山田風太郎

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山田 風太郎
(やまだ ふうたろう)
誕生 1922年1月4日
兵庫県養父郡関宮町
死没 2001年7月28日(満79歳没)
職業 小説家
国籍 日本の旗 日本
主題 伝奇小説、ミステリ、時代小説
代表作 魔界転生
忍法帖シリーズ
明治物
主な受賞歴 探偵作家クラブ賞(1949年)
菊池寛賞(1997年)
日本ミステリー文学大賞(2000年)
処女作 『達磨峠の事件』
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山田 風太郎(やまだ ふうたろう、1922年大正11年)1月4日 - 2001年平成13年)7月28日)は、日本小説家。本名は山田 誠也(せいや)。伝奇小説、推理小説、時代小説の三方で名を馳せた、戦後日本を代表する娯楽小説家の一人である。

魔界転生』や忍法帖シリーズに代表される、奇想天外なアイデアを用いた大衆小説で知られている。『南総里見八犬伝』や『水滸伝』をはじめとした古典伝奇文学に造詣が深く、それらを咀嚼・再構成して独自の視点を加えた作品を多数執筆した。

筆名[編集]

筆名は、中学生時代に3人の友人らと互いに呼び合うのに用いた雷 / 雨 / 雲 / 風という符丁、そして受験雑誌への投稿時代にペンネームとして使用した「風」に由来する[1][2]。当初は「かぜたろう」と読ませたかったようである(国立国会図書館のデータベースにその名残が見られる)が、最終的に「ふうたろう」で定着した。なお、戦前・戦後の映画・芸能雑誌をコレクションしていた色川武大が、その雑誌の中から、たまたま学生時代の「風太郎」名義の投稿を発見し、その頁のコピーを山田に送ったこともある。

生前に戒名を「風々院風々風々居士」と自ら定め、八王子の上川霊園にある墓石には「風ノ墓」と刻まれている。

生い立ち[編集]

兵庫県養父郡関宮村(現在の養父市)に生まれた[3]。父母ともに代々医者の家系で、父は同地で「山田医院」を開業していた[3]。妹(昭子)が誕生したものの、5歳の時には父・太郎が脳卒中で急死した[3]。9歳で山陰の諸寄村に転居したが、11歳のときに、母親が亡父の弟であり、同じく医師となっていた叔父と再婚して山田医院を再開、故郷の関宮へ戻る[3]

兵庫県立豊岡中学校(旧制中学=5年制、現在の兵庫県立豊岡高等学校)に入学して寮生活を始めた翌年の1936年、母・昭子が肺炎により死亡、山田医院を継いでいた叔父は別の女性と再婚した[3]。その後は再婚後の叔父夫婦に養われることになったものの、互いに親子の情愛は得られなかったという。旧制中学時代の教師に奈良本辰也がいた[4]

1940年、豊岡中学を卒業したものの旧制高等学校の受験に失敗、更に2年間浪人するも志望校への合格はならず、1942年昭和17年)8月、半ば家出状態で上京した[3]。20歳となった同年には徴兵検査を受けたが、肋膜炎のために丙種合格とされ、入隊を免れた(当時、甲種と乙種合格の者のみが徴兵されていた)。東京では沖電気の軍需工場(品川)で働きながら受験勉強を続け、1944年(昭和19年)、22歳の時に東京医学専門学校(後の東京医科大学)に合格して医学生となった。 入学後は虚無的な青年として、読書を心の支えに戦時下の生活を送る。1945年5月には空襲で焼け出され山形に避難、その後は学校ごと長野県の飯田に疎開するが、敗戦の前日には異常な精神状態となり、友人と徹夜で議論し、「日本を救うためには不撓不屈の意思の力であと三年戦うしかない、無際限の殺戮にも耐え抜いたときのみにこそ日本人の誇りは守られる」と、戦争継続をうったえた。翌日、8月15日の日記には「帝国ツイニ敵ニ屈ス。」とのみ記される。

山田は避難先の山形で、沖電気時代の恩人、高須氏の夫人の連れ子にあたる佐藤啓子(当時13歳)と出会っており、後の1953年に結婚し子供を得て、終生を伴にすることになる。日本の敗戦についてはその後、「最大の敗因は科学であり、さらに科学的教育の不手際であった」と日記に著している[5]

後の著作への影響[編集]

山田風太郎作品にほぼ全て共通する、一歩引いた視点からの人間や歴史への視点は、幼少時の両親との死別、そして多感な青春時代に起こった太平洋戦争大東亜戦争)により型作られた。特に徴兵検査で体格不適格で丙種合格となり、「列外の者」とされたことは、彼の内面に「社会から疎外された者」としての意識を形成することになったと自ら語っている。

初期・ミステリと時代小説[編集]

正式なデビュー以前、旧制中学時代に何度か雑誌に小説を投稿し、入賞している。叔父からの仕送りで医学生をしていた時代、生活のために『宝石』の短編懸賞に応募した『達磨峠の事件』が入選(1947年1月号に掲載)したことで作家デビュー。1950年、28歳で東京医科大学を卒業したものの[3]、医師になることは、自ら不適と決める。

戦後の荒廃した世相を背景とした推理小説を中心に、多数の短編を発表。また、同期の作家である高木彬光と日本初の合作小説『悪霊の群』を執筆するなど活動を続け、山田、高木と、島田一男香山滋大坪砂男は「探偵小説界の戦後派五人男」と呼ばれた。長編『誰にも出来る殺人』、『棺の中の悦楽』等は、読み切り連載特有の制約を守りつつ、全体を意外な結末へ導く工夫を凝らしている。作者本人は、明治ものの一作である『明治断頭台』を自身のミステリ作品の最高傑作と述べている。

デビュー以来10年、日本ミステリ界の巨人であり、宝石の編集長を自ら務めた江戸川乱歩への恩もあってミステリ作品を中心に執筆した。ただ、時々雑誌のカテゴリーを無視して時代小説を寄稿している。「(ミステリは)自分には向いていなかった」と山田自身は語っているが、多数の傑作を残したことは事実であり、2000年には日本ミステリー文学大賞を受賞した。現代を舞台にしたミステリ作品は、1960年代半ばまで断続的に発表された。例外として『神曲崩壊』は1987年の作品である。

鼻の位置にペニスがあるという突拍子もない設定の『陰茎人』をはじめとするユーモア・ナンセンス作品、学年誌に発表した少年向け作品や、歴史を扱った小説も多数発表。『山屋敷秘図』に代表される切支丹もののように日本を舞台にするだけでなく、原稿料のかわりに貰った中国四大奇書のひとつ『金瓶梅』をミステリとして再構成した『妖異金瓶梅』があり、忍法帖を執筆するきっかけともなった。なお、時代小説は晩年に至るまで執筆している。

忍法帖とブーム[編集]

『妖異金瓶梅』の後、同じく四大奇書である『水滸伝』を翻案しようと模索するが、108もの武術を考えるに至らず、かわりに忍法という奇想天外な術を用いて活躍する忍者たちの小説を構想する。

1958年(昭和33年)に発表した『甲賀忍法帖』を皮切りとする忍法帖もので流行作家となる。これは安土桃山時代から江戸時代を舞台として、想像の限りを尽くした忍法を駆使する忍者たちの死闘を描いた作品群である。1963年(昭和38年)から講談社より発売された『山田風太郎忍法全集』は全10巻の予定であったが、刊行途中で連載を終えた『柳生忍法帖』の上・中・下巻と短編集2冊を加えて全15巻となり、累計で300万部を売り上げるベストセラーとなった。

その後も掲載紙を問わずに多数の長編・短編が執筆された。その中には細部の設定を詰めずに連載を開始したものも多かった。特に柳生十兵衛三部作の第一作『柳生忍法帖』は当初は『尼寺五十万石』と題され十兵衛が登場する予定はなく、第二作『魔界転生』は、どんな忍法が登場しても大丈夫なように適当な題名「おぼろ忍法帖」をつけたものの、結局内容にそぐわなくなった。そのため『柳生忍法帖』は単行本化の際に、『魔界転生』は後述する1981年の映画化の際に改題された。

同時期に白土三平貸本劇画忍者武芸帳 影丸伝』を発表しているが、従来の「忍術」を「忍法」に変えたことが共通する程度で、作風的には、あまり類似性はない。山田は生前、白土の漫画のことを読んだことがない[6]と語っており、それぞれ、同時代に時代精神として並行して発生したものだと考えられる。

忍法帖シリーズの執筆は1960年代の終わりまで続くが、1970年代に入ると幕末を舞台とした時代小説を中心に手掛けるようになる。忍法帖の様式に当てはまる最後の作品は、明治初期を舞台とした『開化の忍者』(1974年(昭和49年))である。

空白の幕末期[編集]

幕末を舞台とした短編は1970年代を中心にいくつか書かれているが、長編としては天狗党の乱を描いた『魔群の通過』と、明治元年に薩摩兵が惨殺されたことに対する報復による元幕臣の悲劇を描く『修羅維新牢』、国定忠治の息子が侠客修行の旅を続けるうちに維新の騒乱に身を投じる『旅人国定龍次』などがある(『修羅維新牢』は幕末の動乱が収まっていない時期であるため明治もののカテゴリーからは外れる)。

いずれも、維新のいわゆるヒーローのような人物がほとんど関わらない出来事を取り上げているのが特徴である。『旅人国定龍次』については後半、維新の志士や新撰組坂本龍馬などが登場し物語に大きく関わりはするが、維新の部外者である侠客の目を通して、一定の距離を置いた幕末の動乱が描かれている。

明治もの・史実の交差[編集]

幕末の作品が橋渡しをする形で、1973年(昭和48年)に、明治時代を舞台とした最初の作品『警視庁草紙』の連載がオール讀物で始まる。“明治もの”と呼ばれる作品群は、明治時代6年から8年を舞台とした『警視庁草紙』から、基本的に作を進めるごとに時代が下ってゆく。『幻燈辻馬車』(主人公は元会津藩士。三遊亭円朝、大山巌・捨松、田山花袋、川上音二郎・貞奴、坪内逍遥が登場)は明治15年から17年、『地の果ての獄』(主人公は愛の典獄といわれた有馬四郎助。原胤昭、幸田露伴、細谷十太夫、横川省三、鈴木音高、井上伝蔵、岩村高俊、新島襄が登場)は明治19年から20年が舞台。『明治断頭台』は例外的に遡って、1869年(明治2年)から1871年(明治4年)の最初期を舞台にしている。

日本人に馴染みの深い、あるいは名前を知っている歴史上の人物や事件を交差させる手法が特徴である。史実と史実の間を独創的なエピソードによってつなぐこの手法は、人物や事件を可能性の中から模索して結びつけることに成功している。ほとんどの作品は破綻を見せずに完成させているが、意図的に史実を無視した部分も存在する。これは他の時代を扱った作品においても同様である。

1986年(昭和61年)発表の『明治十手架』を最後に、明治物の作品執筆は終了する。

室町と晩年[編集]

1989年(平成元年)、足利義政を主人公とした『室町少年倶楽部』を皮切りに、資料面の不足などから当時敬遠されていた室町時代を舞台にした“室町もの”と呼ばれる作品群を発表した。この中には、以下のような作品がある。

『柳生十兵衛死す』は「小説を書くとその分命を縮める」と考えていた山田が書いた最後の小説でもあるが、実際は白内障糖尿病パーキンソン病を次々患ったことで執筆活動そのものが困難になっていたとされる。そのためか晩年には、アイデアはあると語っていたが、小説にすることはなかった。室町時代を舞台に蓮如を狂言回しとして、八犬伝の犬士たちが活躍する室町ものの構想もそのひとつであるが、もし執筆されれば室町ものと忍法帖とのあいだの年表上の空白を補い、「忍法八犬伝」、「八犬傳」とあわせて八犬伝三部作ともいえる作品になったはずであった。なお、室町・戦国・江戸・明治・戦後初期と、それぞれ舞台とした小説の空白期間である、大正期・戦前期についての作品を書いて、風太郎サーガとして「時代の流れをすべて続ける」構想もあったようだ。

90年代は随筆や対談、インタビュー集が出版されたが、その中でもパーキンソン病にかかった自分自身を見つめたエッセイ『あと千回の晩飯』は出色の出来である。

命日である7月28日は奇しくも師の江戸川乱歩の命日と同日である。

歴史・死生観[編集]

上に挙げたようなカテゴリーに当てはめられる作品群以外

  • 太閤記にはじまる英雄としての豊臣秀吉を疑問視し、徹底的なエゴイストとして描き切った『妖説太閤記』
  • 江戸時代の作家、曲亭馬琴の著作、南総里見八犬伝を再構成した上で、八犬伝の世界を“虚”、その作者である馬琴の世界を“実”として交互に綴るという構成の『八犬傳』 余談だが、山田は毎日の献立や出納などを全て日記に記録しており、同じことをしていた馬琴と共通するものがあったという。

上記以外の著名な著作に、

  • 自身の昭和20年の日記である『戦中派不戦日記』、初版から数十年たっても重版し続けている。終戦の前日には出る杭を打ち、変わり者を追い払うという日本人は「全く独立独特の筋金の入らないドングリの大群」のようになったと嘆いていた。敗因の原因を日本人が「なぜか?」という問いを持たなかったという(「天声人語朝日新聞2014年8月15日))。
  • 上記以外に太平洋戦争の開戦当日と終戦に至るまでの数日、日米双方で起きた出来事をピックアップして時系列順に並べた『同日同刻』
  • 古今東西の著名な923人の臨終の様をまとめ、死亡年齢順に並べた『人間臨終図巻』

等が知られる。また学生時代の書簡集や、自身の子供の成長を書き記し、後に嫁入り道具として娘に持たせたという『山田風太郎育児日記』がある。

再評価・影響[編集]

忍法帖シリーズ[編集]

1990年代に入ってから、忍法帖シリーズはリバイバルと言える状況が2つの要因により発生した。一つはオリジナルビデオVシネマ)のブームの中で、『くノ一忍法帖』をタイトルに冠したシリーズが発表されたことである。これらはいわゆるエロ・グロ・ナンセンスが強調され、くノ一が全く存在しない作品であっても登場させ、お色気シーンを加えたりするというものがほとんどである。他では映像化されていない忍法帖作品(『秘戯書争奪』や『自来也忍法帖』)が原作として取り上げられた点は貴重であるが、Vシネマとしての忍法帖は『山田風太郎原作の作品』というよりは『くノ一忍法帖』というブランドとして扱われている。

もう一つの要因は北上次郎が指摘しているが、脚本家から小説家に転じて時代伝奇小説の分野に一大センセーションを巻き起こした隆慶一郎1989年に小説家活動僅か5年で急逝したことである。隆の作品から時代小説に入ったものの、その死によって読む物がなくなった読者層には、同傾向の過去作品を探し求めた結果として、忍法帖シリーズに辿りついた者が少なからずいたという[7]

忍法帖シリーズ以外の作品[編集]

山田が新作小説を発表しなくなってから、忍法帖シリーズに比べて正当に評価されていたとは言い難い作品群の再評価が始まった。

その先陣を切ったのは、『山田風太郎傑作大全』(廣済堂文庫、1996年〜)全24巻である。この中には入手困難だったミステリおよび時代小説の長・短編が数多く収められ、隠れた名作を手軽に読めるようになった。ただし、本の帯などでミステリ作品にあるまじき種明かしがされている(その後出版された光文社文庫版にはない)。現在でもこのシリーズでしか文庫化されていない作品が多く、1963年の長編『太陽黒点』が広く知られるきっかけともなった。

明治ものの影響[編集]

山田が手をつけるまでは「明治時代は歴史・時代小説の鬼門」と言われた時代があったが、明治ものの成功以降、明治を舞台にした小説を書く作家が増えた。なお、明治ものの「実在の人物たちが、もしも、意外な場所で出あっていたら」という手法は、多くの作家に影響を与えた。関川夏央がやはり明治を舞台として、谷口ジローと合作した漫画『「坊っちゃん」の時代』シリーズはその典型だが、他にも類似の手法をとった作品は多い。

2001年に作者が死去した後も様々な形で企画が立ち、復刊、あるいは初単行本化が続いている。2003年には故郷兵庫県養父市山田風太郎記念館が開設された。

エピソード[編集]

  • 作品の原稿は、出版社から返却されると「焚き火が大好きで」と悉く焼いたため、生原稿は殆ど残っていない(現在5編のみ確認されている)[8]
  • 毎晩ウィスキーをボトル3分の1も飲んで、「アル中ハイマー」と自称していた[9]

作品一覧[編集]

現代
  • 眼中の悪魔 岩谷書店 1948 のち春陽文庫、光文社文庫
  • 厨子家の悪霊 岩谷書店、1949 のちハルキ文庫
  • 陰茎人 東京文芸社 1954 「奇想小説集」講談社文庫
  • 悪霊の群 高木彬光との合作 東京文芸社、1955
  • 死者の呼び声 東方社 1955
  • 二十世紀怪談 東方社 1956
  • 怪談部屋 妙義出版 1956 のち光文社文庫
  • 十三角関係 名探偵・荊木歓喜 講談社、1956 のち広済堂文庫、光文社文庫
  • 満員島 春陽堂書店 1956
  • 泣きじゃくる悪魔 桃源社 1957
  • 笑う肉仮面 東光出版社、1958 のち光文社文庫
  • 落日殺人事件 桃源社 1958
  • 誰にもできる殺人 講談社、1958 「誰にも出来る殺人」現代教養文庫、広済堂文庫
  • 臨時ニュースを申上げます 文芸評論新社 1958
  • 首 東都書房 1958
  • 青春探偵団 講談社、1959 のち広済堂文庫 「殺人クラブ会員」東京文芸社、1964
  • 運命の車 桃源社 1959
  • 棺の中の悦楽 桃源社、1962 のち現代教養文庫、光文社文庫- 監督:大島渚で映画化
  • 夜よりほかに聴くものもなし 東都書房、1962 のち現代教養文庫、広済堂文庫、光文社文庫
  • 道化の方舟 東都書房、1963
  • 太陽黒点 桃源社、1963 のち広済堂文庫
  • 男性週期律 桃源社、1964 のち光文社文庫
  • 天国荘奇譚 桃源社、1964 のち光文社文庫
  • 春本太平記 桃源社、1964
  • 女死刑囚 桃源社、1964 のち旺文社文庫
  • 戦艦陸奥 桃源社、1965 のち光文社文庫
  • 虚像淫楽 桃源社、1965 のち旺文社文庫
  • 幽霊船棺桶丸 桃源社 1967
  • 怪異二挺根銃 実業之日本社 1973
  • 帰去来殺人事件 大和書房 1983.5
  • 山屋敷秘図 旺文社文庫、1984 のち徳間文庫
  • 神曲崩壊 朝日新聞社、1987 のち文庫、広済堂文庫
  • 跫音 角川ホラー文庫、1995
  • 極悪人 双葉社 1996.8
  • 天使の復讐 集英社文庫、1997
  • 橘傳来記 山田風太郎初期作品集 出版芸術社 2008.11
時代小説
  • 妖異金瓶梅 講談社、1954 のち角川文庫、広済堂文庫、扶桑社文庫(『秘抄金瓶梅』と合本)
  • 盲僧秘帖 東京文芸社 1955
  • 新かぐや姫 東方社 1955
  • 蓮華盗賊 東方社 1955
  • 山刄夜又 同光社出版 1957 「いだ天百里」広済堂文庫、「いだてん百里」徳間文庫
  • 妖説忠臣蔵 講談社、1957 のち集英社文庫、徳間文庫
  • 女人国伝奇 桃源社 1958 徳間文庫、「ありんす国伝奇」時代小説文庫
  • 白浪五人帖 光文社、1958 「白波五人帖」旺文社文庫、集英社文庫、徳間文庫
  • 秘抄金瓶梅 講談社、1959
  • 不知火軍記 桃源社 1959 のち旺文社文庫、集英社文庫
  • おんな牢秘抄 東都書房、1960 のち角川文庫
  • 幻妖桐の葉おとし 桃源社 1965 のちハルキ文庫
  • 妖説太閤記 双葉社、1967 のち講談社文庫
  • 明智太閤 東京文芸社、1967
  • お庭番地球を回る 文藝春秋 1971 のちちくま文庫
  • 幕末妖人伝 講談社 1974
  • 武蔵野水滸伝 講談社、1974 のち時代小説文庫、小学館文庫
  • 元禄おさめの方 平安書店 1975
  • 売色奴刑 平安書店 1975 「剣鬼と遊女」旺文社文庫、広済堂文庫
  • 南無殺生三万人 東京文芸社 1975 「切腹禁止令」広済堂文庫
  • 侍よさらば 江戸・明治元年 毎日新聞社 1975 「修羅維新牢」角川文庫、広済堂文庫
  • 叛旗兵 妖説直江兼続 産経ノベルス、1976 のち角川文庫、広済堂文庫、徳間文庫
  • 御用侠 講談社、1976 のち小学館文庫
  • 魔群の通過 天狗党叙事詩 光文社、1978 のち角川文庫、文春文庫、広済堂文庫
  • 八犬伝 朝日新聞社、1983 のち文庫、角川文庫、広済堂文庫
  • 笊ノ目万兵衛門外へ 旺文社文庫、1984 のち大陸文庫、「おれは不知火」河出文庫
  • 怪異投込寺 旺文社文庫、1985 のち集英社文庫
  • 赤穂飛脚 旺文社文庫、1985
  • 踏絵の軍師 旺文社文庫、1986
  • 旅人国定龍次 講談社、1986 のち文庫、広済堂文庫
  • 婆沙羅 講談社、1990 のち文庫
  • 室町お伽草紙 青春!信長・謙信・信玄卍ともえ 新潮社、1991 のち文庫
  • 柳生十兵衛死す 毎日新聞社 1992.10 のち時代小説文庫、講談社文庫
  • 伝馬町から今晩は 河出文庫、1993
  • 室町少年倶楽部 文藝春秋、1995 のち文庫
  • 秀吉妖話帖 集英社文庫、1995
  • 売色使徒行伝 広済堂文庫、1996
『山田風太郎ミステリー傑作選』(光文社文庫、2001年)全10巻、『山田風太郎コレクション』(出版芸術社)の第1巻「天狗岬殺人事件」と、第3巻「十三の階段」(様々な作家による連作集)、高木彬光との共著『悪霊の群』で、山田のミステリ・少年ものはほとんど読める。正式デビュー以前の作品群も、『山田風太郎ミステリー傑作選』に収録された。ただし、刊行後に発見された原稿や掲載誌、および未発見の作品もある。
他のカテゴリに当てはまらない時代小説について、『山田風太郎妖異小説コレクション』(徳間文庫2003年)に纏める企画が立てられたが、最初の4巻で終了。
忍法帖
  • 甲賀忍法帖 光文社、1959 のち角川文庫、時代小説文庫、講談社文庫
  • 江戸忍法帖 講談社、1960 のち角川文庫、時代小説文庫、講談社文庫
  • 飛騨忍法帖 東都書房、1960 「軍艦忍法帖」角川文庫
  • くノ一忍法帖 講談社、1961 のち角川文庫、時代小説文庫、講談社文庫
  • 外道忍法帖 講談社、1962 のち角川文庫、河出文庫
  • 忍者月影抄 講談社、1962 のち角川文庫、河出文庫
  • 忍法忠臣蔵 講談社、1962 のち角川文庫、時代小説文庫、講談社文庫
  • かげろう忍法帖 講談社、1963 のち文庫、ちくま文庫、「忍法陽炎抄」角川文庫
  • 信玄忍法帖 講談社、1964 のち角川文庫、時代小説文庫、河出文庫(原題『八陣忍法帖』)
  • 風来忍法帖 講談社、1964 のち角川文庫、時代小説文庫、講談社文庫
  • 柳生忍法帖 講談社、1964 のち角川文庫、時代小説文庫、講談社文庫(原題『尼寺五十万石』)
  • 忍法相伝64 文庫未収録、1964 週刊大衆連載、「忍法相伝73」の原型
  • 野ざらし忍法帖 講談社、1964 のち文庫、ちくま文庫
  • 忍法八犬伝 徳間書店、1964 のち文庫、講談社文庫
  • 忍法相伝73 講談社、1965 のち角川文庫
  • 自来也忍法帖 実業之日本社、1965 のち角川文庫
  • 忍法破倭兵状 文藝春秋新社 1965 のち角川文庫、ちくま文庫
  • 魔天忍法帖 徳間書店、1965 のち文庫
  • おぼろ忍法帖 講談社、1967 「忍法魔界転生」角川文庫、時代小説文庫、講談社文庫
  • 伊賀忍法帖 講談社、1967 のち角川文庫、時代小説文庫、講談社文庫
  • くノ一死ににゆく 講談社、1967 のちちくま文庫
  • 忍びの卍 講談社、1967 のち角川文庫
  • 笑い陰陽師 光文社カッパノベルス、1967 『忍法笑い陰陽師』角川文庫
  • 姦の忍法帖 文藝春秋、1968 のち文庫、ちくま文庫
  • 忍法剣士伝 講談社、1968 のち角川文庫(原題『忍者不死鳥』)
  • 天の川を斬る 文藝春秋、1968 「銀河忍法帖」角川文庫
  • 秘書 新潮社、1968 「秘戯書争奪」角川文庫
  • 天保忍法帖 実業之日本社、1969 「忍者黒白草紙」角川文庫(原題『われ天保のGPU』)
  • くノ一忍法勝負 講談社 1969 のちちくま文庫
  • 忍法封印 報知新聞社、1969 「忍法封印いま破る」角川文庫
  • 妖の忍法帖 光文社カッパノベルス、1969 「忍法双頭の鷲」角川文庫
  • 忍法聖千姫 講談社 1970 ちくま文庫、「くノ一紅騎兵」角川文庫
  • 忍法関ケ原 文藝春秋 1970 のち文庫、講談社文庫、ちくま文庫
  • 武蔵忍法旅 文藝春秋 1970 のちちくま文庫
  • 忍者六道銭 講談社 1971 のち角川文庫、ちくま文庫
  • 海鳴り忍法帖 講談社、1971 のち角川文庫、時代小説文庫(原題『市民兵ただ一人』)
  • 剣鬼喇嘛仏 最後の忍法帖 徳間ノベルス 1976 のち文庫、ちくま文庫、「伊賀の聴恋器」角川文庫
  • 忍法鞘飛脚 角川文庫、1981
  • 忍法女郎屋戦争 角川文庫、1981
  • 忍法行雲抄 角川文庫、1982
  • 忍法流水抄 角川文庫、1983
  • 忍法落花抄 角川文庫、1983
  • 忍法創世記 出版芸術社、2001 のち小学館文庫
長編の忍法帖作品は基本的には連載終了後に単行本化された。1969年から翌年にかけて週刊文春で連載された『忍法創世記』のみ、『山田風太郎コレクション』(出版芸術社、2001年)第2巻で単行本化され、2005年に小学館文庫に収められた。当時出版されなかった理由は、天皇と三種の神器、いわゆる皇室タブーを扱っていたためといわれている[要出典]。現代を舞台とした『忍法相伝73』は1960年代に単行本が刊行されたのち、2008年現在に至るまで絶版のままである。
1970年代後半より、角川文庫から佐伯俊男による官能的な表紙絵の山田風太郎作品が、忍法帖を中心に発売された。さらに1981年魔界転生』の映画化がきっかけで再び忍法帖は脚光を浴びる。現在ではほぼ絶版だが、『忍法剣士伝』と『おんな牢秘抄』は2008年現在も販売中。また、2003年の『魔界転生』の再映画化に伴い寺田克也による表紙で『甲賀忍法帖』などが復刊した。なお、1990年代に講談社が忍法帖のほぼ全作品をノベルスで出版。1998年から翌年にかけて、一部が天野喜孝の表紙で全14巻で文庫化されるとノベルスは絶版となった。
『忍法帖短編全集』(ちくま文庫、2004〜05年)が全12巻で発売され、忍法帖の全短編の他、矢野徳絵物語や、「忍者枯葉塔九郎」を水木しげるが漫画化した「大いなる幻術」などが付録に収められた。この完結と同時に、河出文庫で忍法帖の長編の出版計画が立てられたが、第一期の『信玄忍法帖』『外道忍法帖』『忍者月影抄』の3作品のみ刊行。
明治
  • 斬奸状は馬車に乗って 講談社 1973 「東京南町奉行」旺文社文庫、大陸文庫
  • 警視庁草紙 文藝春秋、1975 のち文庫、河出文庫
  • 幻燈辻馬車 新潮社、1976 のち文春文庫、河出文庫
  • 地の果ての獄 文藝春秋、1977 のち文庫、ちくま文庫
  • 明治断頭台 文藝春秋、1979 のち文庫、ちくま文庫
  • 明治波濤歌 新潮社、1981 のち文庫、河出文庫、ちくま文庫
  • エドの舞踏会 文藝春秋、1983 のち文庫、ちくま文庫
  • ラスプーチンが来た 文藝春秋、1984 のち文庫、ちくま文庫
  • 明治かげろう俥 旺文社文庫、1985
  • 明治十手架 読売新聞社、1988 のち角川文庫、ちくま文庫
  • 明治バベルの塔 万朝報暗号戦 新芸術社 1989.7 のち文春文庫、ちくま文庫
  • 明治忠臣蔵 河出文庫、1994
『山田風太郎明治小説全集』(ちくま文庫、1997年)全14巻に、『開化の忍者』以外入っている。

その他[編集]

※昭和21年以降に書かれた日記は没後に小学館で、様々な雑誌に掲載されたエッセイは単行版でまとめ、筑摩書房で2007年より2010年にかけ出版された。

日記
  • 戦中派不戦日記 -昭和20年 番町書房、1971/ 講談社文庫(新装版2002)/ 角川文庫 2010
  • 滅失への青春 戦中派虫けら日記 -昭和17年〜19年 大和書房、1973
    • 戦中派虫けら日記 滅失への青春 未知谷、1994/ ちくま文庫 1998
  • 戦中派焼け跡日記 -昭和21年 小学館、2002/小学館文庫 2011
  • 戦中派闇市日記 -昭和22年〜23年 小学館、2003/小学館文庫 2012
  • 戦中派動乱日記 -昭和24年〜25年 小学館、2004/小学館文庫 2013
  • 戦中派復興日記 -昭和26年〜27年 小学館、2005/小学館文庫 2014
  • 山田風太郎育児日記 -昭和29年〜42年 朝日新聞出版、2006
エッセイ
  • 風眼抄 六興出版、1979 のち中公文庫、角川文庫
  • 半身棺桶 徳間書店、1991 のち徳間文庫
  • 死言状 富士見書房、1993 のち角川文庫、小学館文庫
  • あと千回の晩飯 朝日新聞社、1997 のち朝日文庫、角川文庫 2011
  • 人間魔界図巻 海竜社 2002
  • 人は死んだらオシマイよ。PHP文庫、2006 名言集
  • わが推零理小説年 (山田風太郎エッセイ集成 日下三蔵編) 筑摩書房、2007
  • 昭和前期の青春 (同上) 筑摩書房、2007
  • 秀吉はいつ知ったか (同上) 筑摩書房、2008
  • 風山房風呂焚き唄 (同上) 筑摩書房、2008
  • 人間万事嘘ばっかり (同上) 筑摩書房、2010
インタビュー、対談集
  • 風来酔夢談 富士見書房、1995
  • コレデオシマイ 角川春樹事務所、1996、のち講談社+α文庫
  • 風太郎の死ぬ話 ランティエ叢書:角川春樹事務所、1997
  • いまわの際に言うべき一大事はなし 角川春樹事務所、1998
  • ぜんぶ余禄 角川春樹事務所、2001
  • 風々院風々風々居士 山田風太郎に聞く、聴き手森まゆみ 筑摩書房、2001、ちくま文庫 2005
ノンフィクション
  • 同日同刻 太平洋戦争開戦の一日と終戦の十五日 立風書房、1979、のち文春文庫、ちくま文庫
  • 人間臨終図巻 徳間書店 上下 1986-87、新装版全3巻 1996、徳間文庫全3巻 2001、新装版全4巻 2011、角川文庫全3巻 2014
  • 山田風太郎 疾風迅雷書簡集 昭和14年〜昭和20年 有本倶子編 神戸新聞、2004
  • 人間風眼帖 昭和21年〜昭和49年 有本倶子編 神戸新聞、2010 

作品集[編集]

  • 山田風太郎忍法全集 全15巻 講談社 1963-64 
  • 山田風太郎奇想小説全集 全6巻 桃源社 1964-65
  • 山田風太郎の妖異小説 全6巻第 東都書房 1964 
  • 山田風太郎推理全集 全6巻 東京文芸社 1965
  • 風太郎忍法帖 全10巻 講談社 1967 
  • 山田風太郎全集 全16巻 講談社 1972 
  • 山田風太郎奇怪小説集 全4巻 立風書房、1978 
  • 山田風太郎の奇想小説 全6巻 桃源社 1979-80
  • 山田風太郎明治小説全集 全7冊 ちくま文庫、1997 
  • 山田風太郎ベストコレクション 角川文庫 2010-刊行中

翻案・二次創作等[編集]

いくつかの作品は映画テレビドラマ舞台化され、根強い人気を証明している。

  • 拳銃対拳銃 - 1956年映画化。
  • 高校生と殺人犯 - 1956年映画化。
  • 江戸忍法帖 - 1963年、東映で『江戸忍法帖 七つの影』として映画化。
  • 忍者月影抄 - 1963年、東映で『月影忍法帖 二十一の瞳』として映画化、1996年、キングレコードで『くノ一忍法帖VI 忍者月影抄』として映画化、2011年、キングレコードで『くノ一忍法帖 影ノ月』として再映画化。
  • くノ一忍法帖 - 1964年、東映で『くノ一忍法』として映画化、1991年、キングレコードでVシネマ化。
  • 外道忍法帖 - 1964年、東映で『くノ一化粧』として映画化、1992年、キングレコードで『くノ一忍法帖II 聖少女の秘宝』としてVシネマ化。
  • 忍法忠臣蔵 - 1965年、東映で映画化、1983年、時代劇スペシャルで『くノ一忠臣蔵』としてTVドラマ化、1994年、キングレコードで『くノ一忍法帖IV 忠臣蔵秘抄』としてVシネマ化。
  • 棺の中の悦楽 - 1965年、大島渚監督により『悦楽』として映画化。
  • 風来忍法帖 - 1965年、宝塚映画で映画化、1968年、宝塚映画で『風来忍法帖 八方破れ』として映画化。
  • 忍びの卍 - 1968年、東映で映画化。
  • 忍法相伝73 - 1969年、東宝で『コント55号 俺は忍者の孫の孫』として映画化。
  • おんな牢秘抄 - 1972年、日本テレビユニオン映画より『姫君捕物控』としてTVドラマ化、1983年、時代劇スペシャルでTVドラマ化、1995年、キングレコードで『美女奉行 おんな牢秘抄』『美女奉行  おんな牢秘抄II』としてVシネマ化。
  • 夜よりほかに聴くものもなし「黒幕」 - 1969年、『恐怖劇場アンバランス』第7話「夜が明けたら」としてTVドラマ化(放送は1973年)。
  • 魔界転生 - 1981年、角川映画で映画化(深作欣二監督)、1996年Vシネマ化、2003年再映画化。1981年、2006年舞台劇化。
  • 伊賀忍法帖 - 1982年映画化。
  • 秘戯書争奪 - 1993年、キングレコードで『くノ一忍法帖III 秘戯伝説の怪』としてVシネマ化。
  • 自来也忍法帖 - 1995年、キングレコードで『くノ一忍法帖V 自来也秘抄』として映画化。
  • 柳生忍法帖 - 1998年、キングレコードで『くノ一忍法帖 柳生外伝』として映画化。ソフト化の際、『柳生外伝 くノ一忍法帖 江戸花地獄編』『柳生外伝 くノ一忍法帖 会津雪地獄編』の2本に分けてリリースされた。
  • 警視庁草紙 - 2001年に『山田風太郎 からくり事件帖-警視庁草紙より-』としてTVドラマ化。
  • 甲賀忍法帖 - 2005年に『忍-SHINOBI』として映画化。
  • エドの舞踏会 - 『エドの舞踏会』(1986、2007)『夢に舞う女たち』(1993)、『妻たちの鹿鳴館』(2002)のタイトルで舞台劇化。
  • 明治波濤歌 - 『風の中の蝶たち』(2004)のタイトルで舞台劇化。

マンガ[編集]

受賞歴[編集]

  • 1949年 - 『眼中の悪魔』および『虚像淫楽』により第2回探偵作家クラブ賞(日本推理作家協会賞の前身)短編賞を受賞。
  • 1997年 - 激動の時代の生の証をとどめる著作と大衆文芸に新たな面白さをもたらした功績により第45回菊池寛賞を受賞。
  • 2000年 - 第4回日本ミステリー文学大賞を受賞。

関連項目[編集]

メディア[編集]

  • 「山田風太郎が見た日本」(NHK 2005年)

出典[編集]

  1. ^ 『日本ミステリー事典』(新潮社刊) p.320
  2. ^ 『山田風太郎ミステリー傑作選1 眼中の悪魔』(光文社文庫) p.623
  3. ^ a b c d e f g 山田風太郎の生涯 山田風太郎記念館ウェブサイト、平成23年4月20日閲覧
  4. ^ 山田風太郎『風眼抄』p.62
  5. ^ 春秋 『日本経済新聞』 平成23年4月11日朝刊
  6. ^ 野性時代』(角川書店)1995年2月号
  7. ^ 富士見時代小説文庫版『甲賀忍法帖』解説(富士見書房刊)
  8. ^ 山田風太郎 幻の直筆原稿新たに発見 記念館に寄贈(神戸新聞)
  9. ^ 天声人語」(朝日新聞2014年8月15日)。