光岡明

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光岡 明(みつおか あきら、1932年11月3日 - 2004年12月22日)は、日本作家である。熊本県熊本市生まれ。

熊本大学法文学部を卒業後、熊本日日新聞に入社。文化放送部長、編集局次長、論説副委員長などを務めた。その間、父の死をきっかけに小説を書き始め、1976年文学界』に発表した『いづくの蟹』で芥川賞候補に。続いて『奥義』『湿舌』『草と草との距離』で計4回、同賞候補になった。1978年草と草との距離』などで熊日文学賞受賞。1982年に『機雷』で第86回直木賞を受賞した。九州在住者では初の同賞受賞だった。1985年から1995年まで熊本近代文学館の館長を務めた。2004年12月22日に肺がんのため、死去。享年72。死の直前に、自らのがん告知、西行のことなどを書いた個人誌「この世」No.1を出した。

[編集] 受賞歴

  • 第75回芥川賞候補(1976年)『いづくの蟹』
  • 第77回芥川賞候補(1977年)『奥義』
  • 第78回芥川賞候補(1977年)『湿舌』
  • 第79回芥川賞候補(1978年)『草と草との距離』
  • 第20回熊本日日新聞文学賞(1978年)
  • 第86回直木賞受賞(1982年)『機雷』