ボビー・ヘブ

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Bobby Hebb.png

ボビー・ヘブBobby Hebb、1938年1月26日 ‒ 2010年8月3日)[1]はアメリカ人のR&B/ソウル歌手・ピアニスト・作曲家。

1966年のヒット『Sunny』で知られる。

生涯[編集]

Robert Von Hebbとしてナッシュヴィルに生まれた。両親WilliamとOvallaは盲目の音楽家だった。[2] ボビーが三歳、兄Haroldが9歳の時にナッシュヴィルで歌・ダンスのチームとして活動を始める。

カントリー音楽のプロデューサーオーウェン・ブラッドレイのテレビ番組に出演し、ロイ・エイカフに認められ、[2]Acuffのバンドでスプーンなどの楽器を担当するようになる。その後Johnny Bragg and the Marigoldsのメンバーとなる。

ボ・ディドリーの『Diddley Daddy』のバック・コーラスを担当した。

アメリカ海軍バンドで西海岸スタイルのトランペットを吹き、ミッキー&シルビアのミッキー・ベイカーと交代した。[2]

『サニー』誕生[編集]

1963年11月28日、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺の翌日、兄Haroldがナッシュヴィルのナイトクラブでナイフの喧嘩で殺された。ヘブは憔悴し、作曲に慰めを求めた。こうして生まれたのが『Sunny』である。と言われるが、本人によると、その時はジェラルド・ウィルソンのアルバム『You Better Believe It!』に癒されたとのことである。

"Sunny"はニューヨークで録音され1966年にシングル発売、R&Bで三位、ポップで2位、イギリスで12位。[3][4][2]1966年にビートルズとツアーした時には"Sunny"はビートルズのシングルよりも売れていた。BMIは"Sunny"を「世紀の100曲」の25位とした。1976年、ディスコ・バージョンの『Sunny '76』を発表、R&Bで94位。

その後[編集]

"A Satisfied Mind"は1966年にポップNo. 39、R&B No. 40のヒット、"Love Me"は1967年にNo. 84となった。[3]

ルー・ロウルズの1971年のヒット"A Natural Man"をコメディアンのサンディ・バロンと共作。

"Sunny"の6年前にはロイ・エイカフの"Night Train to Memphis"をカバーし、ニューヨークでトップ50となっていた。

1972年、シングル"Love Love Love"はイギリスでNo. 32となった。[4]

35年後、That's All I Wanna Knowを録音発表。1970年にLove GamesをEpicレコードから発表して以来だった。

2008年10月に日本の大阪と東京で演奏した。

[編集]

故郷のナッシュヴィルで暮らした。2010年に72才で肺がんで死去。[5]

『サニー』をカバーした人たち[編集]

参照[編集]

  1. ^ Lenta.ru
  2. ^ a b c d e Murrells, Joseph (1978). The Book of Golden Discs (2nd ed.). London: Barrie and Jenkins Ltd. p. 205. ISBN 0-214-20512-6. 
  3. ^ a b Whitburn, Joel (2003). Top Pop Singles 1955-2002 (1st ed.). Menomonee Falls, Wisconsin: Record Research Inc.. p. 309. ISBN 0-89820-155-1. 
  4. ^ a b Betts, Graham (2004). Complete UK Hit Singles 1952-2004 (1st ed.). London: Collins. p. 350. ISBN 0-00-717931-6. 
  5. ^ Bobby Hebb, singer of 1966 hit "Sunny", dies at 72”. Associated Press story. MSNBC (2010年8月3日). 2010年8月3日閲覧。
  • Cooper, Daniel (1998). "Bobby Hebb". In The Encyclopedia of Country Music. Paul Kingsbury, Editor. New York: Oxford University Press. p. 235.

外部リンク[編集]