アントン・チェーホフ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 文学 |
|---|
![]() |
| ポータル |
| 各国の文学 記事総覧 |
| 出版社・文芸雑誌 文学賞 |
| 作家 |
| 詩人・小説家 その他作家 |
| お知らせ |
| このテンプレートの解説ページができました。使用されるべき記事が決まりましたので一度ご確認ください。 |
アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ[1](ロシア語:Антон Павлович Чеховアントーン・パーヴラヴィチュ・チェーハフ;ラテン文字転写の例:Anton Pavlovich Chekhov、1860年1月29日 - 1904年7月15日)はロシアを代表する劇作家であり、短編小説家である。タガンローグに生まれ、ドイツのバーデンワイラーで療養中に亡くなった。
目次 |
[編集] 生涯
アントン・チェーホフは、父パーヴェル・エゴーロヴィチ・チェーホフと、母エヴゲーニヤ・ヤーコヴレナ・チェーホワの3男として生まれた。兄にアレクサンドル、ニコライ、弟にイヴァン、ミハイル、妹にマリヤがいる。
1884年にチェーホフは医師としての資格を得たが、ほとんど診療行為を行なっていない。(医師の活動は無料でおこなっていて、収入の大半は劇作家としての収入であったとする説もある)医学を実践するかわりに彼は数百を数える自らの小説の中で、病気を診断するようなアプローチで日常の生活を観察した。
モスクワ芸術座で成功を収めた『かもめ』の後、チェーホフは三つの戯曲『ワーニャ伯父さん』『三人姉妹』『桜の園』を書いた。1901年にチェーホフは同劇場の女優、オリガ・クニッペル(1870年-1959年)と結婚した。
演劇における自然主義の波はヨーロッパ全体を席巻し、1898年のロシアにおいてその芸術的高みに達した。この年、モスクワ芸術座(後のモスクワアカデミー芸術座)が結成された。モスクワ芸術座の名はチェーホフの名と同義になった。地主階級の日常生活をとりあげたチェーホフの作品は、その時代を数年先取りした繊細で私的なリアリズムを達成していた。モスクワ芸術座の演出家、コンスタンティン・スタニスラフスキーは、20世紀演劇におけるもっとも影響力のある理論家となったのである。
チェーホフは裕福な新聞社経営者 A.S.スヴォーリン に同行して西ヨーロッパを訪れた。スヴォーリンはチェーホフの作品多数を出版していた。二人の長く親密な友人関係は、チェーホフがやや一般受けしない原因にもなった。スヴォーリンの新聞『ノーヴォイェ・ヴレーミャ』(『新時代』)は政治的には反動の性格を帯びていたのである。
サハリンまで旅行をしたことがあり、サハリンでは日本の外交官と交流があった。 チェーホフは結核で死亡し、現在はノヴォデヴィチ墓地に葬られている。
[編集] 評価
アントン・チェーホフはロシア最大、おそらくは世界でも有数の巧みな小説作家である。また最晩年の四作品である戯曲『かもめ』、『三人姉妹』、『ワーニャ伯父さん』、『桜の園』の作者として、伝統的な戯曲と対照を成す新たな領域を切り開いた劇作家でもある。これらの戯曲や小説の与えたインパクトは多く暗示と巧みなアンチクライマックス(遁辞法)による。
19世紀末にチェーホフは短編小説に革命を起こした。チェーホフのように第一線で小説を絶えず発表した作家はいなかった。チェーホフはしばしばギ・ド・モーパッサンと比較されるが、チェーホフは伏線を計算して配置するプロットを凝らした小説にはあまり関心をもたなかったとされる。チェーホフの小説では実際のところほとんど何も起こらない。登場人物とその生活が前面に出てくるのである。モーパッサンが出来事に焦点を当てたのに対し、チェーホフは人物に目を注いだといえる。
典型的なチェーホフの話は外的な筋をほとんどもたない。物語の中心はしばしばある登場人物の内側に起こることにあり、この物語は示唆により、あるいは意義深いディテールにより、間接的に担われる。しばしばいわれることであるが、チェーホフの小説や劇においては何も起こらない。しかしチェーホフは内面のドラマを展開させる独自の技をもっており、それで目立った事件が起こらないことは十分に埋め合わされている。チェーホフが主に扱う主題は労働と愛であるが、登場人物たちはどちらにも関心を示さない。チェーホフの若い登場人物はたいがいが幻想に囚われており、年老いた登場人物は幻滅にさいなまされている。時間の経過がつねに関心の中心を占め、日常のささいなことや脱線、人生の意味の結局は失敗に終わる探求が取り上げられる。
チェーホフは象徴主義的な演劇を嫌っており、コンスタンティンの芝居を『かもめ』のなかでパロディー化している。同時に、チェーホフはモーリス・メーテルリンクから大きな影響を受けたとも告白している。チェーホフが影響を受けたもうひとりの劇作家はイプセンである。『野鴨』(これはチェーホフが気に入っていた作品のひとつである)なしには『かもめ』は現在あるようなものにはならず、それどころか全く書かれなかったかもしれないのである。
[編集] 死後の影響
死後ロシア文学界ではチェーホフの評価は高かったものの、第一次世界大戦最中、コンスタンス・ガーネットによって作品が英訳された後も国際的な評価は低かった。
しかしチェーホフの評論家の鋭い分析に挑む挑戦的な文学スタイルで、1920年代からイギリスではチェーホフの戯曲が人気を博し、今日ではイギリス演劇の代表的なものとなっている。またアメリカ演劇界は写実的な演劇を上演するスタニスラフスキーの演出技巧の影響を経た後、それに遅れるような形でチェーホフの影響が次第に強くなってくる。テネシー・ウィリアムズやアーサー・ミラー、クリフォード・オデッツなども好んでチェーホフの技法を用いている。
イギリスの演劇作家であるマイケル・フレインは、チェーホフのおどけた家族が見る社会に焦点を置いて描く作風に影響を受けた作家としてよく挙げられる。短編作家の多くも同じように少なからず、チェーホフの影響は受けている。その代表格としてキャサリン・マンスフィールドやジョン・チーヴァーがいる。またアメリカの作家のレイモンド・カーヴァーもチェーホフのミニマリズム的な散文に影響を受けているし、イギリスの短編作家のV・S・プリチェットもチェーホフの作品から影響を受けている。以上のことを見ても、チェーホフは様々な作家に多大な影響を与えていることが分かる。
またチェーホフの作品を元に制作された映画では、エミーリ・ロチャヌーの『My Tender and Affectionate Beast』(1978年)や、ニキータ・ミハルコフとマルチェロ・マストロヤンニの合作の『Dark Eyes』(1987年)、ルイ・マルの『Vanya on 42nd Street』(1994年)、アンソニー・ホプキンスの『August』などがあり数え上げればきりがない。
[編集] 作品
[編集] 戯曲
- That Worthless Fellow Platonov (c.1881年) - one act
- On the Harmful Effects of Tobacco (1886年, 1902年)
- イワーノフ (1887年) - 四幕
- 熊 (1888年) - 一幕
- 結婚申し込み (c.1888年-1889年) - 一幕
- 森の精 (1889年) - four-act comedy
- かもめ (1896年)
- ワーニャ伯父さん (1899年-1900年) - 『森の精』の改作
- 三人姉妹 (1901年)
- 桜の園 (1904年)
[編集] ノンフィクション
- A Journey to Sakhalin (1895年), including:
[編集] 短編小説
以下の作品の多くは、「アントーシャ・チェホンテ」の筆名で書かれている。
- "陰謀" (1879年-1884年) - nine stories
- "咲き遅れた花" (1882年)
- "The Swedish Match" (1883年)
- "Lights" (1883年-1888年)
- "牡蠣" (1884年)
- "Perpetuum Mobile" (1884年)
- "Motley Stories" ("Pëstrye Rasskazy") (1886年)
- "Excellent People" (1886年)
- "Misery" (1886年)
- "The Princess" (1886年)
- "The Scholmaster" (1886年)
- "A Work of Art" (1886年)
- "Hydrophobia" (1886年-1901年)
- "The Beggar" (1887年)
- "The Doctor" (1887年)
- "Enemies" (1887年)
- "The Examining Magistrate" (1887年)
- "幸福" (1887年)
- "接吻" (1887年)
- "On Easter Eve" (1887年)
- "Typhus" (1887年)
- "Volodya" (1887年)
- "The Steppe" (1888年) - won the Pushkin Prize
- "An Attack of Nerves" (1888年)
- "An Awkward Business" (1888年)
- "美女" (1888年)
- "白鳥の歌" (1888年)
- "睡い" (1888年)
- "The Name-Day Party" (1888年)
- "憂鬱な話" (1889年)
- "グーセフ" (1890年)
- "泥棒" (1890年)
- "決闘" (1891年)
- "Peasant Wives" (1891年)
- "六号室" (1892年)
- "In Exile" (1892年)
- "The Grasshopper" (1892年)
- "隣人" (1892年)
- "恐怖" (1892年)
- "妻" (1892年)
- "The Butterfly" (1892年)
- "The Two Volodyas" (1893年)
- "An Anonymous Story" (1893年)
- "黒衣の僧" (1894年)
- "The Head Gardener's Story" (1894年)
- "ロスチヤイルドのヴァヰオリン" (1894年)
- "学生" (1894年)
- "文学教師" (1894年)
- "女の王国" (1894年)
- "三年" (1895年)
- "アリアードナ" (1895年)
- "殺人" (1895年)
- "屋根部屋のある家" (1896年)
- "わが生活" (1896年)
- "郷里で" (1897年)
- "百姓" (1897年)
- "馬車で" (1897年)
- "箱の中の男", "Gooseberries", "About Love" - the 'Little Trilogy' (1898年)
- "ヨヌイチ" (1898年)
- "往診" (1898年)
- "新らしき別荘" (1898年)
- "職務" (1898年)
- "The Darling" (1899年)
- "犬を連れた奥さん" (1899年)
- "聖期祭" (1899年)
- "谷間" (1900年)
- "The Bishop" (1902年)
- "賭" (1904年)
- "いいなずけ" or "A Marriageable Girl" (1903年)
- "カメレオン(チェーホフ全集)(1884年)
[編集] 長編小説
- 狩場の悲劇(1884年-1885年)
[編集] 脚注
- ^ チェホフとも表記された時期があった。また初期にはアントーシャ・チェホンテなどのペンネームを用いていた。
[編集] 関連文献
- ※「作品」以外に、版元での品切絶版は多数ある。
[編集] 作品訳書
- 神西・原・池田編 『チェーホフ全集』(全16巻 中央公論社) ※新版も刊行。品切
- 松下裕訳 『チェーホフ全集』(全12巻筑摩書房)-ちくま文庫でも刊行。各品切
- 松下裕訳 『チェーホフ短篇集』 ちくま文庫 2009年8月に新版刊行
- 松下裕訳 『チェーホフ・ユモレスカ』全3巻(新潮社)- 1.2は、新潮文庫でも刊行。
- 松下裕訳『チェーホフ小説選』、『チェーホフ戯曲選』(水声社)
[編集] 回想ほか
- オリガ・クニッペル 池田健太郎訳編 『夫チェーホフ』(麦秋社)
- 牧原純ほか編訳 『チェーホフ・クニッペル往復書簡』(全3巻、麦秋社)
- マリヤ・チェーホフ 牧原純訳 『兄チェーホフ 遠い過去から』(未來社、新版が筑摩叢書:筑摩書房)
- 池田健太郎編訳 『チェーホフの思い出』(中央公論社) -近親者たちの回想。
- ウラジーミル・ギリャロフスキー 村手義治訳『帝政末期のロシア人』(中央公論社、新版が中公文庫 1990年)。
- ※「チェホンテ」のペンネーム時代から晩年までの交流の回想がある。
- リジヤ・アヴィーロワ 尾家順子訳『私のなかのチェーホフ』(群像社ライブラリー14)
- リディア・アヴィーロワ 小野俊一訳『チェーホフとの恋』(未知谷) -同著の別訳。
- ペーター・ウルバン編 谷川道子訳『チェーホフの風景』(文藝春秋) -写真多数の大著。
[編集] 伝記研究
- アンリ・トロワイヤ 村上香住子訳 『チェーホフ伝』(中央公論社 のち中公文庫)
- 原卓也編 『チェーホフ研究』(中央公論社) 全集別巻
- 松下裕 『チェーホフの光と影』(筑摩書房)
- セルゲイ・ザルイギン 岩田貴訳 『わがチェーホフ』(群像社)
- 牧原純 『北ホテル48号室 チェーホフと女性たち』 (未知谷) -著者は他に2冊刊行。
- ※各、同社のチェーホフ・コレクションの1冊、他に作品が10数冊訳されている。
- 浦雅春 『チェーホフ』(岩波新書)
- 佐藤清郎 『チェーホフへの旅』 (筑摩書房)※同書房で他に3冊刊行。
- 佐藤清郎訳編『チェーホフの言葉』(弥生書房) - アフォリズム集。
- ロジェ・グルニエ 山田稔訳 『チェーホフの感じ』(みすず書房)
- 山田稔編 神西清ほか訳 『チェーホフ短篇と手紙』(大人の本棚・みすず書房)
- 佐々木基一 『私のチェーホフ』(講談社、のち講談社文芸文庫)
- 阿刀田高 『チェーホフを楽しむために』(新潮社 のち新潮文庫)
- 『文芸読本 チェーホフ』(河出書房新社) - 作家論集と短編・戯曲。
[編集] 関連項目
- アレクサンドロフスク・サハリンスキー-サハリン州の西海岸の都市
- チャイカ ロシア語で「かもめ」のこと
- 神西清 戦前から訳・研究は著名。
- 池田健太郎 研究書刊行
- 原卓也 3人は中央公論社版全集の訳者
- 小笠原豊樹 訳者、新潮文庫
- 木村彰一 訳者、講談社ほか
- 中村喜和 訳者、「チェーホフ・コレクション」の訳者の一人
- 渡辺守章 フランス語訳を元に演出した。
- 小田島雄志 劇作品を訳した、蜷川幸雄演出。白水社
- 沼野充義 訳者『かもめ』、『すばる』掲載。
- 宇野重吉 名優で演出家でも著名
- 千田是也 俳優座主宰
- 湯浅芳子 戦前の訳者
[編集] 外部リンク
- eTexts of Chekhov's works, at Project Gutenberg
- チェーホフの主要著作(ロシア語)
- Official Web Site of the City of Taganrog, "Birthplace of Anton Chekhov"
- チェーホフの短編小説「たわむれ」を読む
- チェーホフ アントン:作家別作品リスト(青空文庫)


