蕎麦

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蕎麦(乾麺)
100 g (3.5 oz)あたりの栄養価
エネルギー 1,406 kJ (336 kcal)
74.62 g
0.71 g
飽和脂肪酸 0.136 g
一価不飽和脂肪酸 0.185 g
多価不飽和脂肪酸 0.22 g
14.38 g
トリプトファン 0.204 g
トレオニン 0.503 g
イソロイシン 0.553 g
ロイシン 0.937 g
リシン 0.607 g
メチオニン 0.204 g
シスチン 0.268 g
フェニルアラニン 0.617 g
チロシン 0.299 g
バリン 0.707 g
アルギニン 0.899 g
ヒスチジン 0.339 g
アラニン 0.705 g
アスパラギン酸 1.058 g
グルタミン酸 3.113 g
グリシン 0.942 g
プロリン 0.868 g
セリン 0.738 g
ビタミン
ビタミンA相当量
(0%)
0 μg
チアミン(B1)
(42%)
0.48 mg
リボフラビン(B2)
(11%)
0.13 mg
ナイアシン(B3)
(21%)
3.21 mg
(19%)
0.954 mg
ビタミンB6
(18%)
0.24 mg
葉酸(B9)
(15%)
60 μg
ビタミンB12
(0%)
0 μg
ビタミンC
(0%)
0 mg
ビタミンD
(0%)
0 IU
ミネラル
カルシウム
(4%)
35 mg
鉄分
(21%)
2.7 mg
マグネシウム
(27%)
95 mg
マンガン
(61%)
1.291 mg
リン
(36%)
254 mg
カリウム
(5%)
252 mg
ナトリウム
(53%)
792 mg
亜鉛
(18%)
1.71 mg
他の成分
水分 6.88 g
%はアメリカ合衆国における
成人栄養摂取目標 (RDIの割合。
出典: USDA栄養データベース(英語)
100g中の食物繊維[1]
項目 分量
炭水化物 69.6 g
食物繊維総量 4.3 g
水溶性食物繊維 0.8 g
不溶性食物繊維 3.5 g
蕎麦(乾麺)のアミノ酸スコア[2][3]
板状に延ばした蕎麦
上の状態から「小間板」(駒板)を当て、蕎麦切り包丁で切り揃える

蕎麦(そば)は、穀物ソバの実を原料として加工した、日本の類の一種、および、それを用いた料理である。今日、単に「蕎麦」と呼ぶ場合、通常は蕎麦切り(そばきり)を指す。中華そばなどと区別して日本蕎麦(にほんそば)とも呼ばれる。

歴史は古く、寿司天ぷらと並ぶ代表的な日本料理である。この蕎麦の調味として作られる「つゆ(蕎麦汁)」は、地域によって色・濃さ・味になどに明らかな違いがあり、その成分も各地によって好みが分かれる。

蕎麦を供する場合には(竹簾が敷かれている専用の蕎麦皿など)やざる(ざるそば用)、蕎麦蒸籠などが用いられる。蕎麦つゆを供する場合には徳利(蕎麦徳利)と猪口(蕎麦猪口)が用いられることが多い。また汁を張った丼に蕎麦をいれて供するものもある。

蕎麦は専門店のみならず、外食チェーンなどのメニューにも載っており、小売店などでも麺が乾麺または茹で麺の状態で販売され、カップ麺としても販売されている。

目次

材料・製法

「蕎麦粉」、「つなぎ」、「水」を用いて作られる(製法は蕎麦粉を参照)。つなぎを用いないこともあり、風味付けの材料を加えることもある。

つなぎ(結着剤)は一般的には小麦粉が用いられる。小麦粉に対する蕎麦粉の配合割合によって名称が変わる(後述#蕎麦粉割合による分類)。乾めん類の日本農林規格[4](JAS)の「干しそばの規格」において、蕎麦粉の配合割合が40%以上の麺を標準品、50%以上の麺を上級品としている。「生めん」については、不当景品類及び不当表示防止法に基づく「生めん類の表示に関する公正競争規約[5]」が定められており、その中で「そば粉30%以上」の製品について「そば」との表示が認められる。また、「良質のそば粉50%以上」含まれているものについては「高級、純良、特選、スペシャル等、その他これらに類似するものとして公正取引協議会で指定する文言」の表示が認められている。市販の安価な麺では五割以下の場合も多い。「加工食品品質表示基準」[6]では、食品の原材料を量の多い順に記載するよう定められているため、このような麺は「小麦粉、そば粉」の順に原材料表示される。

他につなぎとして使用されるものは鶏卵(卵切り蕎麦と称する)、長芋山芋布海苔へぎそばと称する)、こんにゃくオヤマボクチなどがあり、それらを加えることで独特の食感やコシが発生する。

また、風味付けに加えられる素材によって、胡麻切り蕎麦(黒ゴマを使用)、海苔切り蕎麦(海苔を使用)、茶蕎麦(抹茶を使用)などの種類がある。店によってはモロヘイヤ山椒タケノコふきのとうアシタバ大葉柚子若布などの季節の植物を練り込んで出すところもある。

蕎麦は、人力による手打ち、製麺機による製造にかかわらず、通常次の工程により作られる。

  • 「水回し」ないし「ミキシング」 - 蕎麦粉とつなぎを混ぜ、加水しながら撹拌し丸い蕎麦玉にする。手打ちの場合は「こね鉢」と呼ばれる木製のを用いる。
  • 「木鉢(こね)」ないし「プレス」 - 蕎麦玉を繰り返し押しつぶすことで練り、粘着性を高める。
  • 「延し」ないし「ロール」 - 生地が張りつかないよう打ち粉した上で、薄く圧延し、平たい長方形型にする。手打ちの場合は木製の麺台に載せ、「麺棒」と呼ばれる木の棒を用いて圧延する。
  • 「切り」ないし「カット」 - 圧延した生地を幅1 - 2mm程度の線状に切断しての形とする。手打ちの場合はまな板に載せ、何層かに折り畳んだ後、「小間板」(駒板)と呼ばれる定規を当てながら蕎麦切り包丁で切断する。

以上により切り出された蕎麦麺を茹で上げれば蕎麦が完成する。

通常、蕎麦はたっぷりの大きな鍋で湯がかれる。茹で上がった麺を取り出す場合には金属製あるいは竹製のザル状になったそば揚げが用いられることも多い。蕎麦を茹でた湯はごく薄い粥のようになる。これを蕎麦湯(そばゆ)という(詳しくは後述)。

食べ方

一般的には以下の食べ方がある。

もり蕎麦・ざる蕎麦
茹でた後にぬめりを取るために冷やしながらそばを洗い、木製か竹製の四角形の器の底にすのこを敷いた蒸篭(せいろ)や(ざる)に盛り付ける。「蕎麦猪口」と呼ばれる別の小型の器につゆを入れ、箸で一口分を取ってつゆにつけながら食べる。かけ蕎麦より古い食べ方である。
つゆの薬味として、摺り下ろしたわさびと刻んだネギが最も用いられる。いずれも、つゆとは別にされ、好みに応じた量がとれるようになっている。わさびはつゆに溶いたり、風味を損なわないように蕎麦に乗せたりする。また、大根おろしとろろの生卵(関西に多い)を溶くこともあり、これを特に「おろし蕎麦」「とろろ蕎麦」と称する。
温かいつゆを用いる場合、タネをつゆで煮たものを出し、これを「ぬき」(蕎麦ぬきの意)と言う。鴨つけ・肉つけないし鴨せいろ・肉せいろなどと称する。
かけ蕎麦
かけそばは、冷水や氷水で〆てぬめりをとり、熱湯で温め直してから丼に入った熱いつゆの中に入れて食べる。
薬味として、小口切りにした長ネギ七味唐辛子がよく用いられる。細かく刻んだ柑橘類の皮を入れると、風味が立つ。
ぶっかけ蕎麦
茹でた後にぬめりを取るために冷やしながらそばを洗い器に入れ、食べる際に別の器に入ったつゆをかけて麺を浸した状態で食べる。器は丼型か、より広口の器が用いられ、深皿のような浅い器も用いられる。また、出水そばや出雲そばのように小型の皿に分けられていることもある。
具は、主となる具をキュウリ錦糸玉子カマボコワカメなどの具とともに、蕎麦の上に綺麗に盛り付ける。盛り付け方は冷やし中華に近い。

もり蕎麦・ざる蕎麦とぶっかけ蕎麦は冷たいつゆを用い、かけ蕎麦は温かいつゆを用いるため、それぞれ「冷たい蕎麦」「温かい蕎麦」と分類されることが多い。ただし温かいつゆのつけ蕎麦や冷たいつゆのかけ蕎麦もあって、これらの言葉は一義的ではない。

また、めずらしい食べ方としては、新蕎麦の香り・歯触り・喉越しを楽しむために、つゆをつけずに、をつけて食べることがある。

そばの香りや喉越しを楽しむために食べるときに音を立てることが許され、その点ではうどんや中華麺などと並んで世界的にも稀有な料理である。

蕎麦好きな人の中には、蕎麦とは香りと歯触りを賞味すべきものであるとして、「蕎麦はもり(そば)に限る」というこだわりを持つ人もいる。食通で有名な文豪・池波正太郎の書生をつとめ、自らも蕎麦好きを自認するルポライターの佐藤隆介は、著書の中で「めんつゆに卵を入れようとしたところ、卵など入れてはいけないと池波にたしなめられた」というエピソードや、ざる蕎麦すら供さない名店のような例を挙げ、蕎麦切り本来の滋味を味わうにはもりが一番であると述べている。佐藤は、海苔がのっていては蕎麦の香りが損なわれるからだろうと書いている[7]

多くの蕎麦好きは、新蕎麦の季節ともなれば蕎麦の味よりもむしろ香りを重要視する。そうした香りを存分に味わうには、空気と一緒に啜り込み、鼻孔から抜くようにして食べることによって存分に賞味できる[8]

栄養・成分

蕎麦は、ビタミンB1を豊富に含み、脚気などのビタミンB1欠乏症の予防に効果がある。江戸中期から白米による江戸わずらい(脚気)が流行し出し、その頃から江戸で蕎麦が流行した[9]蕎麦#東京も参照のこと)。 蕎麦粉(全層粉)のタンパク質含有量は、ダイズに比較すればそれほど多くはないものの、その蛋白質アミノ酸スコア100%と必須アミノ酸をバランス良く含み[10]、穀物としてバランスのよいアミノ酸組成を有している。ただし、蕎麦粉に小麦粉を混ぜて麺を作ると、リシンが乏しい小麦粉のアミノ酸組成の影響を受けてリシンを第一制限アミノ酸として蕎麦麺のアミノ酸スコアは低下することになる。また蕎麦(蕎麦粉)に含まれる特徴的な機能性成分としてルチンがあげられる。

ネパールでの1992年の血圧調査で、蕎麦粉を主食としている地域は、小麦粉を主食としている地域よりも血圧が低かった[11]

健康ブーム隆盛を極める現在でこそヘルシーな粗食とみなされているが、伝統的には『本草綱目』巻22に「腸胃を実(み)たし、気力を益し、精神を続(つ)なぎ、能く五臓の滓穢を煉る。」とあるように、むしろ高い栄養価による滋養強壮効果が便宜とされていた。

そばアレルギー

蕎麦(蕎麦粉)は材料・加工品ともにアレルギー物質を含む食品として食品衛生法施行規則、別表第5の2による特定原材料として指定されている。同法第11条及び同規則第5条による特定原材料を含む旨の表示が義務付けられている。

症状としては、軽い頭痛から嘔吐などさまざまであり、症状は食後すぐから現れる。過去に、給食でそば粉を使用した蕎麦を食べた事が原因で発作をおこし、吐瀉物が気管に入って小学生が窒息死した事故があった[12]。そば・うどん店では同じ釜でそば・うどんを茹でる場合も多く、アレルギー物質が混入する可能性があり、注意が必要である。

また、そばアレルギーを持っていないと思われる者でも、そば畑や蕎麦の実を収穫し扱っている際に、アレルギーの症状が顕在化する場合もある。

歴史

江戸後期の「風鈴蕎麦」(深川江戸資料館)
天秤の屋台には七輪などが収まっており、麺を茹でたり簡単な調理ができる厨房機能がある

ソバの日本への伝来は奈良時代以前であることは確実である。『類聚三代格』には養老7年8月28日723年10月1日)と承和6年7月21日839年9月2日)付けのソバ栽培の奨励を命じた2通の太政官符を掲載しているが、当時「曾波牟岐(蕎麦/そばむぎ)」(『本草和名』・『和名類聚抄』)あるいは「久呂無木(くろむぎ)」(『和名類聚抄』)と呼ばれていたソバが積極的に栽培されたとする記録は見られない(なお、『和名類聚抄』では、蕎麦(そばむぎ)をの1種として紹介している)。さらに鎌倉時代に書かれた『古今著聞集』には、平安時代中期の僧・歌人である道命藤原道長の甥)が、山の住人より蕎麦料理を振舞われて、「食膳にも据えかねる料理が出された」として、素直な驚きを示す和歌を詠んだという逸話を記している。これは都の上流階層である貴族や僧侶からは蕎麦は食べ物であるという認識すらなかったことの反映とも言える。この時代の蕎麦はあくまで農民が飢饉などに備えてわずかに栽培する程度の雑穀だったと考えられている。なお、蕎麦の2字で「そば」と読むようになった初出は南北朝時代に書かれた『拾芥抄』であり、蕎麦との肉との合食禁食い合わせを禁ずる例)を解説しているが、今日における科学的根拠はない。

古くは粒のまま粥にし、あるいは蕎麦粉を蕎麦掻き(そばがき、蕎麦練り とも言う)や、蕎麦焼き(蕎麦粉を水で溶いて焼いたもの。麩の焼きの小麦粉を蕎麦に置き換えたもの)などとして食した。蕎麦粉を麺の形態に加工する調理法は、16世紀末あるいは17世紀初頭に生まれたといわれる。当初はうどんなど小麦粉を原料とする麺類において、コストを下げるために小麦粉より安価な蕎麦粉を混ぜ込んだが、やがて蕎麦粉のみを使った麺として作られるようになった。蕎麦掻きと区別するため蕎麦切り(そばきり)と呼ばれた。現在は、省略して単に蕎麦と呼ぶことが多いが、「蕎麦切り」の呼称が残る地域も存在する。

この蕎麦切りの存在が確認できる最も古い文献は、長野県木曽郡大桑村須原にある定勝寺の寄進記録である。同寺での1574年天正2年)初めの建物修復工事完成に際しての寄進物一覧の中に「振舞ソハキリ 金永」というくだりが確認でき、少なくともこの時点で蕎麦切りが存在していたことが判明している。

他に蕎麦切り発祥地として中山道本山宿(現在の長野県塩尻市宗賀本山地区)という説、甲斐国天目山栖雲寺(現在の山梨県甲州市大和町)説(天野信景著『塩尻』)もあるが、定勝寺文書の傍証に鑑みるに、確実な発祥地とは言い難い。

しかしながら、江戸時代初期から文献では、特に寺院などで「寺方蕎麦」として蕎麦切りが作られ、茶席などで提供されたりした例が見られる。寛永20年(1643年)に書かれた料理書「料理物語」には、饂飩、切麦などと並んで蕎麦切りの製法が載っている。17世紀中期以降、蕎麦切りは江戸を中心に急速に普及し、日常的な食物として定着した。

麺類の総称としての「そば」

中華そば焼きそばなどのように、原義から離れて麺類を「そば」と通称することもある。このために、蕎麦粉を用いていないにもかかわらず「そば」の名が定着している食品もある。こうした用法の場合は「蕎麦」の字は用いず、ひらがなで表記するのが通例である。

たとえば、沖縄で単に「そば」と言えば通常、ソーキそばなどで有名な沖縄そばを指す。これは、蕎麦粉を一切使わず、100%小麦粉で、ラーメン製法と同じくアルカリ水溶液で練る。このため、昭和51年(1976年本土復帰4年後)に公正取引委員会は、蕎麦粉を使わない「沖縄そば」という名称にクレームをつけ「そば」と称すべきではないとした。しかし、沖縄製麺協同組合が交渉した結果、特例として「沖縄そば」の表記が認められた[5]経緯がある。なお、沖縄で「(日本)蕎麦」を普通に食べるようになったのは本土復帰後であるとされている。

また飛騨高山においても、普通「そば」と言えばラーメン高山ラーメン)を指す場合が多く、蕎麦を指す場合はあえて「日本そば」と呼称する。

焼きそばも「そば」という名であるが、蕎麦粉を使わず、小麦粉をアルカリ水溶液で練って作られる。区別が必要な場合、蕎麦粉入りのものを「黒そば」あるいは「和そば」、小麦粉の中華麺を「黄そば」と呼ぶ場合があるが、「生蕎麦(きそば)」は呼び方が似ているため紛らわしい場合もある。

蕎麦麺の分類

製法による分類

手打ち蕎麦(手打ちそば)
機械で製麺されるものに対して、手作りで製麺される蕎麦を言う。原料の蕎麦粉の善し悪しおよび各工程の出来が、香り・喉ごし・見栄え・食感(かたさ他)を左右し味に影響する。手打ち蕎麦を製麺する専門的な技術を習得した者を蕎麦職人(そばしょくにん)と呼ぶことがある。自分で出来のよいものを打つことを目標にし、蕎麦打ちを趣味として行う人もおり、近年各地で「そば打ち名人の段位認定」が催されるなど、団塊世代を中心にブームとなっている。
手打ち風機械製麺
機械で手打ちのように製麺された蕎麦である。
機械製麺
押し出し製麺

蕎麦粉割合による分類

十割蕎麦(生粉打ちそば)
湯を加えて蕎麦粉のデンプンの糊化を促進し、生地のまとまりをよくする。別途蕎麦粉を糊化させたものをつなぎとして使用する場合もある。その他、微細製粉により手打ち十割蕎麦をつくる方法、押し出し麺により製造する方法、粗挽き蕎麦粉の水練りにより製造する熟練の手打ち製法等がある。十割蕎麦は小麦粉を「つなぎ」に使ったいわゆる二八蕎麦よりも切れやすく、江戸時代には今のように茹でる蕎麦ではなく、蒸籠に乗せて蒸し、そのまま客に供する形の蕎麦が主流だった。現在もメニューに名を連ねている「せいろそば」はその名残である。
二八蕎麦
蕎麦粉8:小麦粉2で打った蕎麦。名称の由来は粉の割合であるという説、または江戸時代後期に値段が16文であったことから九九の二×八からきたという説がある。名称の起源としてどちらが正しいという決め手はない。
外二八蕎麦
蕎麦粉10:小麦粉2で打った蕎麦の総称

蕎麦粉の種類による分類

更科蕎麦(さらしなそば)
ソバの実を挽くと中心から挽かれて出てくることから、後から出てくる粉に比べて、最初に出てくる一番粉が白く上品な香りを持つ。一番粉を使用した蕎麦が「更科蕎麦」である。東京などでよく食べられる。粘りがなく、つなぎをよく使う。
田舎蕎麦(いなかそば)
蕎麦殻を挽き込んだ、黒っぽい蕎麦粉により製造された蕎麦。蕎麦の香りが強く、あまりつゆをつけずに食べる。長野県愛知県、近畿、山村でよく食べられる。つなぎに山芋などを使う。
藪系の蕎麦
抜き実の挽きぐるみ、つまり緑色の甘皮部分を挽き込んだ鶯色の蕎麦。種皮の緑色が鮮やかな「藪」系の蕎麦はその香りが高い。

蕎麦粉の「産地」(日本国内・世界)による分類

信州開田高原産・北海道産・北米産・中国産など、蕎麦粉の産地・地方・国の違い等で区分。

ソバ品種による分類

蕎麦粉の原料はソバが通常であるが、2000年代以降は健康ブームで注目されているダッタンソバが用いられることもある。

麺の状態による分類

生麺(なまめん)・生そば(なまそば)
そばを切った後に、打ち粉をまぶした状態で、紙包みやポリ袋、プラスチック容器などに入れて売られる。後述の生蕎麦(きそば)とは異なる。
ゆで麺・ゆでそば
生麺を茹でて、食べられる状態にし、ポリ袋に入れて売られる。ネギわさびなどの薬味つゆだしと共にプラスチック容器に入れて売られる場合もある。天婦羅油揚げを添付したものもある。
乾麺(かんめん)・乾そば
そばを風で乾かして、一定の長さの棒状に切り揃え、包装して売られる。
冷凍麺・冷凍そば
長期保存が利くように冷凍されている麺。茹でる時間も短時間で済む。業務用での流通が多い。また最近では1人前などの分量でスーパーマーケットコンビニエンスストアで売られており、つゆ・だしとセットにしたものもある。
インスタント麺・インスタントそば
カップ麺・カップそば・インスタント袋そばなどがある。
で揚げて熱湯で戻るように加工されている油揚げ麺[13]と、加熱後油で揚げず熱風乾燥させたノンフライ麺[14]がある。麺の表面に味をつけているものもある[13]

その他

新蕎麦(しんそば)
秋に収穫されたソバの実を使用して、秋から冬の初頭にかけて作られた旬の蕎麦は、香りが高く、味も格別であることから新蕎麦または秋新(あきしん)と呼ぶ。初夏から夏(6月から8月中旬)に収穫されたソバの実で作られた蕎麦は、新蕎麦と比較して香りと味がやや劣るとされ、秋新と類別して夏新(なつしん)と呼ぶ。
生蕎麦(きそば)
生蕎麦は現在では、二八蕎麦、十割蕎麦、五割蕎麦他の「蕎麦屋の蕎麦全般」を指す[15][16]。蕎麦屋で生蕎麦の語が使われるのは、上等な蕎麦を生蕎麦と呼んでいた頃の名残である。元来は「そば粉だけで打ったそば・そば粉に少量のつなぎを加えただけのそば・小麦粉などの混ぜものが少ないそば」を意味するものだった[17][18][19][20]。しかし、江戸時代中期以降、小麦粉をつなぎとして使用し始めたことにより、二八蕎麦が一般大衆化したため、高級店が品質の良さを強調するキャッチフレーズとして「生蕎麦」を使うようになった[20][21]。その後、幕末頃には「生蕎麦」の指す範囲は拡大し、二八蕎麦にも使われるようになった。現在では、蕎麦粉の割合が明らかに低いと思われる駅前の低価格立ち食い蕎麦店等でも「きそば」のぼりは堂々と掲げられており、その意味は希薄化してしまっている。そのため、蕎麦粉だけの蕎麦を売りにしている蕎麦屋は、分かりやすく表示するため「十割蕎麦」あるいは「生粉打ちそば」という表現を用いるのが一般的である[15]。また「茹でる前の生麺」、「生麺・ゆで麺など水分を多く含んだ麺」いう解釈もあるが、この場合「きそば」ではなく「なまそば(生そば)」と異称される。

蕎麦料理の種類

つけ・ぶっかけ・かけの別のほか、用いる具材によりさまざまに分かれる。主となる具材のある蕎麦料理を特に「種物」と称することがある。

鴨せいろ

ざる蕎麦/盛り蕎麦

ざる蕎麦寿司セット(せいろに乗っているのがざる蕎麦)
流しそば(鶴岡市

特別な具材を用いないつけ蕎麦をざる蕎麦ないし盛り蕎麦と称する。2つのメニューが並列する場合、ざる蕎麦のほうがやや高い値段がつけられていることが多い。

元来、ざる蕎麦と盛り蕎麦の区別は、蕎麦の器(容器)の違い(ざる蕎麦は竹ざるに乗せる)と、蕎麦つゆの違い(「ざる蕎麦」は通常よりコクのあるつゆ)だったが、現在では海苔のかかったものを「ざる蕎麦」、かかっていないものを「盛り蕎麦」と呼んで区別している[22]。せいろに乗った蕎麦でも海苔がかかっていればざる蕎麦である。同様にざるに乗っていても海苔がかかっていなければ盛り蕎麦である。

ざる蕎麦の発祥は、深川の州崎弁財天前にあった伊勢屋が、蕎麦を竹ざるに乗せて出したところ評判が良く、大いに売れたことによる[22]。ほかの蕎麦屋がこの手法を真似ることで「ざる蕎麦」が広まった。なお、冷たい蕎麦に刻んだ海苔を散らすようになったのは明治以降である[22]

盛り蕎麦の「盛り」の語は、現在の掛け蕎麦である「ぶっかけ」の対義語で、元禄時代に流行した「ぶっかけそば」と区別するために汁につけて食べるそばを「もり」と呼ぶようになった[22]。したがって、ざる蕎麦の「ざる」の対義語が「盛り」ではない。

かけ蕎麦/素蕎麦

特別な具材を加えず、熱い汁をはった蕎麦を指す。

つけ蕎麦

従来のめんつゆや肉南蛮にみられるめんつゆではなく、つけ麺寄りの創作つけ汁と具を用いた蕎麦。高田馬場の「つけ蕎麦安土」が屋号で初めて名乗ったとされる。「肉そばあるいは肉南蛮」と「つけ蕎麦」の分類が非常に曖昧である。肉そばで有名な新橋の「港屋」系の蕎麦屋は「肉そば」、見た目はつけ麺でも麺は「日本蕎麦」なのが「つけ蕎麦」と分類するのが正しい。

きつね蕎麦/冷やしきつね蕎麦

きつねそば(英国ブライトン

かけ蕎麦で、甘く煮付けた油揚げの好物とされる)を具とするもの。細切れを載せる地方もある。ぶっかけ蕎麦でも用いられ、特に「冷やしきつね蕎麦」と称することがある。この場合は細切りが多い。

たぬき蕎麦/冷やしたぬき蕎麦

たぬきそば

かけ蕎麦で、天かす(揚げ玉)を具とするもの。天ぷらのかわりにのせる=「タネ」がない、つまり「タネ抜き」がなまって「たぬき」、あるいは天ぷらの代わりとして「騙す」意味からきた呼び名とされる。ぶっかけ蕎麦でも用いられ、特に「冷やしたぬき蕎麦」と称することがある。

天ぷら蕎麦/天ざる蕎麦

かけ蕎麦で、天ぷらを具とするもの。江戸中期に貝柱のかき揚げなどを載せたのがはじまりという。エビの天ぷらを載せたものが高級とされ、他の天ぷら蕎麦と区別するため、「上てんぷら蕎麦」「えび天蕎麦」と称することもある。天丼のように雑多な天ぷらを載せたり、東日本ではかき揚げ、西日本では小海老(体長5cm未満)と大きな衣の天ぷらを用いることもある。関東では竹輪を、九州ではさつま揚げを用いることもある。

つけ蕎麦にも天ぷらが添えられ、特に「天ざる蕎麦」ないし「天せいろ蕎麦」と称する。この場合、多くは天ぷらが別の器に盛られ、天ぷらを蕎麦猪口に入れて蕎麦と共に食べるなり、副菜として別々に食べるなり随意に食べられる。

月見蕎麦/冷やし月見蕎麦

月見蕎麦

かけ蕎麦で、生卵をつゆの中に割り入れたもの。黄身を月に見立てる。ぶっかけ蕎麦でも用いられ、特に「冷やし月見蕎麦」と称することがある。この場合、生卵ではなく半熟卵が用いられることも多い。

とろろ(山かけ)蕎麦/冷やしとろろ蕎麦

つけとろろ蕎麦(ざるに乗っているが盛り蕎麦)東京・根津

かけ蕎麦で、山芋長芋のすりおろしと卵白身をあてたものをかけた蕎麦。うずらの生卵か黄身ものせて供される場合が多い。ぶっかけ蕎麦でも用いられ、特に「冷やしとろろ蕎麦」と称することがある。つけ蕎麦でも用いられ、蕎麦猪口のつゆの中にとろろを入れて食べる。

おろし蕎麦

ぶっかけ蕎麦で、大根おろしを具とするもの。つけ蕎麦でも用いられ、蕎麦猪口のつゆの中に大根おろしを入れて食べる。越前そばが名高い。

南蛮蕎麦

鴨南蛮

かけ蕎麦で、唐辛子・ネギなどを用いて調理したもの。『嬉遊笑覧』に記述がある、文化年間に馬喰町に存在した「笹屋」が元祖とされる[23]。名称の由来は、鴨南蛮を参照。

鴨南蛮
鴨肉の肉を用いたもの。
鳥南蛮
鶏の肉を用いたもの
肉南蛮
牛や豚の肉を用いたもの
カレー南蛮
カレー粉を蕎麦のつゆでのばし片栗粉でとろみをつけた汁をかけたもの。新宿区馬場下町の蕎麦屋「三朝庵」の初代店主が考案したとされる[24]
天南蛮
通常の天ぷら蕎麦よりネギを多用したもの。天ぷらの分量が減っている場合もある。

山菜蕎麦/冷やし山菜蕎麦

かけ蕎麦で、山菜水煮を具とするもの。ほとんどの場合パックの加工品が用いられる。ぶっかけ蕎麦でも用いられ、特に「冷やし山菜蕎麦」と称することがある。

なめこ蕎麦/冷やしなめこ蕎麦

なめこおろしそば

かけ蕎麦で、ナメコを具とするもの。他のキノコ類を一緒に入れる事が多い。元は山形県内陸部・東北・北関東など天然のなめこが採れる地方にて食されていた、なめこと大根おろし等を具材に用いた蕎麦[25]。ぶっかけ蕎麦でも用いられ、特に「冷やしなめこ蕎麦」と称することがある。

コロッケそば

コロッケ蕎麦

コロッケ蕎麦は浅草にあった「吉田」が出したものを元祖とする[26]。当時のコロッケ蕎麦は蕎麦の上に鶏肉のつくねをのせたもので、今でいうコロッケを乗せたものではない。現在では「吉田」の後を継いだ銀座の「よし田」で元祖コロッケ蕎麦を提供している[27]

現在ではかけ蕎麦にコロッケをのせたもの。関東近県の立ち食いそばを中心とした安価なそば店で提供されている。他地域での知名度は低かったので、インターネットなどを介して発信されるや、一種のローカルフードとして好奇の視線が注がれた。また、その組み合わせのインパクトが持つ話題性に乗じて即席めんとしても発売されるなどの展開も見せている[28]。 店舗の業態からか、あるいはコロッケの特性からか、作り置きのコロッケが用いられる事が多く、この事が皮肉にもそばにのせた際にコロッケが溶けて崩れてしまうことの防止につながっている。

その他

かしわ蕎麦
かけ蕎麦で、かしわ(鶏)の肉を具とするもの。
身欠きニシンを入れたニシンそば
鰊(にしん)蕎麦
かけ蕎麦で、身欠きニシンを戻して甘辛く味付けした煮物甘露煮を載せたもの。京都市が発祥とされる蕎麦[25]。北海道の名物でもある。
はらこそば
かけ蕎麦で、生のイクラを具とするもの。盛岡市地域など[25][29]
おかめ蕎麦
かけ蕎麦で、蒲鉾や青菜(ホウレンソウなど)などを具とするもの。傍目八目から五目より具が多い意味で、また、おかめの顔を模した具材の配置をするからとも言われている。
幕末江戸下谷七軒町に存在した太田庵が発祥で、松茸湯葉かまぼこ等の具がおかめの顔に見立てて配置されている。現在ではかまぼこ以外の具は省略されるか別の食材に置き換えられることが多い。
しっぽく蕎麦
かけ蕎麦で、数種類の煮込んだ野菜を具とするもの。現在では京都香川県などで、「しっぽくうどん」の麺を蕎麦に換えたものを指す。元々は寛延年間の江戸で、しっぽくうどんの影響を受けて成立した種もの蕎麦で、おかめ蕎麦の原型とも言われる。古典落語時そば』の中にも「しっぽく」が出てくるが、現在の関東地方の蕎麦屋には無いことが多い。
けんちんそば
けんちんそば
かけ蕎麦で、けんちん汁を用いたもの[25][30]
五目蕎麦
花巻蕎麦
かけ蕎麦で、海苔を具とするもの。花巻蕎麦が誕生したのは江戸・安永年間(1772-81)の頃とされる。海苔を「磯の花」として例えた事から名付けられた。『時そば』で「しっぽく」と並んで登場する。
わかめ蕎麦
かけ蕎麦で、切ったワカメを具とするもの。
おぼろ蕎麦
かけ蕎麦で、とろろ昆布を具とするもの。関西地方が中心。
きざみ蕎麦
かけ蕎麦で、煮付けたりせずにそのまま短冊切りにした油揚げ(これを「きざみ」と呼ぶ)を具とするもの。関西地方が中心。
とじ蕎麦
かけ蕎麦で、卵とじを具とするもの。肉類や天ぷらを卵とじにしたものもある。

その他の食べ方

蕎麦掻き
蕎麦掻き(そばがき)
蕎麦粉を熱湯で練ったもの。家庭料理としては種類が多い。
そば焼き
蕎麦でつくる焼きそば
金麩羅(きんぷら)
衣に卵黄椿油の他蕎麦粉を用いた高級天麩羅として江戸時代に考案されたが、衣が蕎麦粉で黒くなるため高級感を欠く、との理由で卵黄、椿油のみを使用した天麩羅に移行している店舗もある。
蕎麦衣(そばころも)
蕎麦粉8に対し小麦粉2の割合で作った衣で揚げた天麩羅。野菜や白身魚などに合うとされる。
蕎麦寿司
酢飯の代わりに蕎麦を用いた寿司
巣篭り蕎麦(すごもりそば)
油で揚げたそばに和風のあんをかけたもの。形態としては皿うどんに近い。
蕎麦餅(そばもち)
蕎麦粉と乾燥させた牛蒡の若葉などを混ぜ、小麦粉をつなぎとして加えた後に練り上げて蒸したもの。葛餅わらびもちに近い食感の和菓子。
蕎麦饅頭(そばまんじゅう)
皮に蕎麦粉を使用した饅頭で、つなぎにすりおろした長芋を用いたものもある。
蕎麦クッキー(そばクッキー)
小麦粉の代わりに蕎麦粉を用いて作られたクッキー
蕎麦ボーロそばぼうろ
蕎麦粉を使った球状、または花状の焼き菓子。京都の菓子屋が発明した。数店が元祖争いを行っている。
蕎麦花林糖(そばかりんとう)
小麦粉の代わりに蕎麦粉を用いて作られた花林糖
蕎麦パン(そばパン)
蕎麦粉と小麦粉を5:1の割合で混ぜて卵1個と砂糖・塩少々を加えて練り上げて卵焼き風に焼いたもの。
蕎麦ソフトクリーム
ソフトクリームに蕎麦茶を加えた香ばしさのあるソフトクリームで夏季に信州地域で販売されている。
ばっと・かっけ・はっと
そば生地を短冊形に切ったもので、大根や豆腐の鍋物に入れたり、ネギやニンニクなどで味付けして食べる、青森・岩手の郷土料理[25]
蕎麦米雑炊(そばごめぞうすい)
脱穀したソバの実を炊いて雑炊として食べる徳島県の郷土料理。また、ソバの実を吸い物の具として利用する事もある。

世界の蕎麦料理

ソバを麺類に加工して食べる国には、フランスイタリア中国朝鮮半島北朝鮮韓国)、ブータンネパールなどがある[31]。ただし、麺にする方法は各国、地方で異なり、朝鮮半島の冷麺などのようにところてん式に押し出して作る、イタリアのピッツォッケリのようにのし棒で成形するなどがある。麺ではなく、団子状にしたり、腸詰めとしたり、また調理方法も茹でるのではなく焼いて食すものなどがある。いわゆる日本の蕎麦切りもまた、前述の国々のソバ料理のように独特のものといえる。

イタリア

ピッツォッケリ(そばのパスタ
蕎麦粉が混合されたパスタ。日本の二八蕎麦とほぼ同じ生地。チーズやバターのソースで和える。
シャット
そば粉の生地でチーズを包んで揚げた料理。

スロベニア

クラクフカーシャ
そばの実を炒ってオーブンで焼いたおじや料理。
ジガーンツィ
バターを加えて練り上げた、そばがき様のスロベニアの伝統的な農民料理。

フランス

ソーセージのガレット巻き
ガレット(そば粉入りのクレープ
フランス・ブルターニュ地方の郷土料理。そば粉、ミルク鶏卵ビールを攪拌したものを、熱してバターを入れた平なべで焼く。

ロシア・ウクライナ・東欧諸国

ブリヌイ(そば粉入りのパンケーキ
ロシアウクライナの料理。スメタナキャビアをのせて食べる。
カーシャ
そばの実のお粥

ネパール

ディロ
そばがき様の料理で、カレーのたれなどで食する。
ロティ
無発酵の平たいパン。そば粉を使うものもある。

韓国・北朝鮮

冷麺
蕎麦粉を主原料とすることがある。
メミルムク
メミルムク
朝鮮半島の料理。蕎麦粉を水に浸けて取り出した澱粉で作った、くずもちに似た食品。タレをつけて食べる他、和え物にする。

中国

ヘイロ
内モンゴル地方の押し出し蕎麦。具入りのスープをかけて食べる。
モルンチフ(猫の耳)
練った蕎麦を、ちぎって猫の耳ほどの大きさに伸ばして茹でた料理。具入りのスープをかけて食べる。

蕎麦湯

蕎麦湯の入った湯桶

蕎麦を茹でるのに用いたゆで湯の蕎麦湯(そばゆ)を、浸け麺の蕎麦に添えて湯桶で飲用に出す店が多い。この蕎麦湯を残った蕎麦つゆに湯桶から注ぎ入れて割り、最後の締めに飲む。蕎麦を食べ終わる時間を見計らって蕎麦湯の湯桶を時間差で持ってくる店が多いが、蕎麦と同時に持ってくる店もある。蕎麦つゆと割らず蕎麦湯のみを飲む人もいる。残った蕎麦つゆをいったん捨てて、新しい蕎麦つゆと蕎麦湯を割って飲む人もいる。なお、通常温かい蕎麦に蕎麦湯は添えて出されない。

良水を多量に使用する店では蕎麦湯はサラッと薄く、ゆで湯が少なめで使いまわしている店ほど濃くなる傾向にあるが、ドロッと白濁した濃い蕎麦湯を好む客も多く、サラッと薄い蕎麦湯に文句を言う客もいるため、わざわざゆで湯を煮詰めたり、そば粉や小麦粉を溶かし込んでわざわざ濃い蕎麦湯を作る店もある。

冷やしの蕎麦つゆはそのまま飲むには味が濃いので、この蕎麦湯をいれて蕎麦つゆの出汁を味わう目的がある。

近年の蕎麦ブームのため、蕎麦喰いが一般的になり、蕎麦湯での塩分のとりすぎに注意する旨の表示も見られ、蕎麦湯のみを飲む(味わう)人が増えてきた。そういうことから、蕎麦湯に残った蕎麦の風味や、ゆで湯の水の味(蕎麦屋では良水をゆで湯使用することが多い)など、蕎麦湯そのものを味わう楽しみにも焦点があてられるようになった。

なお、蕎麦湯に水溶性の栄養分が溶け出しているために蕎麦湯を飲むという説は、蕎麦の茹で時間が30-60秒と極めて短く、溶け出す量は限られること、またルチンは不溶性であること等から考えると、あまり理にかなってはいない。

酒類を提供している蕎麦屋の一部では、焼酎(甲類)を蕎麦湯で割った「蕎麦湯割り」なるメニューがある。

蕎麦屋

蕎麦屋店内の例

通常、蕎麦を食わせる店は蕎麦の専門店、もしくは蕎麦とうどんのみを扱う店であることが多く、これを蕎麦屋(そばや)という。蕎麦屋は江戸時代中期ごろから見られる商売で、会席鰻屋に比べると安価で庶民的とされる。蕎麦が好まれる江戸には特にその数が多く、関東大震災以前は各町内に一軒もしくは二軒の蕎麦屋があるのが普通だった。

蕎麦屋の起源は不明だが、江戸時代後期に書かれた『三省録』・『近世風俗志』にて、寛文4年(1664年)に「慳貪(けんどん)蕎麦切」の店が現れたとの記述がある。貞享3年(1686年)に江戸幕府より出された禁令の対象に「うどんや蕎麦切りなどの火を持ち歩く商売」という意味の記載があり、この頃にはすでに持ち歩き屋台形式の蕎麦屋が存在したことが推測できる。これらの屋台形式の蕎麦屋は、時代や業態によって二八蕎麦・夜鷹蕎麦・風鈴蕎麦などとも呼ばれた。当初は、現在のファーストフードのような小腹を満たす食事であり、その後も軽食といった位置づけが抜けていない。店を構えた蕎麦屋が増えるのは1700年代後半のことと考えられている。

蕎麦を食することを下賎の風習として上流階層が敬遠していたとする史料もある。武家有職故実の大家だった伊勢貞丈の『貞丈雑記』には蕎麦切りを食することは「古くありし物なれ共、表向などへ出さざる物故、喰様の方式なども記さざるなるべし」と記して、武家や公家などの間では人前で蕎麦を食するものではなかったと解説し、前述の『三省録』でも「下賎のものは買ひて食ひしが、小身にても御旗本の面々調へて(=買って)食ふことなし、近年いつとなく、調へて食う様には成りたり」と記して、かつては生活が苦しい小身旗本でも蕎麦を食べるような事はなかったと記している。

蕎麦屋の特色は、蕎麦を中心に品数があまり多くなく、を飲ませることを念頭においているところにある。特に東京ではその傾向が強い。蕎麦屋の酒を「蕎麦前」と称する。現在でも同程度の蕎麦屋とうどん屋を比べると、出す酒の種類は蕎麦屋のほうが多いのが普通である。主なメニューは、各種の蕎麦や酒のほかに、種物(たねもの)の種だけを酒の肴として供する抜き(ヌキ、天ぷらかしわ、鴨、卵、など、天ぬきの項も参照)や蒲鉾=「板わさ」、わさび芋、焼海苔、厚焼き玉子、はじかみショウガと味噌、また場合によっては親子丼などのものなど。また店によっては、茹でた蕎麦を油で揚げた揚げ蕎麦が品書きにあることもある。これは箸休め、あるいは乾き物として酒肴にされる。

太平洋戦争以前の蕎麦屋には、蕎麦を食べる以外のさまざまな用途があった。まず、町内の人間がの帰りなどに気軽に立ち寄り、蕎麦を手繰ってゆくざっかけない店である。またその一方で現在の喫茶店のように、家に連れてきにくい客と会ったり、待ち合わせをしたりする場合にも用いられた。たいてい一階が入れこみ、二階が小座敷になっていることが多く、二階は込み入った相談、男女の逢引、大勢での集まりなどにも用いられたという。

戦後はこうした雰囲気も徐々に薄れてきたが、今も静かな雰囲気で風情を楽しむことができる店も存在する。

蕎麦屋を考える上で逸することができないのが、出前という仕組みである。もとより蕎麦は長時間の持ち運びに適さない食物であるが、むかしは蕎麦屋の数が多く、出前の範囲も比較的狭かったために、蕎麦は店屋物の代表格だった。ちょっとした客をもてなすために、あるいは年越し蕎麦を一家で食べるために、町内の蕎麦屋から出前を取る風習は江戸時代から見られるものである。このためには岡持ち(おかもち)と呼ばれる取っ手のついた箱型の道具が用いられ、たいていは店の使い走りが蕎麦を出前し、後で丼や蒸籠などの器を引き取りにゆくことが多かった。戦後は自転車オートバイを利用することも多く、高く積み重ねた蒸籠を曲芸さながら肩に担いで片手でハンドルを握る姿は、いっとき蕎麦屋の象徴でもあった。ホンダスーパーカブは、この蕎麦屋の出前の片手運転に使えるよう、クラッチレバーを廃した設計としたという逸話も残っている。現在、オートバイでは出前機を用いる方法が普通になり、蒸籠担ぎの曲芸はあまり見られなくなった。勘定はかつては空き丼を回収するときに支払ったが、現在は配達時に支払う。

また、鉄道駅やその周辺地域、ビジネス街などの市街地商業地域、あるいは遊園地野球場競馬場などの遊興施設などにて、客が店内のカウンターで立ったまま食べる(立ち食い)・簡易椅子に腰掛けて食べるスタイルの営業形態を基本とした蕎麦屋「立ち食い蕎麦屋」も多数存在する。

日本各地での蕎麦文化

蕎麦の嗜好

東京

蕎麦専門店だけではなく、うどんも提供する店もありこのような店も「蕎麦屋」と呼ぶ。立ち食い店も多い。蕎麦と酒を楽しむ趣向もある。古く江戸では、うどんも盛んに食べられていた。しかし、江戸時代中期以降、江戸での蕎麦切り流行に伴って、うどんを軽んずる傾向が生じたという。

江戸でうどんよりも蕎麦が主流となった背景には、水質や、出汁の原料、醤油の質、男女比や労働層、文化の特殊性などさまざまな要因があるが、食事からの栄養の多くを白米で摂取したことにより、ビタミン類の欠乏により生じる「江戸患い(えどわずらい)」と呼ばれた脚気を、ビタミンB1を多く含む蕎麦を食べることで防止・改善できたことにもよる。

蕎麦とうどんの抗争を酒呑童子退治になぞらえた安永期の珍品黄表紙『化物大江山』(恋川春町作)は、当時の江戸人の蕎麦・うどんへの価値観の一面を描いていて、意外な資料価値がある。源頼光役は蕎麦、悪役の酒呑童子はうどんである。なぜか、「ひもかわうどん」だけは蕎麦側についており、蕎麦一色だった江戸でも例外的に人気があったようだ。

以後、江戸→東京では、蕎麦を手繰ることに一種の「」を見出す高い価値付けさえ生じるようになり、「夕方早くに蕎麦屋で独り、種物の蕎麦を肴に酒を飲む」ことが、スノッブ(俗物根性)さも臭わせる趣味として横行するまでに至る。江戸では、蕎麦を食べることを「手繰る」(たぐる)ともいう。このような言葉を使うこと自体、1つの気取りと言える。

蕎麦つゆに蕎麦をたっぷりと浸すのは田舎者であり、江戸っ子はさっとつけて啜り込むのを粋とする、という風潮もあったことは、10代目金原亭馬生が落語『そば清』に、江戸っ子が「一度でいいから蕎麦をつゆにたっぷりつけて食ってみたかった」と言い残して事切れる、という有名なを付け加えているほどに顕著なことであった。

夏目漱石の『吾輩は猫である』(明治38年(1905年))でも、粋人を気取るハイカラ遊民・迷亭が「うどんは馬子の喰うもんだ」とうそぶき、上がり込んだ苦沙弥先生宅で勝手に蕎麦の出前を取って一人で喰う描写がある。蕎麦食いの講釈をとうとうと垂れ、薬味のわさびの辛さに涙しつつやせ我慢で耐えて蕎麦を呑み込む迷亭のいささか俗物的な面も否めない粋へのこだわりぶりに比べ、胃弱症の苦沙弥先生が「うどん好き」であることで、うどんの印象は相対的に冴えないものとなる。

同じく漱石作品の『坊っちゃん』(明治39年(1906年))においても、江戸っ子である“坊っちゃん”が松山で天ぷら蕎麦を注文する一場面が見られる。

漱石が江戸文化の影響を色濃く受けていた事を想起すれば、『吾輩は猫である』での描写は、江戸・東京におけるある種のステレオタイプにのっとったものだったろう。その観念は容易に抜き難く、現在でも東京では、うどんより蕎麦の方が支持されている。蕎麦を食べる前提で作られた濃厚なつゆをうどんに用いるのも、これに起因すると見られる。

江戸っ子の蕎麦に対するこだわりは、「粋」を重んじるが故の意地や見栄による誇張をこめて、以下のように言われる。

  1. もりを食うときは蕎麦の先だけをつゆに浸して食べる。関東のつゆは濃いめなので、ちょっと浸すことで十分だからである。またこうすることによって、蕎麦の風味を十分味わえる。
  2. 口に入れたらあまり噛まずに飲みこみ、喉越しと鼻に通る香りを楽しむ。
  3. 大きな入れ物にたっぷりと蕎麦が入っているのは野暮。少なければ2,3枚食べる。
  4. 箸は割り箸。塗箸は蕎麦が滑るので好まれない。
  5. 酒を飲むのでなければ、さっさと食って引きあげるのが粋。
  6. 蕎麦を食べることを「手繰る」と言う。

近畿

近畿における蕎麦処の筆頭は兵庫県豊岡市出石町出石城下町)で、皿そば「出石そば」は広く知られている。これは江戸時代に蕎麦の本場だった信州上田藩の藩主仙石政明出石藩に国替えとなった際、大勢の蕎麦職人を連れて来て以来の伝統とされる。

京都は古くからの蕎麦屋が多い。これは背後に控える丹波地方でそば作りが盛んだったためである。また、有名なニシンそばは幕末に生み出されたものであり、古くから京都にあった惣菜である「ニシン昆布」に発想を得ている。全体的に見れば、大阪と同じくうどんの方が好まれる傾向にあるが、大阪のようにそば屋がうどんを提供する場合は極めて稀である。

大阪では「そば」より「うどん」の方が一般的に好まれるとされ、立場が東京とは全く逆である。うどん屋が利用者のニーズに応えて「そば」も出しているという概念が強く、蕎麦屋であってもうどんを提供する店も存在する。また、出汁は元来うどんに用いる前提で作られた、淡口醤油を基調とした透き通ったものを用いることが多い。しかし、それによって生まれた文化もあり、たぬき(油揚げの乗ったそば)やとろろ昆布が乗ったこぶそばは大阪が発祥である。また、そばは産地の関係か一般に黒そば、田舎そばなどとと呼ばれる殻ごと碾いたものが好まれる傾向にある。

日本の農山村における蕎麦

日本の農山村において、伝統的に蕎麦切りはもてなしの料理だった。焼畑でソバを栽培していたような山村にあっても、蕎麦切りは祭礼正月、来客時のごちそうであると認識されていた。どこの家でも素人ながらに蕎麦打ちの技術を持っており、来客があると、家の主人もしくは主婦が蕎麦を打ち、食事として供した。

食べ方としては、にんじんや椎茸などを細切りにして煮込んだ澄まし汁みそ汁をつけ汁にして、もりで食べる。また、蕎麦粉の節約のため、細切りの大根(薬味とは異なる)や、春にはセリなどをゆでて、麺と混ぜて盛りつけて食べることもあった。

一方、蕎麦掻きは、作るのが簡単であることもあり、普段、農作業の合間に口にするような食べ物だった。他にも、その他の雑穀類と同様、団子にしたり、野菜を煮立てた中に蕎麦粉を入れてかき混ぜるような食べ方もあった。

食糧の自給をほとんどしなくなったことや、都会風の蕎麦の食べ方の普及により、地域ごとに特色のあった蕎麦の食べ方は廃れつつある。

各地の名物そば

ソバは痩せた土壌でも栽培できたことから、北は北海道から南は鹿児島まで、山間地や新規開拓地で盛んに生産された。

なお、各地の有名・老舗蕎麦店、立ち食い蕎麦屋、蕎麦チェーン店などについてはそれぞれ関連項目を参照。

北海道

東北地方

冷たい肉そば
青森県
津軽そば(津軽地方
元々はつなぎに大豆を使い、手間を掛けて作られる蕎麦[25][32][33]を指していたが、その手間から作る人や店が減少したことによって津軽地域で食べられる通常のそばを指すことも多くなった[34]。「挽きたて」「打ちたて」「茹でたて」の三たてがよいとされる江戸前のそばに対し、あえて茹でおきのそばをかけで食べるという特徴がある。
夏井田そば(青森市
白神ソバ(西目屋村
岩手県
わんこそば花巻市盛岡市
秋田県
石川ソバ(八峰町
西馬音内そば(羽後町
山形県
板そば(山形県内陸部)
紅花そば(村山地方
紅花を練り込んだ蕎麦[25][35]
冷たい肉そば河北町谷地)
茹でた鶏肉の薄切りを具材に用いた蕎麦[36]
山形そば(山形市
蕎麦店が江戸に誕生してから時間をおかず、蕎麦に関する技術が山形に伝わって定着し、常食されるようになった[37]松尾芭蕉の『奥の細道』の随行者・河合曾良の「曾良旅日記」に羽黒山で蕎麦を食べた記述がある[37]
天童そば(天童市
手打そばが観光資源となっており[38]、また乾麺も生産されている[39]
福島県
裁ちそば(南会津地方)
つなぎ粉を一切使わない生地で脆く畳むのが難しいため、生地を伸ばした後に数枚から十数枚重ねて裁つように切るところから、こう呼称されるようになった[25][40]
磐梯そば(磐梯町猪苗代町
地産そば粉と名水百選にも選ばれている磐梯西山麓湧水群の天然水を使用した蕎麦[41]。磐梯そばの知名度向上と地域活性化を目的として2007年に磐梯町で「第13回日本そば博覧会 in 会津・磐梯」が開催された[42][43]
山都そば(喜多方市山都地区)
宮古地区で有名なことから宮古そばとも言う。つなぎを一切使用しない、地産そば粉と伏流水を使用した蕎麦で、手打ち体験にも力を入れている[44]耶麻郡山都町(現・喜多方市)が蕎麦貯蔵用の大型保冷庫を建設した。
高遠そば(南会津郡下郷町大内宿
長野県伊那市の高遠そばを参照。
檜枝岐そば(檜枝岐村
檜枝岐産の蕎麦(前述の「裁ちそば」等)[45][46]を指す。

関東地方

茨城県
金砂郷そば(常陸太田市
常陸太田市金砂郷地区は茨城県の奨励品種「常陸秋そば」の発祥地であり、その旧町名をそばのブランド名として復活させた(商標登録日本第4873108)[47]
栃木県
今市そば・日光そば(日光市
日光市今市地区は、ソバ生育に適した気候と地形だったことから古くからの産地で、蕎麦屋は老舗町おこし観光資源として新たに誕生した店もあり、地域活性化の一環として秋には「日光そばまつり」が行われている[48][49]
出流そば(栃木市
地産地消(地元で生産し地元で消費する)の方針で取り組んだ「盆ざるそば」が主流[50]
仙波そば(佐野市仙波)
佐野市仙波地区にて地産地消の方針で取り組んだそば[51]
群馬県
岡屋敷そば(伊勢崎市
岡屋敷そば生産組合[52]がそばの栽培・加工(地場産のそば粉や生そばを製造)・販売を行っており、秋には「そばの里はなまつり」を開催している[53]
埼玉県
秩父そば(埼玉県秩父地方
古くからそばの栽培に適した土地で、祝祭事や来客時には家庭でそばを打ってもてなしていたが、近年はそばを打つ家庭が減少傾向にあり、その伝統が蕎麦屋に受け継がれ現在に至っている[54]
千葉県
甚兵衛そば(印旛沼周辺)
義民・佐倉宗吾が幕府へ直訴するために江戸へ向かう際、禁制を犯して渡し舟を出しその後印旛沼に身を投じた渡し守「甚兵衛」[55]の名前を使った蕎麦。
東京都
深大寺そば調布市三鷹市
元禄年間、天台宗東叡山寛永寺貫首公弁法親王に蕎麦切りを献上し賞賛を得てから知名度が上がり、その後一般庶民に広まった[56]
とろろ蕎麦(八王子市高尾山
大正時代、山を登る参拝客に精をつけてもらおうと麓の店が提供したのが始まりといわれている[57]地域おこし観光資源として、冬季に京王電鉄と「冬そばキャンペーン」実行委員会によって「高尾山の冬そばキャンペーン」が開催されている(2008年(平成20年)現在6回目)[58]
あられそば(東京都
小柱(青柳の貝柱)を具にした温かい蕎麦[59]。小柱をかき揚げにして具にする店舗もある。
神奈川県
秦野のそば(秦野市
タバコ耕作の裏作としてソバが作られ神奈川県内一の産地となっており、新かながわの名産100選に選定され、戦後に誕生した「丹沢そば」などのブランドがある[60][61]

中部地方

新潟県
へぎそば
へぎそば・布海苔そば・十日町そば(十日町市小千谷市
つなぎに、布海苔を使用し、生麺の他に乾麺も製造しており、地産地消運動を奨励し、そば打ち体験ができるスポットもある[25][62][63][64]
しらうお(素魚・白魚)そば(佐渡島
シラウオを具材に用いた蕎麦[65][66]
大崎そば(佐渡島)
地元産で石臼挽きのそば粉100%で作った麺と、だしはアゴ(トビウオ)を用いた蕎麦[67][68]。「うまい本物の蕎麦を作って食べよう」という発想から生まれ、併せて郷土料理を食べたり大崎地区の伝統芸能を鑑賞できる等地域活性化の催しとなっている「大崎そばの会」が昭和53年(1978年)より毎年11月後半から12月初旬に行われている[67][69][70]
富山県
利賀そば(南砺市
元々は、つなぎは玉子でそれにそば粉100%で作る蕎麦だったが、麺が切れやすく食感の好みも分かれるため、近年この地域にある蕎麦店では各店毎に独自性を出した蕎麦を作っている[71]。冬には「南砺利賀そば祭り」が催されている[72]
石川県
門前そば(輪島市
能登半島産のそば粉とつなぎには自生する自然薯を使った蕎麦[73]
鳥越そば(白山市
白山市鳥越地区産そば粉を使用した蕎麦で、毎年秋に「鳥越そば花まつり」「鳥越新そばまつり」が行われている[74][75]
福井県
越前そば(好み蕎麦仕様)
おろしそば(越前そば)(福井県
辛味大根と醤油を合わせてつけ汁にする蕎麦[25]
今庄そば(南越前町
大野そば(大野市
美山そば(福井市
長野県
信州そば(山菜御飯付き)
信州そば
戸隠そば(長野市戸隠)
凍りそば(北信地方)
行者そば(長野市戸隠)
奈良時代初期に役小角木曽駒ヶ岳で修行中、幾つかある登山道の途中にある集落「内の萱」の里人に篤い持て成しを受け、そのお礼に役小角が里人に渡したソバの種が発祥とされ、焼き味噌を溶き入れたつゆ(辛つゆ)に薬味として辛子大根おろしとネギを入れて食べる[76]。行者は修行の中に「五穀断ち」があるが、そばは該当せず、また火を使わなくても食する事ができる点を理由に、そばの実や粉を常備食としていた。
富倉そば(北信地方)
開田そば(木曽町開田高原)
冷涼で朝霧や夕霧が発生する気候によりソバ生育に適していた事から古くからのソバ産地で、その地産そば粉で作った蕎麦である[77]。具材にすんき(カブ菜の漬け物)と鰹節を用いた「すんきそば」は冬季に作られる[25]
霧下そば(北信地方
「霧下そば」について、狭義では戸隠そばの中でも昼夜の気温差が激しく霧の発生する場所で獲れたソバやそば粉やそれで作った蕎麦だけを指し、広義では戸隠産の良質なソバやそば粉やそれで作った戸隠そばを指す[78][79][80]。また、同様の条件を満たした「開田そば」を指すこともある[25]
善光寺そば(長野市
主に善光寺表参道周辺で営業している蕎麦屋やそこが出す蕎麦を指し、商品に「善光寺そば」を使用する場合は善光寺事務局の許可(公許)をもらい、「善光寺ブランド」使用ロイヤルティーを支払う必要性が生じる[81]
高遠そば(伊那市
会津松平家の初代藩主保科正之は大変なそば好きだったと伝えられており、また二十数年信濃国高遠藩との密接な関わりがあり、この地域ではみそ味(みそ+大根おろし+ネギ)のそばつゆ「からつゆ」にて蕎麦が食されていた[25][82][83][84]。その後、保科正之が陸奥国会津藩23万石と大身の大名に引き立てられたことがきっかけで、この「からつゆ」蕎麦の食べ方も会津地方に伝わり、発祥地の名を取って「高遠そば」と呼ばれるようになったが、その名が逆に会津から高遠地区に伝わって「からつゆ」蕎麦を「高遠そば」とも呼ぶようになり、それに対して出汁の効いた醤油味のつゆは「あまつゆ」とも呼ぶ[25][82]
現在福島県の高遠そばは南会津郡下郷町大内宿の名物として有名である。当地では箸が用意されず、付け合せの長ネギを用いて食す事が特徴である。
本山そば(塩尻市
本山宿は「そば切り発祥の地」といわれ、その所以は宝永3年(1706年)に出版された『本朝文選(風俗文選)』に「蕎麦切りといっぱ(いうのは)、もと信濃の国本山宿より出て、あまねく国々にもてはやされける」と書かれたことによる[85][86][87]。また、本山宿本陣では寛文10年6月4日1670年7月25日)の大名宿泊時に蕎麦切り献上の記録も残っている[85]。この地域では家庭毎に蕎麦打ちの技術が伝えられていたこともあって長らく蕎麦屋がなかったが、本山手打そば振興会の手によって蕎麦屋が開店した[85]
ただし、日本のそば切りの発祥は#歴史の節にて宝永3年(1706年)より古い文献も示されているため、本山そば説が否定されることもある。
とうじそば(松本市奈川地区)
信州野麦峠周辺の旧奈川村に伝わるそば。まるでしゃぶしゃぶのようなそば。ラーメンのつけめんのようにそばと汁が別で、そばを汁に入れて(投じて)温めて味をつけてから食する。汁は火にかかったなべに入って(いることが多く)常時温かくなっており、これにそばを専用のカゴに入れて浸してから食べる。そばを投じるためとうじそばという。なお投汁そばが語源の説もあるがこれは登録商標になっている。わんこそばのように、家主が次々とそばをカゴに入れて温めて客人におなか一杯食べてもらうことが目的に発祥したとの説もある。
岐阜県
荘川そば(岐阜県・飛騨地方)
白川そば(岐阜県・白川郷
山梨県
御岳そば(甲府市昇仙峡
静岡県
茶そば(静岡県中部・西部地区)
を練りこんだ蕎麦[88]
天竜そば(浜松市天竜区

近畿地方

広域
あつもり(熱盛り・敦盛)そば(大阪府・京都府京都市・兵庫県神戸市
「あつもり」(『蒸篭に入れて蒸した麺』、または『敦盛と「厚盛り・熱いもり」を掛けた洒落』)である蕎麦[89][90][91]
滋賀県
日吉そば大津市
日吉そば(鶴喜蕎麦)
坂本の郷土料理。江戸時代享保年間に鶴屋喜八が坂本で開いた蕎麦屋「鶴喜蕎麦」を起源とする[92]。小説家の司馬遼太郎が、日吉大社の近所の「鶴喜蕎麦」を目指して来たが、間違えて屋号が「日吉そば」(同名の立ち食い蕎麦チェーン店とは無関係)の蕎麦屋に入ってしまう行が紀行文集『街道をゆく(叡山の諸道)』にある。
箱館そば・今津そば(高島市
箱館山の麓にソバ栽培地が点在しており、その地産そば粉を使用した蕎麦[93]
京都府
犬甘野そば(亀岡市
犬甘野高原地帯産ソバは品質の良さから1997年(平成9年)度に社団法人日本蕎麦協会会長賞を受賞している[94]。その地産そば粉を使用して作った蕎麦で、つなぎに亀岡産ヤマノイモを用いたものもある[94]
筒川そば(伊根町
兵庫県
出石そば
出石そば豊岡市出石
永沢寺そば(三田市
永沢寺周辺地域で食べられている蕎麦。そば打ち体験にも力を入れており、そばに対する興味関心の向上を目的とした「そばまつり」が毎年秋に開催されている[95]
えきそば姫路市加古川市
姫路駅周辺で食べられている黄そば。そば粉は不使用。
奈良県
荒神の里そば・笠そば(桜井市
この地域はソバ栽培に適した条件が整っていたことや国営総合農地開発事業にて拡大化した農地の活用方法として1992年(平成4年)からソバ栽培に取り組み、それに伴って蕎麦屋も開店している[96][97]
和歌山県
高野そば(橋本市伊都郡
伊都地域の新しい特産品として、JA紀北かわかみと和歌山県農業大学校が中心となって推し進めている[98]

中国地方

岡山県
蒜山そば(真庭市
蒜山高原では昔からそばの栽培がされており、一時期大きく衰退した時期もあったが健康ブームなどから作付数が上向きになっている[99]
広島県
豊平そば(北広島町
山県郡豊平町(現・北広島町豊平地区)は、ソバ栽培に適した条件が整っていたこともあり出雲そばの流れを汲んだそばが細々と作られていたが、1987年(昭和62年)に地域おこしの一環として当時の町長や農協を中心に町役場(当時)職員や農家や町民達によって、新たに江戸流の更科系を取り入れた白いそばによる町おこし活動が始まり、関係者が当時山梨に在住していたそば打ち名人の元へ入門し各種ノウハウを学び重要な要素を得て[100]、それらを取り入れた地域おこし活動を継続して取り組んだことにより西日本有数のそばの里と称されることもあり[100][101]、そこで収穫されたものを加工している[102][103]。また後継者不足の問題も表面化してきており、その対策としてそば打ちの技術や作法を習得することを目的とした「豊平流そば打ち段位認定制度」を発足させ道の駅豊平どんぐり村で実施したり、新品種「とよむすめ」の栽培を展開するなど各種活動を行っている[100]
出雲そば
島根県
出雲そば出雲地方
割子そば(出雲地方)
「わりご」という段重ねの朱塗りの器にそばを小分けして盛り、直接薬味やつゆをかけて食べる[25][104]
釜揚げそば(出雲地方)
三瓶そば
三瓶山の山麓はソバ栽培に適した土壌で、三瓶山麓で薬用人参の栽培が安永2年(1773年)から始まると共にソバ栽培も盛んになって節目で食されるようになり、三瓶温泉の公衆浴場が1877年(明治10年)3月にできてそちらの献立に取り入れられた事や明治後半に三瓶高原が陸軍演習場になり兵隊に食されたことで広く知られるようになった[104][105]。食糧が豊かになってきたことや農家の高齢化が進んできた事で昭和30年代後半にはソバ栽培が衰退していったが、1984年(昭和59年)、地産地消の三瓶そば復活を目指した有志によって「九一そばの会」が結成され、ソバ栽培や加工が復活し、1986年(昭和61年)、農林水産省の山村振興対策事業を導入し「三瓶製めん類加工生産組合」に組織改編して拠点となる加工場を建設、蕎麦産業の中心的役割を果たしている[104][105]。割子・釜揚げ・山かけで食されることが多く、薬味はわさび、かつお節、のり、ねぎ等(ただし、大根は使用されない)を用いる[104][105]。出雲そばとの大きな違いは、出雲そばが挽きぐるみに近いそば粉を使用するのに対し、そばの実の芯の部分のみを多く使用した(更科に近い)そば粉を使用する点[106]
隠岐そば(隠岐地方)
短めで太い形状であり、つなぎは一切使用しないそば粉100%の麺で、だし汁は焼いたサバやあご(トビウオ)で取ったものを器に入れて薬味として隠岐産岩のりやゆず、ごま、ネギ等(ただし、大根は使用されない)を添えて食する。隠岐で蕎麦は節目節目で食べられており、隠岐民謡「どっさり節」(別名「そば打ち踊り」)の踊りの中に蕎麦打ちの要素が入っている[104][107]
山口県
瓦そば下関市

四国地方

徳島県
祖谷そば(三好市など)
祖谷地方は大きな温度差や霧が多い気候でソバの栽培に適しており、古くは平家落人の隠れ里で焼畑農業によってソバが作られ常食されていた[108][109]。つなぎは少ない、またはまったく使わないため切れやすく少し太めで香り高い点が特徴[108]。そば米(そば米雑炊)は米の代わりに殻を取り除いたソバの実を使った祖谷地方の郷土料理[108]
高知県
立川そば(大豊町
つなぎは無使用、または極少量使用とそば粉で打った蕎麦が特徴[110]

九州・沖縄地方

福岡県
弁城そば(福智町
1996年(平成8年)に農業で地域活性化を目指した「福智町農業総合プロジェクト」が発足し、その一環でそばが注目され2001年(平成13年)から本格的なソバ栽培に取り組み、同時にそばの花観賞と手打ちそば食体験を中心として農業と地域の活性化を目的とした「そばの花フェスタ」が毎年開催されている[111]
佐賀県
三瀬そば(佐賀市
1990年(平成2年)、三瀬村に初のそば専門店が開店。3年程で軌道に乗った事や口コミによって認知度が広がり多くのリピーターが訪れた事が影響し、ここ近年で続々と蕎麦屋が誕生し「そば街道」と呼ばれる新名所になっている[112]
熊本県
阿蘇そば(阿蘇市
阿蘇市、南阿蘇村を中心に阿蘇の各地でソバ生産とそば料理の提供に取り組んでいる[113]
大分県
豊後高田そば(豊後高田市
無農薬で春秋の2回栽培される豊後高田市産の地粉を使った手打ちそば[114]
宮崎県
新富そば(新富町
1988年(昭和63年)頃、昔からあった在来種を栽培していた農家と、水田の裏作として栽培していた個々の農家が集まり協議会活動を開始、本格的な蕎麦栽培が広がり始めたが収穫量は少ない[115]
椎葉そば(椎葉村
椎葉村の地城産品の1つである[116]
鹿児島県
小薄そば(鹿屋市
つなぎとして大量の自然薯(山芋)を入れることにより、細く切った麺でも腰が強くちぎれにくい[117]
薩摩そば(鹿児島市
つなぎに自然薯を使い腰が強く、具材に薩摩揚げを用いたり薬味にネギや島蜜柑の皮等を使う[118][119]
沖縄県
沖縄そばソーキそば(沖縄県全域・ただし、そば粉は使用しない中華麺である)

蕎麦に関係する器具・道具

食器類
蕎麦製麺機等
  • いえそば(タカラトミー
  • 生粉打ち名人(オホーツク物流)
  • 十割屋(サンヨー
  • 十割蕎麦製麺機しこしこ(システムワン)
  • 味玄(株式会社十割そば)

蕎麦が登場する作品

歌舞伎

落語

小説

随筆

俳句

漫画

音楽

映画

テレビ番組

都々逸

  • 信州信濃の新蕎麦よりもわたしゃあなたの傍がよい

蕎麦に関する諺、慣用句

ソバを作ると村が栄える
特産品としての蕎麦を作ると都会からそれを目当てに人々がやって来るの意。
蕎麦で首くくる
できるはずがないこと。「豆腐の角に頭をぶつけて死ぬ」と同義。
蕎麦の自慢はお里が知れる
蕎麦の材料になるソバは痩せ地でも育つので、蕎麦が名物の所は痩せ地の意。

文化・風習

年越し蕎麦
大晦日年越し蕎麦を食べる
引っ越し蕎麦
引っ越しの際に近所へ配る引越し蕎麦

脚注

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  1. ^ 五訂増補日本食品標準成分表
  2. ^ USDA National Nutrient Database
  3. ^ [『タンパク質・アミノ酸の必要量 WHO/FAO/UNU合同専門協議会報告』日本アミノ酸学会監訳、医歯薬出版、2009年05月。ISBN 978-4263705681 邦訳元 Protein and amino acid requirements in human nutrition, Report of a Joint WHO/FAO/UNU Expert Consultation, 2007]
  4. ^ 乾めん類の日本農林規格 (PDF)
  5. ^ a b 生めん類の表示に関する公正競争規約 (PDF)
  6. ^ 加工食品品質表示基準 (PDF)
  7. ^ 『池波正太郎・鬼平料理帳』p.109-110。ISBN 978-4167142346
  8. ^ 静岡新聞社刊『蕎麦をもう一枚』「大久保の茶屋」店主のコメントより
  9. ^ そば 日本文化いろは事典
  10. ^ http://www.aminacid.com/cat137/ [リンク切れ]
  11. ^ http://www.lib.nakamura-u.ac.jp/syoku/12.htm [リンク切れ]
  12. ^ 「学校給食の重さ〜ひとつの死をめぐって」学校給食ニュース 1998年12月31日 学校給食ニュース 4号 平成10年(1998年)7月
  13. ^ a b 東西対決!東西のカップうどん・そばはダシも味も色も違う GIGAZINE 平成19年(2007年7月16日掲載
    比較文化実験室「カップ麺東西比較!」
  14. ^ 「手緒里庵 山菜きのこそば」ヤマダイ
  15. ^ a b 新島繁、薩摩卯一『蕎麦の世界』(柴田書店、昭和60年(1985年)、ISBN 978-4388056859
    日麺連企画『そばうどん百味百題』(柴田書店、平成3年(1991年)、ISBN 978-4388351879
  16. ^ 『そば打ち教本』(柴田書店、平成16年(2004年)、ISBN 978-4388806577
  17. ^ 藤村和夫著『蕎麦屋のしきたり』日本放送出版協会、平成13年(2001年
  18. ^ きそば【生蕎麦】(Yahoo!辞書)
  19. ^ きそば【生蕎麦】(goo辞書)
  20. ^ a b 農産物百科「そば」(JA遠州中央)
  21. ^ 「手打ち」の表現もこの時期に使用されるようになった。
  22. ^ a b c d そば屋メニュー紹介「もりそば(ざるそば・せいろ)」(そばの散歩道:日本麺類業団体連合会)
  23. ^ 麺類雑学辞典:第11回「鴨南蛮」(-2-) 日本麺類業団体連合会
  24. ^ テレビ朝日 スーパーJチャンネル 2011年10月26日放送「都電で巡る下町100年の味」
  25. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 三井グラフ Vol.126 そばの文化〜江戸そばの伝統とそばの里「全国の名物そば」
  26. ^ 齊藤緑雨の随筆『ひかへ帳』(1898年雑誌『太陽』)「コロッケット蕎麦といへるを花屋敷の吉田にて出したり。追々か々ることに成行くべし。」
  27. ^ 『蕎麦屋で酒を飲む』P88 ショトルシリーズ ISBN4-09-343147-7
  28. ^ http://www.maruchan.co.jp/news_topics/entry/2011/10/post_641.html
  29. ^ はらこそば(日本観光協会)
  30. ^ けんちんそば
  31. ^ 特集 世界のそば料理
  32. ^ にっぽん蕎麦紀行 第37回 -2-(日本麺類業団体連合会)
  33. ^ 津軽のお花見ガイド2007 エッセイ「津軽そば」(津軽.com)
  34. ^ にっぽん蕎麦紀行 第37回 -1-(日本麺類業団体連合会)
  35. ^ 紅花そば(天童市観光情報センター)
  36. ^ 食べ物 新日本奇行(NIKKEI NET)3杯目編 第8回「冷たいうどん・そば その1」
    冷たい肉そば(河北町商工会)
  37. ^ a b 山形の蕎麦に寄せて(e-yamagata.com)
  38. ^ 白老町公式サイト「所管事務調査の結果報告について」 (PDF) より
  39. ^ 電子じばさん館(姫路市・財団法人西播地域地場産業振興センターHP)「乾めんの館:全国の乾めん」
  40. ^ 伝統料理「裁ちそば」について(南会津農林事務所)
  41. ^ 磐梯町公式サイト「磐梯そば」
  42. ^ 磐梯町公式サイト「第13回日本そば博覧会 in 会津・磐梯」
  43. ^ 総務省:頑張る地方応援プログラム「日本そば博覧会」 (PDF)
  44. ^ 飯豊とそばの里センター(山都町公式)
  45. ^ 郷土料理「裁ちそば」(尾瀬檜枝岐温泉観光協会)
  46. ^ 桧枝岐裁ち切り蕎麦の作り方
  47. ^ 広報ひたちおおた2005年10月号(常陸太田市公式) (PDF)
  48. ^ 日光の今市そば(まっぷる公式ガイド)
  49. ^ 日光そばまつり(日光市公式)
  50. ^ 観音様と手打ちそばの郷 出流
  51. ^ 仙波そば(地産地消を楽しむ)
  52. ^ 岡屋敷そば生産組合(ぐんまアグリネット)
  53. ^ No.122 普及センターだより(群馬県公式)
  54. ^ 秩父のそばとは?(秩父そばの会)
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  56. ^ ナビ多摩「武蔵野そば処」
  57. ^ 2008年(平成20年)3月23日放送 あすのそら色TBSテレビ)・今週のそら色便り(2008年3月23日) より
  58. ^ 毎年好評の「高尾山の冬そばキャンペーン」を開催!(京王グループ 2008年1月18日) (PDF)
    臨時列車に乗って、三つ星観光地・高尾山で冬そばを楽しもう! マイコミジャーナル 2008年(平成20年)1月21日
  59. ^ 江戸時代からの伝統的な種物、いま食べてもやはり旨い 冬の旨さ:あられそば All About 2004年(平成16年)2月22日
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  62. ^ 十日町、そばの里MAPを作成 新潟日報 2008年(平成20年)5月13日
  63. ^ 平成19年度「十日町そば研究会」開催(新潟県公式)
  64. ^ 十日町のそば処紹介(十日町を楽しもう!)
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  68. ^ 大崎そばの会(佐渡観光協会)
  69. ^ 地域の話題を紹介します(佐渡市公式) (PDF)
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  74. ^ 鳥越そば、香り豊か 白山でまつり、7千食を実演販売 北國新聞社 2006年(平成20年)11月5日
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  83. ^ 【福島】ネギを箸がわりに食べる絶品蕎麦 All About 2005年(平成17年)9月11日
  84. ^ 高遠そば・たかとおそば
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  86. ^ 新・そばの旅(松本広域観光ガイド)
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  95. ^ 三田・永沢寺
  96. ^ 荒神の里・笠そば
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  99. ^ 蒜山高原へようこそ!:特産品紹介「そば製品」(グリーンピア蒜山)
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  103. ^ ソバの里づくりに一役。町特産ソバでお好み焼き(広島県西部農業共済組合「NOSAI西部」)
  104. ^ a b c d e しまねニュース:今月のテーマ「島根のそばー出雲そば・三瓶そば・隠岐そば」(しまね観光ナビ、2006年12月15日 (PDF)
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  106. ^ 三瓶そば - 王将戦中継ブログ・2014年3月13日
  107. ^ 隠岐そば(サンin特選街)
  108. ^ a b c 徳島県 - 郷土料理 観光navi(iタウンページ)
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  110. ^ 高知県道の駅周辺ガイド「大杉」(高知新聞公式)
    立川(たぢかわ)パーキングエリア(西日本SHD)
  111. ^ 弁城産そば(福智町公式) (PDF)
  112. ^ あそぼーさが「三瀬そば食べ歩記」(佐賀県観光連盟)
  113. ^ 阿蘇ファンクラブ「今、なぜ”阿蘇そば”なのか?」(阿蘇地域振興デザインセンター)
  114. ^ 進化する「そば処」豊後高田へようこそ 豊後高田そば
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  116. ^ 地場資源活用による過疎地域活性化に関する研究(日本財団図書館)
  117. ^ 鹿児島そば倶楽部(アグリステーション鹿児島)
  118. ^ そばの知恵袋「郷土そば」(川越蕎麦の会)
  119. ^ そば 蕎麦 郷土料理 その2

参考文献

関連項目

外部リンク