京成上野駅

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京成上野駅*
正面口(2010年7月17日)
正面口(2010年7月17日)
けいせいうえの - Keisei-Ueno
(2.1km) 日暮里 KS02►
所在地 東京都台東区上野公園1番60号
駅番号 KS01
所属事業者 京成電鉄
所属路線 本線
キロ程 0.0km(当駅起点)
駅構造 地下駅
ホーム 2面4線
乗降人員
-統計年度-
43,576人/日
-2013年-
開業年月日 1933年昭和8年)12月10日
乗換 東日本旅客鉄道(JR東日本)・東京地下鉄(東京メトロ)上野駅
備考 * 1953年に上野公園駅から改称。
改札口(2010年5月29日)
3・4番ホーム(2010年7月17日)

京成上野駅(けいせいうえのえき)は、東京都台東区上野公園にある、京成電鉄本線駅番号KS01

京成本線の起点、京成電鉄の東京側のターミナル駅の一つとなっている。駅名標は「京成上野」と表示されているが、旅客向け案内では「京成」を省略して上野とすることが多い。

駅構造[編集]

島式ホーム2面4線を有する地下駅京成本線のターミナル駅である。上野恩賜公園の真下に立地する。地下2階建の構造となっており、地下1階がコンコース、地下2階がプラットホームである。 駅改装工事に際して、各階段にエスカレーターが設置されたほか、バリアフリー対応のため、正面口の階段横および、コンコースとホームと連絡するエレベーターも設置されている。またコンコース改札内にバリアフリー対応のトイレが設置されている[1]

コンコース上の発車標は、他の駅と同じLED式(それ以前は幕式)を使用していたが、成田空港線(成田スカイアクセス)開業を迎えた2010年からはLCD式が使用されている。

地上への出入口は、東日本旅客鉄道(JR東日本)上野駅および上野公園(西郷銅像付近)の入口に近い正面口と、池之端口(2か所)の計3か所が存在している。また改札外地下通路を通じ、中央通りを隔てて対面にあるヨドバシカメラ マルチメディア上野店にも、当駅連絡通路としてアメヤ横丁方面出口が設定されており、店内地下1階を経由して連絡している(始発から22時まで)[2]

東京地下鉄(東京メトロ)・JR東日本の上野駅とは、開業時から前述の改札外地下通路により連絡しており、乗り換えが可能である[3]

JR東日本上野駅へは正面口出口(地上出入口)を出るよう案内サインによって表示されているが、両駅間を連絡する地下通路があることは京成・JR東日本の両社とも直接案内していない。また、JR東日本・京成電鉄の両駅は定期乗車券の連絡駅として連絡定期乗車券を買うことができる。[4]

さらに、2009年3月16日に供用開始した上野中央通り地下通路とも接続している。これにより、上野広小路駅上野御徒町駅など御徒町周辺の4駅へも地下で乗り換えることが可能になったが、4駅とは連絡運輸を行っていない。

なお、正面口の右側の壁一面には、鯉のぼりと風車をモチーフにした陶板壁画「風月延年」(メキシコの著名な日系人壁画家、ルイス・ニシサワの作)が設置されている。1981年9月26日に駅構内で設置され始め、後年現在地へ移設されている。

初代の自動改札機は1976年に設置された。1990年代に更新・増設された時は、中央の有人通路がAE100形の先頭車をモチーフにした「スカイライナー」専用改札口とされた。その後は、専用改札は無くなり、通常の自動改札機に変更された。現在では幅広型の自動改札機を、中央右側に2台設置している。(写真参照)

公衆無線LANは、au Wi-Fiwi2 300およびUQ WiMAXのサービスが利用できる[5][6]

開業時の駅本屋は、現在の当駅正面口から中央通りを隔てて対面になる位置に建設され、「京成聚楽ビル」「上野京成ビル」等の名称があった。設計は久野節である。同ビルは全階に大日本食堂(現:聚楽)の運営する飲食店が入居していた[7](戦前の古絵葉書には「京成聚楽」とともに「食堂・デパート」の看板がある)が、戦後は京成電鉄本社として機能し、その後1969年から1977年まで「上野京成ホテル」として使用された。末期にはヨドバシカメラ上野駅前店や飲食店等のテナントが入居し、ビル内の駅出入口も「アメ横口」として残されていたが、老朽化に伴い2006年に解体された。跡地にはヨドバシカメラのビルが建設され、ヨドバシカメラ マルチメディア上野店となっている。上野中央通り地下通路が完成してからは、同通路を通じてビル地下1階に連絡している[8]

のりば[編集]

番線 路線 種別 行先 備考
1 - 4 成田スカイアクセス線 スカイライナー TRON 9-9145.gif成田空港方面  
一般電車 青砥高砂北総線TRON 9-9145.gif成田空港方面 夕方17時以降のみ乗り入れ
京成本線 「シティライナー」 青砥・船橋成田TRON 9-9145.gif成田空港方面  
「イブニングライナー」 青砥・八千代台佐倉・成田・TRON 9-9145.gif成田空港方面  
一般電車 青砥・高砂・船橋・成田・TRON 9-9145.gif成田空港・千葉方面  
  • ラッシュ時は列車種別による発車番線の振り分けは特にないが、日中時間帯は、1番線は特急、2番線は「スカイライナー」、3・4番線は普通が発着する。
  • 「スカイライナー」「シティライナー」「イブニングライナー」到着時には、乗車に関する注意事項や車内清掃などの案内放送が流れる。
  • 当駅 - 日暮里駅間の乗車に関して「スカイライナー」「シティライナー」「イブニングライナー」の利用はできない。

駅構内施設[編集]

ホームの売店以外は改札外に設置されている。

利用状況[編集]

2013年度の1日平均乗降人員43,576人である[11]。京成線内69駅中第9位であり、隣駅である日暮里駅の半分程度である。

近年の1日平均乗降・乗車人員推移は下表のとおりである。

年度別1日平均乗降・乗車人員[12]
年度 1日平均
乗降人員[13]
1日平均
乗車人員
出典
1990年(平成02年) 34,244 [14]
1991年(平成03年) 33,571 [15]
1992年(平成04年) 33,011 [16]
1993年(平成05年) 32,167 [17]
1994年(平成06年) 31,619 [18]
1995年(平成07年) 31,511 [19]
1996年(平成08年) 30,742 [20]
1997年(平成09年) 29,197 [21]
1998年(平成10年) 28,123 [22]
1999年(平成11年) 27,571 [23]
2000年(平成12年) 26,992 [24]
2001年(平成13年) 26,797 [25]
2002年(平成14年) 26,619 [26]
2003年(平成15年) [27] 47,962 25,956 [28]
2004年(平成16年) [29] 47,265 25,696 [30]
2005年(平成17年) [31] 47,518 25,786 [32]
2006年(平成18年) [33] 48,000 26,033 [34]
2007年(平成19年) [35] 47,561 25,825 [36]
2008年(平成20年) [37] 46,814 25,400 [38]
2009年(平成21年) [39] 46,503 [40]
2010年(平成22年) [41] 44,399 [42]
2011年(平成23年) [43] 43,241 [44]
2012年(平成24年) [45] 44,002
2013年(平成25年) [11] 43,576

駅周辺[編集]

上野公園界隈航空写真

北東にはJR東日本、東には東京メトロの上野駅があり、当駅は上野公園と繁華街の間にある。

(公園内施設である文化施設等については、上野恩賜公園を参照)

バス路線[編集]

正面口付近に「京成上野駅」「上野公園山下」の2つの停留所が立地する。このほか上野駅・御徒町周辺にバス停が散在する。詳細は上野駅#バス路線を参照。

歴史[編集]

  • 1933年昭和8年)12月10日 - 「上野公園駅」として開業。開業時は2面4線、有効長4両編成分。
  • 1945年(昭和20年)
  • 1953年(昭和28年)5月1日 - 「京成上野駅」に改称。
  • 1967年(昭和42年) - 6両編成運転開始に伴い1番線を閉鎖してホームを延長し、2面3線となる。
  • 1972年(昭和47年)10月25日 - 「スカイライナー」運行開始に伴う大規模改良工事を開始。開業時の形態に縮小。6両編成の列車は日暮里駅で折り返し。
  • 1973年(昭和48年)
    • 6月16日 - 大規模改良工事の進捗に伴い、半年間営業休止(その間は全列車日暮里駅で折り返し)。
    • 12月16日 - 完成したホームのうち1面2線を使用して営業再開。
  • 1976年(昭和51年) - 京成で2番目の自動改札機を設置。また他駅発行の乗車券は磁気券でなかったため、入場専用自動改札機として供用されていた。
    • 7月 - 1面2線のホームを増設して大規模改良工事が完成、現在の形態となる。

上野公園地下線建設時の条件として、もともと公園が御料地から1924年、当時東京市に払い下げられたものであり、地下線建設時は天皇主権国家であったため、「公園の樹木、特にの根を損傷してはならない。寛永寺などの建造物に影響を及ぼしてはならない」などの厳しい条件を付けられた。後年行われた大規模改良工事の時も公園の環境保全には特に注意が払われていた。

太平洋戦争末期に陸運統制令による強制収用で当駅 - 日暮里駅間の営業を休止し、下り線を三線軌条化した上で地下線内に国鉄車両を搬入して指令設備などが置かれたが、実際にはあまり使用されなかったようである。[46]また、上野駅構内を軍需工場に転用するための検討が行われ、機材の配置図面作成や条件交渉が行われているうちに終戦を迎えたという。営業再開時点では下り線の軌道復元および車両撤去が遅れており、上り線を使用しての単線運転としたという。なお、文献によっては、省電の避難場所や学童疎開列車の発着場所として使われたなどといった記述[47]もあるが、真偽ははっきりとわかっていない。

隣の駅[編集]

京成電鉄
本線
快速特急・アクセス特急・特急・通勤特急・快速・普通
京成上野駅(KS01) - 日暮里駅(KS02)
  • なお、当駅 - 日暮里間にはかつて博物館動物園駅寛永寺坂駅が存在していたが、先に後者が1947年(昭和22年)8月21日に廃止され、後に前者も1997年平成9年)4月1日に営業休止、2004年(平成16年)4月1日に廃止された。
  • 当駅(京成上野駅)から隣の日暮里駅までの停車間距離最高速度(種別毎に定められた駅同士の間の最高速度)は全列車共通で50km/hだが、地下区間を含めて急カーブが連続して続き40km/hの速度制限があるため、2.1kmを4分近くかけて走っている。

脚注[編集]

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  1. ^ 京成上野駅構内図 (PDF)
  2. ^ 過去には、当駅旧本屋にアメ横口、朝日生命ビル前に広小路口、上野公園内の駅直上に公園口が設置されていたが、いずれも現在はない。
  3. ^ 東京メトロ上野駅構内図
  4. ^ JR線と連絡会社線との乗り換え駅 (PDF)
  5. ^ 車内・駅でスマートフォンやノートパソコン等で高速通信が可能に! スカイライナー車内及び一部駅で公衆無線LANサービス「au Wi-Fi SPOT」「Wi2 300」を導入 (PDF) - 京成電鉄ニュースリリース 2012年12月13日
  6. ^ 京成電鉄でのWiMAX利用について (PDF) - UQコミュニケーションズ株式会社
  7. ^ じゅらくビル (上野公園駅 本屋→京成電鉄本社→)
  8. ^ 上野中央通り地下通路の建設前まで、かつて当駅コンコースとアメ横口を結んだ地下通路には「京成上野ステーションギャラリー」が存在し、通路の壁をガラス空間にして写真や絵画などの展示スペースとしていた
  9. ^ 京成トラベル運営の外貨両替店
  10. ^ 京成トラベル運営の国際送金ービス
  11. ^ a b 駅別乗降人員(平成25年度1日平均)、京成電鉄ホームページ、2014年5月3日閲覧
  12. ^ 東京都統計年鑑
  13. ^ 各種報告書 - 関東交通広告協議会
  14. ^ 東京都統計年鑑(平成2年)228ページ
  15. ^ 東京都統計年鑑(平成3年)234ページ
  16. ^ 東京都統計年鑑(平成4年)
  17. ^ 東京都統計年鑑(平成5年)
  18. ^ 東京都統計年鑑(平成6年)
  19. ^ 東京都統計年鑑(平成7年)
  20. ^ 東京都統計年鑑(平成8年)
  21. ^ 東京都統計年鑑(平成9年)
  22. ^ 東京都統計年鑑(平成10年) (PDF)
  23. ^ 東京都統計年鑑(平成11年) (PDF)
  24. ^ 東京都統計年鑑(平成12年)
  25. ^ 東京都統計年鑑(平成13年)
  26. ^ 東京都統計年鑑(平成14年)
  27. ^ 京成電鉄、平成15年度1日平均乗降人員・通過人員、関東交通広告協議会ホームページ、2014年5月3日閲覧
  28. ^ 東京都統計年鑑(平成15年)
  29. ^ 京成電鉄、平成16年度1日平均乗降人員・通過人員、関東交通広告協議会ホームページ、2014年5月3日閲覧
  30. ^ 東京都統計年鑑(平成16年)
  31. ^ 京成電鉄、平成17年度1日平均乗降人員・通過人員、関東交通広告協議会ホームページ、2014年5月3日閲覧
  32. ^ 東京都統計年鑑(平成17年)
  33. ^ 京成電鉄、平成18年度1日平均乗降人員・通過人員、関東交通広告協議会ホームページ、2014年5月3日閲覧
  34. ^ 東京都統計年鑑(平成18年)
  35. ^ 京成電鉄、平成19年度1日平均乗降人員・通過人員、関東交通広告協議会ホームページ、2014年5月3日閲覧
  36. ^ 東京都統計年鑑(平成19年)
  37. ^ 京成電鉄、平成20年度1日平均乗降人員・通過人員、関東交通広告協議会ホームページ、2014年5月3日閲覧
  38. ^ 東京都統計年鑑(平成20年)
  39. ^ 京成電鉄、平成21年度1日平均乗降人員・通過人員、関東交通広告協議会ホームページ、2014年5月3日閲覧
  40. ^ 東京都統計年鑑(平成21年)
  41. ^ 京成電鉄、平成22年度1日平均乗降人員・通過人員、関東交通広告協議会ホームページ、2014年5月3日閲覧
  42. ^ 東京都統計年鑑(平成22年)
  43. ^ 京成電鉄、平成23年度1日平均乗降人員・通過人員、関東交通広告協議会ホームページ、2014年5月3日閲覧
  44. ^ 東京都統計年鑑(平成23年)
  45. ^ 京成電鉄、平成24年度1日平均乗降人員・通過人員、関東交通広告協議会ホームページ、2014年5月3日閲覧
  46. ^ 兼松学『終戦前後の一証言 ある鉄道人の回想』(交通協力会、1986年)では中枢機能を移転したものの、換気不足から来る体調不良と他省庁との連絡機能不備から、列車指令部門が使用した程度に終わった、とある。
  47. ^ 毎日新聞 連載記事『地下鉄』 1973年1月19日

参考文献[編集]

  • 石本祐吉「京成電鉄“不思議発見”」『鉄道ピクトリアル』632号、電気車研究会、1997年1月

関連項目[編集]

外部リンク[編集]