イノセンス
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| イノセンス | |
|---|---|
| 監督 | 押井守 |
| 製作 | 石川光久 鈴木敏夫 |
| 脚本 | 押井守 |
| 出演者 | 大塚明夫 田中敦子 山寺宏一 大木民夫 仲野裕 |
| 音楽 | 川井憲次 |
| 主題歌 | 伊藤君子 |
| 配給 | 東宝 |
| 公開 | 2004年3月6日 |
| 上映時間 | 100分 |
| 製作国 | 日本 |
| 言語 | 日本語 |
| IMDb | |
『イノセンス』 (INNOCENCE) は、押井守監督の日本のアニメーション映画。2004年3月6日に全国東宝洋画系で公開された。Production I.G、徳間書店、日本テレビ、電通、ディズニー、東宝、三菱商事の提携作品。キャッチコピーは「イノセンス、それはいのち」(糸井重里)。
1995年公開のアニメーション映画、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の続編にあたる。
2004年、第25回日本SF大賞受賞。第57回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。これは日本のアニメ映画として史上初である。
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。
目次 |
[編集] あらすじ
草薙素子(通称「少佐」)の失踪から4年後の2032年、少女型の愛玩用アンドロイド(女性型なので正確にはガイノイド)「ロクス・ソルス社製 Type2052 “ハダリ(HADALY)”」が原因不明の暴走を起こし、所有者を惨殺するという事件が発生した。被害者の中に政治家や元公安関係者がいたことから公安9課で捜査を担当することになり、公安9課のメンバーであるバトーは、新しい相棒のトグサとともに捜査に向かう。
[編集] 解説
押井守の約9年ぶりのアニメーション監督作品。作品名は当初『攻殻機動隊2』だったが、プロデューサー鈴木敏夫の提案により『イノセンス』となった[要出典]。主題歌として「Follow Me」を提案したのも鈴木である[要出典]。
前作で失踪した草薙素子(くさなぎ もとこ)の代わりにバトーが主役となっている。ストーリーの下地となっているのは、漫画『攻殻機動隊』の第6話「ROBOT RONDO」。
原作および前作のタイトルでもある『攻殻機動隊』シリーズとは電脳化・義体化などの基本設定など、切っても切り離せない関係にあるが、国内展開上は『攻殻機動隊』シリーズの新作である事は意図して強調されず、ほぼ独立した作品かのようにプロモーションがなされた。物語展開上、前作『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の経緯が前日談としてあるため、難解とされる本作の内容以前に、前提である物語・設定を知らずに初めて観た観客にはいささか不親切であり、さらに理解の困難を招いたという評価もある。なお、DVDには前作等についての説明映像があり、それが本編前に流れる仕様になっているものもある。
アメリカのメジャー映画会社は、『イノセンス』製作にあたって押井との交渉の席で、大衆受けを狙わない姿勢や、話を聞くだけではにわかに理解できない作品内容について難色を示した。それでも説得のため熱弁を振るう押井に、幹部全員が退いてしまい資金捻出を渋ったという。しかし、前作『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』がアメリカでヒットしていた事もあり、一定の興行収入を得られるとみた映画会社は、『GHOST IN THE SHELL 2』と明記することを条件として最終的に契約を結んだ。
プロデューサーの鈴木敏夫は、本作のメインキャストに大物俳優を起用を立案していて、草薙素子役には山口智子を挙げていた。しかし、押井と山口の反対により、田中敦子が続投した。
また、DVD発売時のTVCMには、本作品に出演していない藤原竜也と宮崎あおいが起用されている。
[編集] 映像
押井守は『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の際に既にアニメ映画の方法論は決したとして、アニメをこれ以上作ろうとは考えていなかったが、『Avalon』でアニメの方法論を実写に取り込み、実写の方法論をアニメに持ち込んでこの映画を制作しようと考えた。即ち、3Dでモデリングされた空間にカメラを持ち込み、それを切り出して(ロケーション・ハンティング)映像を制作しようと考えたのである。
だが、3D担当者はそれは不可能であると言い、テスト段階のコンビニエンスストアのシーンにおいて、想像以上のデータ量の前にその目論見は崩れ去った。現に公開されたものでもこのシーンは分割してレンダリングしたものを後に合成するという方法でレンダリング時間を短縮している。本編映像、特に中盤の大祭のシーンは、カメラマップと呼ばれる手法を利用した映像となっている。
また、アニメはキャラクターをセルで描くため、画面をセル画が占拠すると画面内の情報量が失われがちだが、江面久を筆頭とするエフェクトチームがAfterEffects等を駆使してそれに対処し、処理速度が停滞すればPower MacG5の大量導入でこれに対処した。
以上の紆余曲折もあり、アニメ映画では初めて、全編にわたってDomino[1]による映像処理が施されたが、それによってセル画が浮いて見えるという評価もあった。これについて押井守は認識していたが、CGによって描きこまれたディテールを損なうフィッティングをあえて行わなかった事を後のインタビュー[要出典]で述べている。ちなみに、IMAXシアターで公開された際にはオープニングのガイノイドの眼球に表示される文字列など細部を見る事ができた[要出典]。
前作のコンピュータ画面が「緑」で統一されていたのに対し、今作では「橙」で統一されていたり、前作の舞台が「夏」に対して今作は「冬」と、映像に差別化が見られる。
[編集] 音響
以前より劇伴作曲家として押井作品に関わってきていた川井憲次による、本作の第2のメインテーマともいえる「傀儡謡」のコーラスは75人の民謡歌手を集め(前作では3人)、更にクライマックスに使用された傀儡謡ではコーラスを4回収録(延べ300人)し、それを同時に流す事によって音に厚みを持たせた。
劇中で使用されたオルゴールの曲は、予めオルゴールから機械録音しておいたものを、大谷石採掘場跡の地下空間で再生し、再度録音したものが使われた。
また音響効果編集は『Avalon』同様スカイウォーカー・サウンドで行なわれ、迫力の音響世界が創造された。サウンドデザインはアカデミー音響編集賞受賞者のランディ・トムが担当した。この関与は「プリミックス」であり、音楽や台詞素材を含む整音は日本国内で行なわれている。
同社の音響製作の可能性に感銘を受けた押井は、『Avalon』で組んだサウンドデザイナーで『ローレライ』や『少林少女』も手がけたトム・マイヤーズに『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』のサウンドデザイン、2008年の『攻殻機動隊2.0』の音響リニューアルを委ねている。
[編集] 作品世界
本作品は士郎正宗の原作によるものではあるが、パンフレットおよび本編冒頭で引用されている通り、ヴィリエ・ド・リラダン『未来のイヴ』の強い影響下にある。台詞は、斎藤緑雨、阿含経、ロマン・ロラン、月庵宗光、旧約聖書、論語、ジョン・ミルトン他からの引用が多用され、そもそも、台詞全体が何故斯くも膨大な引用から成り立っているかの理由も『未来のイヴ』において窺い知る事は可能であるが[2]、『未来のイヴ』では機械人形を作る理由は所与の問題であったのに対して、本作品では「人間はなぜ自分の似姿を、それもその理想型において創造しようとするのか」と、さらに根源的に問いかけている。
作品中で語られるこうした人形論には、澁澤龍彦の影響が強く現れている。オープニングの人形製造工程は、澁澤龍彦が紹介したハンス・ベルメールの球体関節人形へのオマージュになっており、特に2対の脚が胴体で繋がって見える映像(実は水面反射でそう見えるだけなのだが)は、ハンス・ベルメールに特長的な畸形人形そのものである。エンディングロールには球体関節人形を作製している四谷シモンの名も見られる。
とはいえ、押井守本人がインタビューや関連書籍で何度も語っているように、この映画は「究極の身体論」を掲げており、人形を語るだけでは作品は表面を撫でただけになるだろう。
バトーとトグサが捜査の中で出会う多くの人物達は、天才クラッカーから少女に至るまで、それぞれに身体に対する確固たる哲学や主張を持っており、引用がちりばめられた会話によって身体論は複雑になっていく。だが、どの主張も一見して筋が通っている反面、理論はそれぞれの個人的感情を越えるに至っていない。他者の思想を肯定することも否定することもできないまま、主人公であるバトーにも答えは見出せず、ただひたすらに個人的な葛藤や職務と戦い続けるばかりである。
バトーが「守護天使」と呼んで特別な感情を抱いている草薙素子との数少ない会話においても、「個人を超越してしまった存在である素子という他者」という定義の難しい存在とのつながりへの淡い期待が残る程度であり、それによってバトーの心が救われたかどうかは最後まで定かでない。しかし、押井守が監督した映画の中で、ここまで主人公が他者への期待や依存を露わにする場面も珍しいとも言え、それは押井が常に映画の中で疑いを投げかけてきた「巨大であやふやな他者」への仄かな期待と受け取れるかもしれない。
「身体」と言う言葉と「人体の理想系を模した人形」、そしてその2つの中間にある「サイボーグ」という三つのモチーフの対比は、それぞれの登場人物の様々な生活風景や台詞によって深く表現され、まさしくこの映画は「人は何を寄る辺に生きていこうとしているのか」という現代が抱える魂の問題に深く踏み込んでいる。
結果的に、本作品は士郎正宗の原作における『攻殻機動隊1.5 HUMAN-ERROR PROCESSER』『攻殻機動隊2 MANMACHINE INTERFACE』のように、前作で消息を絶った素子が再び姿を表し、主役として大活躍するような(乱暴な言い方をすれば「前作を見た観客の多くが望むような」)作品にはならなかった。押井によれば、終わった後の今の目で見ればそのような展開でも良かったかもしれないと思えるが、当時は自然と本作品で選択した方向性以外に考えられなかったと語っている。また、本作品で直接は描かれなかった「その後の素子」に関しては、テーマとして容を変えて押井の次回作以降で語られるだろうとしている(必ずしも続編としての『攻殻3』を製作するという意味ではない)。
[編集] キャスト
- バトー:大塚明夫
- トグサ:山寺宏一
- 草薙素子:田中敦子
- 荒巻大輔:大木民夫
- イシカワ:仲野裕
- キム:竹中直人
- 検死官ハラウェイ:榊原良子
- 鑑識課長:堀勝之祐
- 謎の少女:武藤寿美
- アズマ:寺杣昌紀
- コガ:平田広明
- 藤本譲
- 仲木隆司
- 亀山助清
- 立木文彦
- 木下浩之
- 平野稔
- 日向ななみ(当時の芸名:山内菜々)
- 青羽剛
- 朝倉栄介
- 望月健一
- 杉本ゆう
- 原田正夫
- 渡辺明乃
- 保村真
- 木川絵理子
[編集] スタッフ
- 原作:士郎正宗(『攻殻機動隊』講談社刊)
- 監督、脚本:押井守
- 演出:西久保利彦、楠美直子
- キャラクターデザイン:沖浦啓之
- メカニックデザイン:竹内敦志
- プロダクションデザイナー:種田陽平
- レイアウト:渡部隆、竹内敦志
- 作画監督:黄瀬和哉、西尾鉄也、沖浦啓之
- 美術監督:平田秀一
- デジタルエフェクトスーパーバイザー:林弘幸
- ビジュアルエフェクト:江面久
- ラインプロデューサー:三本隆二、西沢正智
- 主題歌:伊藤君子 (VideoArts Music)
- 音楽:川井憲次
- 音響監督:若林和弘
- イメージフォト:樋上晴彦
- プロデューサー:石川光久、鈴木敏夫
- 制作:Production I.G
- 製作協力:スタジオジブリ
- 製作協力:ポリゴン・ピクチュアズ
- 配給:東宝
- 原画:山下将仁、井上鋭、水村良男、井上俊之、安藤雅司、本田雄、堀内博之、藤田しげる、亀井幹太、河口俊夫、大平晋也、うつのみや理、森田宏幸、伊藤秀次、新井浩一、橋本晋治、清水恵子、平松禎史、竹内志保、伊東伸高、名倉靖博、浅野恭司、多田雅治、伊藤嘉之、小西賢一、竹内敦志、中村章子、Theresia Whinkler、小松田大全、中村光宣、大久保徹、永島明子、窪田康高、中島由喜、矢萩利幸、西尾鉄也、黄瀬和哉、沖浦啓之
[編集] 引用された箴言
- 「柿も青いうちはカラスも突つき申さず候」(尾崎紅葉)
- 「自分の面が曲がっているのに鏡を責めてなんになる」(ニコライ・ゴーゴリ)
- 「鏡は悟りの具ならず、迷いの具なり」(斎藤緑雨)
- 「春の日やあの世この世と馬車を駆り」(中村苑子)
- 「シーザーを理解するためにシーザーである必要はない」(マックス・ヴェーバー)
- 「人は概ね自分で思うほどには幸福でも不幸でもない。肝心なのは望んだり生きたりすることに飽きないことだ」(ロマン・ロラン)
- 「孤独に歩め。悪をなさず、求めるところは少なく。林の中の象のように」(阿含経)
- 「個体が創りあげたものもまた、その個体同様に遺伝子の表現型」(リチャード・ドーキンス)
- 「その思念の数はいかに多きかな。我これを数えんとすれどもその数は沙よりも多し」(旧約聖書『詩篇』139節)
- 「彼ら秋の葉のごとく群がり落ち、狂乱した混沌は吼えたけり」(ジョン・ミルトン「失楽園」)
- 「生死の去来するは棚頭の傀儡たり一線断ゆる時落落磊磊」(月庵宗光)[3]
- 「寝ぬるに尸せず。居るに容づくらず。」(論語)
- 「未だ生を知らず。焉んぞ死を知らんや」(論語)
- 「多くは覚悟でなく愚鈍と慣れでこれに耐える」(ラ・ロシュフコー「箴言集」)
- 「本月本日を以て目出度死去仕候間此段広告仕候也」(雨斎藤賢)
- 「鼓を鳴らし攻めて可なり」(論語)
- 「理非無きときは鼓を鳴らし攻めて可なり」(孔子)
- 「鳥は高く天上に蔵れ、魚は深く水中に潜む」(斎藤緑雨)
- 「信義に二種あり。秘密を守ると正直を守ると也。両立すべきことにあらず」(斎藤緑雨)
- 「鳥の血に悲しめど、魚の血に悲しまず。聲ある者は幸福也」(斎藤緑雨)
[編集] 小説
2004年、山田正紀によって前日談に当たる小説「イノセンス After The Long Goodbye」が発表される。
[編集] 脚注
- ^ 文化庁メディア芸術プラザ「コ・マ・ド・リの観察 - その18」
- ^ ハダリーの話す言葉は『現世紀の最も偉大な詩人たち、最も深遠な形而上学者たち、最も深遠な小説家たちに考えていただいたもの』つまり引用によってなりたっており、『ハダリーは一個人の知性でなくその代わりに「知性」そのものを持っている』と記述されている。両引用ともに斎藤磯雄訳『未来のイヴ』東京創元社、268頁
- ^ 【押井守監督的なもの】内の「2006/01/10 生死去来、棚頭傀儡、一線断時、落落磊磊」
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 川井憲次公式サイトイノセンス レコーディング風景(トップページ→Gallery→イノセンス レコーディング風景)
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