一杯のかけそば

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一杯のかけそば』(いっぱいのかけそば)は、栗良平による日本短編小説、また同作を原作とした映画作品。

目次

[編集] 概要

作品の発表当時は感動話の代表作として瞬く間に日本中の話題をさらい、果ては作品叢書まで出来た。

[編集] ブームの推移

当初は1988年の大晦日FM東京のゆく年くる年の中でラジオ朗読されたことが始まりである。翌、1989年1月には産経新聞共同通信社が一杯のかけそばを取り上げ、2月には衆議院予算委員会審議において公明党大久保直彦竹下登首相に対する質疑で当時話題となっていた本作のほぼ全文を朗読・紹介して、リクルート問題に関する質問をしたことからブームに拍車がかかった。 その後、5月にブームはピークを迎えた。特に短編小説として発表された本作を「実話であるか、創作であるか」という話題が大きく取り上げられ、結果的に作者の実生活といった「作品外の話、実話」にスポットが過剰にあたってしまった。そこから、「出来すぎた創作話と、作者の実体」というようなパッケージ化がされてワイドショーなどを賑わせてしまった。中でも「タイム3」は中尾彬武田鉄矢などの有名人を迎え、連日「一杯のかけそば」を朗読するまでに至った。

[編集] ブームの終焉

ブームの最中、5月19日「笑っていいとも」の中で司会のタモリが一杯のかけそばを批判した。タモリは「その当時、150円あったらインスタントラーメンが3個買えた」「涙のファシズム」など作品の胡散臭さを訴えた。この発言がきっかけとなり翌6月にはブームが終焉する。

[編集] 後援会

作者が『一杯のかけそば』を口演して日本各地を行脚したため、物語に感動した有志達による「一杯のかけそばを読む会」、「栗っ子の会」が結成され、これが日本中へ作品を広めるきっかけとなった。


注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。免責事項もお読みください。


[編集] あらすじ

1972年昭和47年)の大晦日の晩、札幌の時計台横丁(架空の地名)にある「北海亭」という蕎麦屋に子供を2人連れた貧相な女性が現れる。閉店間際だと店主が母子に告げるが、どうしても蕎麦が食べたいと母親が言い、店主は仕方なく母子を店内に入れる。店内に入ると母親が「かけそば(つゆが入った器に茹でた麺を入れただけの、種を入れていない蕎麦)を1杯頂きたい(3人で1杯食べる)」と言ったが、主人は母子を思い、内緒で1.5人前の蕎麦を茹でた。そして母子は出された1杯(1杯半)のかけそばをおいしそうに分け合って食べた。この母子は事故で父親を亡くし、大晦日の日に父親の好きだった「北海亭」のかけそばを食べに来ることが年に一回だけの贅沢だったのだ。翌年の大晦日も1杯、翌々年の大晦日は2杯、母子はかけそばを頼みにきた。「北海亭」の主人夫婦はいつしか、毎年大晦日にかけそばを注文する母子が来るのが楽しみになった。しかし、ある年から母子は来なくなってしまった。それでも主人夫婦は母子を待ち続け、そして十数年後のある日、母とすっかり大きくなった息子2人が再び「北海亭」に現れる。子供達は就職してすっかり立派な大人となり、母子3人でかけそばを3杯頼んだ。

[編集] 映画

一杯のかけそば
監督 西河克己
脚本 永井愛
製作 電通
エフエム東京
ソニー・ミュージックエンタテインメント
東北新社
北海道放送
キネマ東京
製作総指揮 上田彦二
高橋松男
富原薫
中川真次
入江雄三
出演者 渡瀬恒彦
市毛良枝
泉ピン子
鶴見辰吾
奥村公延
柳沢慎吾
池波志乃
音楽 渡辺俊幸
撮影 高村倉太郎
編集 鈴木晄
配給 東映電通
公開 1992年2月15日 日本の旗
上映時間 99分
製作国 日本
言語 日本語
allcinema
キネマ旬報
AllRovi
IMDb
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1992年平成4年)2月15日公開。配給は電通東映。原作のエピソードに独自設定を加えたオリジナルシナリオになっている。

文部省選定。公開後、半年も経たずにポニーキャニオンからビデオ化されたが、このリリースは当時としては異例の早さであった。

[編集] キャスト

[編集] スタッフ

[編集] 書籍

[編集] 類似した実話

2006年3月、台湾にも似た実話があることが報道された。ある貧しい7人家族がおり、母親がガンで入院しているために看病をしていた5人の子供が食事がろくに食べられず、それを見かねた病院の看護婦がその家族にワンタン麺を与えた所、5人のうち3人の子供たちは麺だけを食べ、母親に元気になってほしいとワンタンを母親の為に残した。これを見た看護婦が感動し台湾中の人々に伝え、台湾中の人々が涙しその家族に対し寄付が殺到した。同年4月21日にその母親が子供を残しガンで死去し、陳水扁総統が哀悼の意を表した。

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