市川海老蔵 (11代目)

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じゅういちだいめ いちかわ えびぞう
十一代目 市川海老蔵
屋号 成田屋
定紋 三升 
生年月日 1977年12月6日(31歳)
本名 堀越孝俊
襲名歴 1.七代目市川新之助
2.十一代目市川海老蔵
出身地 東京都
十二代目市川團十郎
希実子[1]
兄弟 三代目市川ぼたん(妹)
女子(非嫡出子
当たり役
歌舞伎:
鳴神』の鳴神上人
『源氏物語』の 光君
勧進帳』 の弁慶富樫左衛門
テレビドラマ
武蔵 MUSASHI』(大河)の宮本武蔵

十一代目 市川 海老蔵(じゅういちだいめ いちかわ えびぞう、1977年12月6日 - )は、日本俳優歌舞伎役者名跡市川海老蔵」の当代。本名は堀越 孝俊(ほりこし たかとし)。屋号成田屋定紋は三升。異名に「海老様」がある。

一声、二顔、三姿という、元祖「海老さま」の祖父・十一代目市川團十郎譲りの資質を揃えた役者。市川宗家の御曹司として、近年その活躍ぶりは目覚しいものがある。古典の大役に挑み、初役づくしの中でいずれも周囲の期待を上回る出来栄えを見せた。現代の歌舞伎を担う若手スターの一人。また、NHK大河ドラマ武蔵 MUSASHI』で主役をつとめるほか、現代劇にも挑戦している。

目次

[編集] 年譜

  • 1977年12月6日 東京都に生まれた。十二代目市川團十郎の長男。祖父は「海老さま」こと十一代目市川團十郎
  • 1983年5月 歌舞伎座で『源氏物語』の春宮で初お目見得
  • 1985年5月 歌舞伎座で『外郎売』の貴甘坊で七代目市川新之助襲名
  • 1996年3月 青山学院高等部から堀越高等学校に編入した。
  • 1997年3月 堀越高等学校を卒業。
  • 2000年 歌舞伎座で『源氏物語』の光君を演じ、会場は連日満員、チケットは発売初日に完売するほどの人気を得る。五代目尾上菊之助二代目尾上辰之助とともに「平成の三之助」と呼ばれ、新たな歌舞伎ブームを起こした。
  • 2003年2月 TM NETWORK木根尚登のプロデュースでデビューした日置明子(当時29歳)との間に、女児(当時1歳)の隠し子がいることが判明。子供を認知して養育費を支払っていることを会見で説明。
  • 2004年4月4日 成田山新勝寺で襲名披露、奉告のお練り。京成本線京成上野駅京成成田駅間で運行された列車「海老蔵号」に乗車した。また記念パスネットカードも販売された。
  • 2004年5月 歌舞伎座にて、『助六由縁江戸桜』の助六、『』の鎌倉権五郎ほかで十一代目市川海老蔵を襲名。
  • 2004年6月30日 成田山大阪別院明王院で襲名披露奉告。京阪本線天満橋駅香里園駅間で列車「海老蔵号」が運行された。
  • 2004年10月 パリシャイヨー宮劇場にて、市川新之助改め十一代目市川海老蔵襲名披露フランス公演。同国政財界のトップも観劇し、ルモンド紙が一面全面を使って「17世紀末以来の日本の伝統的演劇の中で名をとどろかせてきた一族の出身」「26歳のスター」「若くて美男で特に“必殺の視線”を持っている」と報じるなど、現地でも大きな話題を呼んだ。
  • 2005年12月 女優の米倉涼子との交際が破局[2]
  • 2006年9月7日 映画『出口のない海』の宣伝も兼ねて、『クイズ$ミリオネア』(フジテレビ)に出演。
  • 2007年3月9日 タレントの佐藤江梨子と3ヶ月の交際の末、破局[3]
  • 2007年3月 パリ・オペラ座で初の歌舞伎公演と父・團十郎とともに実現。『勧進帳』の「紅葉狩」を披露し、パリ中の絶賛を浴びる。またこのときの弁慶役では、オペラ座の中央通路を花道に見立て、六法をして突っ切るという演出を見せて、観客を驚かせた。
  • 2007年4月5日 高岡早紀との、都内桜の名所での『手つなぎデート』を、「女性自身」が報じた[4]
  • 2007年7月9日 同年4月から交際していた元テレビ朝日社員と、2カ月で破局していたことが判明。
  • 2007年7月13日 楽屋の風呂場で転倒し、割れた戸のガラスで右足の裏を切る大けがを負い、大阪松竹座「七月大歌舞伎」を降板[5]
  • 2009年 2007年10月14日に放映された海老蔵に密着したドキュメンタリー番組『名門に生まれるということ…〜市川海老蔵・宿命と苦悩の物語〜』(フジテレビ系)が、ニューヨークフェスティバルのアート部門で金賞を受賞[6]
  • 2009年5月23日、TBSの連続TVドラマ『MR.BRAIN』に出演。初の民放の連続ドラマ出演であり、初の現代劇出演となった。

[編集] エピソード

[編集] 芸に対する姿勢

10代の頃の海老蔵は幼少時から続く厳しい稽古と家柄・伝統の重責に耐え切れず反発を繰り返していたという。そんな彼を立ち直らせたのは、偶然フィルムで見た「勧進帳」の武蔵坊弁慶を演じる祖父十一代目市川團十郎の芸の美しさと勇姿に感動したからと語っている。祖父を目標に掲げているが、その理想を追うが故に苦しみ、現在も、もがき続けているという[7]

以前は舞台に上がることが苦痛であったが、歌舞伎に真剣に打ち込むようになった今はプライベートの方が苦痛に感じるという。これが異様なことかと悩んで五代目坂東玉三郎に相談したところ、「あら、それは当たり前よ」と返され、安心したと述べている。また、坂東玉三郎とそういったことを共感できたことを嬉しく思ったとも語っている[7]

以前は寿司を月50回食べに行ったり、煙草を1日4箱分吸ったり、酒をあびる様に飲むなど不健康な生活をしていたが、心境の変化で煙草は海老蔵襲名時に止め、不規則な食生活や酒、肉魚も2008年11月頃から止めている[7]。これは「歌舞伎をやるとき、神様に捧げることも意識しなくちゃいけないかなと。だから、心と体を清くしなくちゃ」という思いから[8]

本格的な肉体トレーニングを行っており、雑誌『ターザン』などの表紙を飾っている。以前はウェイト・トレーニングを行っていたが、筋肉が付き過ぎ「歌舞伎をやるのにこんな筋肉は必要ない」と思って、現在はハードなトレーニングはやめてヨガに取り組んでいる[9]

成田屋のお家芸である「歌舞伎十八番」の頻繁に演じられなくなった演目の復興を積極的に行っている[7]

[編集] 趣向・嗜好

スタジオジブリのアニメ作品の大ファン。「おしゃれイズム」に出演した際に、『崖の上のポニョ』の非売品の人形と宮崎駿が同作を制作する際に使用した鉛筆をプレゼントされ、涙ぐんで喜んでいた[10]。宮崎本人と対談したこともあり、その際に自身が実践しているタワシで体を撫でる健康法を宮崎も行っていることがわかり、共通点があったことに感動したという[11]

[編集] 交際・女性関係

日置明子との隠し子が発覚した際に行った会見で、「周り(歌舞伎界以外)がどうかは分からないが、(自分の生活は)普通の事だと思っている。(相談した)父(團十郎)は、『まあ頑張りなさい。君がきちんとやればそれでいいのではないか』と言っていた」とコメントをした。

海老蔵と交際が噂された女性をアデージョとかけて『エビージョ(海老女)』という[12]

[編集] その他

  • 五代目尾上菊之助は幼馴染にして同級生。小学生の頃、彼の家の別荘に招かれたときにいたずらをしようとしたら菊之助の母である富司純子に叱られたが、これが家族以外の人に叱られた初めて経験だったという[13]

[編集] 父・團十郎との関係

  • 父・團十郎とは海外公演などで一緒に舞台にあがると、演出のことでもめることがよくある。團十郎が海老蔵の意見を聞き入れて許してくるときもあるが、そういうときの家庭内の空気はよくないという。だが、反発していたときにずっと優しく見守ってくれていた團十郎に常々感謝の言葉を述べており、「やっぱり偉大。言葉でなかなか表せない。優しく叩き込んでくれたのは父」と語っている[14]
  • 隠し子が発覚した際に寛大な態度を見せていた父・團十郎も、2007年に海老蔵が風呂場でケガをして歌舞伎公演を降板した時はさすがに激怒し、「公演に穴を空けたんだから、自己管理がなっていない。今回は同情できん」とコメントしている。

[編集] 受賞歴

[編集] 主な出演作

[編集] 歌舞伎

[編集] その他の舞台

[編集] 映画

[編集] テレビ

[編集] バラエティ番組


[編集] 脚注・出典

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  1. ^ 2007年10月14日放送「名門に生まれるということ…〜市川海老蔵・宿命と苦悩の物語〜」(フジテレビ系)
  2. ^ スポニチ (2005年12月6日). "市川海老蔵、米倉涼子 破局していた". 2008年11月22日 閲覧。
  3. ^ スポニチ (2007年3月9日). "サトエリ傷心!海老蔵から“涙の卒業”". 2008年11月22日 閲覧。
  4. ^ 2007年4月24日号「女性自身」
  5. ^ 歌舞伎美人 (2007年7月20日). "市川海老蔵休演のお詫びとお知らせ". 2008年11月22日 閲覧。
  6. ^ 成田屋 (2009年2月2日). "海老蔵のドキュメンタリー『名門に生まれるということ』がニューヨークフェスティバルのアート部門の金賞を受賞!". 2009年2月6日 閲覧。
  7. ^ a b c d 2009年1月19日放送『NEWS ZERO』でのインタビューより
  8. ^ 読売新聞 (2008年11月27日). "松任谷由実のプレミア対談yumi yoriな話:第5回 市川海老蔵さん". 2009年1月20日 閲覧。
  9. ^ No.526『ターザン』インタビューより
  10. ^ 2007年12月7日放送『おしゃれイズム』より
  11. ^ 2009年1月号『文藝春秋』での対談「ポニョから学んだ歌舞伎の真髄」より
  12. ^ ZAKZAK (2007年5月16日). "心の傷癒えかたそれぞれ“エビージョ”2人のその後". 2009年2月6日 閲覧。
  13. ^ 2009年2月号「オール読物」(文藝春秋)、関容子『歌舞伎新時代、花の五人衆』より
  14. ^ 2008年11月22日放送『国分太一・美輪明宏・江原啓之のオーラの泉』出演時に発言
  15. ^ 社団法人日本メンズファッション協会. "第36回ベストドレッサー賞受賞者". 2008年11月22日 閲覧。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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