中村メイコ

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なかむら めいこ
中村 メイコ
本名 神津 五月(こうづ さつき)
別名 中村 メイ子(旧芸名)
生年月日 1934年5月13日(77歳)
出生地 日本の旗 日本東京府
職業 女優
ジャンル 映画テレビドラマラジオ舞台
活動期間 1937年 - 現在
配偶者 神津善行
家族 神津カンナ(長女)
神津はづき(次女、夫は杉本哲太
神津善之介(長男)
主な作品
『江戸っ子健ちゃん』など

中村 メイコ(なかむら めいこ、1934年5月13日 - )は、日本の女優。旧芸名は中村 メイ子東京府(現東京都)出身。本名神津 五月(こうづ さつき)。作家の中村正常の長女。

夫は作曲家の神津善行、長女は作家の神津カンナ、次女は女優の神津はづき、長男は画家の神津善之介と芸能一家で知られ、中村を含めた神津家は「神津ファミリー」と呼ばれる。

芸名は、新旧ともに本名の五月に由来する(日本語の「五月」を英語の「May」に置き換えたもの)。

この世代の女性にしては珍しく、女言葉をあまり使わない。

目次

[編集] 来歴

2歳の時に、P.C.L映画製作所(現:東宝)制作の『江戸っ子健ちゃん』に出演し、映画デビューする。その後、映画やラジオに多数出演、複数の配役をこなす7色の声として有名となった。天才子役としてデビューして以来、榎本健一森繁久彌などと共演した。幼い頃、菊池寛と会食している。テレビ番組には戦前の実験放送の頃より出演している。特にNHKには、テレビ本放送開始以前のラジオ時代から出演し、貢献した。黒柳徹子と並び、日本のテレビ試験放送期を語る上で欠かせない存在となっている。

16歳の頃、雑誌社でアルバイトをしていた時、当時編集長格だった吉行淳之介に熱烈な恋をしたが、吉行は既に結婚していたため片思いに終わり、痛手に耐えかねてアルバイトをやめる[1]。吉行淳之介の短編『水の畔り』(1955年)の描写「ある冬の日、冗談のように彼の両手でつつみこんだ少女の片方の掌を、乱暴に彼の外套のポケットへ投げこんだ…」に登場する少女のモデルは中村メイコだった[2]。その後、神津善行と知り合って結婚した。

1955年には歌手としても活動し、「田舎のバス」(三木鶏郎作詞・作曲)がヒットした。また、ボニージャックスとともに関西の製菓会社パルナスのCMソングも歌った。このことは関西の年配者を中心に知られている。「新妻に捧げる歌」(江利チエミの歌で、神津善行作曲)の作詞者である。

NHK紅白歌合戦』で1959年第10回から1961年の第12回まで3年連続で紅組司会を務めた。そのラジオ中継の音声が現存し、第10回は2009年4月29日放送のNHK-FM今日は一日“戦後歌謡”三昧』の中で、中村の司会も含め全編が再放送された(音声はモノラル)。

無名時代の川谷拓三が付き人をしていたこともある。

美空ひばりとは公私共に大親友だったことが知られている。

[編集] 主な出演作品

()内の年数は、その作品に中村が出演していた年を示す(作品自体の放送開始 - 放送終了期間ではない)。

[編集] 映画

  • 江戸っ子健ちゃん(1937年)
  • フクちゃん(子役時代)
  • エノケンの孫悟空(1940年)
  • 奥様は大学生(1956年)
  • 暖簾(1958年)
  • 拝啓天皇陛下様(1964年)
  • みにくいあひるの子(1970年) - 声の出演。
  • 喜劇 女は男のふるさとヨ(1971年)
  • サラリーマン専科(1995年)
  • 学校III(1998年)

[編集] テレビ番組

[編集] ドラマ
[編集] アニメ
[編集] 吹き替え
[編集] バラエティ番組

[編集] ラジオ番組

[編集] 代表曲

[編集] 舞台

[編集] 脚注

  1. ^ 『北杜夫マンボウぱじゃま対談 美女かいぼう編』p.50, 57-58(集英社、1978年)
  2. ^ 『週刊読売』1994年8月14日号。

[編集] 外部リンク

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