山本周五郎

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山本 周五郎(やまもと しゅうごろう、1903年明治36年)6月22日 - 1967年昭和42年)2月14日)は、日本小説家。本名、清水三十六(しみず さとむ)。

年譜[編集]

6月22日 - 山梨県北都留郡初狩村(現:大月市初狩町下初狩)にて父・清水逸太郎、母・とくの長男として誕生。
初狩村が明治40年の大水害で壊滅的被害を受け、一家で北豊島郡王子町豊島(現:東京都北区豊島)に転居。
神奈川県横浜市久保町(現・神奈川県横浜市西区久保町)に転居。
横浜市立尋常西前小学校(現横浜市立西前小学校)卒業。卒業と同時に東京木挽町二丁目(現:銀座二丁目)にあった質店の山本周五郎商店に徒弟として住み込む。
徴兵検査を受けたが、眼力が問題となり丙種合格で免れる。同年9月1日の関東大震災によって山本周五郎商店も被災しいったん解散となる。その後豊橋、神戸に転居。
再び上京。帝国興信所(現:帝国データバンク)に入社。文書部に配属。その後帝国興信所の子会社である日本魂社に転籍。
文藝春秋』4月号に『須磨寺附近』が掲載されこれが文壇出世作となる。
10月20日 - 脳溢血で母・とく死去。
千葉県東葛飾郡浦安町(現:浦安市)に転居。
10月 - 勤務不良により日本魂社から解雇される。
東京虎ノ門に転居。
11月 - 宮城県亘理郡吉田村(現:亘理町)出身の看護婦・土生きよいと結婚。2男2女を儲ける。
東京馬込東に転居。空想部落と称された馬込文士村の住人となる。
6月26日 - 中風で父・逸太郎死去。
第17回直木賞に『日本婦道記』が選ばれるが辞退。
5月4日 - 膵臓癌で妻・きよい死去(享年36)。
自宅の筋向いに住んでいた吉村きんと再婚。横浜市中区に転居。
春 - 旅館「間門園」(神奈川県横浜市中区本牧間門51付近)を仕事場とする。
『樅の木は残った』が毎日出版文化賞に選ばれるが辞退する。
文藝春秋読者賞に『青べか物語』が選ばれるが辞退。
2月14日 - 間門園別棟で肝炎心臓衰弱のため死去。享年63。墓所は神奈川県鎌倉市の鎌倉霊園。戒名は恵光院周嶽文窓居士。

人物[編集]

ペンネームの由来[編集]

ペンネーム「山本周五郎」の由来として(他のペンネームとして、俵屋宗八・横西五郎・清水清・清水きよし・土生三・佐野喬吉・仁木繁吉・平田晴人・覆面作家・風々亭一迷・黒林騎士・折箸闌亭・酒井松花亭・参々亭五猿を用いた)、自身の出世作となった『須磨寺附近』を発表する際に本人の住所「山本周五郎方清水三十六」と書いてあったものを見て、文藝春秋が誤って山本周五郎を作者名と発表した説があるが、以前にも山本周五郎をペンネームとして使用していた形跡があり定かではない。

しかしながら雇主であった店主の山本周五郎は、自らも酒落斎という雅号を持ち文芸に理解を持っていた。その為、周五郎を文壇で自立するまで物心両面にわたり支援し、正則英語学校(現正則学園高等学校)、大原簿記学校にも周五郎を通わせている。ペンネームにはそのことに対する深い感謝の念が込められていたと思われる。

作風[編集]

作風は時代小説、特に市井に生きる庶民や名も無き流れ者を描いた作品で本領を示す。

また伊達騒動に材を求めた『樅ノ木は残った』や、由井正雪を主人公とした『正雪記』などの歴史小説にも優れたものがある。

山本の小説に登場する人物は、辛酸を嘗め尽くし、志半ばで力尽きてしまうものが少なくないが、かれらに、生きる上でのヒントとなる、含蓄のある台詞を吐かせる、というのも山本の作風である。

『日本婦道記』で第17回直木賞に推されるも辞退し、直木賞史上唯一の授賞決定後の辞退者となった、直木賞を受賞辞退した裏には、一説に賞を主催する文藝春秋菊池寛との不和が挙げられる[要出典]

担当した雑誌編集者は数多いが、その中では、博文館の雑誌『少年少女譚海』の編集者で後に名物編集長として知られた井口長次(『桃太郎侍』の山手樹一郎の本名)、朝日新聞社の担当記者だった木村久邇典などが知られる。

特に木村は、山本の没後は生涯にわたり、多くの評伝・作品研究を書き、『全集』(全30巻、新潮社)を編み、埋もれた作品を発掘、新潮文庫で再刊等を行った。代表作に『山本周五郎』(上下巻、新版アールズ出版)、他にも『書簡にみる山本周五郎像』(未來社)など20数冊を刊行。また数多の作品に登場する人物たちの台詞を集め、箴言集『泣き言はいわない』(新潮文庫、改版2009年)を出している。なお類書に、清原康正編『山本周五郎のことば』(新潮新書、2003年)がある。

他に担当者の回想に、文藝春秋の編集者だった大河原英与『山本周五郎最後の日』(マルジュ社)がある。功績を記念し1988年より、新潮社などにより山本周五郎賞が発足した。

「日記」に、太平洋戦争中の全文を一挙収録した『戦中日記』(角川春樹事務所、2011年12月)が、近年の「評伝」に、『周五郎伝』(齋藤愼爾、白水社、2013年6月)がある。

逸話[編集]

  • 尋常小学校の学生時分のこと、国語の宿題に作文が課された。その作文に山本は、級友の某とあれこれ楽しく遊んだことを書き、提出した。翌日、それぞれの作文が教室に掲示されると、山本の作文に登場する当の本人の某が「山本の作文は嘘だ。俺は山本と遊んだことなどない」と言い放ち、室内が騒然となった。詰め寄る級友たちの前に、なすすべもなく立ち竦んでいると、担任がやってきた。事の次第を聞き及び、文章を読み返した担任は一言、「三十六(周五郎の本名)。こうも見事に嘘が書けるのは素晴らしい。お前は将来小説家になれ」と言ってくれた。
  • 若い頃に植物学者の牧野富太郎の元に取材に行き、何気なく「雑木林」という言葉を使ったところ、「どんな花にも、どんな木にもみな名前がある。雑木林というのは人間の作った勝手な言葉だ」と咎められた。感心した山本は、それ以降、植物の名前を積極的に憶えるようになった。
  • 山本は、中原中也太宰治を高く評価していた。代表作のひとつ『虚空遍歴』の主人公である中藤沖也は中原がモデルであると言われている。
  • 山本の本名三十六は、明治36年生まれであったことから来ている。彼自身はあまり気に入っていない名前であったらしい。
  • ワイン好きであった山本が「これまで飲んだ和製ブドー酒のどれにも似ない、これぞワインだ」と絶賛した国産のマデイラ・ワインが、生まれ故郷でもある山梨県の中央葡萄酒株式会社から「周五郎のヴァン」として販売されている。

作品一覧[編集]

関連作品[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

ほか多数

舞台[編集]

  • こんち午の日/季節のない街/ ながい坂/さぶ / 柳橋物語 / 梅咲きぬ/つゆのひぬま/夜の辛夷/赤ひげ / わたくしです物語/青べか物語//かあちゃん/地蔵/ひとごろし/裏の木戸は開いている/おたふく物語 ほか(前進座)
  • 夢ごころ (名鉄・東宝提携特別公演 / 名鉄ホール)
  • 川霧の橋 (1990年 / 宝塚歌劇団月組) - 『柳橋物語』『ひとでなし』が原案
  • 小さな花がひらいた(1971年・1981年・1982年・1991年・1992年・2011年 / 宝塚歌劇団花組星組) - 『ちいさこべ』が原案
  • いのちある限り (1978年 / 宝塚歌劇団雪組)- 『野分』『釣忍』が原案
  • 落葉のしらべ (1972年 / 宝塚歌劇団雪組) - 『落葉のとなり』が原案
  • 白い朝 (1974年・1997年 - 1998年 / 宝塚歌劇団月組・花組) - 『さぶ』が原案
  • 沈丁花の細道 (1984年 / 宝塚歌劇団月組)- 『半之助祝言』が原案
  • TRUTH (1999年・2005年 / 演劇集団キャラメルボックス)- 『失蝶記』(日日平安収録)が原案
  • 五瓣の椿 (2005年6月4日 - 6月28日 / 明治座)
  • まつさをな (2007年 / 演劇集団キャラメルボックス)- 『みずぐるま』(おさん収録)が原案
  • 赤ひげ (2008年1月 / 劇団俳優座
  • おたふく / ゆうれい貸屋 (演劇倶楽部『座』
  • さぶ(劇団俳小

オペラ[編集]

  • 松とお秋(2004年、「周五郎の世界」東京文化会館小ホール 2006年、NPOみんなのオペラ/江東文化センター 2010年12月4日、大中恩作品の会/津田ホール / 脚色:岡村喬生、作曲:大中恩) - 『嘘アつかねえ』『ほたる放生』(「日日平安」収録)が原案

漫画[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]