第1世代移動通信システム

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第1世代移動通信システムだいいちせだいいどうつうしんシステム)は、初めて実用化されたアナログ方式の携帯電話に採用されている通信システムのこと。通信速度14.4kbps。

概要[編集]

日本ではNTT大容量方式TACS等のFDD-FDMA-FM方式が、アメリカではAMPSが、ヨーロッパではNMTが、それぞれ用いられた。

一般的に英語の「1st Generation」から、「1G(いちジー、ワンジー)」などと略される。

日本では2000年9月のTACS方式のサービス終了に伴い(NTT大容量方式は1999年3月で終了)、第1世代携帯電話のサービスは終了してデジタル携帯電話サービス第2世代移動通信システム以降の世代)に一本化されたが、アメリカ等では現在でも利用者が多い。

日本[編集]

日本では、当初日本電信電話公社NTT大容量方式(いわゆる、アナログムーバ)にて自動車電話サービスを開始し、800MHz帯を割り当てられ、サービスを開始したのが始まりである。

その後、電電公社の民営化で、日本電信電話のサービスとなり、分社化でエヌ・ティ・ティ移動通信(後に、エヌ・ティ・ティ移動通信網→グループ分社化により、いわゆるドコモグループ9社)のサービスとなった。

1985年に、新規参入事業者1社の参入が認められ、トヨタ自動車を中心とする日本移動通信 (IDO) と京セラを中心とする第二電電 (DDI) の競合の結果、東名地区がIDO、それ以外の地区がDDIの参入が認められ、各地域でDDIセルラーグループ8社に分割し、IDO・DDIセルラーグループ8社とも、電力会社10社(IDOエリアは東電と中電、DDIセルラーグループは、静岡県東部や福井県の一部などの例外を除き、各電力会社のエリアとほぼ同一に分布)との共同出資の形で立ち上げたが、IDOはNTT大容量方式(いわゆる、HICAP)、DDIセルラーがTACSを採用したため、全国での利用が出来ず、IDOについては自社エリア外ではNTT→ドコモグループのエリアへローミングする形を取っていた。

その後、IDOでもTACSを採用したため、DDIセルラーグループの顧客も全国利用が可能となったが、このときの名残が、後に第2世代移動通信システムであるPDCを全事業者で導入した際に、IDO利用者がIDOエリア外でのドコモのデジタルムーバローミング、DDIセルラーグループ利用者がIDOエリアでのドコモのデジタルムーバローミングが可能になるという状況になっていた。

日本国外各国[編集]


関連項目[編集]