森田一義アワー 笑っていいとも!

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森田一義アワー 笑っていいとも!
Studio alta.jpg
スタジオアルタ新宿駅東口前)
番組収録が行われている。
ジャンル バラエティ番組
放送時間 月曜日 - 金曜日 12:00 - 13:00(60分)
放送期間 1982年10月4日 - 現在(7445回)
放送国 日本の旗 日本
制作局 フジテレビ
企画 テレフォンショッキング
日替わりコーナー
曜日対抗いいともCUP
監修 高平哲郎鶴間政行
(共にスーパーバイザー
プロデューサー 浜野貴敏・春名剛生
(共にフジテレビ) /
黒木彰一(フジテレビ、CP
出演者 森田一義(タモリ)
いいとも青年隊
各曜日レギュラー陣 ほか
音声 モノステレオ放送
地上デジタル放送の場合)[1]
オープニング いいとも青年隊
「ウキウキWATCHING」
エンディング 同上(インスト
(過去はテーマソングを参照)
外部リンク フジテレビ

特記事項:
2003年度版:ギネス・ワールド・レコーズ
(本番組生放送単独司会最高記録受賞)
1998年10月より本番組開始前、11:57:15 - 11:57:30に一部地域を除き、クロスプログラム番宣)を生放送開始。
2005年7月25日からハイビジョン制作
・番組生放送回数は2011年11月4日生放送分まで。
・上記のスタッフは2011年10月3日以降を記載。
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森田一義アワー 笑っていいとも!』(もりたかずよしアワー わらっていいとも)は、フジテレビ系列にて1982年昭和57年)10月4日から平日(毎週月曜日 - 金曜日)12:00 - 13:00[2]JST)に生放送されている、タモリ(本番組では本名の“森田一義”名義[3])が司会を務める冠番組であり、トークバラエティ番組である。モノステレオ放送[1]ハイビジョン制作2005年7月25日放送分から)を実施している。通称は「笑っていいとも!」「いいとも!」。新聞などの番組表では、1行あたりの文字数の都合により「笑っていいとも」と「!」がなく掲載される事が多い。

タモリが現在司会を務める番組の中では(同局の『増刊号』含む)、テレビ朝日系列タモリ倶楽部』と並ぶ放送期間の長寿番組である。

目次

[編集] 概要

1980年10月1日から1982年10月1日まで2年間に渡って生放送されていた当番組の前番組であり、バラエティ番組笑ってる場合ですよ!』の実質的な後継番組として1982年10月4日より当番組が放送開始され、同時期に1981年4月5日から1982年10月3日まで1年半に渡って放送されていたバラエティ番組(ダイジェスト番組)『もう一度笑ってる場合ですよ!』の実質上、1982年10月24日から後継番組として当番組の姉妹番組であり、バラエティ番組(ダイジェスト番組)『笑っていいとも!増刊号』の2番組が毎週日曜日 10:00 - 11:45に放送開始された。

現在は、平日に生放送されている当番組と毎週日曜日 10:00 - 11:45に放送がされている『増刊号』、毎年、年末年始に生放送されている『特大号』、テレビ番組改編時期に生放送されている『春・秋のドラマ特大号』は、東京都新宿区新宿駅東口前のスタジオアルタ7階にあるテレビスタジオから放送されている。

また毎年、に生放送がされている『FNS27時間テレビ』内で日曜日午前から午後のお昼の時間帯(10:30 - 12:30)に掛けて生放送されている『増刊号 生スペシャル』や2001年3月26日から2009年10月12日までの春・秋のテレビ番組改編時期に生放送されていた『春・秋の祭典スペシャル』、2004年1月5日2005年1月10日には『新春祭』が生放送されていた3番組は、フジテレビ本社、あるいはフジテレビ湾岸スタジオなどから放送されている。

1970 - 1980年代当時の人気漫才タレントが勢揃いしていた『笑ってる場合ですよ!』の後継番組を受けて、当時深夜色の強いお笑いタレントであった森田一義(タモリ)を総合司会に起用したことから、『笑ってる場合ですよ!』に比べて視聴率的に苦戦することは十分予想できる事態であった。しかし、番組放送開始から半年も経たないうちに視聴率の数字が上昇した。

1998年10月より本番組開始前、午前11:57:15 - 11:57:30に一部地域を除いて、クロスプログラム番組宣伝)を生放送している。

関東地区では開始当初から番組開始(12:00)と同時に時報があったが、2005年12月をもって廃止された。その代わり、後述のように2003年11月から常時CM中を除く番組放送中に左上に時刻表示するようになった。

青森県にはフジテレビ系列がないため、青森テレビTBS系列)は4時間45分遅れの16:45 - 17:45に遅れネットで放送されている。

『楽しくなければお昼じゃない!』(当時のフジテレビのキャッチフレーズ『楽しくなければテレビじゃない!』のもじり)の番組が掲げるコンセプトで、番組の総合司会者であるタモリ(森田一義)を軸とした月曜日金曜日の各曜日レギュラー陣と日替わりコーナーゲストにより、『テレフォンショッキング』、『各曜日日替わりコーナー(1)〜(3)』などのコーナーを主に放送している。当番組の特徴は、一般人・視聴者芸能人と共に参加するコーナーが番組当初から現在まで引き続いていることである(例:年齢当てクイズ、そっくりさんコンテスト、若見えコンテスト、美男子・美少女コンテスト、ギャップコンテスト、夫婦コンテストなど)。

番組の流れとしては、オープニング → 「テレフォンショッキング」 → 日替わりコーナー1本 → 日替わりコーナー2本 → エンディングの順番で放送している。生放送のため、「テレフォンショッキング」や番組後半の日替わりコーナー2本目が長引いた場合、日替わりコーナー3本目を休止または短縮してそのままエンディングになることがある。通常、当日にオーディションを行う視聴者が出演・参加をする日替わりコーナーを優先するが、日替わりコーナーが2本とも視聴者出演の日替わりコーナーだった場合や報道などの事情で事前オーディションに受かって出演予定となっていた視聴者が出演できなかった例もある。

初盤のコーナー『テレフォンショッキング』は、毎回、ゲストを呼んでタモリとトークをするコーナーである。ゲストが「お友達紹介」として、翌日のゲストを紹介し、電話で出演依頼するのが特徴である。

エンディングのコーナー『曜日対抗 いいとも!選手権』は、毎週、様々な種目を各曜日レギュラー陣が挑戦し、1週間で一番成績の良かったチームが優勝となる。年末の時点で一番勝利数の多かったチームが年間優勝となる。この『曜日対抗 いいとも!選手権』は一週間を通しての放送がない年末年始には放送されない。なお、2010年7月から放送休止となっており、そのままエンディングの告知等に入っていたが(当初は夏休み期間中につき放送休止とタモリから説明されていたが、2010年9月から2011年8月まで休止)、2011年8月8日放送分より、『曜日対抗いいともCUP』とコーナー名を変更してエンディングコーナーで復活した。

1991年1月から、番組生放送終了後の約30分間はタモリと各曜日レギュラー陣がファンサービスも兼ねてスタジオ舞台上でトークを繰り広げる。その模様の一部は『笑っていいとも!増刊号』でオンエアされる[4]。現在では、増刊号の企画でもある「増刊号スペシャル」、「いいとも!ファンクラブ通信」、「森田一義アワー 座っていいとも!」、「いいとも!スピンオフトーク」、「いいとも!5DAYS」など複数の企画が行われている。

日替わりゲストの出演傾向として『テレフォンショッキング』のゲスト1組、各曜日日替わりコーナーゲストが宣伝や番宣を兼ねて1組〜2組(祝日の時などは多く出演(登場)する)。ゲストの出演傾向としては、タレントはもちろん、お笑い芸人俳優女優作家作詞家作曲家小説家ミュージシャン演歌歌手フリーアナウンサー政治家スポーツ選手さらには他アナウンサーなど多彩な分野の人物がゲスト出演をしている。

他には海外からのアーティストや俳優・女優・監督なども生出演している。海外からのゲストが生出演した際、タモリレギュラー出演者たちが内輪ネタを言ったのを同行した通訳が“バカ丁寧”に訳し、出演者や観客の笑い(時に失笑)を買うシーンが多く見られる。

年末年始には毎年恒例としてエンディングゲスト、「ニューイヤーズ・ロックフェスティバル」より内田裕也を始めとして(白竜HIROシーナ&ロケッツレッズERIKABILLYYUKI)らが生出演をする。

[編集] レギュラー出演者

2011年10月3日 - 現在
月曜日 火曜日 水曜日 木曜日 金曜日 増刊号
総合司会

森田一義(タモリ)

青年隊

noon boyz真田佑馬野澤祐樹

各曜日レギュラー陣

香取慎吾SMAP

ロンドンブーツ1号2号
田村亮田村淳

柳原可奈子

渡辺直美

中居正広(SMAP)

さまぁ〜ず
大竹一樹三村マサカズ

タカアンドトシ
タカトシ

爆笑問題
田中裕二太田光

千原ジュニア千原兄弟

ロッチ
コカドケンタロウ中岡創一

指原莉乃AKB48

笑福亭鶴瓶

山崎弘也アンタッチャブル

ピース
又吉直樹綾部祐二

関根勤

草彅剛(SMAP)

劇団ひとり

ベッキー

秋元才加(AKB48)

(レギュラー出演者全員)

テレフォンアナウンサー

生野陽子

本田朋子

三田友梨佳

高橋真麻

生田竜聖

中村光宏

日替わりコーナー

水木一郎
入江慎也カラテカ

[編集] 歴代レギュラー出演者

[編集] 派生番組

[編集] 現在

[編集] 増刊号

[編集] 特大号

[編集] FNSの日 生スペシャル

[編集] 新春スペシャル

[編集] 過去

[編集] 新春祭

[編集] 春・秋の祭典スペシャル

[編集] 春・秋のドラマ特大号

[編集] 番組の流れ

[編集] オープニング

いいとも青年隊(スタッフ隊・少女隊・AD隊など)が番組テーマ曲である『ウキウキWATCHING』のダンスにより放送開始し[5]、客席の声援に迎えられながら、森田一義(タモリ)がスタジオ正面からオープニングテーマ曲である「ウキウキWATCHING」を歌いながら、番組開始当初から2000年3月31日まで登場していた。

タモリといいとも青年隊(スタッフ隊・少女隊・AD隊)がテーマ曲を歌い終えた後、タモリが盛り上がった会場を『チャッ、チャチャチャッ』の手の動きと客席の拍手で締める。オープニングコーナーが終わると最初のCMへ入るBGMが流れ、タモリが「それじゃあ、今日もそろそろ行ってもいいかな?」と聞き、各曜日レギュラー陣やゲストらと客席が「いいとも!」とコールしCMへ入る。

番組開始当初、歌唱後はタモリがいいとも青年隊(スタッフ隊・少女隊・AD隊)と数分間、軽くオープニングトークをしてすぐにCMとなっていた(例外として、当時いいとも!金曜レギュラーであった明石家さんま、木曜レギュラーの笑福亭鶴瓶、水曜レギュラーの所ジョージや金曜レギュラーの関根勤が左の扉から登場していた)。

1987年10月5日以降は、明石家さんま、所ジョージ、笑福亭鶴瓶、片岡鶴太郎、関根勤、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンら各曜日レギュラー陣のリーダー1組が左の扉から登場し、タモリといいとも青年隊(スタッフ隊・少女隊)と共に数分間軽くトークをしていた。

しばらくその形が続いたものの、1990年4月から各曜日レギュラー陣のリーダー1組だけでなくルー大柴、森脇健児森口博子山瀬まみなどの他の各曜日レギュラー陣の一部もその各曜日リーダーとともに左の扉から登場するようになってゆく。

1994年4月4日からは、各曜日のレギュラー陣が全員、画面向かって左の扉から登場。オープニングの中で『各曜日レギュラーコーナー(1)』を行う[6]

2000年4月3日から、タモリが「ウキウキWATCHING」を歌わずに登場するオープニングに変更。すぐに各曜日レギュラー陣全員が左の扉から登場しオープニングコーナーが始まる。

2010年2月4日の放送開始7000回達成を記念して、2010年2月1日から2010年2月5日までの一週間「森田一義アワー 笑っていいとも!」のオープニングのタイトルロゴの下に通算の放送回数が表示された。

2010年10月19日から11月30日までは、火曜日のみミニコーナーとして、「今日を勢いづける一言」(「今日を勢いづける一言」BOXからタモリが毎回、ボールくじを引き、当たった火曜レギュラー陣1名が一言を言い)を言った後、CMを挟んで『各曜日レギュラーコーナー(1)』がスタートしていた。

番組開始当初から、各曜日レギュラー陣1名ずつ、紹介の時に人物とネームテロップを表示していたが、2011年4月4日から同年9月30日まで各曜日レギュラー陣紹介の表示が変わり、「○曜日レギュラー…」のあと、エンドロールのようにまとめて紹介されるようになっていた。(いいともAD隊(クルット&ハリー)も同じく紹介される。)新しい紹介の表示は、2003年4月 - 9月の間の木曜日でも実施されていた時期があった。また、同時にオープニングコーナーが復活した。

2011年10月3日から、タモリ、いいとも青年隊、各曜日レギュラー陣1名ずつ、紹介の時に人物とネームテロップを表示する方式が復活した。また、各曜日レギュラー陣が全員、画面向かって左の扉から登場していたが、タモリが画面向かって正面の右から登場すると同じに、画面向かって正面の左から各曜日レギュラー陣全員が登場するように変更がされた。

[編集] エンディング

1990年4月2日(月)から1993年10月1日(金)まで3年半行われていた『爆笑!オールスター・タモリンピック』 → 1995年10月2日(月)から2010年7月16日(金)まで15年間(約14年9ヵ月)行われていた『曜日対抗いいとも!選手権』のエンディングコーナーが終了し、その後、2011年8月5日(金)までは、前の『各曜日レギュラーコーナー(3)』からCMを挟まずすぐにエンディングの告知・お知らせなどに入り、放送終了直前にタモリが「それじゃあ、また明日(来週)も見てくれるかな?」と聞き[7]、各曜日レギュラー陣と客席が「いいとも!」とコールして放送終了となる。

2011年8月8日(月)からは、以前の「爆笑オールスター・タモリンピック」 → 「曜日対抗いいとも!選手権」の流れを踏襲した「曜日対抗いいともCUP」が開始され約1年ぶりにかつてのスタイルに戻った。

[編集] タイムテーブル

[編集] 歴代のタイムテーブル

  • 表記の時間など誤差あり

[編集] 現在のタイムテーブル(2011年10月3日から)

  • 表記の時間など誤差あり
パターン1
時間 コーナー 内容
12:00:00 オープニング 森田一義(タモリ)・いいとも青年隊(少女隊・AD隊)・各曜日レギュラー陣紹介
12:03頃 テレフォンショッキング 放送開始当初のオープニングコーナーに復帰。
12:24頃 各曜日レギュラーコーナー(1)
12:34頃 各曜日レギュラーコーナー(2)
12:48頃 各曜日レギュラーコーナー(3)[8][11]
12:55頃 曜日対抗いいともCUP
エンディング
各曜日レギュラー陣やゲスト、各曜日レギュラーコーナーの告知・お知らせ など
12:57:55 翌日の予告(月曜日 - 木曜日
増刊号の予告(金曜日
12:58:00 放送終了
パターン2
時間 コーナー 内容
12:00:00 オープニング 森田一義(タモリ)・いいとも青年隊(少女隊・AD隊)・各曜日レギュラー陣紹介
12:01頃 各曜日レギュラーコーナー(1)
12:13頃 テレフォンショッキング
12:28頃 各曜日レギュラーコーナー(2)
12:42頃 各曜日レギュラーコーナー(3)[8][11]
12:55頃 曜日対抗いいともCUP
エンディング
各曜日レギュラー陣やゲスト、各曜日レギュラーコーナーの告知・お知らせ など
12:57:55 翌日の予告(月曜日 - 木曜日
増刊号の予告(金曜日
12:58:00 放送終了

[編集] 主なコーナー・企画

[編集] 沿革

[編集] 放送時間の変遷

放送期間 放送時間 (JST) 放送分数
1982.10.04 1984.03.30 12:00 - 12:53 53分
1984.04.02 2000.03.31 12:00 - 12:57 57分
2000.04.03 現在 12:00 - 12:58 58分

[編集] 番組放送回数記録

放送日 番組放送回数
1982年10月4日 放送第1回
1984年9月4日 放送第500回
1986年8月14日 放送第1000回
1990年7月9日 放送第2000回[12]
1994年6月2日 放送第3000回
1998年5月11日 放送第4000回
2002年4月5日 放送第5000回
2006年3月7日 放送第6000回
2010年2月4日 放送第7000回

[編集] 本番組がギネスに認定

  • 2002年4月5日に当番組放送開始5000回目の放送達成記念に本番組の総合司会を務めるタモリが単独司会者による生放送の長寿記録として、2003年版のギネスブックに認定され、掲載されている(番組自体が申請した)[13]
    • また、当番組放送開始5000回記念の週では、『増刊号』にて全曜日レギュラー陣の『いいとも!』初登場シーンがVTRで各曜日ごとに1名ずつ紹介された。
  • 2005年5月には、これまでフジテレビ系列の帯番組最長記録を誇っていたトーク番組スター千一夜』の22年6ヶ月の記録を塗り替えた。現在でも本番組は、記録を更新し続けており、フジテレビ系列の帯番組最長記録を延ばし続けている。
  • 2010年2月4日に放送7000回を達成した(この日にはオープニングコーナーにて、第1回目の放送を振り返る「笑っていいとも! 7000回特別企画 あの日あの時この場所で」というコーナーが設けられた)。

[編集] オープニングのタイトルCG

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番組タイトルのロゴの「森田一義アワー 笑っていいとも!」の部分は番組スタートして以来、1度も変更していない。「森田一義アワー」の部分については、番組オープニングに表示されるテロップのフォントが変更された履歴がある。また、姉妹番組の『笑っていいとも!増刊号』の番組タイトルのロゴは変更されたことがある。

初代 1982年10月4日 - 1985年頃
スキャニメイト使用。画面中央から渦巻状に番組タイトルロゴが登場し、完成する。表記色は赤字。
 2代目 1985年頃 - 1987年10月2日
塗りつぶされる感じでタイトルが表示される。表記色は赤字。
3代目 1987年10月5日 - 1990年9月28日
画面中央から「森田一義アワー」が飛び出てきて、後から「笑っていいとも!」が画面中央から浮き上がって、完成する。表記色はピンク字。
4代目 1990年10月1日 - 1995年9月29日
画面中央から「森田一義アワー笑っていいとも!」が文字1つ1つ画面全体にバラバラになってまた画面中央に集まって、完成する。表記色は赤字。
5代目 1995年10月2日 - 2005年7月22日
画面下より「笑っていいとも!」の文字が1文字ずつ順番に登場、左上から「森田一義アワー」の文字が1文字ずつ画面に登場し、完成する。表記色はオレンジ字。この代から、「森田一義アワー」のテロップのフォントが変わった。
6代目 2005年7月25日 - 2011年9月30日
5代目のアレンジ版、地上デジタル放送に対応するために変更された。画面下より「笑っていいとも!」の文字が1文字ずつ順番に登場、左上から「森田一義アワー」の文字が1文字ずつ画面に登場し、完成する。表示にツヤを出ている。表記色は赤字。
7代目 2011年10月3日 - 現在
5代目・6代目のアレンジ版、『森田一義アワー笑って!』と以前の赤色一色だけでなく、カラフルに色分けされ登場する。

[編集] いいとも!マスコットキャラクター

2009年度の『特大号』のスペシャルコーナー『画ったい! いいとも!キャラクター決定戦スペシャル』にてテーマのお題が2010年度の「いいとも!マスコットキャラクター」を決定すべく各曜日レギュラー陣全員が描き曜日対抗戦で競った。はそれぞれの3段に別々にレギュラー陣1〜2名が制限時間30秒で描き、最後にはその絵のマスコットキャラクターのキャッチコピーを考え、合体された絵の完成度を見て客席150名の得票によって優勝が決定され、結果は月曜日の『メルヘンタイガーちゃん』に決定した。

このマスコットキャラクターである『メルヘンタイガーちゃん』は、2010年1月6日放送分から12月29日放送分まで、CMが入る前に次の予告が表示されるテロップの左下にマスコットキャラクターが表示されていた。『増刊号』でも1月10日放送分から12月26日放送分まで右下に表示されていた。

[編集] 歴史

[編集] タモリ休暇・不在時の対応

当番組の総合司会の森田一義(タモリ)が当番組を休暇・不在した年・日は、

などのほか、かつてはタモリが司会を務めていたバラエティ番組『今夜は最高!』(日本テレビ系列)の海外ロケを兼ねてや1983年1992年までの10年間は毎年、定期的に夏休みをとっていた。

また、1985年1988年までの4年間は正月休暇をとったこともある。この時は、各曜日レギュラー陣の代表(リーダー)が番組全体の司会をしていた。主に笑福亭鶴瓶明石家さんま関根勤片岡鶴太郎所ジョージウッチャンナンチャンダウンタウンルー大柴などが担当していた。

タモリがゴルフのプレー中に起こした事故による時(2001年11月5日〜14日)には、緊急だったので各曜日レギュラー陣の全員が協力して番組を進行していた。

また、2009年7月10日放送分のエンディングで、アナウンサーの平井理央からタモリが精密検査(人間ドック)を行うために次週の放送出演を丸々休養することを発表した。その中で検査とともに白内障の手術も行うことをタモリが自ら語った。タモリが休養の期間は代役の司会者を立てず、各曜日レギュラー陣が臨時で司会・進行を務めた。

[編集] タモリの衣装、発言等

記念すべき放送第1回からしばらくは、タモリの髪型ディップをたっぷりつけた七三分けだった。その後は、1990年に起きた自ら所有するヨットの支柱に額をぶつけた事故のあとに現在のオールバックになっている。

サングラスについては、『いいとも!』での最初のものはこの番組のみで身につけ、他の番組では違うものを着用していた。

中山弘子新宿区長が2007年11月4日放送分(実際に表彰されたのは、11月2日)の『笑っていいとも!増刊号』に出演し、『森田一義アワー 笑っていいとも!』が新宿スタジオアルタから25年間に渡り生放送を現在でも続けて、「新宿の街のイメージアップに多大な貢献をしている」ということで、タモリに感謝状を手渡した。

1989年5月19日の放送でタモリが当時は実話とされていた「一杯のかけそば」を批判。タモリは「150円あれば当時はインスタントラーメンが3個買えた、こんな話はおかしい」と発言し「一杯のかけそば」を「涙のファシズム」と批判した。この発言や作者のスキャンダルが影響したのか「一杯のかけそば」のブームが過ぎ去った。笑っていいともがブームを終わらせた例である。[14]

[編集] 1980年代

[編集] 1990年代

[編集] 2000年代

  • 2000年3月1日4月からの新年度を待たずにオープニングの演出を大幅に変更し、番組当初から行われていたオープニングでのタモリによる「ウキウキwatching」の熱唱が廃止。タモリが歌わなくなり、タモリ・各曜日レギュラー陣全員が登場後、すぐオープニングコーナーが開始されるようになり、現在もこの形で番組がスタートする。
  • 2002年2月22日マイクロソフト会長のビル・ゲイツがオープニングの特別企画に出演。総合司会のタモリに『Xbox日本1号機をもらえる券』と引き換えに同日に発売されたXboxを手渡した。
  • 2002年4月5日、放送回数5000回を迎え、総合司会のタモリが「生放送単独司会世界記録」として、2003年度版ギネスブックに認定される、翌年2003年1月15日放送分のオープニングでは当時首相であった小泉純一郎と生放送中に電話会談をし、タモリへ首相から直々にお祝いの言葉が贈られた。
  • 2002年4月7日、『増刊号』では、放送回数5000回記念として、全曜日レギュラー陣の『いいとも!』初登場シーンや懐かしい各曜日日替わりコーナーなどを映像で振り返った。
  • 2002年9月27日ケーブルテレビの普及に伴い山梨県でフジテレビが通常視聴できる状態が常態化していたことから、山梨放送での放送が終了。
  • 2002年12月、総合司会のタモリが5度目のサングラス変更。
  • 2003年1月5日放送分の『増刊号スペシャル』で姓名判断をした結果、「『いいとも!』は71歳まで出来る」という結果が出ている(総合司会のタモリも『いいとも!』内では時々、タモリが老後になった時の姿を想像して表現し、ネタにしている)。
  • 2003年9月22日から9月26日まで試験的に、関東地方で番組開始から終了までの1時間、画面左上に時刻表示されるようになる(字体は夕方のニュース等と同じ)。翌週からは一旦消滅したものの同年11月3日から本格的に時刻表示が開始され現在に至る。
  • 新宿スタジオアルタハイビジョン化工事(工事期間:2005年6月25日 - 7月24日)の時の間、2005年6月27日 - 7月22日の放送分はフジテレビのV3スタジオから生放送がされた[15]
  • 2005年7月25日から、スタジオアルタハイビジョン化工事の完了によりフジテレビ・東海テレビ関西テレビ地上デジタル放送ではハイビジョン放送(画面サイズが16:9)で放送されるようになり、他の系列局でも順次地上デジタル放送開始と同時にハイビジョン放送となった。青森テレビでは、2010年6月21日から、テレビ山口でも2010年7月頃からハイビジョン放送になった。同時にタモリがオープニングや日替わりコーナー等で持つマイクも現在のものへ変更(スポンジの色は随時変わる)。
  • 2005年9月21日、『テレフォンショッキング』のコーナーで観客の1人が「いいとも!が年内で終了するのか?」と質問し、スタッフにより退席させられた。その後、CM明けにはその席にはぬいぐるみが置かれていた。
  • 2006年1月から関東地方のアナログ放送で番組第1回からあった時報が廃止された。
  • 番組放送終了時の未公開トーク集で、タモリがドッキリとして「お台場記念ゲストです! 福山雅治君です!」といって、しばしば冗談を言っていたが、2006年5月15日の放送終了後にてその日の『テレフォンショッキング』に出演していた福山が実際に登場した。
  • 2006年3月7日放送分には放送回数6000回を刻印した『いいとも!』の番組ロゴマークが入ったメロンパンをその日に出演していたゲスト、客席全員に配付した。
  • 2006年10月2日から10月6日までの一週間は、番組開始から25年目に突入することを記念してお台場のフジテレビから生放送され、同年10月7日には『秋の祭典スペシャル』を放送。
  • 2007年9月14日、番組放送開始からいいとも青年隊・少女隊・AD隊オープニングダンスの振り付けを担当していた土居甫悪性リンパ腫で死亡。後継人として現在は渡辺美津子が担当している。
  • 2008年8月7日の午前中、タモリと水曜レギュラー(当時は木曜レギュラー)のおすぎは赤塚不二夫の告別式に参列した。特に、タモリにとっては芸能界デビューへのきっかけを作った恩人であり、葬儀では“森田一義”名義で弔辞を読みあげ、当日の『いいとも!』には両人とも予定通りオープニングから出演した。
  • 2009年4月から、番組開始当初はCMに入る前に「笑っていいとも!」のロゴを右下に出して、CMに入っていたが、1998年頃から「笑っていいとも!」のロゴを右下に出し、その左下に「CMの後」、「このあと」など、次のコーナーの紹介やCM明けの告知などを出していた。だが、2009年4月27日生放送分からは、「笑っていいとも!」のロゴを右下に出し、その左下に「CMの後」など、次のコーナーの紹介やCM明けの告知などを廃止し、画面下に黒枠で左に「CMの後」、「このあと」など青文字にし、赤字で大きく次のコーナーの紹介やCM明けの告知などを表示するように変更になった。
  • 2009年4月24日、金曜レギュラーの草彅剛SMAP)が2009年4月23日未明に公然わいせつにより逮捕されこの日の出演はキャンセルされた。オープニングのレギュラー陣紹介の時に平井理央アナから「金曜レギュラーの草彅剛さんは、報道にあるような状況でございますので本日欠席させていただきます。申し訳ございません。」と説明があった。その後、当番組を含む全てのレギュラー番組から降板し、当面は出演自粛という形になった。その後、2009年5月29日の放送で復帰した。
  • 2009年7月10日放送分のエンディングで、平井理央アナから総合司会のタモリが精密検査を行うために次週の放送を丸々休むことを発表した。その中で検査とともに白内障の手術も行うことをタモリが自ら語った。

[編集] 2010年代

  • 2010年2月4日放送分で放送回数7000回を迎えた。オープニングにて特別企画として『いいとも!』放送第1回を振り返った[16]
  • 2010年4月から、各曜日レギュラーコーナー(1)が終わるとCMへ入るBGMが流れ、タモリが「それじゃあ、今日もそろそろ行ってもいいかな?」と聞き、各曜日レギュラー陣と客席が「いいとも!」とコールしCMへ入る前に、次のコーナーである「テレフォンショッキング」の当日のテレフォンゲストが楽屋からドアを開けて、スタジオに向かう様子が映し出されているが、2011年3月で廃止。
  • 2010年7月19日から23日までの1週間、動画生中継配信サイトUstreamにて、11:50 - 12:00(生放送開始)の間、AD隊(クルット&ハリー)前説の模様を特別に配信していた[17]。同年11月21日放送分の『増刊号』にて、「イマつぶ」を配信開始した。「テレフォンショッキング」のテレフォンゲストへのつぶやきや番組へのつぶやき、スタッフのつぶやきを当番組の公式ホームページ上で紹介している。
  • 2011年7月24日地上アナログ放送が停波するのに伴い、2010年7月5日から地上デジタル放送への完全移行を前提に、アナログ放送の全番組が画角16:9のレターボックス放送に移行するため、本番組もアナログ放送では2010年7月5日放送分よりレターボックスで放送されるようになった。
  • 2011年1月8日、元フジテレビのゼネラルプロデューサーであり、当番組の初代プロデューサーの横澤彪肺炎のため死去。1月11日にタモリが横澤宛にコメントを寄せたのが公開された[18]
  • 2011年3月11日放送終了後に東日本大震災が発生し、13日の『増刊号』、14日18日のレギュラー放送ともに東日本大震災関連の報道特別番組(14〜18日は『FNNスピーク』拡大放送)のため休止。翌週20日の『増刊号』も東日本大震災特別番組のため休止となった。また、被災県の系列局のうち、仙台放送では21日25日の5日間は震災生活支援情報、福島テレビでも21日は『FTVスーパーニュース特報』を放送のため、それぞれ休止となった。レギュラー放送が5日間、『増刊号』も含め8日間もの休止は番組開始以来初となった。なお、レギュラー放送再開となった21日の放送では、オープニングでタモリが『先週金曜日、東日本大震災、被災者の皆様方に心よりお見舞い申し上げます。』[19]と、被災者へのお見舞いの言葉を述べた[20]。3月21日の放送からは、オープニングとエンディング部分にて、日本赤十字社の『東日本大震災義援金』の呼びかけを日替わりテレフォンアナウンサーが担当、3月21日以降の「テレフォンショッキング」ではこれまで行っていた儀式やめ、オープニングの後すぐテレフォンアナウンサーの紹介 → テレフォンゲストの紹介という進行となっている。なお、翌週3月28日から5月6日までは「テレフォンショッキング」のコーナー開始前(CM明け)に告知していた。
  • 2011年3月25日テレビ山口での放送を終了[21]山口県では未放送となる(ただし近隣県の系列局を通じて視聴可)。これにより、時差ネットでの放送は青森テレビの1局のみになり、最大29局ネットとなった。[22][23]
  • 2011年7月24日、『増刊号生スペシャル』が放送され、「地上デジタル放送完全移行セレモニー」として、当番組コーナー進行中の正午を以って地上アナログ放送が終了し、デジタル放送へ完全移行する為、その記念セレモニーを番組内にて実施した。
  • 2011年10月3日、放送開始30年目を迎えるにあたりテーマ曲「ウキウキwatching」のオープニング・エンディング曲、CM入り曲、「テレフォンショッキング」などのBGMがポップ調にアレンジされて、一新された。編曲は小西康陽が番組内で挿入されるBGMのアレンジを担当している。「テレフォンショッキング」のコーナーでは、「テレフォンショッキング」のタイトルロゴがピンク色で表記され、その文字の中に星マークが付き、タモリとテレフォンゲストがトークを繰り広げるテーブル席は画面右側から中央へ変更され、スタジオのセンターからテレフォンゲストが登場することになった。また、テレフォンゲストへの花束はスタジオ両脇に、ポスターを貼る場所はテレフォンアナウンサーが立つ隣に設置がされた。ストラップもデコレーションがされた「デコタモストラップ」に変更がされた。

[編集] テーマソング

  • 番組冒頭で流れる『ウキウキWATCHING』(作詞小泉長一郎作曲伊藤銀次編曲鷺巣詩郎小西康陽)が有名で当番組のテーマ曲として使用されている。
  • 第1回目放送以降、オープニング森田一義(タモリ)の登場と共にアシスタントグループである「いいとも青年隊・少女隊・スタッフ隊」と熱唱していたが、2000年2月29日放送分を最後にタモリは歌わなくなり、現在ではオープニングは短縮されている。
    • 第1回目放送はタモリが登場するタイミングを間違えて、きちんと歌うことができなかった。
    • タモリがオープニングに歌わなくなった理由は、タモリ自身が「歌うのは恥ずかしい、テレビ番組の冒頭で歌っている番組などない」と言った事を当時のプロデューサーであった荒井昭博に頼み込んだため(2000年3月放送など)。
    • また、タモリは「生放送で歌う司会者なんている?」などとも語っている。
    • 現在では『特大号』でのみ『特大号』バージョンの「ウキウキWATCHING」を聴くことができる。
  • 『いいとも!』生放送中で使用されているBGMはすべて、1982年10月4日放送分第1回目当初から変わらずに使用されていたが、2011年10月3日放送分からアレンジが施されている。
  • 番組オリジナル曲はあまりなく、使われている主な楽曲として番組テーマ曲である、いいとも青年隊『いいとも気分』(これは実際にシングル化された)、『テレフォンショッキング』のテーマ曲、CM入りのジングル(通常用と『特大号』用の2バージョンがある)、エンドロールBGMなどごく少数しかない。オリジナルバージョンは、いいとも青年隊のシングル『だったらツイスト』のB面に収録されている。
  • 何回か歌詞をマイナーチェンジしている。3代目のスタッフ隊と4代目の半熟隊のときには全くのオリジナルバージョンであり、レコード化はされていない。また、5代目のチャイルズのときには2番が採用された。
  • 1988年昭和天皇の体調が悪化しはじめ日本国内が自粛ムードに包まれると、オープニングは省略され、全く異なるBGMとともにいきなり「テレフォンショッキング」から始まる構成に変更されていた。昭和天皇崩御後の1989年(平成元年)から再びオープニングが『ウキウキWATCHING』に戻った。
  • 過去に放送されていた同局のバラエティ番組『ワンナイR&R』のパロディ企画で「笑っていいさぁ〜」にはテーマソングの替え歌『キビキビWATCHING』があった。

[編集] 歴代スタジオセット

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています
  • 新宿スタジオアルタが貸しスタジオの為、毎回スタジオセットを組み直している。
  • 番組セットの背景ホリゾントは、1週間に1回変わり、現在はオレンジ色ピンクの順で変わっている[24]
  • 2005年6月27日 - 2005年7月22日までは、10代目セットをお台場フジテレビ内のスタジオに移転、同じ10代目スタジオのレプリカを22階の見学コースにも製作し、一般公開した。2005年7月25日にマイナーチェンジ。
  • 一度『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系列)でダウンタウンらが番組の企画で『いいとも!』のセットを出演者に黙って組み立てたことがある。その時、上手の入り口の上にポットを置いていた。出演者もダウンタウンらがセットを組み立てたことや上手の入り口の上にポットを置いていたことも全く気付かなかった。
  • 「笑っていいとも!」のロゴのスタジオ裏のバックの飾りは、7代目のセットまで「W」の形をした同じ物が使われていたが、8代目以降はセットが変わるたびに変わる様になった。9代目までは形がかわっても銀色だったが、10代目は金色となっている。中央の「笑っていいとも!」のロゴは初代から統一して同じデザインでだが、8代目のセットは青(途中から黄色に変更)、9代目セットはオレンジ色だった。
  • 新レギュラー発表の記者会見の時、中央の「笑っていいとも!」のロゴは、「笑っていいとも!新レギュラー発表記者会見」となる。
  • 2005年7月16日より同年8月31日まで開催された夏のイベント『お台場冒険王2005』では、社屋22階フォーラムにて「いいともツアーズ」と題した企画ブースが設けられ、スタジオアルタのセットが完全再現された(当時10代目)。このセットで公開されたカメラ機材も、2005年6月24日までスタジオアルタで実際に使用されてきた旧機材である。
  • 観客席は1982年から1990年までは152名であったが、1991年から現在は150名に2名減員されている。
  • 1〜4代目のセットまでは観客席の背後に空をイメージとした雲の絵が描かれていたが、5代目のセットからは観客席の背後に3枚の「笑っていいとも!」の大きなロゴが張られている。12代目のセットからは4枚の「笑っていいとも!」の大きなロゴが張られている。
  • 観客席の大半は女性である。
初代 1982年10月4日 - 1987年10月2日
青空と雲を強調したセット。
1983年にマイナーチェンジ。番組開始当初のセットには中央の「笑っていいとも!」のロゴが無く、両脇のドアの上に書かれていたが、マイナーチェンジ時に中央に「笑っていいとも!」のロゴにW型の電飾がついた。このW型の電飾は7代目まで伝統的に続いていた。後年、第一回目を回想した番組でタモリは「安いセットだなぁ」と述べている。
2代目 1987年10月5日 - 1989年3月31日
中央の「笑っていいとも!」のロゴのW型の電飾を小リニューアル。一見見ただけではわかりづらいが、デザインの小変更が行われている。
3代目 1989年4月3日 - 1990年9月28日
2代目のマイナーチェンジ版。1990年4月ごろから壁面部分が変わるなどデザインの小変更がある。
両脇のドアにあった丸い窓がいったんなくなる。
4代目 1990年10月1日 - 1994年9月30日
両脇のドアの丸い窓が復活。左右対称となっていない(上手側ドア上には「WARATTE」、下手側ドア上には「IITOMO」と書かれている)。
5代目 1994年10月3日 - 1995年9月29日
緑を強調とした緑黄色を使用したセットが特徴。
6代目 1995年10月2日 - 1999年1月8日
赤を強調したセット。両脇のドアにあった丸い窓がこのセット以降完全になくなる。
7代目 1999年1月11日 - 2001年4月13日
黄緑を強調したセット。中央の「笑っていいとも!」のロゴのW型の電飾はこの7代目セットが最後となる。また、このセットを最後に黄色の大型豆電球がセットに使われなくなった。
8代目 2001年4月16日 - 2002年1月18日
茶色を強調したセット。初代セット以来伝統となっていた中央の笑っていいとも!のロゴのW型の電飾の形を開始18年半にして初めて変更、「笑っていいとも!」のロゴの色も赤から青(後に黄色)へ変更(セットのみ。ロゴ自体は赤のまま)。
9代目 2002年1月21日 - 2003年12月26日
両脇のドアの横幅が広くなる。中央の「笑っていいとも!」のロゴの電飾の形を変更。中央の「笑っていいとも!」のロゴの色の変更、黄色からオレンジ色へ(セットのみ。ロゴ自体は赤のまま)。
10代目 2004年1月5日 - 2005年6月24日、 2005年7月25日 - 2009年3月27日(マイナーチェンジのセット)
両脇のドアの横幅が狭い幅に戻される。中央の「笑っていいとも!」のロゴの電飾の形を金色のをイメージしたものへ変更。中央の「笑っていいとも!」のロゴの色の変更、セットも番組メインの色である赤へ戻された。両脇のドアに小型の豆電球がつけられるようになった。2005年7月25日からマイナーチェンジを実施し、LEDパネルが組み込まれた。「笑っていいとも!」のロゴやコーナータイトルのロゴが流れる。
11代目 2009年3月30日 - 2011年9月30日
中央の「笑っていいとも!」のロゴの金色のをイメージした電飾はそのまま使用。電飾の形が四角形に変更され、笑っていいとも!のロゴは赤色だが、通常の形ではない状態になった。10代目のマイナーチェンジ時に付いたLEDパネルがなくなった。
12代目 2011年10月3日 - 現在
放送開始以来大幅なリニューアル。中央の「笑っていいとも!」のロゴの金色のをイメージした電飾はそのまま使用。電飾や電球にLEDライトが多く取り入れられ、より明るくなった。

[編集] 観覧

当番組を観覧希望するには、往復はがきで、希望日、希望人数、全員の氏名・年齢・職業、代表者の連絡先を明記の上、希望放送曜日の1ヶ月から10日前までに必ず番組宛に必着で応募する。1人で多数の応募や、記入漏れがあった場合は無効となり、参加メンバーの変更は出来ない。

当選すると、希望日の1週間ほど前にフジテレビから当日の整理番号や注意事項が書かれた観覧券が郵送される。抽選に外れた場合でも、放送日の朝には新宿スタジオアルタ前で当日の番組観覧キャンセル待ちの抽選を行っており、ここで当選すると当日の番組収録を観覧することができる。そのため、放送日の朝の新宿スタジオアルタ前では応募当選者以外にキャンセル待ちの行列ができている。

番組開始当初から、18歳未満(未成年高校生)による応募は無効となっている。理由としては、学校高校)を無断欠席し、観覧させるのを防ぐためとのタモリの意向による[25]とされるが、番組に出演する際にはこうした制限もなく、一般の就学児童や学生が学校を欠席して出演していることから、その対応の是非が問われる。18歳以上で高校を卒業していても、新年度になる4月までは応募不可となっており、観覧募集のお知らせテロップにも明示されている。

特別番組(『春・秋の祭典』『新春祭』『春・秋のドラマ特大号』『FNSの日』の『増刊号生スペシャル』『特大号』など)の放送が近づいている場合は末尾に「また、特別番組のご案内をさせていただく場合がございます」と表示している。

[編集] パロディ番組・企画

過去に『いいとも!』の月曜レギュラーでもあったダウンタウン浜田雅功松本人志)らが同局の番組の企画で『いいとも!』の番組スタジオセットを出演者に黙って組み立てたことがある。その時、上手の入り口の上にポットを置いていた。出演者もダウンタウンらがセットを組み立てたことや上手の入り口の上にポットを置いていたことも全く気付かなかった。
同局のパロディ企画「笑っていいさぁー」がある(ギノ&マンタ名義で過去に『いいとも!』月曜レギュラーであったガレッジセールゴリ川田広樹)が出演した。他にもDA PUMP宮迫博之雨上がり決死隊)などが出演していた)。
  • PON!(日本テレビ系列)
2010年10月から2011年3月まで、毎週水曜日のお天気お姉さんのコーナーに「貯まっていいこと!」という、貯蓄節約術について紹介、実践するコーナー(同番組レギュラーでもある経済評論家の荻原博子が監修)があった。本家同様、テーマ曲は「ウキウキWatching」で、オリジナルバージョンが使用されていた。

[編集] 報道特別番組等による放送休止・中断の対応

長期間に渡る放送の中で、臨時ニュースなどで放送を中断する事も多くある。過去に『FNN報道特別番組』や臨時ニュース等で、急遽(もしくは予定通りに)休止・途中中断・一時中断などの処置が採られた主な出来事は以下の通りである。ちなみに、平日午前中の有事発生時は本番組との兼ね合いで編成に苦労するという。なお、臨時ニュース挿入の場合は『FNNスピーク』のキャスターがそのまま担当することが多い。

[編集] 重要事件・事故・自然災害による休止

[編集] スポーツ関連(オリンピックなど)による休止

[編集] 一時中断・途中中断

[編集] 番組内容変更事例

昭和天皇崩御により、「歌舞音曲(かぶおんぎょく)」を控えるという意味合いから「テレフォンショッキング」の総集編が放送された[26]。同年2月24日は、大喪の礼により放送休止となった。
阪神・淡路大震災の式典中継の為、12時10分放送開始となったほか、オープニングの歌・オープニングコーナーがカットされた。
秋篠宮妃紀子悠仁親王が正午過ぎに愛育病院を退院し、赤坂の秋篠宮邸へ戻る模様を12時28分頃から生中継した為、「金12」のコーナーの開始が12時36分頃となった(このコーナーではメンバーの回答が終わった後CMが入るが、この日は途中のCMを省略した。コーナー開始前に入れたためと見られる)なお、時差放送のATV[27]では報道特別番組の枠ではCMを長く放送し本編を前倒しで放送して正味の放送時間(通常58分)が短縮(51分55秒)となった。なお、短縮になった分は、番組案内と他のCMで穴埋めした。
新潟県で震度6強の地震新潟県中越沖地震)が発生した為、クロスプログラムおよびOPで平井理央アナが番組の変更の説明をしてから、OPとOPコーナーを休止し、12時12分から「テレフォンショッキング」がCM明けの拍手やタモリと観客のやり取りを自粛する形で行われた。なお、新潟のネット局・新潟総合テレビでは急遽放送を差し替え、ローカルで地震関連のニュースを流し続けた。

[編集] その他の事例

[編集] ネット局と放送時間

2012年3月現在

『森田一義アワー 笑っていいとも!』 ネット局と放送時間
放送対象地域 放送局 系列 放送曜日・放送時間 放送時間の遅れ
関東広域圏 フジテレビ (CX)
『森田一義アワー 笑っていいとも!』制作局
フジテレビ系列 平日
12:00 - 13:00
-
北海道 北海道文化放送 (UHB)
岩手県 岩手めんこいテレビ (MIT)
宮城県 仙台放送 (OX)
秋田県 秋田テレビ (AKT)
山形県 さくらんぼテレビ (SAY)
福島県 福島テレビ (FTV)
新潟県 新潟総合テレビ (NST)
長野県 長野放送 (NBS)
静岡県 テレビ静岡 (SUT)
富山県 富山テレビ (BBT)
石川県 石川テレビ (ITC)
福井県 福井テレビ (FTB)
中京広域圏 東海テレビ (THK)
近畿広域圏 関西テレビ (KTV)
島根県
鳥取県
山陰中央テレビ (TSK)
岡山県
香川県
岡山放送 (OHK)
広島県 テレビ新広島 (TSS)
愛媛県 テレビ愛媛 (EBC)
高知県 高知さんさんテレビ (KSS)
福岡県 テレビ西日本 (TNC)
佐賀県 サガテレビ (STS)
長崎県 テレビ長崎 (KTN)
熊本県 テレビくまもと (TKU)
大分県 テレビ大分 (TOS) フジテレビ系列
日本テレビ系列
クロス局
宮崎県 テレビ宮崎 (UMK) フジテレビ系列
日本テレビ系列
テレビ朝日系列
トリプル局
鹿児島県 鹿児島テレビ (KTS) フジテレビ系列
沖縄県 沖縄テレビ (OTV)
青森県 青森テレビ (ATV) TBS系列 平日
16:45 - 17:45[28][29]
4時間45分遅れ

[編集] 番組予告(クロスプログラム)

番組予告(クロスプログラム)実施局
  • 1998年10月から本番組の前に生放送されるニュース番組FNNスピーク』放送終了後の11:57:15から11:57:30には一部系列局を除き「次の番組は…」としてクロスプログラムが放送されている(『ウキウキWATCHING』のインストルメンタルがBGMとして流れている)。
  • ただし、2008年まで1月第3月曜日(曜日配列によっては第2月曜日)は『ソニーオープン・イン・ハワイ』を10:00 - 12:00まで生放送していた(この日は『FNNスピーク』自体も放送休止)ため、放送されなかった。
  • また、これとは他に番組開始数年間と2004年7月以降、エンディング放送終了後にも翌日(または、来週月曜日か『増刊号』)の予告スポットが5秒程度行われている(同じく『ウキウキWATCHING』のアウトロ部分がBGMとして流れている)。
  • このことについてはこちらの項目も参照されたい。
  • 報道番組スピークNEW』と『スピークフラッシュ』が放送されている地域では、北海道文化放送テレビ新広島を除き『いいとも!』のクロスプログラムも放送されている。
  • 関西テレビ (KTV) でも2006年1月6日より、『いいとも!』のクロスプログラムを放送していたが現在は放送されず、実質1ヶ月間も放送していなかったことになる。
  • 新潟総合テレビと高知さんさんテレビは、報道番組『FNNスピーク』の後半の全国枠の放送がないが、新潟総合テレビでは『NSTくらしの情報』放送後に、高知さんさんテレビでは(ローカル出しの)エンディングの後『ステーションブレイク』を挟んでクロスプログラムを放送している。

[編集] 時刻表示

時刻表示実施局
  • 遅れ時差ネットの青森テレビでも2010年3月26日まで『いいとも!』番組スタートから時刻表示(16:50 - )を行っていたが、16:45開始となる同年3月29日からは番組途中の17:00から表示が開始される。又、かつては岡山放送でも時刻表示あった(番組放送開始時 - 2004年4月1日)。
  • CM中は時刻表示を消去する放送局がある。

[編集] 提供クレジット

  • 過去のスタジオアルタ発生放送の番組からの流れで、同時ネット局については概ね12:30前後までの前半は各局のローカルセールス(協賛スポンサーが付くか、あるいはオールスポット扱い)で、それ以後はフジテレビを窓口とする全国共通ネットスポンサーによる協賛番組となっている。ただ番組が13時丁度まで延長されてから、12:50過ぎから再びローカルセールスに戻っている。
  • 関西テレビ山陰中央テレビでは、タモリといいとも青年隊・少女隊・AD隊がオープニングで歌っていた当時は、提供がなくトークの途中でもCMに行ってしまうため、一時期は「いいともー!」の掛け声を聞くことがなかった[37](CM明けの「テレフォンショッキング」に入る直前の5秒間だけ別のCM、当初はブルーバックに「笑っていいとも!」と描かれた番組ロゴ画像)。タモリが歌わなくなってからはオープニングコーナーの後、「いいともー!」の掛け声の後全員で一礼するまできちんと流れる様になったが提供は表示されない(但し、後半の提供はネットスポンサーの関係できちんとある)。また、一時期11:59:57から12:00:00までの時計表示が行われた事もあるが現在は無い。
  • テレビ山口では、放送開始の時はバックで「いいともー!」をやっている画像に提供クレジットとアナウンスがかぶされ、終了前はブルーバックにBGM、提供クレジット、アナウンスがかぶされる。番組途中の提供クレジットはそのまま放送されていた(FNS各局のスポンサードネットの関係上ネット回線に提供スーパーが流れているため)。(以前遅れネットだった大分放送も途中のクレジットはそのまま放送。)
  • 青森テレビでは、「いいともー!」をやっている画面には提供スーパーの表示が無く、その直後にブルーバックで提供クレジットが流れる。また、番組途中の提供スーパーは番組のタイトルロゴで隠され(1990年まで時差放送を行っていたテレビ岩手も同様)、「ここまではご覧のスポンサーがお送りしました」の部分[38]もブルーバックの提供クレジットに差し替えられる(これもFNS各局のスポンサードネットの関係上ネット回線に提供スーパーが流れているため)。金曜日の終了直前の予告では青森テレビで放送されない『増刊号』の予告が、そのまま出される。なお、かつては提供スーパーに入る直前でブルーバックになっていた。
  • 1996年まで時差放送していた高知放送は、放送開始の時はテレビ山口同様に、バックで「いいともー!」をやっている画像(初期は情報カメラ映像)に前提供クレジットとアナウンス[39]。放送終了時は「いいともー!」の掛け声の後の部分[40]を放送せず、その後すぐに(後にスポットCMを挟んで)自社送出のエンドタイトルを出して終了していた。後提供クレジットは番組の中盤のCM明けの直前に、ブルーバックの全面画像で出しており、番組終了時の提クレはなかった。同局での放送の最末期(1996年)は系列局における終了時の後提クレが番組途中に移動したため、後提クレをカットするのみとなった(自社のイメージ画像等に差し替えていたものと思われる)。番組途中の提供クレジットはそのまま放送されていた。
  • 1990年代初期(詳細期間は不詳)までは地方によって、オープニングの提供クレジット部分がブルーバックになっていた。確認されているところでは新潟総合テレビ仙台放送福島テレビテレビ愛媛など。なお、製作局であるフジテレビ(関東地区)では当初からブルーバックを使用していない。
  • 2010年3月25日放送分から9月30日までは、関西テレビでも木曜日のみオープニング日替わりコーナーが終わり、CMへ入る前に提供クレジットが表示されることになった。
    • 2011年1月11日放送分のみ、火曜日のみオープニング日替わりコーナーが終わり、CMへ入る前に提供クレジットが表示されていた。
    • 2011年5月6日放送分から半年間、金曜日のみオープニング日替わりコーナーが終わり、CMへ入る前に提供クレジットが表示されていた。

[編集] スタッフ

[編集] 2011年10月3日以降

  • 構成[41]
  • ブレーン[42]三木聡(水曜日 → 火曜日)
  • スーパーバイザー(監修):
    • 高平哲郎(1982年10月4日 - 1995年9月までは構成作家として担当、その後はスーパーバイザーへ)
    • 鶴間政行浅井企画、2003年 - 2008年までは構成作家として担当、その後はスーパーバイザーへ)
  • 振り付け:
  • 音楽:
  • 編曲小西康陽(2011年10月3日 - 、「ウキウキWatching」のテーマ曲など番組内で挿入されるBGMのアレンジを担当)
  • TD(テクニカルディレクター):
    • (月曜日):加藤渉
    • (火・木曜日):斉藤幸雄
    • (水曜日):諏訪多順
    • (金曜日):小曽根晴彦
  • カメラ:
    • (月曜日):中西保
    • (火曜日):加藤渉
    • (水曜日):瓜生宗資
    • (木曜日):諏訪多順
    • (金曜日):澤井周
  • 音声:
    • (月曜日):栗原博一
    • (火曜日):加藤泰久
    • (水曜日):安田暁代
    • (木曜日):酒井一
    • (金曜日):草間信也
  • VTR:
    • (月・火・金曜日):広瀬日出夫
    • (水・木曜日):金子忍
  • 映像:
    • (月・火曜日):磯野邦男
    • (水曜日):伊藤洋人
    • (木曜日):須藤勝
    • (金曜日):佐藤康伸
  • 音響効果:
    • (月・水・木曜日):小堀一
    • (火曜日):松元浩一郎
    • (金曜日):比良野邦子
  • 照明:
    • (月曜日):帯金貴子
    • (火曜日):中村真梨子
    • (水曜日):大科麻紀子
    • (木曜日):巻嶋恵梨
    • (金曜日):山崎清美
  • 美術制作:井上明裕(全曜日、フジテレビ)
  • デザイン:棈木陽次[43](全曜日、フジテレビ)
  • 美術進行:
    • (月曜日):矢野雄一郎
    • (火・木曜日):伊藤則緒
    • (水曜日):鈴木真吾
    • (金曜日):椛田学
  • 衣裳:珍田愉華(タモリ担当、全曜日)
  • 装飾:高祖朋代(全曜日)
  • 電飾:
    • (月曜日):太田真由美
    • (火・水曜日):田上淳子
    • (木曜日):中みつ子
    • (金曜日):菅田重樹
  • 大道具:
    • (月・水曜日):畠山茂
    • (火曜日):田中裕士
    • (木曜日):平野順之
    • (金曜日):北山達也
  • タイトル:岩崎光明(全曜日、フジテレビ)
  • 装飾タイトル:竹内理恵(全曜日、フジテレビ)
  • ヘア・メイク:
    • (月〜木曜日):齊藤久子(タモリ担当、全曜日)
    • (金曜日):大高里絵(同上、全曜日)
  • スタイリスト:
    • 木下克之(ガット)(タモリ担当、全曜日)
    • 荻原寿江(いいとも青年隊・少女隊・AD隊担当、全曜日) /
    • 瀬子麻倫(いいとも青年隊・少女隊・AD隊担当、全曜日)
  • TK(タイムキーパー):
    • (月曜日):渓口美保子、海老澤廉子
    • (火曜日):伊佐次千恵子、山口奈保美
    • (水曜日):伊佐次千恵子、星美香
    • (木曜日):三宅真理、水越理恵
    • (金曜日):楮本眞澄、槇加奈子
  • 調査:源生悟郎(全曜日、フジテレビ)
  • 連絡:小林琴美(全曜日、フジテレビ)
  • 編成:渋谷謙太郎・安喜昌史(全曜日、フジテレビ)
  • FD(フロアディレクター):東隆志(全曜日、フジテレビ)
  • 制作進行:黒柳法子(全曜日、フジテレビ)
  • オブザーバーD(ディレクター):印田弘幸(全曜日、フジテレビ)
  • ラインD(ディレクター):庄司裕暁(全曜日、フジテレビ、2011年9月30日までは、AP(アシスタントプロデューサー)を担当)
  • 制作プロデューサー:及川俊明(オイコーポレーション)・伊戸川俊伸(全曜日)
  • プロデューサー:浜野貴敏(2000年 - 2002年まではディレクター、2011年7月1日までは協力プロデューサー)、春名剛生(2011年7月1日までは協力プロデューサー)
  • ディレクター:
    • (月曜日):出口敬生
    • (火曜日):塩谷亮
    • (水曜日):木月洋介
    • (木曜日):木村剛
    • (金曜日):金子傑
  • チーフプロデューサー:黒木彰一(2011年7月4日 - :9代目プロデューサー、以前はオブザーバーD(ディレクター))
  • 衣裳協力:創作屋、OPELKA、BALLANTINE(タモリ) ほか
  • アクリル装飾:ヤマモリ
  • CG送出:デジデリック
  • スタッフ協力:日放
  • 協力:ACCESS trade center、モード学園
  • 技術協力:スタジオアルタ
  • 制作協力:田辺エージェンシー
  • 制作:フジテレビバラエティ制作センター
  • 制作著作:フジテレビ

[編集] 歴代スタッフ

  • 構成:
  • スーパーバイザー:板坂尚(2001年 - 2008年までは構成作家として担当、2011年7月22日まではスーパーバイザーを担当)
  • 振り付け:土居甫いいとも青年隊・少女隊・AD隊オープニングダンスの振り付けを担当、2007年9月14日逝去)
  • TD(テクニカルディレクター):田口勝夫(火曜日)、小原秀行(金曜日)
  • カメラ:岡部幹、小原秀行、武井正喜(木曜日)、澤井周(水 → 金曜日)、小曽根晴彦(木曜日)、加藤誠(金曜日)
  • 音声:藤坂勝、本多義明(金曜日)
  • 映像:平石裕明、佐藤康伸(水曜日)、須賀勝(木曜日)
  • 照明:田中晴夫、佐々木靖、高木英紀、大野美穂子、加無木克志、丸井知子、小池猛、高木健雄、宇野淳子、関口肇(金曜日)、西川知里(水曜日)
  • 音響効果:志田博英、来代直、石川清、プロジェクト80、笠松広司(金曜日)、藁谷良雄(月曜日)
  • 技術:倉持繁
  • 美術制作:永本充、重松照英
  • 美術進行:倉持繁、松沢由之、馬場克之、石川利久、吉田敬(金曜日)、村瀬大(金曜日)、足立和彦(木・金曜日)、石田博巳(水曜日)、山崎惠美子(金曜日)
  • 美術プロデューサー:鈴木武治、重松照英、井上明裕(全曜日)
  • タイトル:川崎利治、高柳義信(水・金曜日)、佐々木千代乃(月・火・木曜日)、福澤伸太郎(水曜日)、新味且将(金曜日)
  • デザイン:山本修身
  • アクリル装飾:橘信満、秋元正明(ヤマモリ)
  • 装飾:高橋哲夫、石田博巳、羽根田雅芳(金曜日)、橋本裕之、古橋智子、平松智子(全曜日)
  • 電飾:重枝繁、飯田修一、林将大(金曜日)、土屋正昭(木曜日)、蕨野弘(月曜日)、鈴木健也(金曜日)、寺田豊(金曜日)、宇塚敏明(水曜日)、佐々木行弘(月曜日)、田中信太郎(月曜日)
  • 電子タイトル:竹内理恵(全曜日、フジテレビ)
  • 大道具:馬場克之、草野新平、吉野宏昭、山田和則、永井武(木曜日)、平野順之(火曜日)、楢崎善正(火曜日)、田中裕一(火曜日)
  • 衣裳:鹿倉二三男、寺田泉、染谷好美(タモリ担当)
  • 調査:今仁久(全曜日)
  • スタイリスト:矢野悦子、相馬さとし、黒沢麻里(タモリ担当)
  • メイク:破入るり子(月〜金曜日)、小熊清美(月〜金曜日)、佐藤恭子(月〜金曜日)、後藤麻樹(金曜日)、板垣真美(金曜日)、松本吉枝(月〜金曜日)、大友麻衣子(金曜日) - (タモリ担当)
  • TK(タイムキーパー):竹野幸子(水 → 金曜日)、伊佐次千恵子(木曜日)、星美香(月曜日)、平井冴子(木・金曜日)
  • 編成:荒井昭博、浜野貴敏、中島寛朗坪田譲治、鈴木修太、高瀬敦也、佐々木渉
  • AP(アシスタントプロデューサー):櫟本憲勝、門澤清太、北口富紀子、春名剛生、木月洋介、庄司裕暁
  • FD(フロアディレクター) → PD(プロデューサー):小松純也
  • 制作進行:金子隆、印田弘幸、浜野貴敏、春名剛生
  • 制作プロデューサー:北口富紀子(AP(アシスタントプロデューサー) → 制作 / 協力プロデューサー、2011年7月1日まで担当)
  • 演出:永峰明(1993年頃演出を担当)
  • ディレクター:
    • (月曜日):小林豊(1982年10月4日 - 1987年10月2日まで当番組開始当時のテレフォンディレクター、現テレビ静岡代表取締役社長)、小須田和彦松村匠(1994年頃ディレクター、現事業局企画部長)、平林長務、木村基子、八百板慎一、大平進士
    • (火曜日):星野淳一郎、 増田俊郎 (1990年代中期頃を中心に劇伴を担当、後期に入ってから鷺巣・伊藤両人が再登板)、熊澤美麗、谷口大二(火曜日 → 木曜日)、
    • (水曜日):伊戸川俊伸、亀高美智子、飯村徹郎(水曜日 → 金曜日)、名城ラリータ(水曜日 → 木曜日)、宮崎鉄平(水曜日 → 金曜日 → 木曜日)
    • (木曜日):伊藤征章、吉田正樹(いいともスタッフ隊、1990年頃AD → ディレクター、現独立事務所社長)、小松純也(曜日ディレクター → PD(プログラムディレクター)、現バラエティー制作センター企画担当部長、前編成部主任 → バラエティー制作センター副部長兼チーフプロデューサー)、渡辺琢、小仲正重、明松功、松村耕平、古澤光広(木曜日 → 火曜日 → 木曜日)、
    • (金曜日):三宅恵介(初期ディレクター、山縣プロデューサー時代はAPを担当、現役員待遇ED兼チーフプロデューサー)、片岡飛鳥(1995年秋 - 1997年春頃までのディレクター、現バラエティー制作センター制作部長、前同センター企画担当部長)、及川俊明、大野三郎、黒木彰一、出口敬生
  • プロデューサー:
    • (初代):横澤彪(1982年10月4日 - 1987年9月30日までプロデューサーを担当 → 編成局ゼネラルプロデューサー → 退社、2011年1月8日逝去)
    • (2代目):佐藤義和(初期ディレクター → 1987年10月2日 - 1992年9月までプロデューサーを担当 → 演芸担当 → アーカイブセンター)
    • (同上):荻野繁(初期ディレクター → 1987年10月2日 - 1993年9月までプロデューサー(ディレクター兼務)を担当 → 山縣プロデューサー時代はチーフプロデューサー、現映像企画部長)
    • (3代目):山縣慎司(AD → ディレクター → 1993年10月 - 1994年9月までプロデューサーを担当 → 広報担当、いいともスタッフ隊、1994年10月 - 1995年9月はチーフプロデューサー、現視聴者センター所長)
    • (4代目):鈴木恵悟(AD → ディレクター → AP → 1994年10月 - 1995年9月までプロデューサーを担当 → ライツ開発局)
    • (5代目):荒井昭博(AD → 1990年秋 - 1995年9月ディレクター → 1995年10月 - 2002年6月までプロデューサーを担当 → 現編成制作局長、前編成部部長補佐 → 編成部長 → 編成制作局次長兼編成部長 → 編成制作局担当局長兼編成開発部長)
    • (6代目):坪田譲治(1995年10月 - 2002年春頃ディレクター → 2002年 - 2006年までプロデューサーを担当、現編成制作局編成業務センター部長)
  • チーフプロデューサー:
    • (7代目):石井浩二(曜日ディレクター → 2006年7月 - 2009年1月までプロデューサー → 2009年1月 - 2010年7月23日までチーフプロデューサーを担当、現編成制作局ドラマ制作センタープロデューサー)
    • (8代目):清水泰貴(2010年7月26日 - 2011年7月1日までプロデューサー → チーフプロデューサーを担当、それ以前はオブザーバーD・曜日ディレクターを担当)
  • 衣裳協力:D'URBAN[47]、MILANO COLLECTION SHOES、メイド・イン・ワールド、スラップショット、DOMON
  • 写真提供:アフロ(火曜日)、小澤忠恭(サンデー毎日 / 毎日新聞社、2011年9月1日)
  • 情報提供:情報通信研究機構(NICT)、国立天文台JAXA(水曜日)
  • 撮影:東洋撮影所ビデオセンター
  • 技術協力:八峯テレビフジテレビ V3スタジオお台場での生放送時)
  • 協力:ACCESS international、JOYSOUNDアフロ・フォトエージェンシー、オリオンプレス、モード学園(2011年9月1日)

[編集] 関連商品

[編集] 書籍

  • フジテレビ編『タモリの笑っていいとも! 世界にひろげよう友だちの輪ッ part1』(サンケイ出版、1983年、ISBN 4-383-02256-1
  • フジテレビ編『タモリの笑っていいとも! 世界にひろげよう友だちの輪ッ part2』(サンケイ出版、1983年、ISBN 4-383-02274-1
  • フジテレビ編『タモリの笑っていいとも! 世界にひろげよう友だちの輪ッ part3』(サンケイ出版、1983年、ISBN 4-383-02287-1
  • フジテレビ編『タモリの笑っていいとも! 世界にひろげよう友だちの輪ッ part4』(サンケイ出版、1984年、ISBN 4-383-02311-8
  • フジテレビ編『タモリの笑っていいとも! 世界にひろげよう友だちの輪ッ part5』(サンケイ出版、1984年、ISBN 4-383-02320-7
  • フジテレビ編『タモリの笑っていいとも! 世界にひろげよう友だちの輪ッ part6』(サンケイ出版、1984年、ISBN 4-383-02332-0
  • 笑っていいとも!殺人事件 名探偵タモリ誕生する(サンケイ出版、1986年3月、ISBN 978-4383024662
  • タモリ、笑福亭鶴瓶『タモリ鶴瓶のおぼえてるでェ!』、(フジテレビ出版、1987年、ISBN 4-594-00180-7
  • タモさん、トコさんの金言・格言色紙でどうじょ!(ベストセラーズ、1989年1月、ISBN 978-4-584-00681-8
  • タモさん、トコさんの金言・格言色紙でどうじょ! Part2(ベストセラーズ、1989年6月、ISBN 978-4-584-00697-9
  • タモリの、ダウンタウンも世紀末クイズ それ絶対やってみよう(フジテレビ出版、1990年、ISBN 4594008264
  • タモリ・ウッチャンナンチャンの世紀末クイズ それ絶対やってみよう(フジテレビ出版、1991年8月、ISBN 978-4-594-00793-5
  • タモリの、ダウンタウンも世紀末クイズ それ絶対やってみよう2(フジテレビ出版、1991年12月、ISBN 978-4-594-00854-3
  • タモリ・ウッチャンナンチャンのダウンタウンもみんないっしょに世紀末クイズ それ絶対やってみよう3(フジテレビ出版、1992年4月、ISBN 978-4-594-00925-0
  • 笑っていいとも!編『タモリの世紀末伝説 関根くん家とマチャミん家のおかしな人々』フジテレビ出版、1993年12月、ISBN 978-4-594-01321-9
  • 世紀末ゲーム 爆笑!オールスタータモリンピック(フジテレビ出版、ISBN 978-4-594-01080-5、1992年11月)
  • 笑っていいとも!あー(学研ISBN 978-4-05-400933-2、1997年11月)
  • LOVE LETTERS すばらしいラブレターの世界(ワニブックスISBN 978-4-8470-3269-1、1997年12月)
  • 森田一義アワー 笑っていいとも! 秘密のつながりグランプリ(興陽館ISBN 978-4-87723-128-6、1998年12月)
  • 森田一義アワー 笑っていいとも! インスタントイングリッシュ〜おばちゃん海外輸出計画〜(フジテレビ出版・扶桑社出版、ISBN 4-594-02711-3、1999年5月30日)
  • 森田一義アワー 笑っていいとも!「Mr.ビジョアル」写真集(ISBN 978-4-83425-203-3集英社・ホーム社、1999年6月17日)
  • 森田一義アワー 笑っていいとも!超変身ビフォー・アフターコンテスト(ISBN 978-4-59-402907-4、フジテレビ出版、2000年5月)
  • 科学実験で笑っていいとも!(学研マーケティング(学研M文庫)、ISBN 978-4-05-902015-8、2000年11月)
  • 森田一義アワー 笑っていいとも! 曜日対抗いいとも選手権!!BESTゲーム集88(河出書房新社、ISBN 978-4-309-26596-4、2002年10月20日)
  • 目指せ!達筆王〜すぐに上達する132のコツ〜(扶桑社ISBN 4594051138、2006年3月23日)
  • 私服だらけの『中居正広増刊号』〜輝いて〜(扶桑社、ISBN 9784594060183、2009年8月18日)
  • 恋していいとも!あるある川柳(扶桑社刊、ISBN 978-4-594-06270-5、2010年9月17日) ほか多数。

[編集] ゲームソフト

[編集] 関連グッズ

  • フジテレビ本社屋7階「エフアイランド」はじめ、東京駅東名道海老名SA上り線などにあるフジテレビショップでは、上記に紹介した書籍(絶版除く)や「青汁まんじゅう」など、いいとも!関連グッズを販売している。

[編集] 関連CD

[編集] 脚注・出典

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  1. ^ a b 地上アナログ放送ではモノラル放送で放送された。
  2. ^ 番組生放送終了の正確な時間は12:58:00。
  3. ^ これは本番組開始以前、深夜番組を中心に活動していたタモリのイメージチェンジを図る一環によるもの。しかし、他の出演者からは「タモリさん」「タモさん」と呼ばれることがほとんどで、各曜日日替わりコーナー内でもほぼ“タモリ”名義である(「森田」「森田一義」が使用されることもある)。
  4. ^ トークがなかった頃は、13:00 - 13:30に同じスタジオアルタで生番組『ライオンのいただきます』(後の『ライオンのいただきますII』、現・『ライオンのごきげんよう』)が引き続き放送されており、基本的に『いいとも!』とセットで観覧することとなっていた。
  5. ^ 当番組が収録されているスタジオアルタの正面玄関前から5秒間中継、又はスタジオアルタの屋上にあるお天気カメラから新宿駅前を5秒間中継を入れ、スタジオアルタスタジオ内へと切り替わる。ただし、天候やオープニング企画など内容の都合で最初からスタジオ内のセンターのカメラから映像を始める場合もある。
  6. ^ たまに、この『各曜日レギュラーコーナー(1)』が開始される前にタモリと各曜日レギュラー陣のオープニングトークがある
  7. ^ また、毎年夏に生放送されている『FNSの日』内の『笑っていいとも!増刊号生スペシャル』がある場合は金曜日に「それじゃあ、また日曜日も見てくれるかな?」や毎年、年末に生放送されている『笑っていいとも!特大号』がある場合は当日の放送で「それじゃあ、今夜も見てくれるかな?」と聞く場合がある。
  8. ^ a b c d e f g h i j k l m n (2)の各曜日レギュラーコーナーが延長し、(3)のコーナーがなくなる場合がある。
  9. ^ (1)の各曜日レギュラーコーナーが延長し、(2)のコーナーがなくなる場合がある。
  10. ^ (3)の各曜日レギュラーコーナーが延長し、(4)のコーナーがなくなる場合がある。
  11. ^ a b c d e f g h i (3)の各曜日レギュラーコーナーのみ行い、(2)の各曜日レギュラーコーナーを行わない場合もある。(2)・(3)の各曜日レギュラーコーナーを入れ替えて行う場合もある。
  12. ^ タモリを含む全曜日レギュラー陣が登場。オープニングからは全員が変装をして登場した。
  13. ^ 2003年1月15日生放送分オープニング部分では「ギネスブックに載った喜びを小泉首相(当時)に伝えたい」とタモリが言っていたために、小泉の秘書官である飯島勲電話したところ、ちょうど隣に小泉がいて電話で生出演、小泉はこの番組が生放送だと知らなかったことを明かし、「5000回おめでとうございます。私にはとても無理。500日くらいかな」と自分の任期と比べた発言をした。最後にタモリから「これを機会に一緒にお食事でも」と持ちかけられると、「いいとも!」とお約束の言葉で締めた
  14. ^ 日刊ゲンダイ 2011年10月18日号 20世紀のスキャンダル史より
  15. ^ 過去には出演者全員をハワイに招待し、一週間だけ番組をハワイから生放送をした。その他、国際スポーツフェア会場(国立代々木競技場)や1987年に開催されたフジサンケイグループのイベント『夢工場』の晴海会場、さらには一度だけタモリの地元である福岡から生放送をしたこともある。
  16. ^ 番組第1回放送日当日の新聞ラテ欄によると、「タモリのフランス料理教室」というサブタイトルで、「即興エンタテイナー・タモリ」という紹介文があった。
  17. ^ http://www.fujitv.co.jp/iitomo/ustream/index.html
  18. ^ “横澤彪さんを悼む 山藤章二、嵐山光三郎、タモリが語った秘話”. ZAKZAK. (2011年1月11日). http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20110111/enn1101111618011-n1.htm 
  19. ^ 今日のいいともニュース”. 笑っていいとも!資料室 (2011年3月21日). 2011年3月22日閲覧。
  20. ^ “10日ぶり「いいとも」復活 元気届ける”. サンケイスポーツ. (2011年3月22日). http://www.sanspo.com/geino/news/110322/gnj1103220506002-n1.htm 2011年3月22日閲覧。 
  21. ^ a b 「笑っていいとも」放送終了について”. テレビ山口 (2011年3月25日). 2011年3月27日閲覧。
  22. ^ 2011年3月21日から25日まではテレビ山口での放送が最終週、仙台放送での放送が休止(21日は福島テレビでも放送休止)となったほか、また3月11日に青森テレビでの放送が報道特別番組で休止となったため、30局ネットは実質上3月10日を以て最後となった。
  23. ^ テレビ山口における本番組終了と同時に、山口県は1993年4月 - 1997年3月までの山形県以来となるフジテレビ系帯番組が一切放送されない唯一の県となった(フジテレビ系列局が所在しない山梨県と徳島県では本番組は未ネットだが、本番組の直後番組である『ライオンのごきげんよう』は時差ネットしている)。
  24. ^ 以前は青→オレンジ色→ピンク→黄色の順で変わっていた。
  25. ^ 後者は景山民夫との対談集『極楽テレビ』より。また、前番組『笑ってる場合ですよ!』が18歳未満の応募も受け付けていた結果、早い段階で飽きられてしまったからという説もある。
  26. ^ 当時の新聞のテレビ欄における表記は「友達の輪スペシャル」。
  27. ^ なお、ATVでは政治関係や重大事件等が発生した場合、夕方にも「JNN報道特番」が組まれる場合が多い為、番組が休止されることの方が多い。
  28. ^ ATVでは17:00⇒16:00⇒17:00⇒16:50⇒16:45と放送時間移動。2010年3月26日までATVでは16:50から17:50の放送だったが、「Nスタ」のJNN協定適用枠が17:45からに設定されたためこの時間に移動した。
  29. ^ ただし、ATVでは緊急・重大ニュース等で「JNNイブニング・ニュース総力報道!THE NEWSNスタ」(TBS系列)が枠拡大される場合は休止され、祝祭日の放送は休止される場合もある。その場合でも隣接地域のFNS系列局直接受信可能地域やFNS系列局の再送信を行っているケーブルテレビ局の加入世帯での視聴は可能)。2006年10月9日体育の日の放送は、青森テレビでは15:15から16:15に放送した(北朝鮮の核実験の関連報道は関係なかった)。
  30. ^ 1990年9月28日まで、当時は12:00からNNN系列の番組を開局時よりネットしていたため、しかし長崎県の一部の地域ではテレビ西日本サガテレビテレビ熊本で見られた。
  31. ^ テレビ岩手はNNSマストバイ局、高知放送はNNS非マストバイ局。
  32. ^ 山形テレビのネットチェンジ直後の当該枠の番組は『人間探検!もっと知りたい!!』になったものの、皮肉にも山形テレビにおける本番組終了の2日後に終了したため、当該週の平日正午台の番組に(終)マークが2回もつく事態となった(『おはよう!ナイスデイ』 → 『モーニングショー』も同様)。
  33. ^ 「フジテレビ」のロゴフォントは、1982年10月〜1986年3月までは亀倉雄策作による旧ロゴが使われ、1986年4月以降は現在も使用されているフジサンケイグループ統一ロゴフォント(馬場雄二作)が使われた。
  34. ^ 2008年4月から実施
  35. ^ 2003年11月3日から実施
  36. ^ 冒頭30秒のみ実施
  37. ^ とはいえ、オープニングがタモリのトークのみだった初期の頃は、フジテレビでは「いいともー!」と言い終わってから、情報カメラ映像をバックに提供クレジットを出す形であったため、関西テレビでも掛け声を聞くことができた。
  38. ^ 2006年10月から2007年3月まで水曜日のコーナーだった「客席アンケート 答え全部出せるかな」でタモリが「3つ間違ったら、コマーシャルとコマーシャルの間に躍らせるぞ」と言っていた部分。また過去には、水曜日に太田光(爆笑問題)が名曲を熱唱する「太田ヒットスタジオ」の部分でもあった。
  39. ^ 一時期ノンスポンサーとなり、現在の関西テレビ同様に背景のみという形になっていた
  40. ^ 当時、系列局では、CMを挟んで提クレ・次回予告という構成。
  41. ^ 構成作家陣は、以前、各曜日に4〜5名に固定されていたが、2009年4月頃から3〜4名に固定された。4・7・10月の番組改編時期にはスタッフの曜日内の異動が度々ある(主に構成作家陣、プロデューサーチーフプロデューサーなど)。
  42. ^ 2011年4月よりブレーンが初めて出来た。
  43. ^ クレジットでは「棈木陽次」の「棈」の「靑」の字が新字体の「青」となっている。
  44. ^ 月曜日 → 金曜日
  45. ^ 水曜日 → 金曜日 → 火曜日 → 金曜日 → 月曜日、2008年9月22日まで担当
  46. ^ 月曜日 → 火曜日 → 月曜日
  47. ^ 当時は、ロゴマークではなくカタカナ表記だった。

[編集] 関連項目


[編集] 外部リンク

フジテレビ系列 平日12時台
前番組 番組名 次番組
笑ってる場合ですよ!
(1980.10.1 - 1982.10.1)
森田一義アワー 笑っていいとも!
(1982.10.4 - )
-----
フジテレビ 平日12:55 - 13:00枠
生活美人
(1983.4 - 1984.3)
森田一義アワー 笑っていいとも!
(1984.4 - )
【5分拡大して継続】
-----
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