甘楽郡
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人口25,631人、面積365.62km²、人口密度70.1人/km²。(2009年6月1日、推計人口)
以下の2町・1村が含まれる。
かつては富岡市域や神流川上流域も郡域に含まれていた。
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[編集] 歴史
古代には「甘良郡」として『続日本紀』和銅4年(711年)に登場する。渡来人が多く住んだことから、「から」が変化して「かんら」となったと考えられる。
戦国時代、国峰城の小幡氏が、上杉・長尾・武田・北条と主を変えながら活躍した。しかし後北条氏滅亡に伴い小幡氏は国峰から離れた。
徳川家康が関東に入ると、小幡藩と藤岡藩が置かれた。1600年に藤岡藩は改易。1616年には七日市藩が置かれ、江戸期は小幡・七日市で二分されていた。 小幡藩ではのちに明和事件が起こっている。幕末には下仁田戦争(上京する水戸天狗党と高崎藩兵との衝突)の舞台となった。
1878年(明治11年)甘楽郡は北甘楽郡と南甘楽郡に分割され消滅した。南甘楽郡は数年で緑野郡や多胡郡と合併し多野郡となった。 戦後、北甘楽郡が名称変更を行い甘楽郡が復活した。
[編集] 沿革
[編集] 甘楽郡(~1878年)
[編集] 甘楽郡(1950年~)
- 1950年4月1日 - 北甘楽郡より名称変更。(6町17村)
- 1954年4月1日 - 富岡町が小野村・黒岩村・一ノ宮町・高瀬村・額部村を編入・市制施行して富岡市となり郡より離脱。(4町13村)
- 1955年1月15日 - 岩平村が多野郡吉井町・多胡村・入野村と合併し、多野郡吉井町が発足、郡より離脱。(4町12村)
- 1955年3月10日 - 下仁田町・青倉村・馬山村・西牧村・小坂村が合併し、下仁田町が発足。(4町8村)
- 1955年3月15日 - 磐戸村・月形村・尾沢村が合併し、南牧村が発足。(4町6村)
- 1955年3月16日 - 小幡町と秋畑村が合併し、小幡町が発足。(4町5村)
- 1955年3月20日 - 妙義町と高田村が合併し、妙義町が発足。(4町4村)
- 1955年4月1日 - 吉田村が富岡市に編入。(4町3村)
- 1959年2月1日(3町2村)
- 1960年4月1日 - 丹生村が富岡市に編入。(3町1村)
- 2006年3月27日 - 妙義町が富岡市と合併し、富岡市が発足、郡より離脱。(2町1村)
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