忠臣蔵

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「仮名手本忠臣蔵 夜討人数ノ内 堀辺弥津兵衛 堀辺弥次兵衛肖像」 歌川国貞画。

忠臣蔵(ちゅうしんぐら)とは、 人形浄瑠璃文楽)および歌舞伎の演目のひとつである『仮名手本忠臣蔵』の通称。また歌舞伎や演劇映画の分野で、赤穂浪士の復仇事件元禄赤穂事件に題材をとった創作作品のこと。

解説[編集]

江戸時代中期の元禄14年3月14日1701年4月21日)、江戸城殿中松之大廊下赤穂藩藩主・浅野長矩(内匠頭)高家肝煎吉良義央(上野介)に刃傷に及んだことに端を発する。この一件で加害者とされた浅野は即日切腹となり、被害者とされた吉良はお咎めなしとなった。その結果を不服とする赤穂藩国家老大石良雄(内蔵助)をはじめとする赤穂浪士(赤穂藩の旧藩士)47名、いわゆる「赤穂四十七士」(あこうしじゅうしちし)は、紆余曲折のすえ元禄15年12月14日1703年1月30日)未明に本所・吉良邸への討ち入りに及び、見事その首級をあげる。そしてその後の浪士たちの切腹までの一連の事件を総称して、今日の史家は「元禄赤穂事件」と呼んでいる。

「忠臣蔵十一段目夜討之図」 歌川国芳画。

この元禄赤穂事件がはじめて舞台に取り上げられたのは、討ち入り決行の翌年である元禄16年の正月、江戸山村座の『傾城阿佐間曽我』(けいせいあさまそが)の五番目(大詰)である。曾我兄弟の仇討ちという建前で赤穂浪士の討入りの趣向を見せた。以降、浄瑠璃・歌舞伎の人気題材となり、討入りから4年後の宝永3年(1706年)には、この事件に題材をとった近松門左衛門作の人形浄瑠璃『碁盤太平記』が竹本座で上演されている。そしてその集大成が寛延元年(1748年)8月に上演された二代目竹田出雲三好松洛並木千柳合作の人形浄瑠璃『仮名手本忠臣蔵』である。初演のときには「古今の大入り」、すなわち類を見ないといわれるほどの大入りとなり、同じ年に歌舞伎の演目としても取り入れられている。

『仮名手本忠臣蔵』はのちに独参湯(薬の名前)とも呼ばれ、客が不入りの時でもこれを出せば当たるといわれるほどであった。さらに歌舞伎、浄瑠璃、講談で数多くの作品がつくられ、「忠臣蔵物」と呼ばれるジャンルを形成する。そのような作品のひとつに『仮名手本忠臣蔵』と怪談を組み合わせた鶴屋南北作『東海道四谷怪談』がある。

江戸時代、江戸幕府から同時代に起こった武家社会の事件を文芸や戯曲で取り上げることは禁じられていたので、元禄赤穂事件についても幕府を憚って舞台を別時代とし、登場人物を他の歴史上の人物に仮託していた。近松の作品では『太平記』の時代を舞台とし、登場人物の名として浅野内匠頭を塩冶判官(塩冶高貞)、吉良上野介を高師直に擬し、高師直が塩冶高貞の妻に横恋慕したことを発端としており、『仮名手本忠臣蔵』でもこれに倣っている。しかし事件を表現していることがわかるように、塩冶の「塩」は赤穂の特産品である「赤穂塩」、高師直の「高」は吉良上野介の役職「高家」とかけられている。太平記に登場しない人物の名も変えられた(大石内蔵助→大星由良助など)。

「忠臣蔵」という題名の由来は、蔵一杯の忠臣という意味や、大石内蔵助の「蔵」にかけているなどとされるが、定かではない。「仮名手本」についても、以下のように色々な説明がなされている。

  • 仮名47文字すなわち四十七士を指す(実際、四十七士の各々の装束に、いろは仮名を一文字ずつ書いた浮世絵も多い)。
  • いろは歌を七文字毎に区切り一番下の文字を順に読むと「とかなくてしす」、すなわち「咎(とが)無くて死す」であることによる。
  • 幕府の禁止令により登場人物が実名ではなく「仮名」で呼ばれていることから。

明治以降、江戸幕府が滅亡しその憚りがなくなったので、登場人物の名を実名で上演することができるようになった。「忠臣蔵」は人気が高く、昭和9年(1934年)には資料調査をした新歌舞伎元禄忠臣蔵』(真山青果作)が上演されている。講談浪曲でも忠臣蔵は人気があり、「赤穂義士伝」と呼ばれ、事件の史実を扱った「本伝」、個々の赤穂四十七士を描いた「義士銘々伝」、周辺のエピソードを扱った「外伝」からなる。

第二次世界大戦後の連合国占領下では、厳しい言論・思想統制が行われた。連合国軍最高司令官総司令部は日本国内での報復運動の高まりを恐れ、「忠臣蔵」を題材とした作品は封建制の道徳観が民主化の妨げになるとし(仇討ちという復讐の物語なので)、当事件を題材とした作品の公演、出版等を一時期禁止したが、昭和22年(1947年)にはその禁も解かれ、歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』が東京劇場で上演されている。

赤穂義士祭の義士行列

本所の吉良邸襲撃の日は旧暦12月14日(正確には翌日未明)であったが、現在に至るも新暦12月14日が近づくと忠臣蔵のテレビドラマや映画が放映されるなど、その人気は衰えを見せない。多くの映画製作、テレビドラマ化、舞台上演がほぼ毎年行われている。現在では、多くの資料研究の進展を反映させた書籍の出版や実名での作品化がなされるようになり、価値観の多様化と研究考証から、赤穂浪士の忠義一辺倒のではない、吉良側の視点をはじめとした様々な角度からの作品化がなされている。

作品一覧[編集]

歌舞伎[編集]

落語と忠臣蔵[編集]

落語では、『仮名手本忠臣蔵』がくすぐり落ちとして使われることもある。『仮名手本忠臣蔵』そのものを題材とする場合もある。以下に、段と演題を挙げる。

村芝居』 - 農村の秋祭りに地元の男たちで忠臣蔵の芝居をすることにしたが、師直の烏帽子の中に蜂の巣が入っていて…。
芝居風呂
質屋芝居
『蔵丁稚』 - そのまま『四段目』という演題でも演じられる。
淀五郎』 - 判官切腹の場面が落ちとなる。
中村仲蔵』- 定九郎の役を演じた役者初代中村仲蔵の話。通常落ちは無い。
軒づけ』 - 主人公の失敗譚として噺の序盤に登場する。
鹿政談』 - くすぐりが使われる。
役者息子』 - そのまま『七段目』という演題でも演じられる。芝居好きの若旦那が丁稚と二階の部屋で平右衛門とおかるの件を演じ、丁稚が階段の一番上の段から落ちて「怪我はないか」「なあに、七段目」という落ちになる。これを得意とした二代目三遊亭圓歌は、出囃子も七段目幕開きの音楽だった。
九段目』 - 店のものが素人芝居で九段目を上演しようとするが、加古川本蔵を演じる役者が病気で倒れてしまった。急遽代役を頼んだところ、やってきたのは田舎者の按摩、もとは萬歳の太夫という人物で……。見せ場のせりふが途中から萬歳になってしまうという落ち。
天野屋利兵衛』 - いわゆる「バレ噺」。女と間違えられた天野屋利兵衛が、「天野屋利兵衛は男でござる」と言う落ち。

八段目十一段目を題材とした落語は存在しないといわれている。この他、新作落語では『仮名手本忠臣蔵』全体を題材にすることも試みられている。『吉良の忠臣蔵』(立川志らく)、『カマ手本忠臣蔵』(柳家喬太郎)、『AKO47~新説赤穂義士伝~』(月亭八方)などの作例がある。

端唄・小唄[編集]

花柳界では、人気のある芝居をもとにした端唄小唄が作られることがある。『忠臣蔵』では「笹や節」が代表である。『忠臣蔵』を元とした浪曲『義士伝』が直接の参照元といわれ、俗曲に分類される曲でありながら、浪曲的な歌い方をする個所がある。歌詞については流派により異なるが、内容としてはほぼ同じなため、以下に歌詞の一例をあげる。

笹や 笹笹 笹や笹 笹はいらぬかすす竹を 大高源吾は橋の上 あした待たるる宝船
赤の合羽に 饅頭笠 降りくる雪も いとわずに 赤垣源蔵は 千鳥足 酒にまぎらす いとま乞い
胸に血を吐く 南部坂 忠義にあつき 大石も 心を鬼に いとま乞い 寺坂来たれと 雪の中

英訳[編集]

  • Dickins, Frederick Victor, Chiushingura - or the Loyal League, Yokohama, 1874–75.
    • 英字新聞 The FarEast に連載。
  • Dickins, Chiushingura - or the Loyal League, London, 1875.
    • 上記の単行本。
  • Masefield, John, The Faithful, London, 1915.
    • マンスフィールドは、刃傷の原因を色恋沙汰ではなく、吉良が藩領拡張を画策して浅野の領地を狙ったからと書き替えている。
    • 邦題『忠義』 小山内薫
    • 二代目市川左團次が歌舞伎化。また新国劇版もある。

なお日露戦争の停戦会議(ポーツマス会議)の仲介役となった第26代米大統領セオドア・ルーズベルトは、忠臣蔵の英語訳本を愛読していたとの逸話がある。

評論[編集]

主な小説作品[編集]

忠臣蔵は小説作品の題材としても多く用いられている。代表的なものは、大河ドラマ化された大佛次郎赤穂浪士』、赤穂浪士たちを刺客として描き映画化された池宮彰一郎四十七人の刺客』などがある。

大河ドラマ『赤穂浪士』の原作、続編に『四十八人目の男』がある
大河ドラマ『元禄繚乱』の原作
大河ドラマ『元禄太平記』原作
大河ドラマ『峠の群像』の原作
  • 『続編 吉良忠臣蔵』(角川書店、1988年、のち角川文庫/集英社文庫)
同名映画の原作
『四十七人目の浪士』(新潮社、1997年、ISBN 4101408130)の改題

映画[編集]

映画の時代になると忠臣蔵も題材として使われ、最初の作品は1907年(明治40年)に製作された『忠臣蔵五段目』である。ただし、この作品は十一代目片岡仁左衛門の襲名公演の模様を収録(保存を目的として撮影)したものであり、劇映画としての最初の「忠臣蔵」作品は、1910年製作の牧野省三監督・尾上松之助主演による『実演・忠臣蔵』とされる。これ以後、多数の忠臣蔵映画が製作された。大石内蔵助を多く演じた俳優では、戦前では尾上松之助が、戦後では八代目松本幸四郎が挙げられる。

登場人物が多彩なためオールスターキャストでの演出が可能な忠臣蔵は人気ジャンルとなり、戦前から戦後にかけて本伝ものだけで80本以上の作品が製作されている。

テレビドラマ[編集]

戦後も「忠臣蔵」は人気題材であり続け、テレビの時代になると多数のドラマが製作されている。芸能界でも、ドラマで主役の大石内蔵助を演じることは、役者として最高の誉れとされている。 それを逆手に取り、箔をつけたい俳優が大石役を格安の出演料で出演オファーを了承しその浮いた分で脇役の俳優陣を充実させるといった駆け引きも行なわれたという。1964年NHKで製作された大河ドラマ赤穂浪士』は当時の大映の看板俳優・長谷川一夫を大石内蔵助役にして、平均視聴率は30%を越え、討ち入りの回の視聴率は53%という高い人気を誇った。大河ドラマではその後3度(1975年元禄太平記』、1982年峠の群像』、1999年元禄繚乱』)も忠臣蔵が題材に取り上げられている。

現在に至るまで、オーソドックスな展開のものから、公儀(幕府)・他藩や女性(夫人)側からの視点、本音は討ち入りをしたくなかった大石内蔵助、SF的なものなど、様々な趣向をもった忠臣蔵ものが、多数製作されている。戦後は、元禄赤穂事件を単なる復讐ではなく、幕府への反抗として解釈するものが多い(大河ドラマ元禄繚乱」、「大忠臣蔵」など多数)。なお、『水戸黄門 (パナソニック ドラマシアター)』でも元禄赤穂事件の数年前の大石内蔵助がしばしば登場し、第28部第24話で横内正が、第42部第11話と第15話で市川右近が大石を演じた。

舞台(ごく一部)[編集]

コンピュータゲーム[編集]

パロディ作品[編集]

  • 珍説忠臣蔵1953年新東宝) 監督:斎藤寅次郎 大石内蔵助…古川緑波、吉良上野介…伴淳三郎
  • サラリーマン忠臣蔵続サラリーマン忠臣蔵1960年&1961年東宝) 監督:杉江敏男 大石良雄…森繁久彌、吉良剛之介…東野英治郎
    忠臣蔵の物語を現代のサラリーマン社会に置き換えた作品。
  • サラリーマン忠臣蔵1962年関西テレビ)大石良雄…曽我廼家明蝶、吉良剛之助…内田朝雄
    上記のテレビドラマ作品。
  • ギャング忠臣蔵1963年東映)大石良雄…片岡千恵蔵、吉良高之介…安部徹
    忠臣蔵の物語を、現代のヤクザ世界に置き換えた作品。
  • わんわん忠臣蔵(1963年、東映動画)ロック(大石内蔵助)の声…堀絢子、キラー(吉良上野介)の声…西村晃
  • 怪獣総進撃1968年東宝
    企画段階では『怪獣忠臣蔵』という題名であり、敵の宇宙人名は吉良上野介からとられていた。
  • 地球の汚名1973年豊田有恒著、スペースオペラ小説)
  • おしゃれ大作戦1976年東宝) 監督:古澤憲吾 大石由里子:由美かおる、吉良豪蔵:藤村有弘
    ドレスメーキング学校を舞台にした作品。四十七士が全て女性になっている。
  • ヤッターマン 第104話「イヤ王だコロン」(1978年フジテレビタツノコプロ
    ヤッターマンとドロンボーが繰り出した、ボタモチメカとアワモチメカのゾロメカ同士の対決でネタになっている。「アズキタクミノカミ」の敵を討つために、47人のボタモチメカを引き連れて起った「オオハギクラノスケ」。討ち入りが始まり、敵の「キナコウズケノスケ」はドロンボーメカの中のおだてブタのいる所に隠れてしまう。キナを追って来た主君思いのクラノスケに感心したドロンジョがしきりに褒めたため、おだてブタが反応してキナと一緒に出て来てしまい、メカともども討ち取られてしまう。
  • 大嘘忠臣蔵(作詞・作曲・歌:山本正之
    忠臣蔵の物語をモチーフにしたコミックソング
  • ルパン三世 第2シリーズ 第113話「作戦名は忠臣蔵」(1979年日本テレビ
    いつまでもルパンを逮捕できないことを大臣に責められた浅野警視総監が、逆上して大臣を殴打したため、罷免される。浅野の仇を討つため、銭形警部は改めてルパン逮捕に執念を燃やし、全国の優秀な警察官に招集をかける。しかし、集まってきたのはいずれも一筋縄ではいかない面々ばかりであった。
  • 新春スターかくし芸大会フランス語劇・忠臣蔵」(1980年1月1日、フジテレビ) 大石:五木ひろし、吉良:郷ひろみ、浅野:小松政夫、語り:フランソワーズ・モレシャン
  • タイムパトロール隊オタスケマン第49話「アターシャたち全員クビ!」(1980年、タツノコプロ)
    オジャママンにトンマノマントから「忠臣蔵の討ち入りを止めさせろ」という指令が下り、オジャママンは吉良邸の門に電気を仕掛けるなど、様々な妨害を施したが、オタスケマンに阻止され、討ち入りは無事行われた。
  • ベルリン忠臣蔵(Der Sommer des Samurai)(1985年のドイツ映画、ハンス=クリストフ・ブルーメンバーグ監督作品)
    ベルリンで実業家の連続殺人が起き、現場に四十七士の名が残される。殺された実業家たちは以前日本から日本刀を盗んで来た過去があり、大石内蔵助を名乗る謎のドイツ人が彼らに制裁を与えていたのだった。
  • 新春仕事人スペシャル 必殺忠臣蔵1987年1月2日、テレビ朝日系列)
    1986年11月より放映の『必殺仕事人V・旋風編』の新春特別番組として制作され、仕事人たちが元禄赤穂事件の裏で活躍したという設定である。四十七士が仇討ちに失敗してしまい、大石内蔵助は最後の望みとして中村主水に仕事を依頼する。
  • おそ松くん 第39話「討ち入りには、ご用心ザンス!」(1988年12月10日、フジテレビ)
    浅野ハタ坊頭(のかみ)は自分が付けていた旗が取れ暴走し、松之大廊下で吉良イヤミ野介に襲い掛かり切腹となった。その無念を晴らすべく、ハタ坊頭の家臣であった大石チビ太助(のすけ)率いる阿呆四十七士が吉良邸へ押し込む。イヤミ野介は女装して逃亡を図ろうとしたが、最後はコテンパンに遭い、張り付けに処される。
    なおこれより前、1965年に発刊された「週刊少年サンデー」に掲載された原作版に、「江戸工城の忠臣蔵だ」という作品がある。ここでは殿に気に入られている家臣・松造(六つ子の父)を妬んだ仲間のイヤミの陰謀で、松造は家臣を罷免、怒った六つ子はデカパンとハタ坊と共にイヤミ邸に討ち入りを敢行、イヤミは「オフトン・マーチン」という布団で逃げ出すが墜落し、その結果松造は城に復帰、イヤミは殿の息子のお守り役に降格という話。
  • オレたちひょうきん族 最終回・さよならひょうきんスペシャル「タケちゃんマン忠臣蔵」(1989年10月14日、フジテレビ)大石・浅野…ビートたけし、吉良…明石家さんま
    忠臣蔵の物語を、なんですかマン・パーデンネン・知っとるケ・アミダババァ・ブラックデビルなど、ひょうきん族の名キャラクター総出演で行ったオール新作コント。
  • 吉本新喜劇オールスター忠臣蔵 (1991年 NHKBS1)浅野…チャーリー浜、大石…桂三枝(現・六代目桂文枝)、吉良…西川きよし
    忠臣蔵の物語を、吉本新喜劇のオールスターキャスト&吉本興業所属お笑いタレント総出演でなんばグランド花月から10時間、生中継で放送した。
  • 旭日の艦隊1992年架空戦記小説
    主要登場人物の名前に浪士および浪士側の人名が使用されている。
  • 勢ぞろい!!おかま忠臣蔵(1991年オリジナルビデオ
    忠臣蔵の物語を、現代の水商売世界に置き換えた作品。
  • ドラえもん 「チューシン倉」(1996年頃、テレビ朝日
  • なにわ忠臣蔵(1997年、松竹)大石…岩城滉一、吉良…長門裕之
    忠臣蔵の物語を、現代のヤクザ世界に置き換えた作品。
  • OL忠臣蔵(1997年、松竹松竹富士
    忠臣蔵の物語を現代のサラリーマン社会に置き換えた作品。
  • 300回だゾ!クレヨンしんちゃんスペシャル 「クレヨン大忠臣蔵 桜の巻・雪の巻」(1998年12月25日、テレビ朝日)
    吉良上野介ぶりぶりざえもんのせいで松之大廊下でぞうさん丸出しされ切腹させられた風間内匠頭トオルの無念を晴らそうと、家臣だった大石しんのすけ率いる春我部浪士が、山鹿流陣太鼓を太鼓とリコーダーとトライアングルで「アルプス一万尺」を演奏しながら、吉良邸に押し入り、ぶりぶりざえもんの家来だったアクション仮面とカンタムロボも寝返って討ち入りを行う。また、「好き勝手に面白く」ということで、舞台が江戸時代ながらも、テレビや新聞が存在する等、現代的な文化を併せ持つ。
  • はねるのトびら 「忠臣蔵 吉良邸討ち入りの夜」(2003年12月8日、フジテレビ)
    大石内蔵助(ロバート・山本博)率いる赤穂浪士が吉良邸へ討ち入りを行い、吉良の寝室に忍び込む。そこへ、当時放送していたキャラクター・スリーパンティーズが現れ、大石にパンティーを被る事を薦めると、大石は惹かれていってパンティーを被ってしまう。最後は吉良上野介(インパルス・板倉俊之)も加わり、大石側近の浪士(キングコング・西野亮廣)を除く全員でパンティー祭りを繰り広げた。
  • 獣拳戦隊ゲキレンジャー 修行その33「フレフレガッチリ!カンフー忠臣蔵」(2007年、テレビ朝日)吉良上野介…石井愃一
    初の女性大石内蔵助が登場(正確には、ゲキレンジャーが赤穂浪士より先に吉良邸に討ち入りするというストーリーなので、登場こそしなかったが、本物の大石内蔵助も別に存在する)。

歌謡曲[編集]

  • あゝ忠臣蔵 (三波春夫
  • 組曲アルバム「大忠臣蔵」(三波春夫)
  • 討ちたいんだ(2012年、AKR四十七フィーチャリング吉良) - 『戦国鍋TV』の「ミュージック・トゥナイト」内での男性アイドルグループ。
  • ゲンロク・アコージケン(2013年、AKR四十七フィーチャリング吉良)

物語群[編集]

ここでは忠臣蔵を構成する様々な物語群を示す。まず主に昔からの講談などを中心にした古典的な物語を便宜上敵討ちに関する話:本伝、討ち入りに参加した赤穂浪人に関する話:銘々伝、それ以外:外伝と分けて示す。次に赤穂浪士の敵討ちを肯定的には描かない新しい視点の物語群を示す。

本伝[編集]

  • 吉良の浅野いじめ
  • 刃傷松の廊下(脇坂淡路守の怒り)
  • 田村邸の別れ(浅野の切腹、片岡源五右衛門の悲しみ)
  • 赤穂城の大評定
  • 赤穂城明け渡し
  • 祇園一力茶屋(村上喜剣の疑い)
  • 山科閑居
  • 南部坂雪の別れ
  • 討ち入り
  • 泉岳寺への行進
  • 四十七士の最期

義士銘々伝[編集]

  • 早籠:早籠の萱野三平は老婆を蹴散らし死なす、詫び証文を書く
  • 韋駄天・不破数衛門:お家の一大事に鎧を担いで駆けつける
  • 矢頭右衛門七:死ぬといって連判状に名を連ね、母は足手まといにならぬよう自害する
  • 神崎東下り:神崎与五郎は道中からまれるが我慢して詫び証文を書く
  • 立花左近、又は垣見五郎兵衛(大石東下り):大石は別人になりすますがその当人と相対する羽目に
  • 決闘高田馬場:中山安兵衛は助太刀に走る
  • 中山安兵衛の道場破り
  • 岡野金衛門とお鈴:絵図面を入手するために大工の娘を騙す
  • 俵星玄蕃と夜泣きそば屋:槍の名人はそば屋にばけた杉野十兵次の剣の腕を鍛える
  • 大高源五と宝井其角:源吾は俳人となり其角と友人に、前日は橋の上で句を交わす
  • 赤垣源蔵、徳利の別れ:暇乞いをしに兄の家に行くが、兄は留守。兄の羽織の前で別れの杯をする。ただし河竹黙阿弥作の『赤垣源蔵』では、羽織ではなく小袖となっている。
  • 勝田新左衛門は敵討ちを早くしろと叔父に怒られる
  • おかる勘平:早野勘平は妻を遊女に売り金を作るが自害、死んで連判状に名を連ねる
  • 琴の爪(磯貝十郎左衛門とおみの):本当の恋にするため娘は自害する
  • 倉橋伝助は元は旗本の次男だったが女で身を持ち崩し勘当、上総で床屋の親方に拾われ、その徒弟となる。後改心して浅野家に仕えることになり、内匠頭の計らいで再び家族との再会を果たす。

外伝[編集]

  • 天野屋利兵衛は男でござる」
  • そば志ぐれ:二階に集合した浪士の変身にそば屋はびっくり
  • 橋本平左衛門は遊女と心中する
  • 小山田庄左衛門は女と心中する
  • 高田郡兵衛は養子になり脱盟する
  • 堀部安兵衛の妻
  • 土屋主税の高提灯
  • 加古川本蔵の自死
  • 忠僕直助
  • 傍観者堀田隼人
  • 薄桜記
  • 四谷怪談(民谷伊衛門)

新しい視点の物語[編集]

  • 或日の大石内蔵助(芥川龍之介) - 討ち入りを終えた後、細川家で裁きを待つ大石たちの、ある一日の様子を描く。
  • 不忠臣蔵(井上ひさし) - 討ち入りに参加しなかった浪士たちを描いた連作小説。
  • 忠臣蔵(1990年、TBS):本当はしたくはないが周囲の期待に答えるため仕方なく討ち入りをする。TBS創立40周年記念作。ビートたけしが大石を演じる[1]
  • 四十七人の刺客(池宮彰一郎) - 討ち入りを大石ら赤穂浪士と吉良家・上杉家との謀略戦・抗争劇として描く。
  • 四十八人目の忠臣(諸田玲子) - 赤穂四十七士の一人、磯貝の恋人・きよ(のちの月光院)を主人公とする。2010年から2011年5月31日まで『毎日新聞』で連載された。
  • ああ吉良家の忠臣(星新一) - 『殿さまの日』などに収録。吉良家の家臣が討たれた主君の無念を晴らそうと奔走する様子を描く。初出は「小説宝石」1973年4月号。

脚注[編集]

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  1. ^ 忠臣蔵 |ドラマ・時代劇 番組詳細情報”. 2012年1月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年6月1日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]