四谷怪談
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四谷怪談(よつやかいだん)とは、元禄時代に起きたとされる事件を元に創作された日本の怪談。江戸の四谷が舞台となっているために、この名がある。
基本的なストーリーは「貞女岩が夫伊右衛門に惨殺され、幽霊となって復讐を果たす」というもので、鶴屋南北の歌舞伎や三遊亭圓朝の落語が有名である。怪談の定番とされ、折に触れて舞台化・映画化されているため、さまざまなバリエーションが存在する。
最近の小説・映画化には京極夏彦の『嗤う伊右衛門』がある。
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[編集] お岩稲荷
四谷(東京都新宿区左門町)に実在する「お岩稲荷」(於岩稲荷田宮神社)は、もともとは田宮家の屋敷社で、岩という女性が江戸時代初期に稲荷神社を勧請したことが由来とされる。
岩の父、田宮又左衛門は徳川家康の入府とともに駿府から江戸に来た御家人であった。岩と、婿養子となった伊右衛門は仲のよい夫婦で、収入の乏しい生活を岩が奉公に出て支えていたという。岩が田宮神社を勧請したのち生活が上向いたと言われており、土地の住民の信仰の対象となった。
他方では、真実に基づいた話とも言われる。 四谷怪談の元になった実話については、東京四谷のお岩稲荷に1827年に記録された文書が残されている。実際の事件が起きたのはその100年ほど前、ちょうど本当に忠臣蔵の事件が起きた頃のことのようである。おそらく最も古い記録は1727年の「四谷実録集」だろう。 お岩稲荷の文書によれば、四谷に住む武士・田宮又左右衛門の娘、お岩が浪人の伊右衛門を婿にとったが、伊右衛門が心変わりして一方的にお岩を離縁したため、お岩が狂乱して行方不明となり(別説では伊右衛門が隣家・伊藤家の妾と通じてお岩をいびり殺した。)、その後田宮家で変異が相次いだため、田宮邸の跡地にお岩稲荷を建てたというものである。
これが現在の田宮神社である。現在その向かいの陽運寺にもお岩は祀られている。また、お岩のお墓は巣鴨の妙行寺にある。
しかし、田宮家は現在も健在であり、「お岩稲荷」(於岩稲荷田宮神社)の由来に後者のことが書かれていないことから、後者は田宮家の生活の向上に嫉妬した人が流した噂話が「四谷実録集」に記録されたものといわれている。もし後者が事実であるなら、五穀豊穣の神である「稲荷神」ではなく、「天神」または「明神」のような神様として祀るはずである。
「お岩稲荷」(於岩稲荷田宮神社)は田宮家の生活を向上させた稲荷神だけあって、現在でも仕事を始める前に於岩稲荷に参拝すると仕事に成功して生活が向上するというご利益があるとされる。
[編集] 四谷雑談集
『四谷雑談集』(享保十二年(1727年)の奥付)に、元禄時代に起きた事件として記され、四世鶴屋南北の『東海道四谷怪談』の原典とされた話。
江戸時代初期に勧請された稲荷神社の由来とは年代があわず、また田宮家は現在まで続いている。永久保貴一は、田宮家ゆかりの女性の失踪事件が、怪談として改変されたのではないかとしている。
[編集] あらすじ
四谷在住の田宮又左衛門の娘岩は、婿養子の伊右衛門にいびり出され、失踪する。岩の失踪後、田宮家には不幸が続き断絶。その跡地では怪異が発生したことから於岩稲荷がたてられた。
[編集] 『東海道四谷怪談』
『東海道四谷怪談』(とうかいどうよつやかいだん)
四世鶴屋南北作の歌舞伎狂言。五幕。1825年、江戸中村座で初演された。作者南北の代表的な生世話狂言であり、怪談狂言、夏狂言である。『仮名手本忠臣蔵』の世界を用いた外伝という位置付けで書かれ、前述のお岩伝説に、当時の不倫の男女が戸板に釘付けされ神田川に流されたという話や砂村隠亡堀に心中者の死体が流れ着いたという話などが取り入れられた。
有名な舞台面としては、岩が毒薬のために顔半分が醜く腫れ上がったまま髪を梳き悶え死ぬところ(二幕目・伊右衛門内の場)、岩と小平の死体を戸板1枚の表裏に釘付けにしたのが漂着し、伊右衛門がその両面を反転して見て執念に驚くところ(三幕目・砂村隠亡堀の場の戸板返し)、蛇山の庵室で伊右衛門がおびただしい数の鼠と怨霊に苦しめられるところ(大詰・蛇山庵室の場)、などがある。
- 初演時の趣向
- 初演時の配役は、岩が三代目尾上菊五郎、伊右衛門が七代目市川團十郎、直助が五代目松本幸四郎、お袖は二代目岩井粂三郎だった(岩の役は、五代目尾上菊五郎に継承大成され、音羽屋のお家芸となった)。
- 中村座の初演時は『仮名手本忠臣蔵』と合わせて2日にわたって上演された(再演以降は単独で上演されている)。
- 1日目:『忠臣蔵』の六段目(勘平の腹切)まで →『四谷怪談』の三幕目(隠亡堀の場)まで。
- 2日目:『忠臣蔵』の七段目(祗園一力の場)以降 →『四谷怪談』の三幕以降 →『忠臣蔵』の討入り。
- 『忠臣蔵』と続けて演じると、塩治義士・佐藤与茂七が伊右衛門を討ったあとに吉良邸の討ち入りに参加することになり、主君への忠義を尽した与茂七と、禄のためには敵である高師直にすら仕官しようとする伊右衛門との対比が鮮明になる(『四谷怪談』のみでは塩治義士がらみのエピソードが浮くため、与茂七らの登場シーンは省略・改変されることが多い)。
[編集] あらすじ
元塩冶藩士、四谷左門の娘・岩は夫である伊右衛門の不行状を理由に実家に連れ戻されていた。伊右衛門は左門に復縁を迫るが、過去の悪事(公金横領)を指摘され、左門を殺害。同じ場所で、岩の妹・袖に横恋慕していた薬売り・直助は、袖の夫・佐藤与茂七(実は入れ替った別人)を殺害していた。ちょうどそこへ岩と袖がやってきて、左門と与茂七の死体を見つける。嘆く二人を伊右衛門と直助は仇を討ってやると言いくるめる。そして、伊右衛門と岩は復縁し、直助と袖は同居することになる。
民谷家に戻った岩は産後の肥立ちが悪く、病がちになったため、伊右衛門は岩を厭うようになる。高師直の家臣伊藤喜兵衛の孫・梅は伊右衛門に恋をし、喜兵衛も伊右衛門を婿に望む。高家への仕官を条件に承諾した伊右衛門は、岩の不義を言い立てて離縁しようと画策する。喜兵衛から贈られた薬のために容貌が崩れた岩を見て脅えた宅悦は伊右衛門の計画を暴露する。岩は悶え苦しみ、置いてあった刀が首に刺さって死ぬ。伊右衛門は家宝の薬を盗んだとがで捕らえていた小仏小平を惨殺。伊右衛門の手下は岩と小平の死体を戸板にくくりつけ、川に流す。
伊右衛門は伊藤家の婿に入るが、婚礼の晩に幽霊を見て錯乱し、梅と喜兵衛を殺害、逃亡する。
袖は宅悦に姉の死を知らされ、仇討ちを条件に直助に身を許すが、そこへ死んだはずの与茂七が帰ってくる。結果として不貞を働いた袖はあえて与茂七、直助二人の手にかかり死ぬ。袖の最後の言葉から、直助は袖が実の妹だったことを知り、自害する。
蛇山の庵室で伊右衛門は岩の幽霊と鼠に苦しめられて狂乱する。そこへ真相を知った与茂七が来て、舅と義姉の敵である伊右衛門を討つ。
[編集] 落語 四谷怪談
三遊亭圓朝の創作落語。 伊右衛門の見た幽霊は、アルコール依存症による幻覚であるという解釈が加わっている。 伊右衛門の見る幻覚は、(アルコール依存症の症状として)精神科医の検証に耐えうるほどのリアリティをもっている。
[編集] 映画作品(戦後)
- 『四谷怪談(前・後篇)』(1949年松竹 監督:木下惠介 伊右衛門:上原謙、お岩:田中絹代)
- 『四谷怪談』(1956年新東宝 監督:毛利正樹 伊右衛門:若山富三郎、お岩:相馬千恵子)
- 『四谷怪談』(1959年大映 監督:三隅研次 伊右衛門:長谷川一夫、お岩:中田康子)
- 『東海道四谷怪談』(1959年新東宝 監督:中川信夫 伊右衛門:天知茂、お岩:若杉嘉津子)
- 『怪談お岩の亡霊』(1961年東映 監督:加藤泰 伊右衛門:若山富三郎、お岩:藤代佳子)
- 『四谷怪談』(1965年東京映画 監督:豊田四郎 伊右衛門:仲代達矢、お岩:岡田茉莉子)
- 『四谷怪談 お岩の亡霊』(1969年大映 監督:森一生 伊右衛門:佐藤慶、お岩:稲野和子)
- 『魔性の夏 四谷怪談より』(1981年松竹 監督:蜷川幸雄 伊右衛門:萩原健一、お岩:関根恵子)
- 『忠臣蔵外伝 四谷怪談』(1994年松竹 監督:深作欣二 伊右衛門:佐藤浩市、お岩:高岡早紀)
- 『嗤う伊右衛門』(2004年東宝配給 監督:蜷川幸雄 伊右衛門:唐沢寿明、お岩:小雪)
[編集] テレビドラマ作品
- 『妻そして女シリーズ・四谷怪談』(1991年7月29日~8月9日 毎日放送 磯部勉、吉沢京子)
- 『日本史サスペンス劇場・四谷怪談の真実』(2008年4月16日 日本テレビ 伊右衛門:金子昇、お岩:須藤温子)
[編集] アニメ作品
[編集] 外部リンク
- 田中貢太郎「南北の東海道四谷怪談」(青空文庫)
- 田中貢太郎「四谷怪談」(青空文庫)

