千坂高房

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千坂 高房(ちさか たかふさ、寛永15年(1638年) - 元禄13年5月9日1700年6月25日))は、江戸時代前期の武士米沢藩上杉家江戸家老千坂高治の子で、千坂景親玄孫にあたる。通称の千坂 兵部(ちさか ひょうぶ)で知られる。太郎左衛門、釆女とも。子に尚親

経歴[編集]

千坂氏犬懸上杉氏の庶流を称しており、長尾氏石川氏斎藤氏と並ぶ越上杉氏の四家老家(千坂、長尾、石川、斎藤)の一つ。上杉謙信の親衛隊の役割を果たし、上杉景勝政権下で上杉家の外交役として伏見留守居役を務め、関ヶ原の戦い後には徳川家との折衝役を務めた千坂景親(対馬)は、米沢藩初代江戸家老となっている。

寛文8年(1668年)11月5日、千坂家の家督を相続したが、寛文4年(1664年)、藩主上杉綱勝急死によって米沢藩領を30万石から15万石に減らされたため、家臣たちも半知となって千坂家の所領はこのとき1565石となっていた(もともとは3130石)。

延宝2年(1676年)6月2日、世襲してきた江戸家老に就任。元禄12年(1699年)4月23日、隠居して米沢に帰国した。隠居料として15人扶持を与えられる。元禄13年(1700年)5月9日に死去した。享年62。墓所:山形県米沢市日朝寺。

忠臣蔵[編集]

忠臣蔵』を題材にしたドラマでは、実際の千坂が元禄赤穂事件の際にはすでに死去しているにもかかわらず、吉良邸討ち入りの際に実父吉良義央を助けるために出兵しようとする主君上杉綱憲を制止する役などで登場することが多い。これは、大佛次郎の小説『赤穂浪士』の影響である。近年では、千坂が当時すでに死去していたことが知られるようになったため、かわって当時の上杉家江戸家老色部安長がこの役を代行することが多くなった。

子孫[編集]

子孫は代々米沢藩の重職を務め、七家騒動上杉治憲竹俣当綱莅戸善政の免職を要求して、隠居閉門に追いこまれた千坂高敦明治時代貴族院議員千坂高雅は、高房の子孫になる。湯川れい子も子孫にあたる[1]

演じた俳優[編集]

映画
テレビドラマ

脚注[編集]

  1. ^ 和田靜香『音楽に恋をして』p.22