大奥 (漫画)

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漫画:大奥
作者 よしながふみ
出版社 白泉社
掲載誌 MELODY
レーベル ジェッツコミックス
発表期間 2005年 -
巻数 既刊10巻(2013年現在)
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ポータル 漫画

大奥』(おおおく)は、よしながふみによる日本少女漫画。隔月刊誌『MELODY』(白泉社)にて連載されている。単行本は2013年10月現在10巻まで刊行されている。2010年に実写映画化され[1]、2012年にテレビドラマと映画第2作による続編[2]が製作された(#実写作品を参照)。物語の舞台は日本の江戸時代をモデルとした世界。男子のみが罹る謎の疫病により男子の人口が急速に減少し、儒教思想など当時の概念はそのままであるが、社会運営の根幹や権力は男から女へと移っていく世界を江戸城大奥を中心に描く。

徳川家の代々の将軍達や要職にあった者など、歴史上では男性である人物が女性に、女性である人物が男性に置き換えられている。春日局が大奥を作ったことや、当時の「カピタン本国報告」にある、「御簾越し家光拝謁し、少年のような声だと思った。拝謁の場は若い男性ばかり同座していた。市中で女性が多く働いているのを見た」などの詳細な史実と、フィクションを巧みに織り交ぜたストーリー構成となっている。掲載誌『MELODY』での扉絵や柱にある粗筋では「男女逆転!パラレル時代劇」「これは日本の江戸時代とは似て非なる物語」と必ず記載されており、いわゆるSF作品(歴史改変SF)であると位置付けされている。

連載中からいくつかの重要な日本の漫画賞を受賞しているほか、ジェンダーに対する理解を深める内容を称えられジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞を受賞するなど、日本国外からも評価されている。雑誌『ダ・ヴィンチ』が発表した2012年の「Book of the Year 2012」では、女性誌コミックランキング部門で4位を記録した[3]

あらすじ[編集]

関東の田舎のある村で一人の少年が熊に襲われ、山探しをした男たちによって虫の息の状態で家へ帰ってきたが、間もなく息を引き取る。直後、少年の周囲の若い男たちが次々と高熱を出し、真っ赤な発疹を全身に発症して亡くなっていく。そしてその奇妙な病は数年後には関東一円にまで伝染していった。後に「赤面疱瘡(あかづらほうそう)」と呼ばれる病は、「男子にのみ感染」「ある一定年齢までに感染すると命が無いが、歳が高ければ助かる確率が高い」という事以外対処法も治療法も発見されず、男子の人口は凄まじい勢いで減ってゆく。やがて男子の比率は女子の約4分の1で安定したが、このことにより社会は激変した。

男子はその生存率の低さから、子種を持つ宝として大切に育てられ、貧しい家々に生まれた男子は金持ちの町人や婿の取れない貧しい家に種馬として貸し出されて金品を受け取り、中には遊郭(花町)で安い値で体を売る。高貴かつ裕福な家々に生まれた男子もまた、宝として大切に育てられて婿へ行く。もはやかつての婚姻制度は機能不能となり、婿を取ることが出来るのは「武士階級や富裕な商人・庄屋などにのみ許された特権」になっていった。そして女子が労働力の担い手となり「あらゆる家業が女から女へと受け継がれる」ようになる。江戸城でも3代将軍徳川家光以降、将軍職は女子へと引き継がれそして、大奥は将軍の威光の証であるがごとく、希少な男子を囲い美男3000人が将軍に仕える男の城となっていた。

水野・吉宗編[編集]

すでに女子が家督を継ぐことが定着していた時代、水野は町人の娘・お信との身分違いの恋に悩み、彼女との結婚を諦めるためと経済的理由から大奥入りを志願する。華やかな表面とは違い、大奥の裏は男たちの権力争いやいじめ男色による性的嫌がらせなどの渦巻く世界であり、水野は失望をおぼえる。しかし、その中でも水野は優れた性質で周囲の支持を得て、さらには御中臈に抜擢され、新しく将軍となった吉宗のお目見えの席に出ることが叶う。

お目見えの席で水野を見つけた吉宗は、派手に着飾った男たちの中で、質素に見える渋い趣味の裃を身に付けた彼を気に入り、「ご内証の方」に選ぶ。しかし、ご内証の方とは事後に死罪にされる決まりで、吉宗はそのことを後から知り憤るが、水野は覚悟の上で運命を引き受ける。

水野は吉宗との床で将軍の女名が愛するお信と同じであると知り、その名を呼びながら彼女と交わる。そして処刑の日、刑場におもむく水野だったが、なぜか斬られずに済んでしまう。驚く水野に吉宗は、武士としての彼をこの場で死んだことにして、今後町人の進吉として生きていくようにと告げる。大奥を出た進吉はお信のもとに現れ、彼女と結ばれる。

他方で吉宗は質素倹約を旨とする改革を進めていた。その中で彼女は、なぜ女が男の名を名乗りながら家督を継ぐ世の中になったのかを疑問に思い、御右筆による大奥の歴史の記録『没日録』を読み始める。以後の物語は吉宗の時代に追いつくまで家光時代以来の過去の歴史が語られる。

有功・家光編[編集]

京から江戸城を訪れた公家出身の美貌の僧・有功は、春日局の脅迫により小僧の玉栄とともに無理矢理還俗させられ、将軍家光の小姓となる。こうして有功が出会った家光は、幼さの残る男装の少女だった。実は家光こと千恵は、男性の家光の落胤であったが、のちに家光が世継ぎを残さないまま赤面疱瘡で死んだため、この事実を伏せたまま将軍家を存続させたい春日局が千恵を身代わりとして将軍の座につかせ、彼女に世継ぎをもうけさせるためと防衛のために女性中心の大奥を男性中心の物に作り替えていた。つまり、有功の大奥入りは千恵の側室候補としてであった。

千恵と交流するうちに、有功は彼女の辛い過去を知る。母を殺され自由を奪われて反発する千恵は14歳の時、お付きの者をまいて城内に一人でいたところを通りすがりの男に犯され、男を斬り殺していた。千恵は妊娠し、産んだ子には愛情を感じるも、赤ん坊はすぐに死んでしまう。将軍となって以来、相次ぐ理不尽な運命に千恵の精神は荒れていたが、有功は彼女に愛情を抱きその女性としての存在を肯定する。千恵もまた彼を愛し、愛情に満たされた彼女は元々の聡明さを発揮してへの才覚を見せるようになる。

しかし、二人の間に子はできず、世継ぎを求める春日局は千恵に他の側室を勧め、千恵は有功自身が勧めた玉栄ほかの側室たちとの間に幾人かの子をもうける。また、大奥の雰囲気は、一生大奥から出られない男性たちの心を慰めようとする有功の願いにより優雅な物になっていったが、このことは後に大奥内が華美に傾き財政を圧迫する原因となる。

春日局亡きあと、千恵は男装を解き、全国の大名たちを前に女将軍として統治することを宣言する。男子の減少に悩まされていた大名らもこれに追随し、世の家督は男女の人口比が正常化するまで、女子が相続することが基本となってゆく。やがて、千恵が心では有功だけを愛していると知りながらも、別の男たちを抱く状況に有功は耐えられなくなり、千恵との床の辞退を申し出る。千恵はそれを受け入れ、のちに27歳で死去する。その後、玉栄は落飾し桂昌院となったが有功は出家せず、大奥総取締として、千恵の遺言に従い世継の千代姫を父親代わりとなって育ててゆく。

家綱編[編集]

千代姫は11歳で4代将軍・家綱となる。家綱は政治や大奥の男性には興味を示さず、水墨画源氏物語などの文学に没頭する。その没頭振りは「左様せい」で政務を片付けるため、「左様せい様」とあだ名されるほど。しかし、有功や家光時代の優秀な幕臣の支えにより政権は安定を維持する。

婚姻の時期を控えた家綱は「ご内証の方」との初床を済ませ、母家光の決めた制度に従ってその相手は死罪となる。その後、江戸には明暦の大火が発生し、大奥の者たちが屋敷から避難しているとき、有功と二人きりになった家綱は突然彼への好意を告白する。家綱は有功との結婚を望み、本心では初床の相手にも有功を望んでいたが、相手が死罪になると聞いて有功の言うとおりにしたのだという。有功は大火からの大奥の復興に尽力したあと、出家し大奥を去る。家綱はその後宮家から正室を迎えるが、世継ぎの無いまま死去し、5代将軍は妹の綱吉となる。

右衛門佐・綱吉編[編集]

5代将軍となった綱吉は、側用人・柳沢吉保と共に先代とは打って変わって政治的手腕を発揮する一方、愛くるしく妖艶な容姿を盾に初めての男である阿久里とその息子を誘惑し、彼らの家庭を崩壊に追い込むなど奔放な性的生活を送る。側室候補として正室・信平が京から呼び寄せた右衛門佐は綱吉に気に入られるが、お褥すべりの年齢を理由に辞退し、その代わりに大奥総取締の地位を希望し手に入れる。しかし、将軍就任前に側室・伝兵衛との間にもうけた松姫が急死し、世継ぎを失った綱吉は再度の子作りを迫られる。さらに元禄赤穂事件が発生、非力な老女の吉良上野介を男性集団の赤穂浪士が襲撃する事件に綱吉は激怒し、浪士たちに切腹を命じる。しかし、希少な男性を大量に粛清する政策は大衆の批判を浴びる。

その影では、父・桂昌院と右衛門佐、その子飼いの側室たちとの間で綱吉の寵愛を巡る権力争いが激化してゆく。綱吉に子が出来ず焦る桂昌院は、隆光に過去の自身による猫殺生の罪のためと指摘されたことをきっかけに生類憐みの令を綱吉に発令させ、世間を混乱に陥れ綱吉の治世の評価は下落してゆく。桂昌院は綱吉へ若い男たちを次々に送り込むが、綱吉は自身がすでに閉経し、不妊であることを知りながら父に逆らうことができない。綱吉は世継ぎをもうけるためだけの自分を卑しい存在と自嘲する。綱吉が年老いてゆくなか、寝所で暗殺未遂が発生する。下手人の男は生類憐みの令のために許嫁を死なせた恨みを語り、綱吉を石女と罵る。綱吉は絶望し死を望むが、右衛門佐は「女と男の関係は子をなす事だけではない」と説き、出会いの頃からの思いを告白して彼女と結ばれ、この関係こそが「まことの女と男」であると喜びを語る。綱吉は父の呪縛を断ち切り、次代将軍に父が嫌う綱重の子・家宣を指名して右衛門佐のもとへ向かうが、その日彼が急死したことを告げられる。

その後、綱吉は伝兵衛の元を久しぶりに訪れ、彼と松姫を弔う穏やかな関係を築く。桂昌院もこの世を去り、麻疹に倒れ危篤となった綱吉を訪れた信平は、彼女を愛しながら長年放置された恨みを抱いて扼殺(やくさつ)しようとするが、吉保に止められ引きさがる。しかしその直後、吉保は綱吉の顔に濡れ紙を被せ、心に秘めてきた彼女への思いを告白しながら窒息死させる。その死は公式には麻疹による死とされ、吉保は家宣の将軍就任に伴い江戸城を去る。

家宣編[編集]

将軍就任まで紆余曲折したが不満を漏らすこともなく、優秀で心優しい名君。甲府宰相時代に正室・國熙と子どもを数人もうけるが、自身の虚弱体質のため娘たちも夭折してしまう。

側近の間部詮房が江戸の町で見つけてきた、左京の方との間に世継ぎの千代姫をもうける。庶民から政治を期待されたが、就任後3年で死去。

家継編[編集]

家宣の死により、國熙は天英院、左京の方は月光院と落飾して名を改める。家継は母親の家宣に似て、聡明で心優しいが虚弱で病気がち。家継を将軍に擁し月光院と間部詮房は権勢を極める。

病弱な家継は成人も危ぶまれたため、世継ぎ候補問題で紀州吉宗派の國熙と尾州継友派の月光院・間部詮房が対立した。

家継の7歳での病死、江島生島事件により月光院と間部詮房は失脚。8代将軍は吉宗に決定する。

家重編[編集]

脳性麻痺のため、言語症と排尿障害を持つ。妹の宗武が容姿端麗で聡明だったため「家重を廃嫡して宗武を世継ぎに」と周囲は希望するが、吉宗は悩んだ末に家重を世継ぎに決定する。家重の知能は正常だったため、周囲の嘲りや偏見に触れ、きまぐれで意地悪な歪んだ性格になり酒色に溺れる。正室・比宮とは関係良好で懐妊するが流産してしまう。直後に比宮も病死。喪失感ときまぐれと意地悪心から比宮の付き人・梅渓守幸(お幸の方)を側室に強要する。お幸の方との間に世継ぎの竹姫をもうける。 家重9代就任で吉宗は隠居したが、大御所として大きな影響力を維持していた。吉宗治世の負の遺産が出たこと、天災、吉宗健在、家重の酒色のため、家重の治世は無能と評価される。家重の側用人・田沼意次は吉宗に見識の才を見出され、政治の表舞台で活躍し始める。

家治編[編集]

家重は将軍職を家治に譲り西の丸へ隠居し、家治は側用人・田沼意次に幕政と赤面疱瘡の全面解明を託した。田沼は老中に就任し娘・意知とともに幕政を動かすが他の幕臣、江戸市中の庶民は快く思わなかった。一方、平賀源内と青沼らは赤面疱瘡の治療法を探り、洋書から種痘法を発見する。しかし、度重なる天災(浅間山噴火、天明の大飢饉)が発生し田沼は窮地に立たされるが源内、青沼らが進めていた種痘の研究が試行錯誤の末、成功する。だが、家治の期待の娘の家基の死、意知の暗殺等の出来事に見舞われ、ついに田沼は家治の死により幕府から罷免され、青沼は死罪、田沼側の男衆が大奥から追放された。

家斉編[編集]

家治の死で松平定信が老中に就任し幕政は一新され、家光以来「初」で第2代・秀忠以来の男将軍、家斉が就任。そのため大奥は大規模な入れ替えで「女の領域」となり、残された男衆らは中奥に配置された。しかし、実権は母・治済が握り家斉に子孫を残すことを強要し事実上の支配者として君臨する。一方、追放された黒木と伊兵衛は養生所を開き患者の診察、治療に当たっていた。ある日、商人の婿となった喜助が訪ね、元中臈・松方からの江戸城参内の伝言を携えてきた。

登場人物[編集]

水野・吉宗編の人物[編集]

単行本7巻の吉宗編に登場する者についてもここにまとめて記述する。

水野祐之進(みずの ゆうのしん) / 進吉(しんきち)
江戸生まれの貧乏な旗本の家の息子。物語開始時点で19歳。武芸に秀で師範代の腕前。多くの女から子種をと頼まれる美男子だが、貧しい女達への同情から金品を受け取らず種付けに応じていた。母の方針も有り金で体を売る事はせず、他家の手伝いをアルバイト的に多数こなしていたため大奥での労働も苦ではなく柔軟な一面もある。幼馴染みのお信のことが好きだが、身分が違うため結婚は諦めており、彼女への想いを断ち切るためと家計を助けるために、叔父の伝手で大奥にあがる。大奥では「水野」と呼ばれる。藤波の策略により御中臈に昇進。吉宗のご内証の方に選ばれ、公には死罪になった(吉宗の計らいで新しい名を与えられ、町人として生きることに)[4]。後に、お信と結婚して田嶋屋の婿となり店を手伝っていたが、吉宗考案の町火消しに参加する。
お信(おのぶ)
水野の幼馴染み。裕福な商家、薬種問屋・田嶋屋の跡取り娘。祐之進のことが好きで、彼が大奥に上がった後も忘れられず両親からの婿取りの話を拒み続けていた。後に進吉となって帰ってきた祐之進と結婚。
徳川吉宗(とくがわ よしむね) / 信(のぶ)
8代将軍。肝の据わった器で聡明。サバサバとしており物事をはっきりと言う性格だがそれ故に人情の機微が今ひとつ理解できない面がある。本人も自覚している。武芸の達人。質素を好み、将軍職に就く前は木綿小袖で過ごしていた。仕事に熱心で幕府の財政難において質素倹約を宗に掲げる。豪華な打掛を持ってきた間部詮房を解雇。合理性を重視する性格で、大奥や政事などでの不合理な慣習にも疑問を持つ。堅物に見えるが男性関係は意外と奔放で手も早い。男の器量の良し悪しにはあまりこだわらないが、リストラの口実[5]を残すために基本的に美男子には手をつけない主義。大奥での仰々しい夜伽の作法も嫌って当初はどこででも男に手をつけていたが、後には父の連れて来た紀州出身の不細工な側室の男達を平等にローテーションで相手することにしている。3人の娘を儲けるが、子どもの父親は適当(政治に口出ししない男)に決めている。当初は開国も考えていたが、村瀬から過去の真実を聞いた後は「女子の多い現状の日本では武力で外国に侵略されかねない」との判断から鎖国を続ける考えに変わっており、すたれかけていた男子の武芸を国防力を高めるため奨励し、小石川養生所を設立させ赤面疱瘡の撲滅のための研究にも取り組ませる。
加納久通(かのう ひさみち) / おみつ
吉宗の幼なじみで、紀州時代から吉宗に仕える片腕的存在。遠江守。
柔和な造りの容姿も手伝い一見のんびりしているように見えるが、実はキレ者で肝が据わっており、藤波とも堂々と渡り合う。夫が1人いるが、「1人で手一杯」とのことで自身は側室を持っていない。お庭番の宮地を江島の下に送り込み、天英院と共謀して吉宗を将軍に据える。
大岡忠相
町奉行を務める堅物な中年女性。吉宗には面白みがないと言われているが、基本的にケチな性分のため意外と気が合っている。
間部詮房(まなべ あきふさ)
6代将軍・家宣、7代将軍・家継側用人を務めていた女性。吉宗を田舎大名と侮り、引き続いて家宣の改革路線を推し進める抱負を持っていたが、吉宗に派手な着物を薦め解雇される。
藤波(ふじなみ)
大奥総取締で、御年寄筆頭。年は40代初頭。水野をご内証の方にするために、御中臈に昇進させる。吉宗の着任以降は彼女のペースに勝てず扱いも良くないが、弓の腕前だけは誉められている。家継編にも登場し、その頃、天英院に仕えていた。
松島(まつしま)
大奥の御中臈の一人。大奥の人員整理にあい、大奥を去る。家継編にも登場。
杉下(すぎした)
御三の間の一人。大奥で仕えて10年経つ古参で物語開始時点で33歳。実家は最下級の貧しい御家人で、家のため14歳から金で女の相手を毎晩させられ18歳で婿入りしたが子ができず離縁され実家に帰ることも出来ず他に行き場所がないため大奥にいる。実家や婚家で虐待も受けていた経験から、言動の節々に諦観が漂う。水野を何かと助け、彼の御中臈昇進に伴い部屋子となる。その後、温厚で真面目で忠実な人柄を買われ、吉宗の御中臈になる。人の心への配慮は細やかだが武術は苦手なようで、鷹狩りの際に落馬している。家継編にも登場しその頃も変わらぬ平静さを持つ。
副島(そえじま)
御三の間の一人。いい年をしているが若衆髷を結っている。新参者の水野に何かと程度の低いいじめをするが彼の昇進後は媚びへつらう器の小さな性格。
鶴岡(つるおか)
松島のお気に入りの美青年。剣術の達人。
垣添(かきぞえ)
呉服の間に仕える少年で水野に憧れている。水野のを仕立てる役目に就く。
柏木(かしわぎ)
御中臈の一人。聡明な美男子で御中臈の中でも抜きん出た存在。藤波のお気に入り。大奥の人員整理にあい、大奥を去る。家継編にも登場。
三郎左(さぶろうざ)
公儀お庭番。普段は呉服の間に務める。家継編の終盤にも登場する。
卯之吉(うのきち) / お須磨の方
お半下の者。美男子ではないが、清掃の仕事をしている時に吉宗の手がついた。後に吉宗の長女福姫の父であると告げられ、側室となるが、若くして病死。死の直前に吉宗が見舞いにきた事を喜んでおり、彼女への恋心はずっと持っていたようである。
村瀬(むらせ)
御右筆頭。97歳。春日局の命でずっと大奥に残り続け、日記「没日録」を執筆。吉宗に「没日録」を伝えた直後に死亡。
水野頼宣(みずの よりのぶ)
祐之進の母。息子の祐之進と、その姉にあたる跡取り娘の志乃、彼らの父でもある夫1人を持つ貧しい旗本。既に24歳になっている娘の婿の確保と婿に行きたがらない息子に頭を抱える。口うるさい母親だが、旗本としての誇りは高く息子を金で売ることはない矜持も持ち合わせる。
福姫
吉宗の長女でのちの9代将軍・家重。父親は母吉宗が適当に卯之吉と決めたものの、成長した後の顔立ちは卯之吉そっくりである。障害があるため言葉が上手く喋れずよだれをこぼしている。
吉宗の父
身分の低い出身で、容姿もあまり美形ではない。初登場時は既に出家しており、娘の将軍就任後暫くは紀州住まいだったが、吉宗に呼び寄せられ大奥で暮らし始めた。娘のために側室用の男達を連れてきた。「飯を食うのが早い男は丈夫で働き者」との持論に基づき前述の男達を選定しており、容姿のいい者は選んでいない。
小宮山加解由(こみやま かげゆ)
吉宗の父が紀州から連れてきた側室用の男達の中から選ばれた書の得意な男。村瀬の死後、吉宗から御右筆頭に任ぜられる。

家光編の人物[編集]

徳川家光(とくがわ いえみつ)
3代将軍で、千恵の実父。男色家であり女性に興味を示さなかったが実母に関心を持たれず逆に乳母の春日局からは世継ぎを作るようにとの重圧を受け続けて性格が歪んでしまう。20歳の時、辻斬り目的の夜歩きに出た際に出会ったお彩を半ば八つ当たり的に暴行し千恵をもうける。その後赤面疱瘡に罹り、31歳で逝去。春日局他重臣達によりその死は長く隠蔽されていた。外見的には決して美男子ではない容貌に描かれているが、口元や眉の特徴が千恵に引き継がれているらしい。
千恵(ちえ) / 家光(いえみつ)〈登場時17歳〉
家光亡き後、その死を偽装するために3代将軍・家光として据えられた少女。家光とお彩の間にできた娘だが、父の素性を長らく知らず育った。11歳の時に春日局に拉致され、以降は亡き父の代理としての生活を強要されていた。当初は身代わりである事を隠すために男装していたが、後に女将軍家光として、男子の減った日本社会の維持を図る。
14歳のときに城内で男に暴行を受けて不本意な妊娠をし、産まれた娘は死産だった。この経験のトラウマから彼女が定めた制度が「御内証の方」である。(前述)
勝気で気性が荒く、癇癪を起こすこともしばしばあったが、本来は無邪気で優しい性格。自身が周囲から女性としての人格を否定され続けてきたため、街の女性から髪を奪ったり、家臣を女装させて笑うなど歪んだ行動がみられた。しかし有功との出会いや他の側室達との間にもうけた娘達の存在により将軍として、また母性を含めた女性として成長していき、自身の運命を受け入れる覚悟を決める。春日局には愛憎半ばする複雑な感情を抱いている。その振る舞いとは裏腹にとても頭の回転が早く賢く周りの状況を全て解った上で行動している。またその境遇故か人の思惑に聡い一面を見せ、政治にも優れた才覚を発揮していき時に冷徹な政策も躊躇なく行った。27歳で死去したが最後まで心は有功1人にあった。側室達との間に数人の子を儲けたが幾人かは流産・死産しており育ったのは3人の娘だけであった。このため次期将軍以降は女性となった。側室は「お万の方」「お楽の方」「お玉の方」「お夏の方」。
春日局(かすがのつぼね)
家光の乳母を務めた女性。明智光秀に仕えた斎藤利三の娘。幼名はお福。幼い頃から容貌により虐められたり戦乱で辛い目にあい続けたため戦乱のない世の中を願う執着心が強い。一度は嫁いで千熊(後の正勝)らを儲けたものの、千熊を虐待した夫の側室を殺害してしまったことで婚家を出て家光の乳母となる。これらの経験から家光の血を残すことにも激しく執着しておりそのためには手段を選ばず人命を奪う事も厭わない(口封じのために、家光の御典医、千恵の母「お彩」、千恵の乳母「とよ」、遊女「桔梗」「よつ葉」「小菊」を殺害)。幕府内の和を重視する面もあり自身の血縁者らを贔屓することはしないため重臣達にも一定の信頼を得ている。彼の生前には家光に跡取りを産ませるため女性を多数並べた大奥を造り、家光の死後は彼の唯一の遺児である千恵を拉致し、同じく彼女に跡取を産ませる目的で大奥を男性中心に作り替え、有功に大奥入りを強要する。戦場での働きを本文とする武家の跡取りに女子を認めることには反対していた。
万里小路有功(までのこうじ ありこと)〈登場時18歳〉/ お万
公家・万里小路有純卿の三男。貧しい人々の暮らしを垣間見、出家する。真面目で温厚で芯の強い性格だがお茶目な一面もある。本音が出る時や玉栄と話す時に、京言葉になる。自身が美男子である自覚はない。女装姿も美しい。
慶光院の新院主となった際に、跡目相続の御礼を将軍に告げるため京都から江戸へ下る。春日局により還俗を強要され実家にも手を回されて戻れなくなったため大奥に入り、千恵の側室としてつけられる。やがて「お万の方」と呼ばれ、千恵と相思相愛の仲となる。学問のみならず武芸(弓術)にも才覚を持つ。千恵との間に子ができなかったため苦しみながらも身を引き、公の面から千恵を支える。後に大奥の組織の基礎を築き、大奥総取締役としてそれらを仕切ることとなる。他の側室の男子に対しても慈愛を持って接する。なお、側室からの大奥総取締は有功のみである。
玉栄(ぎょくえい)〈登場時17歳〉 / お玉
有功のお付きとして江戸に随行してきた小僧で、彼とともに還俗した。親に死なれ、身寄りがなかったところを有功に助けられ有功に対し忠義に近い念を抱いている。その一方でしたたかで気性の荒い一面があり、武芸(剣術)の筋も良い。
有功の部屋子として大奥に入り、後に有功の嘆願により千恵の側室「お玉の方」となる。有功の還俗の遠因となり、以降も(やむを得ぬ事情があったとは言え)有功に愛されながらも彼の悩みの種にもなり得ている千恵には良い感情を抱いていなかったが、寝所を共にするようになってからは同族意識を抱き始め、和解。千恵との間に娘・徳子(後の5代将軍綱吉)を儲ける。
明慧(みょうけい)
有功に随行してきた僧侶。徳川家をよく思っていない。有功を還俗させるための脅迫の一環として彼の目前で殺害される。
稲葉正勝(いなば まさかつ)
春日局の実子で家光の側近。幼名は千熊。家光が亡くなってからは、春日局の命で家光の表向き用の影武者的存在となり、事情を知らない者が将軍に謁見する時は身代わりとなる。
公には赤面疱瘡で死んだものとされている。千恵の死により自らも殉死。
村瀬正資(むらせ まさすけ)
浪人の身で生活に困窮していたところを春日局の引きで大奥に勤務することになった男。妻子を市中に残してきているが、口封じに殺された可能性があることを理解しており家族との再会は諦めている。有功の身の回りの世話係に命じられた。後に御右筆の役目を命じられる。吉宗編の村瀬の若き日の姿。
お彩(おさい)
夜歩きしている時に3代将軍家光に襲われ千恵を妊娠。家光に同道していた稲葉正勝に譲られた脇差を持ち江戸城を訪ねるも門前払いされるが、春日局の計らいで江戸郊外に乳母と屋敷を与えられる。11年後、家光の死に伴い千恵を奪われ、殺害される。
とよ
春日局により千恵につけられた乳母。千恵が江戸城に連行される際、口封じのため殺害される。
勝田頼秀・和田正隆・角南重郷
御中臈。角南は玉栄の罠に嵌り、千恵の命令で切腹を命じられる。後に勝田は表使、和田は毒味係としての役目を命じられた。
澤村伝右衛門(さわむら でんえもん)
剣術指南役。明慧を斬り殺した男。赤面疱瘡で息子を亡くしている。4代家綱時代に、明暦の大火で焼死。
六人衆
千恵の近臣。松平信綱堀田正盛三浦正次阿部忠秋太田資宗阿部重次。家光の死により、堀田正盛と阿部重次が殉死。
松平信綱
幕府の重臣。跡取りの長男輝綱を始めとした息子達が全員早世してしまったため、苦肉の策で娘しずを男装させて輝綱として育てる。結果しずが男らしくなりすぎていることでしずの生母でもある正室からきつく責め立てられ、自身も本来女である娘に無理を強いている事に苦い思いを抱えるが、娘の正体が露見するのを恐れている。
しず / 松平輝綱(まつだいら てるつな)
松平信綱と正室の間に産まれた娘。赤面疱瘡で死んだ兄・輝綱として元服させられ普段は男装していた。恰幅の良い体格と威勢のいい顔立ちや口調のため男装に全く違和感がなく、両親を気遣ってわざと男らしい生活や趣味の方が性に合っているかのような軽口を叩いている。
千恵が女将軍となった後は女の姿に改めている。
酒井忠朝(さかい ただとも)
松平家のしずと同様の事情で男装していた女性大名だが、しずにはあっさり女性であることを見破られている。千恵が女将軍となった後は女の姿に改めた。
捨蔵(すてぞう)〈登場時18歳〉 / お楽
古着屋の息子で街で暮らしているときはプレイボーイだった。春日局により大奥に上げられ、千恵の側室となり彼女との間に娘の千代姫(後の4代将軍家綱)をもうけ、「世継ぎの父の名に捨蔵では不適切」という理由で、彼の呑気な性格もあり千恵に「お楽」の名を与えられる。有功に顔立ちはそっくりだががさつでお調子者で失言も多い。20歳で赤面疱瘡にかかり死亡[6]
しかし娘への愛情は深く、乳母の乳を元気に吸う姿を見て涙を流す程喜び、死に際に願った事はもう1度娘の顔を見る事であった。
千代姫(ちよひめ)
千恵と捨蔵の間に生まれた子。後の4代将軍徳川家綱
溝口左京(みぞぐち さきょう) / お夏
名門の出の男。春日局により大奥に上げられ、千恵の側室となり、浅黒い肌から彼女に「お夏の方」の名を与えられ娘を1人もうける(後の綱重)。玉栄を千恵の側室に勧めた有功を軽侮した為、玉栄から激しい対抗意識を燃やされている(この時の発言が、玉栄が家宣(お夏の孫娘)を徳子の後継にすることを反対する一因となった)。
神原さと(かんばら さと)
百姓を営む神原家の長女。父の死後、女の身で家や村を支えようと奮闘するが、過労がたたり若くして病死する。本作品で数少ない史実にモデルの居ない完全なオリジナルキャラクターで、庶民の生活例となっている人物である。

家綱編の人物[編集]

徳川家綱(とくがわ いえつな) / 千代姫(ちよひめ)〈登場時11歳〉
家光の長女。4代将軍。政治や色めいた事に興味を持たず、能や狂言、水墨画など文化的な事に関心を示す。保科正之から政務を奏上されても早く片付けたい一心で全て肯定して終わらせようとするその口癖から「左様せい様」と呼ばれる。母である家光や、実父であるお楽が有功に非常に似た美貌の持ち主であるのに対し、本書ではあまりぱっとしない地味な容貌で描かれている。性格はたおやかであり、優しい気性の持ち主。有功が大奥を去った年に宮家の浅宮顕房(あさのみやあきふさ)を御台所に迎えるが子どもはできなかった。41歳で死去。
万里小路有功(までのこうじ ありこと) / お万の方〈33歳〉
大奥総取締。家綱の父親代わり的存在。家光亡き後の大奥の総取締として周囲に信頼されている。家綱から好意を寄せられているが全く気づいていない。
明暦の大火の後、大奥から暇乞いをして聞き入れられ、再び仏門に入る。
保科正之(ほしな まさゆき)
家綱の大叔母。家光の弟[7]の名を名乗っている。
家綱が政治に関心を持っていないことを心配し、有功に口添えを頼む。
矢島局(やじまのつぼね)
家綱の乳母。女性。3巻では春日局の看病を任されたものの、縁側で菓子を食べているなど傲慢な女性だった。家綱編では男ばかりになった大奥の長局でひっそりと暮らしている。
花房(はなぶさ)
新参の御右筆。
倉持(くらもち)
家綱の「ご内証の方」に志願し選ばれた男。大奥に上がる前に離縁した妻子のことを有功に頼み役を引き受けた。

綱吉編の人物[編集]

徳川綱吉(とくがわ つなよし) / 徳子(とくこ)
5代将軍。家光の三女で元は館林城主。男性に関して奔放だが、母としては一人娘の松姫を溺愛する。実母の家光(千恵)が多忙だったうえ早世したことから、幼少時は父の桂昌院しか親身に面倒を見てくれるものがおらず、その経験から父に見捨てられたくないという思いを過剰に抱えており父の意向には理不尽と解っている事柄でも逆らえない。実年齢より若く見える[8]愛くるしい美貌と豊満な肢体を持ち、身近にいるものを男女問わず翻弄する魅力を持っている。性質は気弱で素直だが、本来は怜悧な頭脳の持ち主で少女時代から勉学にも優れ手も器用。したたかな一面も持ち合わせており就任当初は職務にも熱心だったが松姫の死以降は娘を失った傷心と「世継ぎを産まなければ」という重圧から徐々に精神的なバランスを崩して行く。政治への関心も失い、右衛門佐と桂昌院の競い合いによる男遊びに耽溺して行くが子供はできないまま閉経を迎えていた。気まぐれで退屈を嫌う性格のため、金品や男女関係で関わらなかった者でも面白いと思った人物[9]を重用したり褒めたりすることもある。桂昌院が痴呆状態になってもなお父からの呪縛に囚われつづけるが、右衛門佐との一夜で自己を取り戻し、自身の意思で世継ぎを決める。麻疹で危篤状態になった際に吉保に窒息死させられるが、公には「麻疹で死亡」と公表される[10]
柳沢吉保(やなぎさわ よしやす) / おもと
綱吉の側用人。綱吉の館林時代から幼少の頃より綱吉の小姓として仕え、妹のような存在として重用される。「切れ長の目にすらりとした体つき」で幼少の頃から評判の美人。綱吉の少女時代から晩年に至るまでその化粧をほどこすのは彼女のみに許された仕事であった。職務には真面目で綱吉を支える切れ者だが、牧野成貞の追い落としや、桂昌院との密通など魔性ともいえる冷酷で手段を選ばない一面を持つ。しかし綱吉への忠誠心は篤く、権力を持ちながらも政治に関して綱吉の意に反することは行わず、彼女の側で仕え続けることのみを望み自らの地位に拘泥もしない。綱吉の娘である松姫には優しい[11]が、右衛門佐には何故か強烈な敵意を抱く。綱吉の危篤時に、長年彼女へ抱いていた感情が主君への忠義以上の感情であったことを吐露しつつ綱吉に手をかけ、その後は家宣の江戸城入りにともない静かに大奥を去り隠居した。
右衛門佐(えもんのすけ) / 水無瀬継仁(みなせ つぐひと)
御台の信平が京より呼び寄せた貧しい公家出身の上臈御年寄。京に居た頃は家のために女に体を売る日々を送っていた。妹が2人いる。桂昌院に有功を思い出させる美男子。都の貧しさと退屈さから抜け出すため、翌年にはお褥すべりの年齢を迎えることを承知で大奥に入る。初対面で綱吉に強く魅かれ彼女と対等に渡り合いたいと願い、男女関係よりも権力の座を望んだ。綱吉に「曲者」と気に入られ、望み通り大奥総取締の座を得て大奥に君臨。その立場と性格から桂昌院や吉保と対立し、やがて正室である信平以上の権力を事実上持つ。松姫の死後は桂昌院と「どちらの手下が綱吉に世継ぎを産ませるか」という競争状態になってしまうが、それが結果的に綱吉を追い込んでしまったことに後悔し、彼女が少しでも安らぐように心を砕く。若い時はしたたかな計略家の面が目立ったが、根は学問好きで理もわきまえた人物であり、大奥の男達に学問を教えたり、綱吉を諌めることもあった。年老いてからやっと綱吉と関係を持ち「まことの男と女の夜」の幸せを噛み締めるが、その翌日急病死した。
秋本惣次郎(あきもと そうじろう)
大奥では「秋本」と呼ばれる。御台所信平付の御中臈だったが右衛門佐に引き抜かれて彼の部屋子となり、計略の手先として暗躍する。当時高価であった眼鏡を買うために大奥に入ったと公言。地位にはこだわらずただ大奥で過ごせればいいという態度を取っている。武術にも優れ、綱吉を刺客から守る活躍を見せた。右衛門佐の死去後に大奥総取締役を引き継ぐ。綱吉が死去した後は将軍の代替わりに伴い役職を江島に引き渡し、実家に戻り妹・絹江と姪・汀の元で余生を過ごした。実は姪の汀は彼が絹江との間にもうけた子で、実妹への禁断の想いを断ち切れず「他の女性との間には子を作りたくない」という理由で大奥入りしていた。
秋本絹江(あきもと きぬえ)
惣次郎の妹。美人で料理上手。夫はなく汀(てい)という娘を仕事をしながら一人で育てている。
桂昌院(けいしょういん)
綱吉の父。家光編の玉栄(「お玉の方」)で「桂昌院」は落飾後の名。出家した身でありながら娘の側近である吉保と関係を持ち、将軍の実父として政治にも大きな影響を及ぼすなど俗欲にまみれた人物となっている。御台所の信平を「気取っている」と嫌って娘から遠ざけようとし、彼に呼ばれた右衛門佐をも快く思わず、自身と同じ身分の低い出である伝兵衛に味方する。「出来る事なら自分が婿になりたい」と言う程に娘の徳子(綱吉)を溺愛する反面、家光の側室時代に有功を面と向かって中傷した順性院(「お夏の方」)をこの時代に至ってもなお憎み続けており、彼の血筋に将軍を継がせまいと綱吉に跡継ぎを産むよう迫り、多数の男を呼び寄せ彼女の相手をさせる。溺愛する娘が「子供の出来にくい体質」である現実を受け入れられず、若い頃からの大奥での偏った環境暮らしで女性の体に対する知識の欠如もあり「子が産まれないのは自分が過去に猫を殺したため」と思い込み「生類憐れみの令」を綱吉に実行させる。後継に順性院の孫である徳川綱豊をつけることには堅く反対していた。作中に登場する将軍の側室達は(自身より身分の高くなっている)娘に敬語を使い「姫様」付け、将軍就任後は「上様」で呼んでいるが、彼だけは娘が将軍になっても「徳子」と呼び捨て、敬語を使わない[12]。晩年は痴呆状態になる。風呂嫌いで、好物は羊羹。
鷹司信平(たかつかさ のぶひら)
綱吉の正室。公家出身。正室として京から迎えられた際綱吉に一目ぼれするが、彼女の寵愛を得ることはできず、桂昌院からも嫌われて遠ざけられ綱吉に愛想をつかして大奥内の権力争いに明け暮れていたように見える態度を取っていた。跡継ぎを作った伝兵衛の台頭に対抗するため右衛門佐を京から呼び寄せるが逆に彼の方が権力を持ってしまい影が薄くなってしまう。しかし内心では綱吉を想い続けていた。晩年は痛風を患ったため十年以上綱吉から離れ、綱吉に忘れ去られていた。綱吉の危篤時に彼女の元へ赴いた際に感染した麻疹で死亡したため、綱吉を殺したと噂される。
小谷伝兵衛(こたに でんべえ) / お伝
綱吉の側室「お伝の方」で、松姫の父。綱吉の館林城主時代に吉保と桂昌院の関係を目撃したショックで泣いていた若き日の綱吉に魅入られたことがきっかけで、黒鍬者から取り立てられ側室となった。良く言えば善良で一途、悪く言えば単細胞な性格で頭も良くなく何か気に病むことがあると立ち直りも遅い性格。そのため彼に仕える部屋子達にも呆れられるほどだが、綱吉への想いは一途で彼女に金品や地位をねだることは決してない誇り高い一面も持つ。
松姫の死後は綱吉の足が遠退いていたが、彼女の晩年になってから「松姫の父と母」として和解。2人で娘の仏壇に手を合わせる。綱吉の死後は出家し80歳で死亡。落飾後の号は瑞春院
小谷さよ
伝兵衛の姉で、館林時代は身分が低く草履取りなどをしていたが弟が側室になり世継ぎの父となったことで小谷家は御家人に取り立てられる。しかし彼女は博打に溺れたびたび弟に金を無心しにきていた。松姫が死去した後にも弟・伝兵衛の元を見舞うが目的は金の無心であり、弟の説得にも全く心を動かさなかった。その帰りに吉保に手切れ金を渡され、伝兵衛に近づかないように釘を刺され賭博場の争いに巻き込まれ何者かに殺害される。
牧野邦久(まきの くにひさ) / 阿久里(あぐり)
綱吉の腹心・牧野成貞の夫。館林城主時代の綱吉と親密な関係にあり、阿久里の名はその頃に綱吉に戯れにつけられた女名。
綱吉が牧野邸を訪れた事で再び関係を(綱吉に半ば強制される形で)持つが、次第に体を弱らせ病死。
牧野貞安(まきの さだやす)
牧野成貞・邦久夫妻の長男[13]で、この時代には珍しくなった男子の跡取り。綱吉が父に手をつけたことで崩壊してゆく自家を目の当たりにし綱吉を恨んでいたが、彼女に迫られた際その色香に抗しきれず関係をもってしまい、綱吉の求めのまま時江を離縁し大奥に上がるがやがて病死する。
牧野時江(まきの ときえ)
貞安の妻。彼とは仲睦まじい夫婦で義両親を慕う優しい嫁だったが、綱吉に夫を奪われたことで嘆きのあまり自害する。
牧野成貞(まきの なりさだ)/ 貞(さだ)
邦久の妻で綱吉の腹心。家族を綱吉に奪われて行きながらも逆らう事ができず、鬱状態になり領地を返上し職を辞する。
松姫(まつひめ)
綱吉と伝兵衛の娘。両親に溺愛され育つが、5歳の年にあっけなく病死してしまう。
吉良上野介(きら こうずけのすけ)
老女の大名。松の廊下で浅野に斬りつけられる。被害者とされ、綱吉からの処分は無かったが、赤穂浪士達に討ち取られる。
浅野内匠頭(あさの たくみのかみ)
この時代には数少なくなった男性の大名。男系による家督相続を重んじ、家臣にもそれを推奨してきたが年々片身の狭くなる男性大名の立場にコンプレックスを持ち物事を悪く捉える癖がある。虚勢を張っている小心者。元禄赤穂事件の発端となった人物で、誤解から吉良に馬鹿にされたと思い込み彼女に切りつけ「抵抗できない老人に斬りつけた」と綱吉の怒りを買い、切腹させられる。
伊達左京亮(だて さきょうのすけ)
若い女性大名。浅野長矩と共に勅使饗応役を務めていたが、期せずして浅野が吉良を逆恨みする種をまいてしまう。
赤穂浪士
吉良邸に討ち入りに入った浅野の遺臣たち。城代家老大石内蔵助(男性)を始め、男子42名、女子5名。年齢は若い者で16 - 18歳だったという。庶民の喝采を浴びるが綱吉により切腹させられる。
徳川光貞(とくがわ みつさだ)
紀州藩主。幼い信(吉宗)を江戸へ連れてきて綱吉と面会させる。隠居後、期待していた跡取りの長女・綱教が急死したショックで体調を崩し後を追うように亡くなる。
徳川綱教(とくがわ つなのり)
紀州藩主・徳川光貞の長女。聡明で母にも期待され妹にも慕われ、20歳のとき隠居した母の跡を継いで紀州徳川家3代藩主となる。徳川綱豊(家宣)と共に次期将軍候補として名前が挙がるが本人は綱豊の方がふさわしいと思い、またそのような姿勢をとっている。藩主となって7年後、食中毒で死亡する。
徳川頼職(とくがわ よりもと)
光貞の次女で、姉・綱教の急死を受けてわずか18歳で藩主となるも、母には影で「調子のいいだけの娘」と評されており大名としての力量は期待されていなかった。藩主となって約4ヵ月後、急死する。
お信(おのぶ)
光貞の3女で、後の8代将軍吉宗。十歳の時に母・徳川光貞と共に綱吉に拝謁。当時から華美な服装や世間一般で美形とされる男性には興味がない。
年少でありながら肝の据わった態度を気に入られ、綱吉に彼女が過去使っていた簪や櫛と三万石の領地、それに加え成人後の名として綱吉から「吉宗」と偏諱を受ける。
後に母と二人の姉を立て続けに失い12歳で5代紀州藩主の座に就く。
永光院
有功が再び仏門に戻った姿。己の所行を悔い苦しむ老いた桂昌院に昔と変わらぬ優しさで接し、彼の死後もすぐ駆けつけて弔った。

家宣編の人物[編集]

徳川家宣(とくがわ いえのぶ)
6代将軍。甲府宰相時代の旧名は綱豊(つなとよ)。家光の側室「お夏の方」の孫で、綱吉の姪。かつて実母の綱重が下男と火遊びをして産んだ子であるため母に疎まれて育った。そのため、身分の低いものにも分け隔て無く接する心優しい女性である。主君としても賢明で民を思いやる事に篤く、部下思いで甲府時代より名君と名高い。が好きで、踊りの巧かった猿楽師のおふさ(間部)を取り立てて家来にし、長年一番の家来として重用した。大柄でややいかつい容貌に描かれているが実は病弱でかつて三人の子を出生後すぐに失っていた。左京との間に跡取りの千代姫をもうけるが数年後病死する。
間部詮房(まなべ あきふさ) / おふさ
家宣の側用人。元は猿楽師(役者)であったのを甲府宰相時代の綱豊(家宣)に気に入られ小姓となり懸命に仕える。敬愛する家宣や彼女のごく身近な人物以外には、極めてクールで傲岸不遜な態度を取るが、身分の低かった自分を取り立ててくれた家宣への忠義心は純粋で誰よりも強い。その忠誠心があまりに強すぎたことと、美貌にもかかわらず独身を通していたため、家宣と同性愛の関係にあるのではと噂されるほど。非常に仕事熱心だが精神的にはややもろい所があり、つらい目に合うと泣き出したり、人を恨んだりする一面もある。
勝田左京(かつた さきょう)
江戸生まれの寺の住職の息子。元は武家の出身。14歳のころより母から強引に近親相姦の関係を迫られる。成人後も元服をさせてもらえずやさぐれ荒れた生活をしていた。たいへんな美形で多数の女に言い寄られるが、母に支配された暮らしに失望し、他の女と関係をもつことに関心もなくなっていた。ある日酒場での賭け事のトラブルで袋叩きにされていたところ、偶然家宣の一行が通りがかり家宣の命を受けた間部らの仲裁により救出される。手当てのため家宣の屋敷に連れて行かれた折、母から逃れるため下男として屋敷に置いてくれるよう間部に懇願し採用される。この頃から、間部にひそかに思いを寄せていたが、やがて間部の頼みで家宣の側室「左京の方」となる。本来は心優しい性格で、家宣らとのふれあいや彼女との間にできた娘・千代姫の存在によりその優しさを取り戻していく。
左京の母
かつては「勝田玄白」の男名で加賀藩士をしていたが、現在は出家し住職をしている。息子の左京に自身との関係を強要して二人もの子をもうけており、彼に元服すらさせない異常な執着を見せる。家宣の屋敷に仕えるため家を出る左京を怨み、呪いの言葉を吐くが、息子に元服もさせず婿にも出さないでいたため、世間体を気にしたのかその後は連絡をしてこなかった。
江島(えじま)
家宣に仕える男衆を束ねる男。不器量な容貌が女性に嫌われ婿の貰い手がなかったため家宣の屋敷に仕えていた。間部詮房の依頼で左京に武術や朱子学など武士のたしなみを一通り教える。家宣が将軍となった後はそのまま大奥にあがり、秋本惣次郎の後を引き継ぎ大奥総取締となる。
千代姫(ちよひめ)
家宣と左京の間に生まれた子。後の将軍家継。幼いながらも聡明さを発揮するが母同様体が弱い。
國熙(くにひろ)
家宣の正室で、現在はお褥すべりを迎えている。亡くなった家宣の子供たちのうち2人は彼の子だったが、その辛い思いを表には出さず、家宣とも仲睦まじく左京にも優しく対応する。
新井白石
中年女性の学者で、千代姫に学問を教える。

家継編の人物[編集]

徳川家継(とくがわ いえつぐ)
千代姫が7代将軍となった姿。幼いながらも優しく聡明な性格で、江島や間部にもなついている。成長してもなお病気がちで、7歳で死去する。
月光院(げっこういん)
左京が仏門に入った姿。家継の父。次期将軍は尾州継友派。間部に心底惚れており、彼女が主の死に錯乱した時に一度だけ強引に関係を持ったことがあるものの、それ以後間部からは距離を置かれ、将軍の父としてしか見られていないことに苦悩している。天英院らの策略で陥れられた江島の命を救うため、吉宗を次期将軍に推薦することと間部の失脚をやむなく了承した。
間部詮房(まなべ あきふさ)
家継の母親がわり的存在の側用人。家宣の死に動転した弾みで一度だけ月光院と関係を持つが、彼女の中ではそれはすでに「なかった事」にされており、その後月光院から向けられる好意は拒絶している。月光院と共に、次期将軍として尾張徳川家の継友を推していた。
江島慎三郎(えじま しんざぶろう)
大奥総取締で月光院の側近。大奥では「江島」と呼ばれる。若い頃から文武両道に優れ月光院にも忠義を尽くし人格者だが、外見が毛深く不細工。実家にいる時は容貌故に男不足の世で結婚を断られ続け、仕方なく先代将軍家宣の甲府宰相時代に母の紹介で仕えてそのまま出世した身。故にコンプレックスを持ち、恋愛も自分には無縁と考えていたがあるきっかけで見た芝居で新五郎に一目惚れし、やがてお互い好意を抱いた矢先に天英院と吉宗の共謀により謀られ、拷問の末死罪(のちに月光院の嘆願で流罪に減刑)に処せられた。流刑先の高遠で28年間幽閉され生涯を終える。しかし嘘の供述をした新五郎を恨む事はなく、幽閉先で彼の世話をしたわずかの人間にもその人徳を慕われた。民衆の間で江島生島事件が話題になるが、庶民は彼の姿を見た事がないのと、瓦版などで話に尾ひれがついていたため、「絶世の美男子」という事実と食い違う評判が広まっていた。
生島新五郎(いくしま しんごろう)
歌舞伎の美人女性役者。ベテランで美しい立役を演じ民衆の人気が高いが、金のために茶屋で芝居見物帰りの大奥の男達の相手を嫌々ながらしているためスレている。しかし芸への情熱は高く人を見る目もある。江島と一度きりの会食をし他の大奥の男達とは違った純朴な彼に好意を抱く。しかしそれを政局に利用され江島との密通容疑をかけられて公演中に逮捕され、拷問で役者にとって大事な足を潰されかけたことで江島と関係を持ったと嘘の証言をしてしまう。その後三宅島に遠島になり、老女となってから釈放され江戸に戻ってまもなくひっそりと世を去る。
市川團十郎(いちかわ だんじゅうろう)
新五郎の後輩格の女性役者。小柄な若い娘だが、人気も新五郎と並んで高い。自分に合った芸を教えてくれた新五郎を慕っている。
天英院(てんえいいん)
國熙が仏門に入った姿。若くして紀州藩を立て直した吉宗の政治的手腕を買っており、彼女の部下らと密かに連絡を取り吉宗を次期将軍にするため暗躍する。穏やかな態度に似合わず、月光院や江島を陥れる冷酷さはあるものの、彼らが善人であるため自身の行為に後ろめたさも持っている。吉宗の就任後は月光院とも穏やかな関係を保っている。
藤波(ふじなみ)
天英院付きの男で、月光院派の人間達に敵意を燃やすが不始末も多く天英院に叱責されることも。新五郎を気に入っておりたびたび金で彼女を買っているが実は嫌われていることに気がついていない。江島失脚後は大奥総取締に就任したが、村瀬には影で「今までで一番小物」と評されている。吉宗編に登場した藤波と同一人物。
松島(まつしま)
藤波の部下。芝居後にハメをはずし、芸者と遊んで門限に遅刻しそうになる。水野・吉宗編にも登場。
柏木(かしわぎ)
藤波の部下。時代の流れを正確に読み、次期将軍吉宗の側室になることを考えている。松島と同じく、水野・吉宗編にも登場する。
宮路(みやじ) / 弥助(やすけ)
江島の部下。実は吉宗の送り込んだスパイ。江島生島事件の発端を作る。三郎左にお庭番を引き継ぎ、他地域での別の忍びの任務につきいずこかへ旅立つ。
尾州吉通(びしゅう よしみち)
尾張徳川家の当主。継友の姉。生前の家宣が吉宗と共に次期将軍の候補として名前を挙げていたが、食事後に吐血し、目の前の側近たちの誰にも助けられずに死亡する。

家重編の人物[編集]

徳川家重(とくがわ いえしげ)
吉宗の長女。言語・排尿障害などの障害を持っているため、周囲からは廃嫡を望む声も出ていた。知能は正常なため、周囲の偏見や悪意に触れ、性格が歪んでしまう。周囲に期待されていないと理解しており、何をやっても世の中すべての人々が幸せになることはないと諦観しているため政治に関わろうとしない。男には手が早く、気まぐれ。いつも酒を飲んでいる。
田沼意次(たぬま おきつぐ) / 龍(たつ)
家重の小姓、のち側近(主殿頭)。はじめは吉宗の小姓で、後に家重の小姓に任じられる。中々家重に馴染めなかったが、家重が失禁を恥じ入る姿を見て、家重の心を理解する。
長じては美貌を鼻にかけず、聡明で配慮の行き届いた人物となり、大奥に信奉者が多い(ただし、配慮は善意ではなく政治的な判断によるもの)。
商人の徴税など先進的な思考を持ち、家重の元で出世、政治の表舞台で活躍する。
平賀源内(ひらが げんない) / 権太夫(ごんだゆう)
女性の研究者。権太夫の名で男装している同性愛者だが、世間には平賀源内の名で知られている。田沼意次に起用される。さまざまな発明を行い、大奥内にもファンを持つ戯作者としての顔も持つ。全国を旅して赤面疱瘡撲滅のための研究を続けており、マタギの話などからこの病が熊からヒトに広まった感染症であることを見抜き、種痘などに近い方法で予防ができないかと考えているが、そのためにクマ牧場を作ろうというなど発想が突飛なため青沼らには呆れられている。
吾作(ごさく) / 青沼(あおぬま)
吉雄耕牛の弟子の外科医、通詞。オランダ人の父親と日本人の母親の間に生まれた金髪碧眼混血児。赤面疱瘡の研究のため源内と共に江戸に赴く。兄が赤面疱瘡を患い自ら命を絶った過去がある。自身も赤面疱瘡を患ったが二、三日で回復している。大奥入りして青沼と名乗り、御右筆の一員となる。
お幸の方(おこうのかた) / 梅渓守幸(うめたに もりゆき)
家重の側室。はじめは家重の正室比宮附中臈として大奥入りした。比宮死去のため帰京しようとしたが、家重に望まれ側室となり、一人娘の竹姫をもうけた。しかし家重の心が移ったお千瀬の方に嫉妬し、彼を斬りつけた事で家重の怒りを買い、牢獄に入れられてしまう。33歳で死去[14]
善次郎(ぜんじろう) / 芳三(よしぞう)
江戸の料亭・かね清の板前。のちに芳三の名で大奥入りし、家重から遠ざけられた傷心のお幸の方の料理を一任される。後の御仲居頭。
徳川宗武(とくがわ むねたけ)
吉宗の次女。見目麗しく、聡明。周囲から世継ぎとして望まれる。
徳川宗尹(とくがわ むねただ) / 小夜姫(さよひめ)
吉宗の三女。家重を嫌う。
松平乗邑(まつだいら のりさと)
老中。宗武を将軍にするよう吉宗に強く推挙する。
比宮実行(なみのみや さねゆき)
家重の正室。心優しく、家重との間に子を授かるが、家重が流産し、直後に病を経て亡くなった。
お千瀬の方(おちせのかた)
家重の側室。お幸の方の嫉妬にあい、斬り付けられた。
吉野(よしの)
家重の側室。
貴子(たかこ)
守幸の許婚の公家の女性。家重の手回しのため、他の男性と結婚する。
徳川家治(とくがわ いえはる) / 竹姫(たけひめ)
家重の長女。父はお幸の方。聡明で利発だが、調子がよいところがある。将棋の腕は家重以上に優れている。
杉下(すぎした)
大奥御年寄。家重の時代は大奥総取締に昇進。早くに「父」を亡くした、家重・宗武・宗尹の父代わりを務める。温厚で配慮深いため、周囲の人々に慕われている。
吉雄耕牛(よしお こうぎゅう)
蘭方医、オランダ通詞。六二郎という息子がいるが、吾作を養子にし、大通詞の役目を継がせようと考えていた。
大岡忠光(おおおか ただみつ)
家重の小姓頭。家重を支え、「家重の心がわかってなかった」と暇乞いを願った龍を「そなたのような者にこそ家重様のお小姓に来てもらいたかったのです」と慰留するほどの忠義者。
加納久通(かのう ひさみち)
吉宗の側近。吉宗を将軍に据えるため、3人(尾州吉通・紀州綱教・紀州頼職)を毒殺したことを吐露し隠居。
徳川吉宗(とくがわ よしむね)
大御所。将軍職を退いてもなお大きな影響力を持つ。家重、宗武らの母。58歳で死去。中興の名君と称えられる。死の直前、田沼意次に赤面疱瘡の解決を託す。

家治編の人物[編集]

田沼意次(たぬま おきつぐ)
家治より幕政を託され、老中の地位に上り詰める。赤面疱瘡の全面解明に取り組み、干拓事業にも着手したが相次ぐ天災で頓挫、娘の暗殺に見舞われ、ついに失政の責任を取らされ失脚し蟄居、領地没収を受け、のちに死去する[15]
平賀源内(ひらが げんない) / 吉(きち)
本草学者。讃岐国出身で幼少のころからからくり作りが得意で人々を喜ばせてきた。幼馴染の少女と恋仲になり兄の心配をかけさせた。しかし、弟・彦次郎(ひこじろう)が赤面疱瘡で他界、男装し遊学する決心をする。田沼、青沼とともに赤面疱瘡の解明に取り組んだが、暴漢に襲われその一人から梅毒をうつされる。その後も志を諦めず奔走し、弱毒性の赤面疱瘡に罹患した患者を見つけて青沼のところに届けることに成功。のちに病状は悪化し、田沼失脚後にこの世を去った。
青沼
田沼、源内とともに赤面疱瘡の治療法確立に取り組む。洋書から種痘の仕方を学び、大奥をはじめ多くの大名の男子に種痘を施したが田沼の失脚で死罪となった。
徳川宗武(とくがわ むねたけ)
田安徳川家の初代当主。吉宗の次女で定信の母。娘たちの中で自身の母・吉宗似の聡子を厳しく育てるが、それは自身が果たせなかった世継ぎの道を彼女に果たさせるためであったことを吐露し死去する。
松平定信(まつだいら さだのぶ) / 聡子(さとこ)
宗武の娘だが治済の計略で松平家の養子とされる。田沼意次母子に対抗心を激しく燃やす。田沼失脚後、老中となり幕政を一新する。
徳川治済(とくがわ はるさだ)
一橋徳川家の2代目当主。宗尹の娘で吉宗の孫。計略家で定信を松平家の養子にさせ、田沼意次に敵意を向けさせる。自分の息子・竹千代に種痘を受けさせる。
田沼意知(たぬま おきとも)
田沼意次の娘。老中になった母とともに幕府で権勢をふるう。しかし、江戸城中で暗殺される。
徳川家基(とくがわ いえもと) / 千代姫(ちよひめ)
家治の娘で後継者。幼少のころは病弱であったが成長するにつれて健康体になる。だが、突然の病で死去する。享年18。
五十宮倫仁(いそのみや ともひと)
家治の正室で家治から愛され男児を儲ける。家治が側室の間に千代姫を儲けたことを知り落胆するが、家治の配慮で千代姫の養父となる。蘭学に興味を示し青沼の元で勉学に励むが、病を患い死去する。
お知保の方(おちほのかた) / 保川(やすかわ)
家治の側室で家基の実父。
徳川家斉(とくがわ いえなり) / 豊千代(とよちよ)
治済の長男。元は竹千代(たけちよ)と名乗っていたが青沼より種痘を受け回復し、母から「豊千代」と改名された。家治の死後、治済の尽力により家光以来初の男将軍、家斉として就任する[16]
黒木(くろき)
御祐筆で青沼の世話係。父は蘭医者であるが治療とは名ばかりの行為に嫌気がさし、母の取り成しで大奥入りする。そのせいで当初、蘭学に対して嫌悪感を抱いていたが、青沼の懸命な姿勢に心を打たれ共に行動するようになる。田沼失脚で大奥を追放され村の医者となる。
高岳(たかおか)
大奥総取締で田沼意次の信頼を受ける。家治没後、田沼失脚で解任される。
松方(まつかた)
御中臈で蘭学に嫌悪感を持ち、田沼らに敵意を持つ。高岳解任により総取締に就任する。
伊兵衛(いへえ) / 伊予吉(いよきち)
呉服の間のお針子で廻船問屋の次男。書道が得意であったが不祥事で母から勘当同然で大奥に入れられ不平不満の毎日を送ったが青沼の助手となり活躍し、事件の真相を知った母と和解した。しかし、田沼の失脚で黒木とともに追放され、黒木の助手となる。
僖助(きすけ)
青沼が大奥入りして最初に看た男。御半下の自分にも分け隔てなく治療を施す青沼に好感を持ち、徐々に「医学を学ぶことで自分も他人様の役に立てたら」と思うようになり、青沼の講義を受ける。赤面疱瘡の治療法を模索する仲間の一人。実家は紙問屋。
瀬川菊之丞(せがわ きくのじょう)
歌舞伎役者で源内の情人。源内に振り回され恨みを抱いたこともあったが、彼女のことを常に心配している。源内の死の5年後に死去している[17]
杉田玄白(すぎた げんぱく)
蘭学者で源内の友人。『解体新書』の著者で大奥を見学し、家治の突然の謁見を受ける。
青海屋仁左衛門(おうみや・にざえもん)
田沼の信頼を受ける廻船問屋の主人で伊兵衛の母。長男を次期当主として期待し伊兵衛を疎んじていた。しかし、長男の自殺に衝撃を受け、女中と恋仲になった伊兵衛を勘当し大奥に送り込んだ。その後、出家した元女中から事件の真相を聞き伊兵衛と和解した[18]。田沼失脚による連座で財産没収され行商人に転じた[19]
佐野善右衛門政言(さの・ぜんえもんまさこと)
没落旗本。江戸城中で意知を待ち伏せし、彼女を暗殺。捕らわれた後、刑死されたが佐野の行為が江戸市中で絶賛され、「世直し大明神」として崇められる。

用語解説[編集]

赤面疱瘡[編集]

赤面疱瘡(あかづらほうそう)は、本作にて登場する、架空の伝染病

症状はまず高熱を発することから始まる。そして真っ赤な発疹が全身に広がり、爛れ上がり死に至るというものである。発病した者は「十人のうち八人が死ぬ」。罹患者はほとんど10代から20代の男性である[20]。しかし、長崎で吾作らが赤面疱瘡を発症した際、罹患した全員が二、三日で全快して流行には至らなかったというケースもある。
日本特有の風土病のように描かれており、外国で発症した例は確認されていない。

作者のよしながふみ自身が、赤面疱瘡は架空の伝染病で実在しないことを明らかにしている。

本作での大奥[編集]

本作での大奥内の役職[編集]

大奥に仕える男性の身分は、将軍にお目通りが許される「お目見え以上」と、お目通りが許されない「お目見え以下」の大きく二つに分かれる。

帯刀が許されるのは「お目見え以上」の者と、御火の番の者のみ。また御年寄や御中臈などお目見え以上の中でも上級職に就いた者には専用の部屋と使用人が与えられる。

お目見え以上

  • 大奥総取締(おおおくそうとりしまり)
    • 大奥に起こることごとくの事を取り仕切る役目。御年寄の中から一名がその任に就く。御年寄は上臈御年寄より格下だが、実際には大奥に仕える男達の中で最も力を持つ存在である。
  • 上臈御年寄(じょうろうおとしより)
  • 御年寄(おとしより)
  • 御客応答(おきゃくあしらい)
  • 中年寄(なかどしより)
  • 御中臈(おちゅうろう)
    • 将軍御台所の身辺の世話係。この中から、「お手つき」つまり側室が出る。専用の部屋と使用人が与えられる。使用人からその部屋の主人という意味で「旦那様」と呼ばれる。年齢制限はないが、いずれも家元及び器量の良い若い男子が選ばれる。
  • 御小姓(おこしょう)
  • 御錠口(おじょうぐち)
    • 表御殿と大奥の境の詰め所で錠口の番にあたる役目。
  • 表使(おもてづかい)
    • 大奥で必要な種々の日用品の買い物を取り仕切る。
  • 右筆(ごゆうひつ)
    • 表向きへの文書作成、諸家への書状作成の他に、大奥で起きた全ての出来事を記録・執筆する役職。
  • 御伽坊主(おとぎぼうず)
    • 将軍付きの役職。正式な僧侶ではなく、去勢されて男性ではないことを示すために墨染め衣を纏っている。
  • 呉服の間(ごふくのま)
    • 大奥中の全ての衣服を仕立てる役職。一日中裁縫に明け暮れる。

お目見え以下

  • 御三の間(おさんのま)
    • お目見え以下の中では最も地位が高く、旗本以上の子息しか就くことが出来ない。奥仕えの振出しとも言える役職。御年寄や御中臈の目に留まり、念者・念弟の間柄になれば、一気に出世が叶うこともある。
    • 御三の間に仕える人々は揃いの(はなだ)色の着物と袴をつける決まり。帯刀は許されない。
    • 仕事内容は、主に以下のようなものである。
      1. お目見え以上の人々(「旦那様」と呼ばれる)が勤めを終えて部屋に戻るまでに、部屋の掃除を済ませる。
      2. 旦那様方の身の回りの世話全般。着物などに香を焚き染める。
      3. 湯水の運搬など雑用。
      4. 旦那様方が部屋に戻った後は、膳部の仕度。指示された部屋に夕餉を運ぶ。
  • 御広座敷(おひろざしき)
  • 御火の番(おひのばん)
  • 御半下(おはした)
    • 清掃などに従事。お目見え以下の中でも地位は最下位だが、身元のしっかりした裕福な商家などの息子たち。

本作での大奥内の決まり事[編集]

御内証の方(ごないしょうのかた)
本作では3代将軍となった千恵が制定。未婚の女将軍に夜伽の手ほどきをする最初の男を大奥の中から選び、「御内証の方」とし、お勤めを終えた後に内々に死罪にすると定めた。(水野・吉宗編では10日後になっているが4代家綱編では翌日に執行されている)
破瓜によって将軍の体に傷をつける大罪人であるというのが建前であるが、実際は後述にある千恵のトラウマが原因である。
綱吉・家宣は就任前に既に御台所がおり、家継は幼少で死亡、吉宗は密かに相手の男を釈放したため実際死罪に処せられたのは1人である。
お褥すべり(おしとねすべり)
大奥に居る男で35歳を越えたものは将軍と閨を共にすることは許されていない。

作中の社会の風習[編集]

家光の時代[編集]

  • 江戸時代初期までは日本の男女構成比はほぼ1:1であったが、家光の時代に赤面疱瘡が大流行したため、男子が激減し、女子の約4分の1になった。その結果、土地を守る為に畑仕事を始める女性が増え始め、力仕事も女性の手にとって変わられてゆく。作業がしやすいように、髷を結う髪型が女性の間で流行し始める。
  • 一家に一人男子が成人する事は稀になり、民百姓ばかりでなく大名の間でも世継ぎに死なれて難渋するが増えた結果、幕府にとって脅威である有力な大名家が次々にお取り潰しになる。武家の女子の跡取りを認めたのはこの時点では赤面疱瘡の流行が落ち着き男性人口が回復するまでの暫定措置の予定だった。
  • 吉原は男子の減少で廃れ、女性に体を売る不健康な男達が残った。千恵はこれを大奥の財政のためリストラした健康な男達を送り込む事で補い、花街吉原を復活させ価格を下げる。

吉宗の時代[編集]

  • 女が労働の担い手となっていく。あらゆる家業が女から女へと受け継がれ、駕篭かきや刑吏のような重労働も女の仕事である。
  • 歌舞伎役者は女性であり立役も男装した女性。家重の時代には大奥の男達が寺への代参がてら芝居小屋に寄り、そのまま茶屋で女性役者を買うのが常態化しており、ここでのみ男が女を買う買春が事実上行われていた。
  • 男は子種を持つ宝として大事にされるあまり、一般庶民には夜の種付け以外特に何もせず家でぶらぶらしている成人男性も多かったが、国防上男子の体力増強も必要と考えた吉宗の意向で火消として町人の男子が公募され、進吉のように体力をもてあましている若い男達が応じた。
  • 貧しい女たちは夫を持つことも出来ず、花街で男を買い種を付けてもらい子供を生むか、成長できた息子のいる家に謝礼を払って種付けを依頼する。当然吉原の花魁も男性である。容色の良い男子には種付け依頼が相次ぐ。
  • 貴重な男子を婿として迎えるには相手方に多額の結納金を払わねばならず、このため高位の武士階級や富裕な商人・庄屋など以外は夫を持つことがほぼ不可能である。大名や将軍など身分の高い武士は正室の他に側室として複数の夫を持つことができるが、貧しい下級武士や公家は娘婿の確保に苦労しており庶民同様夫を持てず子種を買うことしかできない場合も多い。
  • 家業を継ぐ者は、男名を名乗る。記録には男名で記され、夫がいても書かないか、わざわざ女名で「妻・〜〜〜」などと記される。家督を継ぐ時は男名で公儀に届け出る。
  • この時代には家督は女が継ぐのが当たり前と考えられており、成長する事のできた若い男は謝礼を貰って子種をばら撒くよう、主に母親である世帯主によって管理される立場であった。一般庶民はもちろん公家・武家でも貧しい家は息子を毎晩のように金で売るのが常態化しており、作中の水野家のように息子を売らないポリシーの家は稀であった。
  • 諸外国には日本が女性中心の国家になったことは伏せられており、鎖国はその事情を隠す意味もあった。外国からの使いが来たときは将軍は男装し、直接対面はせず御簾越しに会い会話は男性の側近が代わりに行う。長崎の出島には男性か男装した女性しか入れない。幕府の表向きの公文書にも将軍は男性であるかのように描写され、体格や年齢に関しても事実と異なる表記が行われる。事実を書いた文章は将軍と執筆者である御右筆頭のみが閲覧できるようになっていたが、家重時代には青沼など御右筆の全員がこれを読み男女逆転の歴史を知っている。

家督相続の事情[編集]

  • 武家では女子が元服し、男子名を名乗らせる家が増える。当初は取り潰されないために跡取り娘を男装させて男子と偽って届け出ていた家もあったが、次第にそうした家の数が増え男装に明らかに無理のある女性大名も増えたこともあり、千恵が女将軍として公に名乗りをあげ女子の跡取りが認められて以降は女性大名達も女性用の服装や髪型に改めている。しかし当初の名残として家督相続者が男名を持つ慣習だけは残った。
  • 庶民の間でも、男子の激減のせいで娘に家業を譲る事が多くなる。
  • 男子が生まれると家業を手伝わせずに家の奥で大事に育て、高い値で息子の体を売る家も増える。
  • 寛永の大飢饉のために農村から流れてきた物乞いが増える。それでも江戸の町は活気付いている。
  • 幕府は、諸国を治める大名家をこれ以上取り潰すと少数の大名家が広大な領地を統治する事になり、必然、一家の所有できる兵士も多くなり藩幕体制を揺るがしかねない事態になると恐れ、大名家の後継に女子が立つ事が認められた。その際、千恵が正式に女将軍となる[21]
  • 5代将軍綱吉が、男子相続を絶対視して武の家風を誇っていた赤穂藩浅野家が起こした松の廊下刃傷や赤穂浪士討ち入りの一連の事件を受け、血生臭い気風とともに男を政治から追い払おうと男子の相続を禁止する命を発した。後に6代将軍家宣により(生類憐れみの令と共に)廃止されるが、その頃には既に武家でも女子が家督を継ぐ慣習は既に定着しており、昔を知るごく一部の老齢者以外はそれを当然のものと考えもはや疑うこともない[22]

派生作品[編集]

ドラマCD[編集]

『大奥』極上音絵巻

  • 掲載誌『MELODY』と1巻連動で行われた応募者全員サービスのために作られた。

声優

実写作品[編集]

2010年の水野・吉宗を主人公とした映画に続き、2012年に連続テレビドラマで有功・家光の時代、映画第2作で右衛門佐・綱吉の時代を描いた実写映像作品が製作されている。いずれもTBSテレビを中心とする製作委員会によるプロジェクトで、監督およびメイン演出は金子文紀による。

受賞歴[編集]

書誌情報[編集]

関連書籍[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 「大奥」 よしながふみ
  2. ^ よしながふみ「大奥」TVドラマ&映画で再び実写化” (日本語). コミックナタリー. ナターシャ (2012年1月17日). 2012年1月18日閲覧。
  3. ^ ダ・ヴィンチのブックランキング1位は銀の匙&ちはやふる”. コミックナタリー (2012年12月6日). 2013年1月5日閲覧。
  4. ^ 水野を助けた件については秘秘密裏に行われたはずだが、お幸の方ら後の大奥の人間は何らかの形でこの件を伝え聞いているものと思われる。
  5. ^ 「美男子ならば解雇されても婿の貰い手がいくらでもある」という理由で大奥のリストラを行っているが、自分が手をつけてしまった男は跡継ぎの問題もありリストラする訳にいかなくなるため。
  6. ^ 史実のお楽の方は1651年(慶安4年)、32歳で死去した。
  7. ^ 家光が逝去した時、家光の弟の保科正之が存命していた(第2巻)。
  8. ^ 異父姉の家綱が41歳で死去した後に就任しており、生母の千恵の死亡年齢から家綱との年齢差は10歳以内であるため就任時は既に30を過ぎていると思われる。
  9. ^ 右衛門佐やお信(吉宗)がそうした例である。
  10. ^ 幼少時に麻疹にかかったと綱吉が語る場面があり、麻疹は一度かかると再発しない(終生免疫)ため、不自然な話の流れとなっている
  11. ^ 設定上は吉保自身にも夫と子がいる。
  12. ^ 後に登場した吉宗の父も娘にそのような呼び方をしている
  13. ^ 史実では牧野安は次女である。
  14. ^ 史実のお幸の方も投獄されているが、理由は全く異なる。徳川家重#人物・逸話を参照。
  15. ^ 『メロディ』2013年12月号 P.120
  16. ^ 『メロディ』2013年10月号 P.306
  17. ^ 『メロディ』2013年12月号 P.119
  18. ^ 『大奥』第10巻 P.59-88
  19. ^ 『メロディ』2013年12月号 P.118
  20. ^ ただし、作中の家光のように、30代前半での発病例も存在する。
  21. ^ 寛永後期頃と思われる。春日局は寛永20年没。
  22. ^ 宝永年間の頃と思われる。
  23. ^ James Tiptree, Jr. Award 2009 Winners”. 2010年3月18日閲覧。
  24. ^ ジェッツコミックス>>大奥、2012年12月4日参照。
  25. ^ VIZ Media products”. VIZ Media. 2010年3月17日閲覧。

外部リンク[編集]

  • 大奥 - 白泉社による作品紹介