変体仮名

提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

変体仮名(へんたいがな)とは、平仮名字体のうち、1900年(明治33年)の小学校令施行規則改正以降の学校教育で用いられていないものの総称である。平仮名の字体の統一が進んだ結果、現在の日本では、変体仮名は看板や書道など限定的な場面でしか使われていない[1]異体仮名(いたいがな)とも呼ばれる[2]

目次

[編集] 概要

現在変体仮名と呼ばれている文字は、現在の平仮名にとっての異体字として使われていた文字である。平仮名万葉仮名から派生した音節文字であり、その読みは字母(その仮名の元となった漢字)の字音あるいは字訓が、字体草書体をさらに崩したものがもとになっている。紀貫之の『土佐日記』、清少納言随筆枕草子』、紫式部の『源氏物語』など日本の古典文学の代表作と言える作品では平仮名が使われているが、原典が用いていた文字の中には、現在の観点では変体仮名とされる文字が多い。

ひとつの音韻に対する平仮名の字体の中には、字母が異なるものと、字母は同じだが崩し方が異なるものの2種類がある。これらは著者や時代によって異なるほかに、ひとつの文章のなかで混用される場合もある。特に、平安時代末期の装飾写本西本願寺本三十六人家集のように美的効果が重視された作品では、単調さを嫌うかのように多くの字体が用いられる傾向が強い[3]

平仮名の体系は、このような異体字を持つ文字体系として、平安時代が終わる12世紀にほぼ完成していたとされる。鎌倉時代以降の書では、著者ごとの書風や癖のような字形の違いはあっても、字体や字母には大きな変化が見られず、一貫して平安時代のものが平仮名の手本とされてきた[4]。平仮名において複数の字体が併用されつづけた理由は、ひとつには、美術作品としての表現手法、もうひとつには、単純過ぎて判別が困難だった初期の平仮名を改良した結果だと考えられている[5]

明治時代、小学校が設置された当初は、仮名の字体は複数教えられていた。たとえば、1884年(明治17年)に文部省が編集した教科書『読方入門』では、字体が1つとされた字は8字にすぎない。[6]。当時作られた教練教科書所収の軍人勅諭には多数の変体仮名がちりばめられている[要出典]。しかし、1900年(明治33年)の小学校令改正を受けた小学校施行規則において、小学校で教授される仮名の字体が一字体に統一された以降は、一部の書道教育を除いて、一つの音韻に対しては一つの字のみが教えられることとなった。一旦は1908年(明治41年)に26の異体字が復活されたものの、最終的にはすべて1922年(大正11年)に廃止された。 [7] この改正において採用されなかった数多くの平仮名の字体が、以降、変体仮名(異体仮名)と呼ばれるようになった[2]

[編集] 現代での用途

群馬県内の蕎麦屋の看板。「生そば」「なが井」に変体仮名が用いられている。

戦前までは日記、書簡など日常の筆記で変体仮名はしばしば使用されていた。例えば夏目漱石の自筆原稿にも多数の変体仮名を見ることが出来る。活字の母型にも存在し、戦前の活字見本帳には多数の変体仮名活字を見ることができる。戦後の例では、川端康成1969年の自筆原稿に変体仮名の「な」が使われている。『言海』『大言海』には、「し」で始まる見出しに「TRON 9-834D.gif」が使用されている。

変体仮名は人名にも広く用いられていた。しかし、1948年(昭和23年)の戸籍法施行によって変体仮名が戸籍上の人名に使えなくなったこと、また、統一された字体による新聞・雑誌の普及とともに活字体への慣れが進んだことから、変体仮名が使用されることは少なくなった[8]

現在では、変体仮名は書道のかな作品や看板・商標などで目にすることができる[1]

[編集] コンピュータでの扱い

JIS X 0208Unicodeには変体仮名は収録されておらず、文字コードも割り振られていない。

住民基本台帳収録変体仮名として行政で使用されている文字があり、これらはTRONコードに収録されている(9面Bゾーン8321~846A)[9]。また、その他の変体仮名についても同様にTRONコードに収録されている(9面Bゾーン8521~8D7E)。

今昔文字鏡フォントは213の変体仮名を収録している。

[編集] 主な変体仮名の字母

あ行
阿、惡、愛 TRON 9-8324.gif(以)、伊、移、意 有、乎、雲、憂 TRON 9-832E.gif(江)[10]、盈、要 TRON 9-8333.gif(於)
か行
TRON 9-8336.gif(可)[11]、閑、我、駕、賀、家 TRON 9-8339.gif(起)、支、木、喜 具、九、求、倶 介(或は个)、希、遣、氣 TRON 9-8344.gif(古)、許、故、期
さ行
佐、散、斜、乍、作、沙 TRON 9-834D.gif(志)、新、四、事 TRON 9-834F.gif(春)、須、數、壽 世、勢、聲 TRON 9-8356.gif(楚)、所、處、蘇
た行
TRON 9-8359.gif(多)、堂、當 地、千、遲 徒、都、津 TRON 9-8366.gif(帝)、氐、轉、傅、亭、低 TRON 9-8367.gif(登)、東、度
な行
TRON 9-836B.gif(奈)、那、難、名、南 爾、耳、二、兒、丹 努、怒 年、子

TRON 9-837B.gif(能)、乃、農、濃

は行
TRON 9-837E.gif(者)、八、盤、半、葉、頗 比、飛、悲、日、非、避、火 TRON 9-8429.gif(婦)、布、風 Hentai He1.jpg(遍)、邊、弊、倍 本、奉、寶
ま行
万、滿、萬 見、三、身、微 無、无、舞、牟 免、面、馬 裳、无、母、茂、蒙
や行
夜、耶、屋 Hiragana YU 01.png(由)、遊 夜、餘、余
ら行
里、梨、李、理 流、類、累、ル Hiragana RE 01.png(連)、麗、料

Hiragana RO 01.png(路)、露、樓、婁

わ行
TRON 9-8462.gifTRON 9-8463.gif(王)、〇 井、遺 乎、Hentai Wo1.jpg(越)
TRON 9-846A.gif
  • 上記の他に濁点半濁点がついた変体仮名も存在する。
  • 崩し方の程度に通則はないので、同じ字母でも字形には種々のパターンが存在する。

[編集] 脚注と参考文献

[ヘルプ]
  1. ^ a b #築島1981、pp.352-353。
  2. ^ a b 笹原宏之 横山詔 エリク・ロング 『現代日本の異体字』 三省堂、2003年、pp.35-36。ISBN 4-385-36112-6
  3. ^ #築島1981、p.157。
  4. ^ #築島1981、p.189。
  5. ^ #築島1981、p.157, pp.256-257, pp.150-190。
  6. ^ #武部1979、p.246。
  7. ^ 神谷智「<研究ノート>「くずし字」教育と高等諸学校 : 名古屋高等商業学校の事例を中心として」、『名古屋大学史紀要』第8巻、名古屋大学史編集室、2000年3月、27-49、ISSN 0915-5848。
  8. ^ #築島1981、p.353。
  9. ^ 2006年10月27日付で収録。TRON文字収録センターの文字セット改定のお知らせ参照。
  10. ^ 現在の字形に整理される以前は「TRON 9-832E.gif」が多く使用された。
  11. ^ 現在の字形に整理される以前は「TRON 9-8336.gif」が多く使用された。
  • 築島裕 『仮名』 中央公論社〈日本語の世界 5〉、1981年。ISBN 9784124017250
  • 武部良明 『日本語の表記』 角川書店、1979年12月。

[編集] 関連書

  • 吉田豊 『江戸のマスコミ「かわら版」-「寺子屋方式」で原文から読んでみる』 光文社、2003年6月。ISBN 978-4-334-03203-6
  • 片塩二朗 『秀英体研究』 朗文堂制作室 編、大日本印刷、2004年12月。
  • 『変体仮名速習帳』 兼築信行 編、早稲田大学文学部(トランスアート発売)、2003年3月。ISBN 978-4-924956-96-4
  • 中田易直 『用例かな大字典』 柏書房、1977年。 古典資料でのかなの字体を網羅的に掲載した字典。普及版として、中田易直 ほか 『かな用例字典』 柏書房、1994年4月。

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 外部リンク