泉ピン子

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いずみぴんこ
泉 ピン子
本名 武本 小夜(たけもと さよ)
生年月日 1947年9月11日(62歳)
出生地 Flag of Japan.svg 日本東京都中央区
血液型 B型
職業 女優
活動期間 1966年 - 現在
主な作品
おしん』『渡る世間は鬼ばかり

泉 ピン子(いずみ ぴんこ 本名:武本 小夜(旧姓:江口)、1947年9月11日 - )は、東京都中央区出身の女優漫談家。所属はケィ・サイド血液型B型。父は浪曲師の広沢竜造、継母は浪曲師の三門お染

デビュー直後の芸名は三門 マリ子

夫は消化器内科医の武本憲重。泉とは別の愛人との間に二人の娘がいる。長女は、義母である泉の仕事に興味をもち、現在、泉沙織(いずみさおり)としてアマチュア・エンタテインメントで活動している[要出典]

目次

[編集] 来歴・人物

日本音楽高等学校中退。

1966年牧伸二に師事して、三門マリ子の芸名で歌謡漫談家としてデビューするも、キャバレー回りが続く。歌謡漫談家のネタの中にはコント55号が作成したものもある。ある日、街角でキャバレーの呼び込みに「うちで働かない?」と声をかけられたが、「はばかりながら、こっちはもっといい商売やってんだよ!」と一蹴した。キャバレーの呼び込みは、「いけね。トルコ嬢に声かけちまった」と言ったという。

1975年日本テレビ系列『テレビ3面記事 ウィークエンダー』の番組レポーターを担当したのを機に、改名し「泉ピン子」となる。この芸名は芸能人であることをずっと反対していた父親が「芸人にはピンからキリまであるのだから、志しの一番なピンの芸人になれ」と、泉に話したことから。その後、女優業に転身する。歌謡曲の歌手としても1977年に「哀恋蝶」が40万枚のヒットを記録している。

女優としては1983年NHKで放送された連続テレビドラマおしん』に母親役で出演したことがきっかけで評価を得、また同作の脚本を書いた橋田壽賀子に高く評価されたことにより、以来現在まで橋田ファミリーの旗頭的な存在である[1]。長いセリフにも動じない安定した演技に定評があり、以降は橋田作品のドラマや映画に数多く出演する。橋田とは赤木春恵などと共にプライベートでも一緒に旅行に行くなどの交友がある。

バラエティ番組では元コメディエンヌとしての才を活かし、達者なトークで活躍。一方で人気ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)では本来のキャラクターと相反するおとなしい嫁の役を演じている。

創価学会信者である。

[編集] エピソード

  • 2005年、TBS系列特別ドラマ『美空ひばり物語 - おでことおでこがぶつかって』でひばりの母親役を演じるために16kgものダイエットに成功。
  • テレビ朝日系列バラエティ番組『愛のエプロン』に3度出演。2005年10月12日放送回では初登場にして特エプ獲得、同年11月23日放送回ではトップクラスの一角・杉本彩に僅差で勝利し、料理の実力を見せ付けている。そして2006年6月14日放送回では、「和・洋・中の三ジャンル」及び「全ての出場回」で特エプを獲得する、という前人未到の記録を達成した。
  • 同じ橋田ファミリーのえなりかずきにスボンにシャツを入れるよう強要し、2009年現在も彼にそれを守らせている。
  • 元々は喫煙者だったが禁煙を始めてから太り始めたそうで『渡る世間は鬼ばかり』に出演期間中、急激なダイエットで痩せてしまったことに対し、脚本家である橋田壽賀子が役柄である小島五月は太っていてこそ小島五月だと、泉のダイエットにかなり不満をもっていた。
  • 立ち上がった姿は「ピン子立ち」と評されるくらい姿勢が正しい。
  • 矢沢永吉の熱狂的なファンであり『アリよさらば』では特別出演を果たし、矢沢と共演して嬉しさのあまり感極まったそう。現在でも矢沢のライブへ毎回出かけるそう。

[編集] おもな出演作

[編集] テレビドラマ

NHK

TBS

日本テレビ

フジテレビ

テレビ朝日

テレビ東京

[編集] バラエティー番組

[編集] 映画

[編集] 舞台

  • おんな太閤記(2007年)
  • 渡る世間は鬼ばかり

[編集] 声優

  • 日米合作長編人形アニメーション「サンタのいないクリスマス」(1981年12月24日、ABC)

[編集] CM

[編集] 脚注

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  1. ^ ただし、泉自身は「“ファミリー”って嫌いなんですよね。(マスコミや視聴者など)皆がつけちゃったんで、ファミリーじゃないわよ」(『爆笑問題の日曜サンデー』2009年6月28日放送)と発言している。

[編集] 外部リンク

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