飯守泰次郎

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飯守 泰次郎(いいもり たいじろう、1940年9月30日 - )は指揮者。旧満州新京生まれ。 右派的な裁判官として知られた飯守重任を父とする。

桐朋学園短期大学指揮科卒。斎藤秀雄に師事。アメリカ留学中にミトロプーロス国際指揮者コンクールに入賞。のちにカラヤン国際指揮者コンクールに入賞。

ドイツでの活動が長くバイロイト音楽祭の音楽助手をつとめる。またマンハイムレーゲンスブルクなど各地の歌劇場で活動をする。ドイツでの活動を継続出来るよう朝比奈隆が一度助けてくれたという逸話がある。現在オランダ・エンスヘデ市立音楽院オーケストラ顧問。

日本国内では1972年から1976年まで読売日本交響楽団指揮者、1993年から1998年まで、名古屋フィルハーモニー交響楽団常任指揮者。1997年より東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団常任指揮者、2001年より関西フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者を兼ねる。

ベーレンライター版によるベートーヴェン・チクルスを東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団・関西フィルハーモニー管弦楽団の双方で成し遂げる。前者はCD化された。また、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団とともに、2000年から4年にわたって「ニーベルングの指環」全四部作、2004年ローエングリン」、2005年パルジファル」、2008年トリスタンとイゾルデ」と、ワーグナーの楽劇を「オーケストラル・オペラ」というコンセプトで演奏、日本のワーグナー演奏史に大きな軌跡を残し、数々の賞を受けることになる。

関西フィルハーモニー管弦楽団では藤岡幸夫と共に楽団の顔であり、時に同じ演奏会で指揮を分け合うこともある(前半が藤岡で、後半が飯守)。2005年にはピアニストの迫昭嘉とともに大澤壽人ピアノ協奏曲第3番を関西で67年ぶりに演奏した。その後も関西フィルハーモニー管弦楽団とともに大澤の作品を精力的にとりあげている。さらに以前より同楽団がとりあげていた貴志康一の作品についても指揮している。

2000年度第32回サントリー音楽賞、2003年度第54回芸術選奨文部科学大臣賞、2004年秋に紫綬褒章を受賞。

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