(復路スタート)で1位の東洋大学と2位の早稲田大学とのタイム差が5分7秒、復路ゴールで優勝した東洋大学と2位の駒沢大学とのタイム差が9分2秒もそれぞれ開いた事から、東洋大学が往路でゴールした後と復路スタート後及び復路でゴールした後にCMをそれぞれ挿んだ。[18][19]さらに、復路は芦ノ湖8時10分一斉スタートが13校に及び、シード権争いも絡むことから7時からの事前番組内で、一斉スタートについての説明放送を行った。復路スタート直前に各大学の復路のメンバー紹介を紹介しているが、一斉スタート直前は10位までの各大学のメンバー紹介をし、一斉スタート後は11位以降の各大学のメンバー紹介をした。
[編集] 予選会中継
- 10月中旬に陸上自衛隊立川駐屯地→立川市街地→国営昭和記念公園の全長20㎞のコースで行われる予選会は『★SAPPOROスポーツスペシャル箱根駅伝予選会』として、本選同様にサッポロビールが筆頭スポンサーとなって放送される。
- 日本テレビでの予選会中継は第69回(1993年)から開始された。日テレG+では第79回(2003年)から生中継されている。
- 大井埠頭で日曜に開催されていた時期は当日午後に放送していたが、立川での土曜開催となった第77回(2001年)以降は、第81回(2005年)までは翌週日曜、第82・83回(2006・2007年)は翌日の放送となり、第84回(2008年)からは再び当日午後の放送となった。
- 日本テレビと山梨放送以外は任意ネットとなっているが、ほとんどの局は放送しない。
[編集] 箱根駅電
第83回(2007年)ではJR東日本山手線の一部電車を「DIGITAL箱根駅電」と称し、日本テレビの地上デジタル放送を活用した車内での生放送を実施した。また「箱根駅伝ギャラリー列車」と称し、各出場大学の襷を模したラッピングが施された山手線車両を運行した(第84回(2008年)も実施(第546編成))。
[編集] 脚注
- ^ ごく初期、アイキャッチのタイトルでは「サッポロビールスペシャル・箱根駅伝」と表示されていたが、現在は「★SAPPORO新春スポーツスペシャル・箱根駅伝」とされている。
- ^ 『過去の視聴率データ 箱根駅伝』 - ビデオリサーチ
- ^ フジテレビ系列局の岡山放送では、2011年正月の同時間帯再放送枠の名称を『新春ドラマ駅伝 2011』(『東京DOGS』の集中再放送)として、1月2日を往路、1月3日を復路と裏番組の箱根駅伝をもじっていた。
- ^ しかし、近畿広域圏のフジテレビ系列局である関西テレビ放送は、箱根駅伝の裏番組として積極的にローカル特番を投入している。その一部は高知さんさんテレビにもネットされる。
- ^ 実際、一部の地域ではローカルセールス枠で『笑点』のスピンオフ『新春演芸宝船』などに差し替えられた年もある(その後、多くは『おはよう笑点』あるいは『笑点Jr.』を別枠に移して放送されたが2007年までで廃枠となり、2008年 - 2011年は日テレNEWS24(CS)制作番組<日本テレビ他一部地上波系列局にもネット>の『Oha!6 NEWS LIVE』(『Oha!4 NEWS LIVE』の正月特別版)が放送されていたが、2012年はNNNドキュメント'11傑作選が放送された)。
- ^ a b 年度により、同時期にNNS系列を中心に放映の全国高等学校サッカー選手権大会全国大会の実況に携わる日テレ・およびNNS加盟各局のアナウンサー・中継スタッフ(年度によりシフトを変えたり、双方兼務のアナウンサー・中継スタッフもいる。ただし箱根駅伝の実況で放送に登場するのは日テレのアナウンサーのみで、系列局アナウンサーはサブスタッフや裏方での参加となる)も一部いる。
- ^ 陸連役員や実業団チームの監督・コーチのほか、現在実業団チームの陸上部で活躍する現役選手も2 - 3名程度参加。中にはニューイヤー駅伝を元日に走り終えてからこの箱根駅伝の解説に参加する選手も若干名いる。また、エスビー食品監督の瀬古利彦も、ニューイヤー駅伝の解説を務めた後、当中継の解説を務める。
- ^ 「報知グラフ1月増刊号 箱根駅伝完全ガイド」(2009年11月30日刊行)より
- ^ TSSプロダクション・WHAT'S NEW 日付は2005年だが、2012年現在も中継で使用されている。
- ^ 久石譲が「箱根駅伝」テーマ曲(スポーツ報知)
- ^ クロスネットでありNNSに加盟していない(NNNには加盟している)テレビ宮崎は含まれない。
- ^ いずれも番組公式HPにあるスポンサーのバナーにて確認。
- ^ 2008年・2009年の『箱根駅伝エクストラ』、2010年以降の『続報!箱根駅伝~もうひとりのヒーロー~』。
- ^ 【箱根駅伝】大学関係車と観客3人が接触、軽症 - MSN産経ニュース 2011年1月2日
- ^ 『それぞれの箱根駅伝物語』 - サッポロビール 2011年1月2日
- ^ 『それぞれの箱根駅伝物語』 - サッポロビール 2011年1月2日
- ^ 往路エンディングでは「この結果はよる6時からの『NNNニュース&スポーツ』でお伝えします。」と案内をした後、該当の選手が走っている場面にスタッフロールと提供クレジット及びエンディングタイトルを乗せる形を採った。
- ^ 第88回大会往路記録表 (PDF)
- ^ 第88回大会復路と総合記録表 (PDF)
- ^ 主に関西圏中心の大学による駅伝の録画中継を最優先するためといわれているが不明。
[編集] 外部リンク
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||